メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第103回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
     

発行日 2006.7.28


■幽霊配達員の正体を暴け 前編


それは、何でもない、良くありがちなことから始まった。

アキラは、今年、奈良県のある有名大学に合格し、大学生活をスタートさせた。

それは、通称『山の中マンション』と呼ばれとる5階建て集合住宅の1室での、生まれて初めての独身生活やった。

山の中、あるいは山中という名のアパート、マンションは全国的に多い。ありふれた名や。せやけど、そのマンションには、正式名称が別にあった。

その名で呼んでも差しつかえないように思える。しかし、そこは、なぜか通称で山の中マンションと呼ばれていた。

別に、そのマンションが山の中の寂れた場所にあるということやない。この辺りは、都市と言えるほど開けた地域やないが、一応、奈良では名の通った市の一つや。

アキラは、通称でそう呼ばれとるというのを知ったのは、大学に通い出してからで、そう聞かされると、なるほどなと思った。

その山の中マンションというのは、本当に山の中にあったからや。

その建物は、山肌に埋め込まれとるのやないかと錯覚させるような感じで建てられていた。

少し古くて汚れた感じやが、建物は白い。一見して洒落た雰囲気やったし、家賃もかなり安かったということもあり、それを見たとき、ほぼ、即決で決めた。

難を言えば、エレベータは設置されとるのやが、これがやけに遅いことや。初めて乗ったときは、途中で止まるのやないかと思うたくらいやったからな。

お世辞にも、整備が行き届いとるようには見えん。こんな中で止まったら、非常ボタンとか呼び出しボタンとかは一応ついとるが、本当にそれを押して助けがくるのやろうかと考えた。怪しいもんや。

