メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第112回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日 2006.9.29


■ある新聞販売店、落日の軌跡


「そんな、勘弁してくださいよ」

所長の福永(仮名)は、受話器を握りしめながら必死に懇願していた。うっすら涙目になっとる。

電話の相手は、新聞社の販売部の担当やった。

「しばらく、セールス(拡張員)は入れないでくださいとお願いして、了解もしてくれてたじゃないですか」

「悪い、悪い。そうでしたな。しかし、今月は、もう日程を組んでしまいましたんや。今さら、変更するのもきついし、何とか受け入れて貰われしまへんか」

表面的にはお願いということやが、それには半強制的な意味合いが含まれていた。

全国紙の場合は、たいてい本社と4〜5程度の支社が存在する。

本社、支社毎に販売部がある。その販売部も都市部が販売一部、その沿革が販売二部と分けられ、中には、そのさらに外沿革部である販売三部を擁するという所もある。

そのそれぞれに、専属の拡張団が数社から数十社所属するのが普通や。通常、所属の拡張団は、そのエリア毎に拡張区域を決められとる。

それぞれの販売部の担当は、その区域内の販売店に、所属する拡張団を振り分けて拡張させる。

これは、公平にとか順番といった決め方やない。販売店の意向を重視することもあるし、ある特定の拡張団中心ということもある。ほとんどは、力関係で決まる。この世界は、実力優先社会やさかいな。

どこの販売店にどこの拡張団を入れるかというのは、そういうのを総合して決め、日程という形でスケジュールを組む。

たいてい、月の半ばから後半にかけて、翌月の日程が、各販売店、各拡張団に知らされる。

一旦、この日程を組んだ後、それを変更するとなるとかなり面倒な手間が必要になる。

福永の店に入れる予定の拡張団にそれを伝えるだけやなしに、その拡張団には代わりの入店先を手配せなあかんからな。

そのためには、他の販売店、拡張団の都合を聞いて調整し直すことになる。それが、面倒やから「何とか受け入れて貰われしまへんか」と言うてるわけや。

先々月、福永は、その担当に拡張員は入れないでくれと頼んでた。担当も、そのときはそれを了解したという。

その理由に挙げたのが、入店する拡張員の上げたカード(契約)で客とトラブルになり、信用を大きく落としたからというものやった。

本当の理由は違う。経営が逼迫(ひっぱく)していて、拡張員に拡張料が支払えんためや。

拡張員が入店して、契約を上げると販売店は、その日のうちに、現金でその拡張料を支払うことになっとる。

通常、販売店の経営者は、そのための金を常に用意しとるもんやけど、福永は、その金がないために、必死に食い下がってたというわけや。

拡張員の入店そのものをしばらく断りたいと担当には伝えていた。その分は、従業員でカバーするからと言うてな。

実際、それで先月は拡張員の入店がなかった。

しかし、その担当が今月の日程を組むときに、うっかり、福永の店を加えたというのが今の説明や。もっとも、うっかりかどうかは怪しいがな。

「福永さん、あんたの所は、先月、30本近くも減ってまんな。おたくの従業員さんだけやあかんのと違いますか。今月は、私の顔を立てて、セールス(拡張員)を入れたってくださいよ」

