メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第104回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日 2006.8. 4


■幽霊配達員の正体を暴け 後編


てっ取り早いのは、犯人がその新聞を投函する瞬間を押さえることや。

そのためには、ドアポストを監視するのが、一番確実やろとアキラは思うた。

『新聞拡張員ゲンさんの嘆き』のHPの中に、新聞の配達時間は、午前2時〜午前6時くらいまでの間やというようなことが書かれとった。

アキラは大学から帰るとすぐ仮眠をとった。

午前1時に目覚ましをかけ起きた。

作戦は至ってシンプルや。新聞を投函した瞬間、その犯人を追いかけ捕まえる。

アキラの部屋は、5階の最上階で1フロア15室ほどある中間辺りや。部屋番は508号室。

両サイドに非常階段があるが、近い方でも30メートルほどある。新聞を投函してから、すぐ飛び出せば、その犯人はまだ廊下を移動中のはずや。

アキラは足には自信があるから、滅多なことで遅れをとることはない。高校時代は野球部に所属していた。俊足好打で鳴らしたもんや。

普通は、それでもエレベータに乗り込まれたら逃げられることになるが、ここのエレベータの場合は逆に袋の鼠になる。

その遅さは尋常やない。階段を駆け降りる方が圧倒的に早いからな。

以前、他の住民が乗った後、そのエレベータを待つのが面倒やから、階段を駆け降りたことがあるんやが、そのとき、アキラが1階についても、まだ途中を移動中やった。

ここのエレベータの遅さは出入りしとる人間なら誰でも知っとるから、逃げるのなら階段しかないはずや。

そして、それなら、捕まえられるチャンスはある。捕まえられんまでも正体は確認できるはずや。

深夜3時。アキラは緊張感を持ってドアポストを凝視しとるが、まだ新聞の投函はない。

深夜4時。まだや。人間の緊張感というのは長時間持続しにくいようになっとる。ええ加減、疲れてきた。

テレビかパソコンでも点けようかと思うたが、止めた。1DKの部屋やから、その明かりが外に漏れやすい。起きとることが知られたら、用心されて、その新聞の投函がないかも知れん。

「幽霊のつもりやったら、さっさと来んかい。夜明けの幽霊やなんて洒落にならんで」とアキラは毒づいた。

午前5時。すっかり外は明るくなった。もう、今日は来んのかなと思うた。ひょっとして、待ち受けとるというのがバレたんやないやろか。

もし、そうなら犯人は一人しかおらん。あの池山や。新聞配達員で、このことを知らせたのは、あの男しかおらん。

池山は、あの場を逃げるために、幽霊話をでっち上げたと考えられんでもない。もう、これ以上は、やばいと思うて止めた。そう考えれば辻褄が合う。

午前6時を過ぎた。今日は来んな。そう考えて、アキラはもう寝ることにした。精神的にも限界や。

少しウトウトしかけたときやった。ガサ、ゴソとドアポストに何かが差し込まれる音がした。

「来た!!」

アキラは反射的に飛び起きた。アキラはいつでも飛び出して走れるように靴下も履き、スニーカーも履きやすい位置に用意してた。

ドアポストに新聞が差し込まれとるのを確認して、すぐ外に出た。

しかし、そこに、いとるはずの犯人の姿がどこにも見えん。

「そんなバカな……」

どんなスプリンターでも、こんな短時間で非常階段まで走るというのは考えられん。そんな人間がおったら幽霊以上に、ある意味、恐怖の怪物や。

それでも、アキラは、あきらめずに、その非常階段を一気に駆け降りた。万が一、その怪物じみた脚力で走り去ったとしても、このマンションに来るまではバイクを使うとるはずや。