そのエレベータの室内も汚れて掃除もしとらん。しかし、それも安い理由の一つやろうというくらいにしか、そのときは考えんかった。

アキラは、奈良のこの辺りで「山」あるいは「お山」と、わざわざ別称で呼ばれとることの意味を、そのときは、まだ知らなんだ。

ただ、建物の周りが山に囲まれとるということで、そう呼ぶしかなかったのやろと単純に考えて納得していた。

もちろん、そのマンションの謂われや噂を知る由もなかった。

アキラは入学してすぐ報道サークルに入った。将来は新聞記者になりたいという目標があったからや。

そこの先輩の山崎(仮名)から、妙なことを聞いた。

「お前、あの山の中マンションに住んどるのか?」

「ええ、それが何か」

「変わったことはないか」

「別に、ありませんけど……」

こういう風に言われると、誰でも気になるもんや。

「先輩、何で、そんなことを?」

「いやな、あの山の反対側、霊園やろ。それで、ちょっとした噂があってな」

その山の中マンションの裏手は、確かに霊園になっていて数多くの墓がある。それなりに有名や。

そのことは、確か仲介業者も言うてたと記憶しとる。何でも、そのために人気が悪く、入居者も少ないから、格安な家賃なのやと説明されてもいた。

しかし、そんなことは気にせんかった。よしんば、裏が墓地であったとしても、そういうのは他でもあることや。

それに、山の裏側やというても、距離的にはかなり離れとるし、部屋からその墓地が見えるわけでもない。気にさえせえへんかったら、どうということはないと思うた。

「別に何もないんやったら、それでええんや」

いかにも、いわくありげやったが、怪談話に類似したものはどこにでもある。たいていは、面白おかしく脚色したものばかりや。

わざとそういう話をでっち上げて楽しむ人間も多い。また、そんな話を聞く方も、半分、それと承知で聞いとるもんや。

アキラも、多少は気になったが、そんな程度のことやろうと考え、その場はそれで終わった。

ある朝、部屋の郵便受けに新聞が差し込まれていた。

もちろん、アキラはそんなもの頼んだ覚えもないし、新聞の勧誘が来たこともない。

「間違えたのか……」

アキラは、単に配達ミスやろうと思い、そのままにした。

新聞は、その翌日も入っていた。

さすがに、気味が悪くなり、また山崎に相談した。

「それは、新聞屋が入れとるのやろ。早めに、連絡しとかな後で集金に来て、新聞を無理矢理、取らされることになるで」

ということやった。山崎は、何かあったら相談したらええと『新聞拡張員ゲンさんの嘆き』というHPを紹介してくれた。

そこの『新聞勧誘・拡張問題なんでもQ&A』に相談したら、ええ方法を教えて貰えるということやった。

山崎も相談したことがあるという。この大学では、そこそこ知られたHPやということや。

アキラは帰宅して、インターネットでそのHPを見た。ちらっと読んだが、読みやすくてなかなか面白い。関西弁の語り口も好感が持てる。

その中に『NO.239 契約していないのに新聞が投函されます』というのを見つけ、アキラと同じようなケースもあるもんやなと考えながら読んだ。

そして、その文中に書かれていたことが気になった。 


勝手に入れとる新聞に対して、代金を支払う必要はまったくない。ただ、あまり長く放っとくのはまずいかも知れんがな。

できれば早めに、その新聞を入れとる販売店に「もう、勝手に新聞を入れないでください」とでも言うて連絡しとくことや。

中略

その際「いきなり勝手に新聞を投函されて迷惑してます。どこに言えばいいのか分からず、やっとここを見つけましたので……」と言えばええ。それで、1ヶ月経過したくらいの辻褄は合う。たいていは、それで、新聞の投函は止まるはずや。

これを早めにしとかんと、いつまでもそのままにしといたら、数ヶ月後に本当に新聞代の請求をしにくることも考えられる。新聞を読んでたやないかという既成事実ということでな。

実際、あまり長期やと、黙ってた側の落ち度を問われることになる。契約は認められんやろが、それまで投函されてた新聞代を払わなあかんことにもなりかねんからな。今なら、まだ1ヶ月程度やから、遅すぎるというほどでもないしな。