と言うとるからな。

「そんな……」

福永は、その後に続く「困りますよ」という言葉を呑み込んだ。

担当の言わんとすることは良う分かる。営業が入らんから、成績が落ち込んどるやないかということや。

新聞販売は、他店との競争や。どこかの店が拡張員を入れてないというような情報はすぐ流れる。

当然のように、競合他店は、拡張員不在の販売店に狙いを絞る。

通常、お互いの拡張員同士は牽制し合うから、それなりのバランスというものが保たれやすい。

下手に攻撃すれば、攻撃仕返されるということや。ところが、相手にその攻撃のできる兵隊がおらんとなったら「それ行け」となる。

拡張員の増員をする。引かば押せという、初歩的な戦術が生きるわけや。

マトにかけられた販売店は惨めや。よってたかって、ええようにされる。どんな風評を流されても、そう簡単には兵隊不足で振り払えきれんからな。

また、福永のような店は、そのネタにことかかんということもある。トラブルもかなり抱えとることやしな。

実際、その1ヶ月で30部の減というのは、他店の拡張員に切り崩された結果やと言えんこともない。放っておけば、それは確実に増える。少なくとも、担当はそう見とる。

結果として、部数減になってなかったら、担当も何も言わんかったかも知れんがな。あるいは、それが一時的なものなら、まだ黙っていたやろうと思う。

しかし、福永の店は、部数において長期下降傾向にあった。

担当としても、それを見過ごすことができん。担当は担当で、上から叱責されるし、自分の成績や評価にも影響することやからな。

その意味で、福永の店が要注意店と目されとるというのは、容易に想像がつく。

「もう、このお店はだめかも知れないわね……」

事務員のアキコは、そのやり取りを聞いていて、胸の奥でそうつぶやいた。

もっとも、いかにも何も聞こえてませんよという素振りを装い、パソコンへの入力作業を黙々と続けとったがな。

アキコが「だめかも知れないわね」というのは、それだけやなかった。

アキコは、1年前からパート事務員としてこの販売店で働いとる。勤務時間は、朝の9時から夕方5時までや。

それを、昨日になって、福永は「来月から、朝の10時からにしてくれ」と言うてきた。

安い賃金で働くパート労働者にとって、そう通告されるのは痛い。実質的な賃金カットを意味するさかいな。

しかも、事務員がアキコ一人という状況では、仕事時間が少なくなったからというて、できんことはせんでもええということには、ならんはずや。

できんかったら責める。福永とはそういう男や。しかも、それは、誰にでもということはない。弱いと思える立場の人間にそれを向ける。

せやから、従業員にでも、強気に言う場合と下手に出る場合がある。とてもやないが、人間的に尊敬はできん。

その理由が「経費節減のためや」という。それも「最近のガソリン代の高騰で」と言うに及んでは、何をか言わんや、である。

アキコは事務員やから、そのガソリン代の高騰が与える経費の影響はすぐ分かる。

確かにガソリン代は、今年、それもつい最近になって1リットル当たり20円前後は高騰しとる。率にして15%ほどや。

店で常時使うバイクが8台。予備が5台。これに軽のライトバン。そして、福永の高級乗用車。このガソリン代も店の経費で払うとる。

現在、ガソリンスタンドに支払うガリリン代は、総額で1ヶ月12万円ほどやから、その高騰分を15%で計算して18000円余りの経費増ということになる。

アキコのパート代を1日1時間削減すると、1ヶ月25日勤務で17000円前後になる。ほぼ釣り合うという計算や。

しかし、そんなもの福永が乗用車を乗らずに、軽のライトバンを使えば浮く程度の経費や。そんな些末で、しょうもない計算をするより、もっと他にすることがいくらでもあるやろとアキコは思う。