そのバイクに乗って逃げたとしても、その走り去る後ろ姿か、少なくともそのバイクのエンジン音くらいは聞けるはずや。

このマンションの前の道路は東西に走る一本道でかなり先まで、どちらも見通せる。近くに脇道もない。

しかし、その姿はどこにも確認できんかった。バイクが走り去ったという形跡すらない。忽然とその姿を消しとる。

ここのマンションの出入り口は一つしかない。アキラは、近くの非常階段で駆け降りた。

もう一つの非常階段は奥にあるから、そちらで犯人が逃げたのなら、確実にアキラの方が早いはずや。

また、マンションのどこかに身を潜めとるのなら、乗ってきたバイクがあるはずやが、どこにもそんなものはない。

忽然と消えたというより、新聞を入れた瞬間から、犯人の姿を見ることができんかった。走って逃げる足音すら聞いてない。そんなことが、人間に可能なんやろうか。

「そんな、まさか……」

アキラの背すじに悪寒が疾った。本当に、幽霊が新聞を配達したというのやろうか。

そんな非科学的なことは信じたくはないが、アキラには、この状況をどう理解したらええのか分からんかった。

このとき、その恐怖を和らげてくれたのは、朝日が昇り始めとったことや。これが、深夜でのことやったらと思うと、ぞっとする。

アキラは、部屋に帰って、配達されたその新聞を見た。何の変哲もない今日の日付の新聞や。ご丁寧に、折り込みチラシまで入っとる。

アキラは、もう一度『新聞勧誘・拡張問題なんでもQ&A』に、相談メールを送った。

それには、この犯人像のヒントが知りたいということがあったからや。アキラは、それまでの顛末を詳しくメールで説明して質問した。


また、相談させて下さい。

結論からいうと張り紙をしたのですが、新聞はその後も入り続けました。そこで、この犯人を突き止めようと、新聞を投函する瞬間を待ち構えていたのですが、逃げられてしまいました。

この犯人について、わかることがあれば教えてもらいたいと思います。

それでは、今までの詳しい経過をお知らせします。

僕の住んでる所は奈良県の……。

中略

……ということなのですが、この件について、どう思われますか?

幽霊でないとしたら、誰が何のためにこういうことをしていると考えたらいいでしょうか?

また、その犯人を見つけたとして、何かの罪で警察に通報できるでしょうか?

その他、何でもいいですからアドバイスをよろしくお願いします。


「ゲンさん、先日、私が簡単なことと思って、返信した相談者ですけど、何か大変なことになっているようです。今から詳しいメールを送りますので……」

ハカセも、アキラからのメールにただならぬものを感じたようや。

「分かった」

送られてきたメールを読んで、ワシなりの考えを伝えた。それを回答として、ハカセがアキラに送信した。


ハカセです。ご相談についてのゲンさんの回答をお知らせします。

尚、これは本来でしたら、サイトのQ&Aに掲載するのですが、ゲンさんと相談した結果、当メルマガへ時期をみて掲載したいと考えましたので、ご承知おきください。

ゲンさん曰く、この件の解決及び真相解明には時間がかかりそうとのことですので。

それでは、ご確認ください。


回答者 ゲン


ワシも、幽霊が悪さをしとるとは考えん。「怪力乱神を語らず」が、ワシの信条の一つでもある。ワシは、こう見えても合理的やさかいな。

ワシも、あんたと同じく、幽霊がその新聞を配達したのやないと思う。人間の手によってしか無理や。

まず、その新聞がどこから配られたかを知ることや。あんたも、それが知りたくて配達区域の販売店に当たったんやろうがな。

普通は、あんたのやり方で良かったと思う。

状況から考えて、その地域の販売店からというのは、どう転んでも間違いはなさそうやからな。

ただ、新聞自体は、その新聞系列の販売店やったらどこも同じものしかないから、それで見極めることはできん。

そこで注目するのは、折り込みチラシということになる。これは、販売店毎で違う場合が結構ある。

大手のスーパー、量販店の折り込みチラシなら、その地域の販売店のほとんどに配布されるやろうが、個人商店のチラシやと販売店により持ち込まれる所と持ち込まれん所とがある。

