新聞勧誘・拡張問題なんでもQ&A

NO.549 異常極まりない、情けない情況に思われるでしょうか?


投稿者 H.Sさん 新聞販売店専業員 東京在住 投稿日時 2008.4. 6 PM 4:32


以前『NO.503 その突き放しの姿勢が少し気になります』 で質問をしたH.Sです。

ゲン様の営業講座の勉強・実践を繰り返していたら、以前とは打って変わり、カードが揚がるようになり、天ぷら作って帳尻合わせをしていたことが、とても馬鹿らしいことだと気付きました。

何かとても気付くのが遅かったとは思いますが、今がこれまで社会人になって、仕事をしてて楽しいなあと思えてなりません。

楽しく仕事が出来て、給料が十万円も上がったのですから、ゲン様そしてハカセ様にネットで出会えて本当に感謝しております。

私の店では、激戦区東京ということもあり、新聞が入りさえすれば、どんなサービスをしても構わない(B券は除外)風潮があります。

それはカツ勧とかじゃなくて、コジキ読者に対するサービスです。

酒米カタログ四枚五枚提供や、洗剤一ケース+エコナ二個。(いずれも三ヶ月の店員カード縛り)果ては日本銀行券の置きバク(これは新勧起こし三ヶ月)まで、新勧起こし定数追いの時は、拡張員も裸足で逃げ出す程の勢いで、営業しまくることを是とする雰囲気であります。(拡張員も実際呆れている人も多いです)

まあ私は、今はそんなことは程々にしておりますが、以前はそれで毎月二万円以上も給料から控除されたのに嫌気が差して、営業にやる気を無くしていました。

拡張の苦情の大半が関東とはいえ、実は店員も拡張員も、関東では無理や無茶をせざるを得ない背景もあるのだということを分かってもらえたらありがたいなあと思いますが、やはりゲン様やハカセ様から見れば、異常極まりない、情けない情況に思われるのでしょうか?


回答者 ゲン


『実は店員も拡張員も、関東では無理や無茶をせざるを得ない背景もある』というのは、何となく分かる。

もっとも、それやから仕方ないとは思わんし、理解もできんがな。

新聞販売店が、そうすることの根本にあるのは、そうでもして購読者を増やす、あるいは他紙販売店に負けんようにせんことには、新聞社から見限られ改廃(廃業)に追い込まれるという考えからやろうと思う。

しかし、それをするのは結局、自らの首を絞める結果にしかならんのやがな。

部数確保のため、新聞社のためと考えてのことかも知れんが、現在、新聞社は、そういう販売店の排除にやっきになっとる。実際、そういう行為で廃業に追い込まれたという話もここのところよく聞くさかいな。

冷静に考えたら分かるが、新聞代に匹敵するほどの景品を渡したり、現金を置いてきたりというようなことは、すでに営業、商行為ですらないわけや。

本来、新聞販売店は、客に新聞を購読してもらうことで利益を出し、それで経営しとるはずや。商売をしてて利益が出ず、マイナスになるのでは話にもならんわな。

確かに、ちょっと前までは、新聞社も部数至上主義の権化のようなところがあって、何をしてでも部数を増やせという姿勢があった。今も、それがまったくないとは言わん。

それには、新聞社にとって、新聞を売って儲けることよりも、部数を伸ばし、確保することで、新聞紙面に掲載される広告の安定した収入を期待できたということがある。

その裏付けとして、押し紙、積み紙、勧誘営業など、あらゆる方法で部数を増やした販売店には、それに見合う補助金、助成金を出してきたという歴史がある。

新聞社の内部でさえ、結局、新聞を売ることでの利益は望めないとまで囁かれとると聞く。

もっとも、それは新聞各社によっても、販売店次第でも大きく違うから、すべて同じとまでは断言できんがな。

ただ、大なり小なり、そういう構造がある、あったというのは間違いないと思う。

ところが、ここにきて、新聞各社が頼みとしていた紙面広告収入主体のビジネスモデルに大きなかげりが見え始めてきた。

それには、多くの企業の広告主が、新聞紙面に広告を載せても、それに見合う効果が期待できんということに気づき、または判断して離れつつあるということが大きい。

新聞社の多くは、その広告主が確保できずに青息吐息、四苦八苦しとるというのが現状やと思う。

新聞社同士、一堂に会するパーティーなどでは、もっぱらの話題が、それやということらしいさかいな。

それには、いろいろな理由が考えられる。

バブル崩壊後から続く不況により、企業が広告のために割ける費用が少なくなったというのもあるし、その体力がなくなってきたというのもある。

その紙面広告の大得意であった、金融会社、食品会社、保険会社、出版社などによる、ここ数年に渡る相次ぐ不祥事の発覚というのも影響しとると思われる。

新聞は、それらを容赦なく暴き立て叩いた。もちろん、そうすべきことなのやが、結果としてそれらの広告主を潰す、あるいは、規模を縮小させることにもなっとる。

それが、広告主の減少を招き、新聞社の経営を圧迫しとるとも考えられる。皮肉なことではあるがな。

インターネットの台頭というのも大きい。

インターネットでのビジネスを拡大するために、その多くの企業がそちらに目を向けてきとる。当然のように、それらの企業では、インターネットに広告経費が流れることになる。