福永は、朝の自分の配達が終わるとほとんど、店に来ることはない。たいてい、自宅に籠もっとる。

通常の店主なら、それだけ部数減があるわけやから、もっと積極的に拡張にでも行くはずや。

それを一切、福永はせん。少なくとも、アキコが勤めるようになってからは皆目ない。

店主がそれやから、従業員も止め押し(契約延長)をするくらいで、新規契約を取ってくるというのは、ほとんどない。部数が伸びるわけがない。

「他で仕事を探そうか……」

アキコは真剣に、そう思い始めていた。

しかし、そう考えてたのは、何もアキコだけやなかった。当の福永もや。

「もう、これ以上は無理やから、店をやめようか」

福永は、最近になって、時折、妻にそう言うてた。

「好きにしたら」

その都度、妻からは冷たい言葉しか返って来んかった。

通常、新聞販売店は最低でも、夫婦が共同でするというのが常識になっとる世界や。

せやから、福永の店のように、妻が仕事も経営もタッチせんというのは珍しい部類になる。

それでも、アキコは知らんが、店を始めた当初は、その妻も一緒にやっていたという話や。

今は、その夫婦関係も冷え込んどる。福永が「店をやめようか」と妻に言うのは、その関係を修復したいという思いがあるのかも知れん。

しかし、ここまで来たら、それも簡単な話やなかった。

「何で、こんなことになったんやろ……」

福永は、それを考えると、何もする気が起きんようになっていた。気力が萎えた。

福永は3年前、40歳のとき、サラリーマンからの転職で新聞販売店の経営を始めた。

福永の勤めとった会社では、折りからの不況のあおりで大規模なリストラが敢行されていた。このままやと、いつその対象にされるかという不安が常につきまとっていた。

いずれ福永も、その浮き目に遭うのは目に見えとる。先がない。そう思うてた。

そんなとき、インターネットで新聞販売店経営者募集の広告が目に止まった。

広告では、素人の方でも大丈夫。即、商売が始められ、利益が生まれる。部数も増やしやすい新聞やと謳っとる。

それは、募集のための宣伝文句なんやが、それに惹かれるものがあった。

福永は、学生時代にアルバイトで新聞配達を3年ほどしてた経験があった。そのとき、何となく儲かる商売やなという印象があった。

その当時、福永が勤めてた販売店は、かなり手広くやっていて儲かっていたようやった。

自宅も豪邸やった。そこの経営者は、車も高級外車に乗り、羽振りも良かったと記憶しとった。

経営者になるためのサポートも、その新聞社が責任持って教えるという。何より、その配達の経験から、仕事の内容は熟知しとるという自信もあった。

それに、このまま、いつリストラされるか分からん不安を抱えとるより、経営者ということになれば、一国一城の主になれる。リストラされる側から、する側になれるわけや。

しかも、新聞は、ほとんどの人間が読んどるから、景気にもそれほど左右はされんやろうと考えた。

そう思うと、福永には、ええ所だけしか見えんようになっていた。決心するまでには、それほど時間がかからんかった。

福永は妻を説得した。説得は比較的簡単やった。そのリストラへの危惧はいつも話してたからな。

ただ、その妻も看護婦の仕事をしてたから、まったく問題がないわけでもなかった。もっとも、福永の仕事が上手く行けば、仕事を手伝うという合意はできていたがな。

妻も、看護婦の仕事に嫌気がさしていた。仕事が過酷すぎる。その割に責任が重く、収入も恵まれとるとは言えん。不満が多かったという。

福永は、まず新聞社の説明会に行った。当然やが、そこでの話は、ええことしか言わん。これはどこの説明会でも一緒や。

新聞社との直接取引だから安心であること。専売制の独占販売であること。すべてが現金決済で手形取引は一切ないこと。新聞社によるサポート体制が充実していることなど、有利とされる点を、いろいろと吹き込まれる。

これは、真に受けるなという方が無理やと思う。そこに行くほとんどの者は、やってみようと気があるんやからな。

たいていは、その場で、申し込むということになる。そこからは、トントン拍子に話が進む。

面接で採用となると、晴れて経営者になるための研修生ということになる。

その研修期間は、新聞社によりまちまちで、すべてが一緒ということはない。それで、新聞社が特定されるのも何やから、敢えてここではその言及を避けることにする。

研修期間が終了に近づくと、新聞社が販売エリアの打診をしてくる。たいていは、既存の店主が廃業を申し出ている所と交代という説明や。

その理由として、現在の店主が老齢、健康上の理由などで廃業するというのが多い。

実際は、成績不良、不正行為発覚、経営不振などで改廃(廃業)に追い込まれた販売店もあるのやが、その内容を詳しく説明することは少ない。

その店毎に、代償金(権利金)というのが必要になる。前任者からその権利を譲り受けるためのものや。これは、部数や地域によってかなり差がある。

福永は、資金との兼ね合いで現在の店の権利を買った。

明日から、即、商売が始められますという謳い文句通り、店舗とバイクや備品はそのまま譲り受け、そこで働いていた従業員、配達員もそのまま雇うことになるから、業務への心配はいらんと思うた。