せやから、その折り込みチラシを比較することで、その販売店を特定することが、ある程度、可能になる。

その地域の販売店であっても、すべての折り込みチラシがまったく同じということはないはずや。まったく同じになるという確率は極めて小さいと思う。

これを調べるには、該当すると思われるすべての販売店まで、早朝、実際に新聞を買いに行くしかない。

新聞販売店には、店頭売りの新聞も用意されとる。数は少ないが、実際に販売店まで、その日の新聞を買いに来る客もおるからな。

その新聞にも、折り込みチラシを入れとるのが普通や。その販売店によりやけど、たいていは、それを数十部、用意しとるはずや。

これには、誤配や新聞の不具合(破れ、汚れ、水濡れなど)などの苦情があった場合、すぐに持って行けるようにするためもある。

ここで、断っておくが、その販売店が特定されたとしても、そこの配達員が犯人とは限らんということも言うとく。

むしろ、今回のケースやと配達員以外の人間が犯人やという可能性の方が大きいと思う。

従業員、または配達員が、そうするのは、あんたの所へ新聞を入れることにより、カード(契約)になると踏んだ場合くらいなものや。

そのための見本紙ということなら考えらんこともない。こういう風に突然、新聞が投函されるというケースで、一番多いのがそれやからな。

しかし、このケースは、そのマンションが拡張禁止になっとるということからすれば、それは考え辛い。そうしても何のメリットもないからな。

これについては、ワシも昔、もう7,8年前になるが、その辺りで拡張していたことがあるから『山の中マンション』の幽霊話というのは聞いて知っていた。そこが拡張禁止というのは、その通りやったと記憶しとる。

念のため、今でもそこで拡張しとる昔の仲間に確認をしたら、やはり現在も拡張禁止のままとのことや。

『この犯人について、わかることがあれば教えてもらいたいと思います』

ということで、配達員以外の人間がやったという可能性について考えてみたいと思う。

今回のことが可能な人間は、配達員の他で言えば、その折り込みチラシが入る販売店の配達エリアの住民ということが考えられる。

つまり、その販売店の配達エリアで宅配された新聞を誰かが、その新聞をそのまま、あんたの部屋に入れたかも知れんということや。

それやと、漠然としすぎとるが、良く考えれば絞れんこともない。例えば、隣室の人間がそうしたとしたらどうやろ。

これなら、あんたが飛び出す前に、すぐ自室に引き上げられるから、忽然と姿が消えてたという説明はつく。

あんたが飛び出すまでの時間がどのくらいやったかというのは、良う分からんが、その可能性に絞れば、両サイド3軒くらいまでの住人にそれができたのやないやろか。

それなら、容疑者は6名ということになる。しかし、この場合は、そのマンションには新聞を配達しとらんということやから、顧客というのは考えられん。とすれば、新聞はその中の誰かが、どこからか持ってきたことになる。

考えられることは二つ。

一つは、販売店の店頭販売で買うたケース。もう一つは、どこかの販売店に配達員として勤めとる場合や。

それなら、いずれも午前6時過ぎに新聞が投函されたというのも、ある程度、頷ける。

バイクが発見できんかったのも、その販売店まで自家用車で通勤しとる考えれば納得できることや。

実際に、よほどの近所に住んどるのでなければ、自家用車で来る者も結構いとるからな。

理由は何やろ。

何かであんたを恨んでいて、嫌がらせをしとるのかな。あんたが「嫌がらせか」と感じたように。

それとも、ただの愉快犯か。

このマンションの噂を知って幽霊さわぎを煽って楽しんどるとも考えられる。

その10年前に死んだというマサオという配達員は、白い帽子をかぶっていたということやが、そんな程度の格好をして夜中にマンション内を歩き廻るくらいは誰にでもできるからな。