そのインターネットには、携帯サイトというのも含まれる。これが、現在、驚異的な勢いで伸びてきとる。それに興味を示す企業も当然やが多いわな。

テレビ局、それも地方のローカル局でのテレビCMの需要が、ここ数年、急激に伸びてきとるというのもある。その傾向は、これからも続くと予想されとる。

つまり、企業にとっての広告媒体は実に多様化されとるということや。

そして、新聞は、今や確実に斜陽産業になりつつある。残念やが、その事実を認めんわけにはいかんやろうと思う。

世の常として、斜陽になれば、あらゆるところから叩かれる。

特に新聞は、他者に対して情け容赦なく、そうしてきたという歴史があるから、その反動もこれから相当あると覚悟せなあかんという気がする。

あらゆる職種に、不正があるのと同じように新聞社にもそれはある。人間の組織にそれがないというのは、ワシには考えられん。発覚するかせんかの違いだけやと思う。

力のあるうちは、それを暴かれることはないが、弱まれば、その保証はない。

新聞社もバカやないから、その程度のことは分かっとるはずや。

そのとき、最も攻撃されやすいのが、新聞の勧誘時の不正なわけや。これについては、新聞社が公表していないだけで、公然の事実というのは間違いない。

実際、公正取引委員会という特殊な機関だけやなく、現在、国会で審議中の『特定商取引に関する法律』の改正案を審議していた、経済産業省の産業構造審議会、特定商取引小委員会において、それを裏付ける議事録が残されている。

曰く『消費者の新聞の勧誘が怖いという印象は消えていない』、曰く『その新聞を不当・強引な勧誘で維持しているのであれば見直さなければいけない』、曰く『新聞協会には、今回の改正には、生活平穏権の保護という意識が浸透してきたことが背景にあることを理解し、ビジネス展開を再構築していくことが求められる時代になってきていることを理解してもらいたい』など、相当辛辣な内容が公に明記されとる。

まず、不正な勧誘があるという認識の上に立って議論しとるわけや。その場には、新聞業界の代表者も出席していたが、そのこと自体への反論はしていない。

つまり、新聞勧誘において、そういう事実があると認めたことになる。

しかし、当然やが、新聞社は、それを率先したとか煽ったというようなことは口が裂けても言わん。

そういうことをしとる張本人は、一部の拡張員であり、新聞販売店やとなる。

実際、今回、あんたが言うてるような内容は、その販売店独自がしとることやろうから、その論法に間違いはないということになるし、される。

現在、新聞社は、あんたも知っておられると思うが、不正を働く販売店関係者には相当厳しい対応をしとる。

その矛先は、特に関東に向けられとる。去年、4月から金券廃止の通達がええ例やし、度のすぎた置き勧行為が発覚すれば、今やったら、ほぼ間違いなく改廃に追い込まれ排除されるはずや。

『異常極まりない、情けない情況に思われるのでしょうか?』というのを通り越し、危機的状況にあると言うてもええやろうと思う。

はっきり言うが、新聞社は、そういう販売店は簡単に切り捨てるはずや。そのときになって、新聞社のためにとか、部数確保のためにそうしたという理屈は一切通用せんで。

あんたの所の販売店は、そういう状況の中で、それと知らず、そういう真似を繰り返しとることになる。

ワシが『結局、自らの首を絞める結果にしかならん』と言うてるのは、そういう理由からや。

そうなら、どうすればええんやと聞かれても困る。事、ここに至っては、その販売店の経営者がよほど考え方を変えん限り、その状況がなくなることはないやろうしな。

それについて、意見するのは、あんたの自由やが、ほどほどにしといた方がええやろうと思う。

忠告してこれを善導し、不可なれば即(すなわ)ち止む。というのが論語の教えにある。

相手が間違っていると思ったら、それを指摘してよい方向に導くようにする。聞いて貰えないようなら、黙ってしばらく様子を見る。

それでもダメな場合は放っておく。それを押しつけて嫌な思いや立場が悪くなるのはつまらんという昔の人の教えや。

これは、その経営者だけやなく、仲間の従業員にも言えることや。一度言うて分かん者は何度言うても分からんもんや。気の毒やが、放っておくしかない。

そして、あんたは、なるべくそういうことには関わらず、またせんことや。

『営業講座の勉強・実践を繰り返していたら、以前とは打って変わり、カードが揚がるようになり、天ぷら作って帳尻合わせをしていたことが、とても馬鹿らしいことだと気付きました』ということなら、これからもそうしといた方がええ。

万が一、その販売店のしとることが、新聞社の耳に入って立場が危うくなった場合、そこの従業員がスケープゴート(身代わり)にされるというのは、よく聞く話やさかいな。

「それは、従業員が勝手にやったことや」と言うて逃げるわけや。

実際、タガの緩んだ販売店の従業員は、どんなことをしてでも契約を上げることが一番やと勘違いすると、本当にやることなすことエスカレートさせる場合がある。

販売店の指示以上のことをしてしまうわけや。そのあたりのことは、あんたもよく分かると思う。

結果、どうなるか。追い詰められた販売店は、その従業員の首を切って(解雇)収めようとするのは目に見えとる。えげつないが、そういうことは人間の社会にはそれほど珍しいことやない。

世の中の仕組みというやつは、立場の弱い者がワリを喰らうようになっとる。乗せられた者がバカをみることになる。

そうならんためには、なるべく関わらんことや。

しかし、そうは言うても、販売店の命令でそうせなあかんという場面もあるやろうから、そういうときは、それが公にバレるものとして常に行動するように心がけとかなあかんで。

具体的には、上からの命令で仕方なくしたことやと分かる証拠を残しとくことや。間違っても、あんたが単独で、それをしたと言われんようにな。

そこまで、考えなあかんのかと言われたら、そうやと答えるしかない。悪いが、その販売店は末期的症状を呈しとると思う。救いがたい状況やと。

ただ、あんたさえ、それに巻き込まれんかったら大丈夫や。改廃というのは、たいていは店主交代やさかい、そこで働いとる者は、よほどの落ち度でもない限り、職を失うことはないと思うしな。

それが、ワシの杞憂(きゆう)で済めば、それに越したことはないけど、用心しといて損はないと思う。


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