ただ、地域は住んでいた所からはかなり離れとるから、引っ越しをする必要がある。しかし、心機一転には、むしろその方がええと福永は考えた。

かねてからの約束で、妻も看護婦を辞め、福永に協力することに決めた。

福永からは、販売店の仕事は大変だと聞かされたが、別に朝早く配達するわけでもなく、看護婦の過酷な仕事に比べれば大したことはないと思った。

しかし、福永夫婦にとって、その考えが甘かったと気付くまでに、それほどの時間はかからんかった。

前任者というのは、かなりええ加減な男やったようや。まず、第一に問題になったのは、新聞代の未収金の多さやった。

100件近くで、その総額は200万円ほどにもなっていた。福永が、契約の内容を良く確かめると、確かに売り掛け代金の未収として、それが計上されてあった。

それは、代償金の一部として支払い済みや。つまり、福永が、その新聞代の未収金を回収せなあかんことになる。

福永は、店で一番の古株の従業員にそのことを問い質した。

「集金は、あんたらの業務ですやろ。何でこんなに未収金が多いんですか」

「ああ、それは、前の所長が受け持ってた客のことなんで、私らは知りません」

という返事が返ってきた。

責任は、その場におらん者にすべて被せるということが、世間では往々にしてある。

確かに、前任者がええ加減やったというのは事実やろと思うが、すべてというのも考え辛い。従業員の責任による分も少なからずあるはずや。

ただ、福永にしてみれば、そう言われたら、そうかとしか言いようがない。

それならと、早速、福永は、その未収金の回収に廻ることにした。

「今頃、集金に来て、いっぺん(一度)に、払えて何言うとんねん」

「ワシは、あれほど集金に来いて言うたのに、もう、いらんのと違うんかい」

「急に言われても困ります。それやったら、新聞はもう入れんといてください」

「どうしても払うてほしかったら、所長(前任者)を呼んで来いや」

そう、罵声を浴びせられるだけで、ほとんど回収はできんかった。

挙げ句には「何寝言言うとんねん。何年も前の話やないか。そんなもの時効や」と言われる始末や。

実際、中には3年前の新聞代というのまであった。商売上の売掛金の時効は2年ということになっとるから、そう言われても仕方ない。

もっとも、時効云々を持ち出すまでもなく、1年も放っとけば普通は集不(集金不能)になる。それを素直に支払う客の方が珍しいからな。

サイトのQ&Aにも、たまにそういう相談が寄せられるが「そんなもの一度に払う必要はない。集金に来ん販売店が悪い。あんたの都合、ペースで払えばええ」とワシもアドバイスしとるしな。

