新聞勧誘・拡張問題なんでもQ&A
NO.243 販売店の仕事を話づらい職業だと思いますか?
投稿者 匿名希望さん 投稿日時 2006.4. 4 PM 11:05
こんにちは、サイトとメルマガ拝見させて頂いております。
回答者 ゲン
『質問1:3月4月は販売店は忙しいのですか?』ということやけど、確かにこの時期は忙しい。
理由は、引っ越しの季節で人の入れ替わりが多いというのと、学生の入学に伴う、アパートやマンションなんかの入居が多いということがある。
有名大学やマンモス大学をエリアの中に抱えとる販売店は、この時期は勝負のように思うとる。半端な数やないからな。
ワシらも、この時期、そういう販売店に特拡(特別拡張の略)としてかり出されることが多い。これは、ほぼ全国的な傾向やないやろか。
『質問2:生活時間が違う専業のかたは女性と付き合うのに一般的にどんな障害がありますか?』
男と女が付き合う上での障害は、条件というより、お互いの心が作り出すもんやと思うとる。
毎日、会うことのできる男女でも、障害はいくらでもある。また、長距離恋愛に代表されるように、滅多に会えん環境であっても、いくらでも愛を成就させて、結婚し幸せな家庭を築いとるカップルは何ぼでもいとる。
要はお互いの心の持ち方なわけや。つまり、相手が自分にとって、会えない、制約があることで離れる、あるいは別れるということを考えるというのは、所詮、それだけのものと言うことになる。
誤解せんといてほしいが、これは、それを悩んどるあんたを責めて言うてるのやない。人は、その愛する対象によって、いくらでも我慢できるものやし、また、我慢できんこともあるからな。
愛に理屈が介することは、ほとんどない。これこれこういう理由やから愛してますと言えるのは、きついかも知れんが、そういうのは、まだ本当の愛やないと思う。
せやから、会えるか会えんかの条件を模索することには、何の意味もないと思うがな。
それに、あんたらには、まだメールという心を通わせる環境があるんやから、まだええのと違うかな。昔でいうラブレターが気軽に書けるわけやからな。
ただ、あんたの彼氏は、専業と呼ばれて、この新聞販売業界ではかなり肉体的にはきついと言われとる仕事をされておられるのは確かや。
『専売?というのでしょか?』というのは、あまり聞いたことはない。『拡張員さんは似た職とききました』というのも、かなり違いがある。
専業は朝が早い。早い人間は、午前2時くらいには起きて仕事を始める。
紙受けというて新聞社の印刷工場から運ばれて来る新聞を受け取るのが、専業の朝一番の仕事になる。
もっとも、これは、販売店の前に搬送トラックの運転手が勝手に山積みで降ろしとるだけの所もあるようやがな。
販売店では届いたばかりの新しい新聞の結束を解いて、折り込みチラシを挿入する。その新聞店の区域毎に部数を振り分け、自分の担当区域の配達に行く。
その配達部数は地域、配達条件、各個人により大きく違う。終了時間は、どこの販売店でも、午前6時頃を目安にしとる。それより遅いと、客からクレームが来る畏れがあるからな。
それが終わると、午前10時か11時頃まで仮眠する。それから事務所に行って、その店の仕事をする。夕刊の配達は、早いところやと、午後1時くらいから始める所もある。
それが終わると、新聞の勧誘に行く場合がある。この仕事だけ、ワシらと似とる。というか、これ意外、拡張員と専業の共通点はほとんどない。
さらに、月末25日から月初めの5日までは集金業務も加わる。
夜、9時頃終業となるケースが多い。それから個人の用事を片づけ朝の起床時間まで寝る。たいていの専業はこれの繰り返しや。
確かに、これやと、よほど近くにでもおらん限りは、そう頻繁には会えんかも知れん。せやけど、専業は一般的に一週間で1日は休みがあるはずや。
その彼が、あんたに会うつもりなら、距離的には不可能というほど離れとるわけやないから、十分行けると思う。
普通、彼女のいとる若い専業員は、その日にデートというのが多いと思う。確かに、肉体的にはきつい仕事やと思う。ただ、それが、彼女に会えんほどかというのは、また別なことやろと考えるがな。
お互い、付き合えるきっかけがあったわけやから、基本的には障害はないと思うがな。本当に障害があるのなら、そのきっかけすらないはずや。
『この仕事はそんなに話づらいのでしょうか?それともこの職業につく経過が話しにくいのでしょうか?それは本人にしかわからないことと思いますが・・・』
当人にしか分からんということは確かや。個人が背負うとる事情はそれぞれ違うからな。
新聞社に勤務というと、たいていは誇らしげに語ると思う。世間の評価もええ。それが、末端の販売になると世間の評判が違うてくるのも確かや。
販売店は、一般からは「新聞屋」と呼ばれる。そこで働いとる者にとっては、その言葉には侮蔑が含まれとると感じる者が多い。
これは、思い過ごしとばかりは言えんことや。それは、新聞社のことを新聞屋と呼ぶ者が少ないということでも分かるやろと思う。
ワシも良う感じることやが、一般からの偏見に近いものがあるのは確かやないかな。少なくとも、その偏見を受ける側は、そういうことには敏感やからな。僅かな態度や視線にもそれを感じることがあるさかいにな。
彼氏にも、少なからず、そういう意識があるのやろと思う。少なくとも、人に自慢できる仕事やとは考えとらんはずや。
せやけど、皆が皆、そう思うとる人間ばかりやない。誇りを持って仕事しとる販売店の人間も多い。結局、その人間の心の持ち方次第ということになる。
男と女のことに、他人が口出すべきやないとワシは常に思うとる。その形は、千変万化、限りなくあるからな。どんな形が正しくて、間違いやということは言えんし、そんなものはない。
こればっかりは、52年間、生きてきたからというて、その経験でアドバイスできることやない。そうしてもほとんど役に立たんやろし、意味がないと思う。
敢えて言えることは、縁があれば結ばれるということくらいや。せやけど、その縁が何であるかは、おそらく、誰にも分からんやろけどな。
無責任なことを言えば、愛に悩み苦しむのは、それ自体、悪いことやない。大いにそうしたらええ。若いうちの特権みたいなものや。但し、それに押しつぶされたらあかんで。
何でもそうやが、悩みに押しつぶされる人間というのは、ある一点、例えて言えば、針の穴だけしか見ようとせんから、先が見えずに絶望してそうなるのやと思う。針の穴より、他の部分の方がよほど広いということに気づいてないわけや。
それに気付けば、いかに小さなことに思い悩んでいたかが分かるんやけどな。間違うても針の穴を拡げて見ようとせんことやで。
もっとも、ワシらくらいの歳になると、その針の穴を見ようにも、一途に見られんようになっとるがな。
誰や?それは老眼のせいやて言うのは。失礼な……。せやけど、当たっとるな。