さらに言えば、アピールするのなら、投函が始まった直後がベストではあるがな。普通は、その時点で販売店に文句を言うもんや。


アキラは、放っといたらえらいこっちゃと思い、早速、その新聞の販売店を探した。

そのHPに、タウンページかインターネットの検索サイトからでも、現在の住所に該当する販売店が見つけられるはずやと書かれていた。

確かに、それらしい販売店の名前と住所、電話番号が、インターネットで見つかった。

アキラは、そこに電話した。

「いきなり勝手に新聞を投函されて迷惑してます。止めて貰えませんか」

「そちらの、住所とお名前をお願いします」

応対に出た人間が事務的にそう聞いた。

アキラは、言われるままに、それを伝えた。

「おかしいですね。お客様のリストは、当店にはありませんね。こちらから、配達しているのではないと思いますけど」

「そんな、バカな。それやったら、どこから新聞が配達されるんです?」

「さあ、それは……、ちょっと、お待ちください」

誰か、近くの人間にお伺いを立てとるようや。

「お待たせしました。そのマンションでしたら、隣の販売店が配達エリアではないかと思いますので、そちらにお尋ねください」

ということやった。そこの連絡先を教えて貰い、そこへも電話した。

「うちから、そちらへは、配達はしていませんね」

「隣の○○販売店さんでも同じことを言ってましたが、それだと、どこの販売店さんが配達されているんですか」

「さあ、それは、こちらでは分かりません。うちでないことは確かです」

女性の声やったが、その口調にアキラはカチンときた。険がある。こちらが、何かとんでもない言いがかりでもしとるかのようや。

「でも、そちらの配達員さんが間違えてということもあるでしょ」

「それは、ありません。第一、うちでは、そのマンションに新聞を入れている家は一軒もないんですから、間違えるはずはありません」

「そうですか。分かりました。それでは、そちらから集金に来られても、代金は一切支払いませんから」

そう言い捨てた。

「こちらは、配達してないのですから、集金に行くことはありません」

その女性従業員?は負けずにそう言い返してきた。

その電話を切ったアキラは、しばらく怒りが収まらんかった。

間違うとるのは歴然や。誰かが配達せんことには、新聞が届くわけはない。勝手に新聞が自分の意志で、ポストに飛び込んで来ん限りはな。

電話番の人間は、何で、そんなに頑なに違うと言い張るんや。「調べてみます」くらいのことが言えんのやろか。

アキラは、その怒りも手伝って、その新聞社の苦情センターに電話をした。

「いきなり勝手に新聞を投函されて困っているのですが、僕が住んでいる住所の販売店を教えて頂けませんか。直接、連絡しますので」

そこでも、形通りなのか、名前と住所、連絡先を聞かれた。

「販売店には、こちらから注意をしますので」

というのが、苦情センターの担当者の答えやった。

アキラも、それならと敢えて聞かず、それで引き下がった。いずれにしても、新聞の投函が止まれば言うことはないからな。

しばらくして、販売店から電話がかかった。例の女性従業員からや。

「新聞社に電話されたそうですが、こちらは、そちらには新聞を配達していませんので、変なことは言わないでください」

と言うて、一方的に電話を切った。

かなり、怒っとる風やった。そこまで言うからには、本当に配達はしとらんのかも知れん。

しかし、新聞社から、そこに連絡が行ったということは、そこが担当の販売所というのは間違いないことになる。

どういうことなのか。それが知りたくて、アキラは先輩の言葉を思い出し『新聞勧誘・拡張問題なんでもQ&A』にメールをした。


はじめまして。アキラと申します。

2日ほど前から、勝手に新聞が投函されて困っています。僕は、その新聞を契約していませんし、そこから勧誘員さんも来たことはありません。

新聞社に連絡すると、エリアの販売店から連絡が入って、その店からは配達していないと言って、まちがいを認めようとしません。ちなみに、その隣の販売店にも尋ねましたが、同じ返答でした。

僕は、その店の販売店員さんがまちがえていると思っているのですが、なぜその販売店さんはそれを認めないのでしょうか。

また、今後、どうしたらいいのでしょうか。


ハカセは、これに対して折り返し返信をした。


サイト管理者の白塚博士(ハカセ)と申します。

ご相談の件ですが、販売店が知らないという以上、やはり、配達員さんの配達ミスの可能性が高いと思います。

間違いを認めないというのは、その地域を配達している配達員さんをよほど信用されておられるのでしょう。

それと、アキラさんの所に新聞が入っているということは、本来、配達されるべきお客さんに新聞が入ってないという可能性が高いことになります。

そこからの苦情が今のところないので、配達ミスもないと考えたからではないでしょうか。

しかし、それはいずれ分かることでしょうから、そのままでも、すぐに配達されなくなるはずですが、念のため少しでも早くその配達員さんに、そのミスを知らせる上でもドアボストの近くに張り紙をしたらどうでしょう。

「○○新聞さんへ 当方は、そちらの新聞を購読していません。また購読するつもりもありません。迷惑ですから新聞は入れないでください」

という感じでいいのではないでしょうか。それで、投函は止まるはずです。

それでも止まないようでしたら、また連絡してください。


この頃は、ハカセも、単純な回答で済むと思うようなものには、こうして直接、教えとるようや。

「門前の小僧、習わぬ経を読む。というやつですよ。毎回、ゲンを煩わせるのも何ですし、私で分かるような簡単なものは、こうして返信しています」

実際、今のハカセやったら、よほど込み入ったことやなければ、十分な回答ができるからな。

ただ、この件に関しては「ゲンさん、私の早とちりがあったかも知れませんね」と後で悔やんどったがな。

ハカセの言う、早とちりとは、販売店が、頑なに「配達してない」と言うてた理由についてや。それには、それなりの理由があったわけや。

結果論やが、この相談者がもっと詳しい情報を教えていて、ワシがそれを聞いとれば、その理由は、すぐに分かったと思う。

それは、ワシが、たまたま、その相談者の住んどる地域で、実際に拡張の仕事をしてた経験があったからや。

そして、ワシはその『山の中マンション』の噂話も知っていた。せやから、別の見方ができたのやが、それをハカセに求めるのは、あまりにも酷やろと思う。

通常の相談なら、ハカセの回答で満点や。申し分ない。ただ、今回に関しては、その通常に当て嵌まらん状況があったということになる。

その事情を知らん人間には及びもつかんことやからな。

アキラは、早速、張り紙をした。

しかし、新聞は、それでも翌朝には、ドアポストに差し込まれていた。張り紙は無視されたようや。

「嫌がらせか……」

理由は、分からんが、そう考えるしかないようにアキラには思えた。

その日、アキラは、ある作戦を思いつき、それを報道サークルの先輩、山崎に相談した。

「先輩、この犯人を突き止めたいと思うですが……。『不法な新聞勧誘を暴く』と題して学園新聞にその顛末を載せませんか?そのために、報道サークルとして販売店に取材に行きたいんですけど……」