言うとくけど、ワシは何もあんたの隣近所の人間が犯人やと決めつけとるわけやないで。

可能性ということを考えたら、それが一番辻褄の合うことやと思うだけのことや。

他にも、ワシなんかの気付かんことがあり、犯人が別に存在するということも十分、考えられるから、ただの参考意見、仮説として聞いといてほしい。

『また、その犯人を見つけたとして、何かの罪で警察に通報できるでしょうか?』ということやけど、これは難しいのやないやろか。

脅迫や脅しにもならんし、ストーカーと言うにも弱そうや。結果としての行為は、ただ新聞を差し込んだだけやさかいな。

これを、犯罪として立件するには、それをする人間が悪意持ってしたというのを立証できなあかんと思う。

つまり、そうすることで、あんたに精神的なダメージ、危害を加えようとしたという事実やな。

現状で、例えその人間を見つけたとしても、それを認めん限りは、警察も取り合わんのやないかな。

せやから、この件は、例えその犯人を見つけたとしても慎重に行動した方がええと思う。

もっとも「もう、しないでください」と言う分にはええやろうがな。

せやから、今、あんたにできることは、まずその新聞販売店を見つけるのと、近所の住民について探ることくらいかな。

また、その近所に「最近、僕の部屋に、販売店人以外の誰かが新聞を差し込んでいるようなのですが、不審な人を見かけませんでしたか」と、聞くのも一つの手やと思う。

万が一、その中に犯人がおれば「販売店人以外の誰かが」という所で、ひょっとしたらバレたのかと勘ぐるかも知れん。

そうなれば、ヤバイということで、もう、あんたの部屋には新聞は投函されんやろと思う。

犯人は特定されんでも、結果として新聞は入らんようになるということや。

また、何か調べて分かったことがあれば知らせてほしいと思う。何度も言うが、くれぐれも慎重にな。


アキラは、翌日、その回答を貰って「そういうことも考えられるのか」と感心した。さすがは、専門家やとも思うた。

早速、隣近所をそれとなく探り始めた。

しかし、ここで意外なことというか、考えてもなかったことが分かった。

それは、アキラの隣近所の部屋には誰も住んでなかったということや。少なくとも、ゲンさんが可能性として挙げた両サイド3軒めまでは空き室やった。

もともと、空き部屋が多いというのは知っていた。両隣に誰もおらんということもやが、そこまで空き室が多かったとは知らんかった。

一番近い住民の部屋までは4軒先や。念のため、その部屋のインターフォンを押したが留守やった。

そこの住人とはまだ出会ったことがなかったから、どんな人間が住んどるのかは分からん。

可能性としたら、そこの住民ということになるが、果たして、アキラの部屋に新聞を差し入れて、自室にその姿が見られんように入ることが可能なのやろうかと思うた。

アキラは、先輩の山崎に事情を話して、ある実験の協力を依頼した。

夕方の5時過ぎ頃やった。

「アキラ、それでおれはどうしたらええんや?」

「先輩は、僕がドアポストに新聞を差し込みますから、それと同時に、奥の部屋で横になった状態から靴を履いて外に飛び出してください」

つまり、昨日の朝のことを再現しようというわけや。その犯人役はアキラがすることにした。

実験開始。

アキラはドアポストに新聞を差し入れ一目散に走る。

アキラの部屋のドアが勢いよく開いた。

そのとき、アキラはまだ3軒めの半ばやった。

この結果から考えて、犯人がアキラ以上の走力のある人間やとしても、その姿を見られることなく、4軒めのドアを開けて中に入り閉めるのは不可能に思える。

しかも、山崎よりアキラの方が、もう少し早かったはずや。

そのとき、その4軒先の住民が帰ってきた。

「こら、あかん……」

その住民は、60歳頃のもの静かそうな初老の女性やった。

「あの、失礼ですが、ここへはお一人で?」

ひょっとしたら、息子か孫とでも同居しとるのかも知れんと考えたからや。

「そうですけど、何か……」

「いえ、僕もこの階の人間ですけど、あまり住んでる方を見かけませんので」

そう言葉を濁した。

この初老の女性には、とても無理な芸当や。そう思うと急に全身の力が抜けた。

「ここは、昔から幽霊さわぎで有名ですやろ。みんなすぐ出て行かはりますからな」

「おばさんは?」

「わたいは、そんなもの気にならしません。裏の霊園におじいさんも眠てるよってに……」

「気にならんて……、おばさんはここで幽霊を見たことがあるんですか?」

「どうですやろ。見たと言うたら見たかも知れませんな」

「白い帽子をかぶった若い人とか……」

アキラは思わず、そう聞いた。

「ああ、毎日、新聞を配達してるお兄ちゃんでっしゃろ。今日も配ってはりましたで」

「何やて!!」

アキラには、どう見てもこの初老の女性が、嘘やええ加減なことを言うてるようには思えんかった。

あかん。ここは本物や。アキラは悪寒を通り越し恐怖に取り憑かれた。

それが、翌朝、また差し込まれた新聞を見て、その恐怖が最高潮に達した。

アキラは引っ越しを決意した。こんなわけの分からん所に長居したぁない。犯人探しが結局、幽霊やったやなんて洒落にもならん。