結局、福永はその1日で自ら回収に行くのをあきらめ、従業員にそれを振り当てた。

しかし、それも一向に進まず、今持って未収のままや。それどころか新たな未回収が増えとるありさまや。

福永は、経営の何たるかというのを、まったく理解していなかった。特に、新聞販売店は、その経営者の姿勢がすべてを決めると言うてもええ。

今回のケースやと、どうしてもその集金が必要なら、客に理解を求めるように誠意を持って説得にあたるべきやった。

場合によれば、例え、土下座してでも頼み込むくらいの姿勢があっても良かった。

そうすれば、新しい経営者は違うなと客からも評価もされることもあるやろうし、何より従業員が、この経営者のもとでは、ええ加減なことはできんなと考えるはずや。

それを、自分があかんかったから、よう行かんということで、従業員に押しつけても上手く行くはずがない。

従業員が「やはりだめでした」と言うても、それに対して強くは言えんからな。

そして、そういう空気は必ず、経営者の福永を甘く見ることにつながる。従業員の中には、行ってなくても、行って来ましたという人間も現れる。

実際「アホらしいて、やってられん。何でオレらがケツ拭かなあかんねん」と、従業員同士で言うてるのを、幾度となくアキコは聞いていたからな。

どんな商売でもそうやが、楽に儲けられるものやない。それなりの苦労は必ずある。

特に、今回のように、ええことばっかり聞かされとるような場合には、よけい警戒心を持って、自分でちゃんと下調べせなあかん。

言うとくけど、ワシは何も新聞社の説明会で騙されたと言うてるのやないで。それを選択するのは、あくまでも、本人の問題であり責任やさかいな。

実際、それで経営者になって成功しとる者も数多くいとるのやからな。

まだこのHPが開設間もない2年ほど前、サイトのQ&Aに『NO.34  新聞販売所について教えてください』という相談があった。

インターネットで経営者を募集しとる広告を見たんやが、意見を聞かせてほしいというものや。

そのとき、その相談者に、経営者の心得というものをアドバイスしたんやが、ここで、その部分を抜粋する。


ワシが新聞販売店の経営者に必要やと思うことを、これから幾つか挙げるから参考にしてくれたらええ。

@ この新聞販売に携わることで、一番重要なのは人材や。特に経営者の手腕次第で決まると言うても過言やないと思う。

手腕とは経営能力だけやなく、人間関係を上手くまとめる力量のことも含まれる。そのためには自身が魅力的な人間かどうかということも重要な要素になる。優秀な従業員や客の確保に直結するからな。

もちろん、やる気と覚悟も必要や。もっとも、新しい事業に挑戦しようというのやから、そのくらいは承知しとるとは思う。

A 新聞販売業界には精通してた方がええ。広告では、素人でも研修期間を終了したら大丈夫のようなことを書いとるが、ずぶの素人では厳しい。

自身が精通してない場合は、必ずそういう人材を確保しておくことや。その人間と信頼関係にあり、店長に据えられるようでないと成功は難しいと思うてた方がええ。

新聞販売所では、トップが先頭で常に仕事する姿勢が重要になる。トップの仕事ぶりがそのまま他の従業員の仕事ぶりに影響する。

あの人には頭が下がると従業員に思わせるくらいで普通なんや。特に、初期において、それは重要な要素や。

一番危険なのは、すべてが出来上がった状態の店に、経営者としてだけ入ることや。一見、楽そうに思う。現実に、商売が成り立っているように見えるんやからな。

当たり前のことやが、経営に問題がなければ、経営権という利権は誰も手放さん。当然、何かあると考えるべきや。

もちろん、前の経営者が、ずさんやったということもあるから、一概にその店の状況が悪いとは言えん。経営者が変わって立て直した所は何ぼでもあるさかいな。

それには腹心の部下は欠かせん。前の従業員が、新しい経営者を歓迎するとは限らんからな。軋轢が生まれればそれで終いや。それを補える人材がどうしても必要やと思う。

B 商売やから、資金力も重要な要素や。どの程度の資金力が必要なのかと聞かれても、これだけあればええとは言えん。新聞社、地域、販売所の規模によっても大きく違うからな。

せやから、ワシとすれば、あればあるほどええと答えるしかない。少々の失敗は支えられるくらいにな。

どんな商売でもそうやが、最初から順風満帆とは行かんもんや。その中でも、特に新聞販売店は厳しいと思うといた方がええ。

あんたの質問にもあることやから、ついでに言うが、規模の大小のラインは、大体、公売部数が3000部やというのが一般的な見方や。小さい所やと500部程度の2,3人で配達しとるような所もある。

