新聞勧誘・拡張問題なんでもQ&A

NO.687 「クライマーズ・ハイ」において描かれた報道と特ダネの問題について


投稿者 ノルマルノルマンさん  投稿日時 2009..2. 7 PM 10:07


ハカセ様

こんにちは。はじめまして。

メールマガジン「ゲンさんの新聞業界裏話」の購読者です。発行お疲れ様です。

ハカセ様のちょっと前の配信の号で日本の映画である「クライマーズ・ハイ」を取り上げておられましたが、その文章を面白く読んだ次第です。

それについて4つほど質問させていただきます。

1.「クライマーズ・ハイ」において描かれた報道と特ダネの問題について。

映画「クライマーズ・ハイ」を取り上げていらっしゃって、その中で、その飛行機事故の地元の新聞社が特ダネの扱いで喧々諤々の議論をするシーンについて言及されておられました。

ただ、一般の新聞購読者が、その手の特ダネにどの程度の関心があるのか?

特に、その映画においての議論は、「技術的なマター」に関わる議論でした。

そのようなマターを、一般の購読者に伝えることそれ自体には、それなりに意味はあって
も、速報性に意味はあるのか?

その点について怪訝に感じた次第です。

そのことについて、どのようにお考えでしょうか?


回答者 ハカセ


当メルマガを購読して頂き、まことにありがとうございます。

また、この度、大変貴重で有意義なご意見を寄せて頂き、重ねてお礼申し上げます。

ノルマルノルマンさんのご質問は、メールマガジンの発行者である私にということのようですので私がお答えしたいと思います。

つきましては、『それについて4つほど質問させていただきます』ということですが、ノルマルノルマンさんからのご質問はいずれもテーマが大きく一度にお答えするには時間もかかり、文章量もかさむと思われますので、申し訳ありませんが、一つずつの回答とさせて頂きたいと思います。

まず、今回分として、『「クライマーズ・ハイ」において描かれた報道と特ダネの問題について』から始めさせて頂きます。

『ただ、一般の新聞購読者が、その手の特ダネにどの程度の関心があるのか?』ということですが、これについてはいろいろな受け取り方をされる人がおられるかと思われます。

ある事件事故報道について、特定の新聞だけに、いち早く掲載される記事が特ダネ(スクープ)ということになります。

それを見て、人より情報を早く知ることで興味を惹く、あるいは相応の価値を見出す人もおられるかと思います。

この映画の中で、主人公がそのスクープを打つかどうかを迷ったのは、そのとき航空機事故の被害者家族の方々の多くが現地におられ、そこに「そのスクープ情報をいち早く届けるべきかどうか」というのも葛藤の大きな要因の一つでもあったわけです。

当然ですが、その被害者家族にすれば一刻も早く、なぜ自分たちの最愛の家族が死ななければならなかったのか、その理由が知りたかったはずです。

それが、スクープ記事として届けられれば、その人たちにとっては価値あるものと感じられるのではないでしょうか。

例え僅かでも、そういう人たちが存在するのなら、その特ダネ記事も値打ちがあると理解を示す方もおられると思います。

ちなみに、この件に関してゲンさんに聞くと、「その事件事故、話題性の大きさにもよるが、それが拡張している新聞にその特ダネ記事が載っていれば、勧誘時の話のネタくらいにはできることもある」と、ないよりはあった方がいいという意見でしたね。

もちろん、そんな特ダネなんて大した問題ではないという人もおられると思います。

そのどちらかと言われれば、一般の新聞購読者で特ダネ記事が掲載されていることにより、興味を持った、あるいはすごいなと感じたという方の方が少ないような気はします。

ノルマルノルマンさんも、そう思われたからこそ、このような質問をされておられるのだとお見受け致しますが。

もっとも、一般の新聞購読者にとって、その記事自体がスクープかどうかというのは分からないでしょうけどね。

当たり前ですが、新聞には「これは特ダネ記事ですよ」とは書き添えていませんからね。

私自身も、人より早く情報を知ることにはそれほど拘(こだわ)りませんし、価値もあまり見出せません。

よって、特ダネ記事だからという特別な感慨はありませんね。例え、その記事がそうだと言われても「ああ、そうですか」という程度です。

それよりも、私はその記事の信憑性の方を重視します。

余談ですが、私たちは何かの事件が起きて、読者からそのコメントを求められても、しばらくは静観するようにしています。

その事件がどのように動くかというのが、発覚直後は分かりませんし、記事が誤報のおそれもありますから、それなりの情報を入手するまで迂闊なコメントはなるべくしたくありませんので。