アキラは我ながら、なかなかのアイデアやと思うた。犯人を見つけるには、そこの販売店に取材と称して聞き込むのが、一番てっ取り早い。

それには、大学の報道サークルからの取材ということにすれば、販売店も嫌がることはないやろという計算がある。

「そうか、ま、好きにしたらええやろ。せやけど『不法な新聞勧誘を暴く』ということやと販売店も協力はせんやろな」

「それは、考えてます。地域の販売店さんの活動内容の取材ということにでもします」

「それなら、いけるやろ。あ、そうや、それやったら、池山(仮名)という、オレの同級生がおるから、先にそいつに話を聞いたらええと思う」

「池山さん?」

「ああ、そいつは新聞奨学生で、ちょうどお前が行こうとしとる販売店で働いとるんや。今から、同じゼミを受けるから、その後で、話を聞いたらどうや。伝えといてやるから」

「ぜひ、お願いします」

アキラも渡りに船とはこのことやなと思うた。新聞奨学生についてなら、サイトでも紹介されてたから読んで知ってた。真面目な苦学生というイメージがある。

しかし、待ち合わせ場所に山崎と一緒に現れた池山という男は、どうひいき目に見ても真面目そうなという雰囲気からは、かけ離れていた。

チンピラ風で派手な服装というのもあるが、ろくな男やないなと直感させるものがあった。目つきが、やけにねちっこいという感じや。好きになれるタイプやない。

「池山さんですか?」

「そうやが、新聞を取りたいんやて?」

どうやら、山崎は、池山を連れ出すのに、アキラをその客に仕立てたようや。横で、山崎が盛んに目配せをしとったからな。

それで、話が聞き出しやすいのやったら、しばらくそういうことにしとくかと割り切って演技することにした。

「ええ」

「それで、どこに住んどるんや」

「山の中マンションです」

「山の中マンション?あかん、そこやったら無理や。新聞は配達できん」

「どういうことです?」

「うちは、あのマンションは拡張禁止、拡禁や。契約は取れんことになっとる
んや」

「なぜです?あそこは、そちらの配達エリアでしょ」

「何でと言われても、店の方針やからな」

「お聞きしたいんですが、そうすると、本当に、そちらの店では、うちのマンションに新聞を配達されてないんですか?」

「ああ、配達しとらん」

「間違えて、配達されるというようなことは?」

「絶対にない」

「失礼ですけど、どうして、そこまで言い切れるんです?」

「あの区域を配達しとるのは、オレやからや」

「えっ!!」

アキラは、一瞬、言葉に詰まった。

「オレは、間違うても、あんなマンションには入りたぁないからな。せやけど、さっきから、お前、何でそんなことに拘っとんのや?」

「実は、二日前から、そちらの新聞が僕の部屋に入っているんです……」

「何やて?まさか……」

池山の顔から、血の気が引いていくのが分かった。とても、演技とも思えん。この池山が、新聞を入れてないのは、どうやら本当のようや。

「お前、アキラとか言うたな。悪いことは言わん。その部屋から、早よ、逃げ!!」

「どういうことなんです。何があるというんですか?」

「実はな……」

池山が語り出した。

これは、その店では有名な噂話やということや。

話は10年前に遡る。

その当時、その店にマサオという配達員がいてた。真面目な配達員として、客にも人気があったという

ある日、そのマサオが、配達中に交通事故で死んだ。

事故現場は、山の中マンションのすぐ前の道路やった。信号無視のトラックに接触されたらしい。

その翌日、急遽、そこを配った配達員が、けげんそうな顔をして帰ってきた。

「誰か、山の中マンションに新聞を配った人間がいてるか?」

そう聞いて廻った。当時の配達員たちは知らんと言う。

「おかしいな。オレが配ろうと思うてたら、5軒とも、もう新聞が入っていたんや」

その当時、その山の中マンションへは5軒に配達していたという。その配達員は、てっきり、誰かが気を利かせて入れたと思うたわけや。それを、誰も知らんと言う。

しかし、良う考えたら、誰かが気を利かしたとしても、そこのマンションだけに新聞を入れるというのも変な話や。

誰かが間違えたと考えるにしても、そこは、そのコースでも、中間地点に当たるから、他のコースと重なるような場所やない。間違って配るようなことは考えにくいわけや。

販売店により、幾つかの配達区分が決められとるのが普通や。たいていは、1区、2区という分け方が多い。因みに、そこは、当時、第7区のエリアやったという。