幽霊なんか信じる気はなかったが、物理的な根拠を否定されて、他の可能性なんか考える気も起きんかった。

また、メールで質問することも考えたが、いくら、ゲンさんでも、それは思いつかんやろと思うた。

アキラは急いで、引っ越しの準備に入った。そして、それまでは、山崎の所に転がり込むことにした。もう、あのマンションにはとてもやないが帰れんし住む気になれん。

それから、しばらくアキラからのメールがなかったから、新聞の投函が止み、一応の解決がついたとワシらは思うてた。

そんなある日、アキラから久しぶりにメールが届いた。それによると、逃げるようにその『山の中マンション』を引っ越したということや。

今回の件については今更やけど、アキラが怖がった理由の一つでもある該当者がおらんかったということで、ワシには却って、その犯人像が絞れた気がした。

しかし、それは、当時のアキラには伝えにくいことやったとも思う。

確かな証拠が存在するわけやないから、その話を鵜呑みにされても困る。あくまでも、状況から考えられる推理、憶測の域を出ることのないものやからな。

せやから、ここでは、それをワシの独り言として話す。

誰かが、アキラの部屋に新聞を差し込み、近くの部屋に逃げ込んだというのは、可能性としたら、やはり一番高いことやと今でも思うとる。

その4軒先までは物理的に不可能として、2軒先までならどうやろ。これなら可能性はあるはずや。

ただ、それらは空き部屋ばかりで誰も住んどらん。普通に考えたら誰も入ることはできんはずや。

しかし、それの可能な人間がおる。そこの家主か管理人や。合い鍵を持っとるはずやから出入りは自由やろ。

犯人が家主ということなら、理由は土地建物の売却、あるいは建て替えなどのためということが考えられる。

土地建物の売却の場合、賃貸住宅に入居者が住んどるかどうか、多いか少ないかでは、その売却金額に大きな差がつく。

更地での売却金額が100とした場合、入居者が8割程度を占める物件でその70〜80%、ケースによれば、60%程度まで買い叩かれるということもあると聞く。

これは、その入居者を立ち退かさせるための費用と、建物の解体費用を見込むためや。当然やが、その入居者が多ければ多いほど、その比率が高くなる。

土地建物を高値で売ろうとすれば、賃貸物件の入居者は少ない方がええわけや。

立ち退きも自主的にそうしてくれたら、それに越したことはない。そのために、以前からある幽霊騒ぎを利用したと考えられんでもない。

そして、これは建て替えの場合にも、同じようなことが言える。現在の入居者に支払う立ち退き料というのはバカにならんと聞くからな。

これは、その家主、管理人の可能性が高いとは言うたが、実際は、それを依頼された人間ということもある。

これは昔から、地上げ屋なんかが良う使うてた手法の一つや。幽霊騒ぎを上手く煽れば自主的な退去を促すことができるということでな。

ただ、これは証拠があって言うとることやない。

ワシも、昔、建築業界に身を置いとったことがある。そのとき、その手の話を聞くことがあったから、それで推測しとるというだけのことや。

せやから、これはアキラに言うわけにはいかんということや。

それを言うて、万が一、アキラが証拠もなく、下手にその家主なり、管理人なりに問い詰めるようなことをすれば、やぶ蛇になりかねんからな。

それに、これやと決めつけるにも疑問もあるしな。

それには、本当に土地建物の売却や建て替えを目論んで、一人でも多くの住民を追い出したいのなら、なぜ、ここへの入居者を募集しとったのかという矛盾があるからや。

アキラが入居したのは、賃貸業者からの斡旋やったからな。追い出すのなら、初めから入居させんかったらええだけの話やと思う。

まあ、それも、売却や建て替えを決めたのが、アキラの部屋に新聞を入れ始めた時期と符合するというのなら、納得できんことでもないけどな。

もし、そうやとすれば、その手を使うたのが、何でアキラに対してだけやったのかという疑問も湧いてくる。

そのマンションに後、何軒の居住者がおるのかは知らんが、幽霊騒ぎを利用するのなら、その居住者全体に効果的な方法でするもんやないかと考えるがな。

今回のやり方やと、成功しても効果があるのはアキラだけやからな。果たして、そんな効率の悪いことをするやろかと思う。

他の住民もついでにと考えてたら、張り込んでたアキラには、あっさりとその現場を押さえられてたはずや。

他の住人にも、その日、同じように新聞を投函しようとしていたはずやから、すぐ隣の部屋に駆け込むというような考えも用意もなかったやろうしな。

考えれば、分からんことが多すぎる。

もっとも、ワシは、その現場を見るわけでも確認するわけでもなく、アキラからのメールだけで判断して推測しとるだけやから、どうしても限界はあるんやけどな。

現在、分かっとるのは、その後の『山の中マンション』には、今のところ、表立っての変化は何もないということだけや。


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