『そのようなマター(事柄)を、一般の購読者に伝えることそれ自体には、それなりに意味はあっても、速報性に意味はあるのか?』

これについては、購読者側にとっての意義、意味は先にも申しましたように、それほどないかも知れませんが、それを掲載する新聞社、および新聞記者の方にとっては重要なことと捉えられているようです。

この特ダネについては、そのメルマガ中に、当サイトに時折、コメンテーター、回答者として協力して頂いている元全国紙の新聞記者BEGINさんから寄せて頂いたご意見を掲載させて頂きました。

それによると、新聞社、および新聞記者の方々の捉えられる、特ダネ、スクープ記事というのは、『ジャーナリストの本質に応え、その能力を磨くために求められているという感覚です』、『他社とのネタ勝負に負けないこと』、『特ダネを打てば会社から評価されますので、それをモチベーションにやっている人も多い』、ということのようです。

映画の中でも、「このスクープは協会賞ものだ」という台詞がありましたが、特ダネというのは、まさに新聞業界内の勲章ということになるのだと思います。

そして、その考えは他の多くの業界に共通したものではないかと考えます。

例えば、スポーツ界においては、野球でホームランを打つこと、サッカーで決勝のシュートを放つこと、アメリカンフットボールのタッチダウンを決めることなど、それらすべてが喜びとなり勲章となります。

映画俳優ならアカデミー賞、歌手ならレコード大賞、作家なら直木賞と、挙げたらキリがないほど世の中には、あらゆる世界に勲章と称するものが無数に存在します。

そして、それらは、その当事者や関係者、ファン以外の人にとっては、それこそまったく「意味のない」ことだと思うのです。

つまり、特ダネ記事というのもそれと同じで、新聞社間での競争と捉えれば、それはそれで意義があるような気もします。お互いを切磋琢磨するという意味においても。

ただ、一面では、それがあるがために、その功名心にはやるあまり誤報が生じるのでないかとは思いますけどね。

映画の中では、日航機の事故の原因は「圧力隔壁の破壊」となっていましたが、この映画には、それについて懐疑的な見方と示唆が込められているのではないかと私は見ています。

ついでに言えば、当時の事故調査委員会では、事故機が過去にしりもち着陸事故を起こしていた事実から金属疲労による可能性があると結論づけています。

私はこれでも、日本全国の主要な企業の化学工場の多くに赴いて、そのプラントの立ち上げ、およびそのメンテナンス業務に現場責任者、技術者として長年従事していた経験から、金属疲労のメカニズムについてはそれなりに知っているつもりです。

それ故に、私は事故調査委員会の「事故の原因が金属疲労」という結論づけた発表については、当時から、おかしいのではないかと考え続けていました。

この映画では、それをスクープとして新聞紙面に掲載するか否かの葛藤を、主人公である悠木は、「チェック、ダブルチェック」という言葉を用い、不確かな情報は掲載しないという新聞記者としての信念のもとに、結果、その業界では世紀の大スクープとされていたものを放棄しています。

つまり、この映画は、新聞社内部の内情や恥部を晒しながらも、新聞記者という報道の最前線にいる人たちの良心を描いた秀逸な作品だと思っています。

ですから、必ずしもその特ダネ記事が重要だという観点で、作品が描かれているわけではないと私は見ています。

その特ダネ記事が必要かどうか、価値があるかどうかは、それを読む人が決めればいいことだと考えます。

そして、それに対してどのように評価するか、批判するのかも、その人の自由だと思います。

それが、私の考えということになります。


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