翌日、もっと、奇妙なことが起きた。

その日は、その山の中マンションで配る部屋には、前日のように新聞は差し込まれてなかった。当然のように、配達員は、そこへ新聞を入れる。

ところが、その内の1軒から「新聞が2部も入ってましたけど、そんなにいりませんよ」という電話連絡があったという。

つまり、そこへ配った配達員の後に、誰かが同じ新聞を差し込んだことになる。どんな配達員も、2部の新聞を一軒のポストに入れることはない。

そんなミスをすること自体、考えられんことや。物理的にも難しいし、面倒でもある。

また、その客は続けて「いつもの配達員さん、2日前、事故で大怪我されてたと聞いてたんですけど、大したことなかったんですね」と言うたという。

応対に出た人間は「いつもの配達員とは?」と聞いた。

「白い帽子をかぶったいつもの愛想のいい若い人ですよ」

マサオは、帽子が好きでいつもかぶっていた。確か事故の日は、その客の言う白い帽子をかぶってたはずや。

新聞配達員の中には、ヘルメットをかぶらずに配達しとる者もたまにおる。特に、その当時は、そういう人間は珍しいことやなかった。

マサオの事故もヘルメットさえかぶっていたら、命を落とさんでも良かったかも知れん。

マサオとしては、そのヘルメット代わりということやないのやろうが、その白い帽子のつばを後ろに向けてかぶってたわけや。それをトレードマークにしていたようなふしがある。

その電話を受けた人間は思わず、その客に「その彼なら、その事故の日、病院で死にましたけど……」と言うてしもうた。

「えっ、そんな!!嘘でしょ。今朝も、その人、新聞を配ってましたよ……」

その話は、瞬く間に広まった。

幽霊が新聞を配達するマンションとして、その辺りでは一躍有名になったわけや。

その日から、白い帽子をかぶった配達員の目撃例が日増しに増えていった。その中には、そこを配っていた配達員たちも少なからずいたということや。

そうなると、その新聞販売店の配達員はおろか、他の販売店の配達員も、気味悪がって、そのマンションへ配達をするのを嫌がった。

それに加え、当の客たちも、その噂が広まるにつれ、その新聞を取ること自体が怖くなり、皆、止めていった。

普通なら、契約違反やと言うところやが、この場合に限って販売店も、その申し出に快く応じた。

また、そこでの配達を配達員も嫌がり、意図的な不配も続いたということで、客の新聞キャンセルも相次いだ。

結果、今では、その山の中マンションに新聞が配達されることはなくなっとるということや。

その後も、幽霊の目撃例が後を絶たず、その当時の住人たちのほとんどが引っ越ししていったという。

そして、当然のように、その辺りの新聞販売店のすべてが、その山の中マンションを拡張禁止にしたということや。

「オレも、幽霊が新聞を配達しとるということなんか、ただの噂話やとしか思うてなかったから、配達中に一度だけ、そこに入ったことがあるんや」

但し、池山はすぐそこから出てきたという。エレベータに乗ったとたん、背中に異様な悪寒が疾った。

ギ、ギィーという妙なうなりを上げて、そのエレベータがゆっくり上昇して行った。

池山は、そのエレベータを2階で止めて、急いで外に飛び出した。

「あそこには、絶対、何かがおる。あそこに住んで、気が狂うた人間もおるということやから、お前も早いこと逃げた方がええで。新聞が配達されとるというのは、すでに、その幽霊に取り憑かれとるのかも知れんからな」

「そんな……」

そんなバカなことはあり得んことや。アキラも、話を聞いていて、確かに不気味な思いはしたが、それでも幽霊が新聞を配達しとるやなんて考えられるわけがない。

第一、今日入ってた新聞は、紛れもなく今日の日付のものやった。それは販売店にしかないはずのものや。

誰かが、そこから新聞を持ってきて、アキラの部屋のドアポストに差し込まん限り、絶対に、その新聞が届くはずがない。

どう考えても、幽霊にそんな芸当ができるわけがない。

このとき、アキラは、ふつふつと記者魂のようなものが込み上げてくるのを感じた。

これには、何か理由があり、その犯人が間違いなく存在するはずや。

アキラは、それを必ず突き止めてやると心に誓った。


後編に続く


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