その広告にも、資金500万円から可能のようなことを言うてるが、それやと、例え500部の店舗でも無理やとワシは思う。

C それらが、問題なければ、次は実際に募集しとる地域のリサーチをせんとあかん。その新聞販売店がその地域でどの程度にランクされとるかを知ることや。

新聞販売店には、必ずその販売所の販売範囲というものが決まっとる。そこの総世帯数と実際の購読部数との比較や他新聞との比較を考える。

そこで、トップやと有利やけど、常識的に言うてこういう所の募集は少ない。最下位というのも考えもんや。圧倒的にシュアが低ければ、問題も多い。

一番大きなのは、折り込みチラシが少ないことや。これは、勧誘しとるワシらにしても拡張しにくい地域になる。まだまだ、折り込みチラシの多少で新聞購読を決める人間、特に主婦層は多いからな。

地域での、その新聞の評判も調べておいた方がええ。特にその新聞の拡張員の評判が悪いと、後々の部数拡張もしんどいからな。

もっとも、これは、時間がかかることを覚悟の上なら、その悪評の挽回は不可能やないとは思うがな。

D 新聞社からの購入部数と実際の購読部数の開きを、確かめとかんとあかん。その開きが10パーセント以上あるようやと、経営を圧迫する恐れがあるから考えた方がええ。

まだ、他にも考えなあかんことがあるかも知れんが、ワシの意見としてはこんなもんや。

悪条件ばかり重なってるからと言うても、失敗するとは限らん。実際に成功しとる経営者もおるからな。


この中でも、指摘しとるが、一番危険なのは、そのまま経営権を買って、単身で乗り込む場合やと思う。

よほど、この業界に精通してるか自信がない限りは、止めておいた方が無難やろな。

この相談者のように、得意分野でないことを始めるのなら、まずはその道のプロの意見を聞くことや。間違うても、この福永のように、募集する側の話だけ聞いて、それを鵜呑みにせん方がええ。

福永は、この販売店の経営が、これほど苦情の多い仕事やとは知らなんだ。

特に、妻がそれに音を上げた。

事務仕事は妻が受け持つことになった。当然、電話番もしてた。

新聞販売店なら、当たり前やが、不配、誤配などの苦情電話が朝かかる。

普通は「まだ、新聞が入ってないんですけど」と言う程度やが、中には「こら、どないなっとんねん。いつになったら新聞入れんねん。早よ、持ってこい」と怒鳴る客もおる。

そして、以前からの集金が来んという苦情の電話も相変わらず多い。

さらには、前任者のときに契約したという客からの苦情もある。多くは、商品券などの約束したものが届いてないというものや。

また、入店した拡張員に対しての苦情も後を絶たんかった。

「門扉を蹴飛ばされて壊れたから弁償しろ」あるいは「暴言を吐かれたから、謝れ」「騙されて契約したから、そんなのは無効や」という類のものや。

妻は、その対応に追われたことが原因で、ついには精神に異常をきたして、一時、入院するという事態にまでなったという。

それから、妻が店に出ることはなかった。

福永が、昼以降、自宅に籠もりがちになったのは、その妻のことがあったからやった。一人で放っとくことができかったらしい。

アキコが、事務員として勤め出したのは、そんなことがあった後やった。

福永が、そんな状態やから、店の経営が上手くいくはずがない。当然のように徐々に赤字が膨らんでいった。

それでも当初は、まだそれなりの蓄えがあったから何とかやって行けたが、それも底を突き、借金せなあかんような状態にまでなった。

そして、ついには、その借金のできるあてもなくなったようや。アキコはそう感じていた。

そんなときに、冒頭の電話がかかってきたというわけや。

「好き勝手なことばかり言いよってからに……」

福永は、受話器を戻すと、そう毒づいた。

「アキコちゃん、悪いんやけどな、来月から、夕方も3時まででええから」

福永は、それだけを口早に言うと、そそくさと事務所を後にした。

アキコは「好き勝手なことを言うてるのは誰ですか」と思わず、叫びそうになった。

「絶対に辞めてやる!!」

福永の後ろ姿をにらみつけ、アキコはそう心に誓った。

販売店の落日は近い。経営に疎いアキコにも、それくらいは予想できる。


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