メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第113回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
     

発行日 2006.10. 6


■民事裁判への考え方


「絶対に訴えたる!!」

テレビの法律番組の影響が強いのか、最近、些細なことでも、こういうことを言う手合いが増えた。

ワシが拡張で入店した販売店にも、そう言うて怒鳴り込んできた若い男がおったからな。

「こんなのは詐欺やないか。約束の物を出せや。出されへんのやったら訴えるからな!!」

と、その男は語気を荒げとった。えらく威勢ええ、まだ二十四、五歳くらいの若い男や。

その男は山下(仮名)と名乗った。

山下の言い分はこうや。

○○団の大崎という拡張員が、10日前、山下の家に拡張に来た。

そのとき、大崎は6ヶ月契約で「1万円分の商品券と洗剤6ケースを渡すから契約してくれ」と言うたとのことや。

約束では1週間後の後届けということになっていた。

大崎の名刺の裏には「1週間後の○月○日に、1万円分の商品券をお渡しします」と確かに書かれとる。洗剤6ケースは、その場で貰うたという。

但し、その大崎は「私が直接、持って来ますので、販売店の方には内緒にしてほしい。販売店から、今日の礼として電話が入ると思うから、そのときは洗剤だけ貰ったと返事をしておいてほしい」と頼まれたということや。

客に感謝のための電話をかけるというのは、半分は建前で、これは監査というて、その契約が正しいものかどうか、契約者本人に確認するためという意味合いがある。

多くの販売店では、拡張員のカード(契約)は疑ってかかれというのが常識やさかいな。

もっとも、過去の長い歴史があるから、それも無理はないがな。拡張員に騙されて痛い目に遭うた販売店は数知れずある。

しかし、それにしてもこういう事案は、いつまで経ってもなかなかなくならんものやとつくづく思う。サイトのQ&Aの相談にも、この手の話は多いしな。

「何度も言うてるように、うちでは、6ヶ月で1万円の商品券のサービスなんかは、してまへんのや。契約の解除なら、そうしまっさかい、それでよろしいやろ」

店長の大石(仮名)は、いかにも持て余し気味という感じでそう言うた。

店長の大石の言う通り、そんなサービスは、ここではしとらん。しとるのは、6ヶ月契約の場合、洗剤6ケースだけや。

つまり、正規の景品分は、大崎は渡しとるということになる。おそらく、それでは、この山下は承知せんかったので、1万円の商品券の話しを持ち出した。そういうことやろうと思う。

その大崎という拡張員は、他団の者やし面識もないから、どんな人間かは知らんが、おそらく、その場で、この山下のカード(契約)ほしさに自分で何とか都合をつけようとでも考えたのやないかな。

その都合がつかんかったか、済んだことやと考えて放っておこうと気が変わったというところやろ。あるいは、最初から騙す気やったのかも知れんがな。

いずれにしても、その約束の期日が過ぎとるわけやから、約束違反には間違いない。

山下は、その大崎の名刺に書かれている携帯電話に何度も電話したが、連絡がつかず、埒があかんから販売店に押しかけて来たという。

「その大崎という営業員は、お宅の人間やろ。あんたの所の社員証も見せられたで。せやったら、その人間に対して使用者責任というのがあるやろ。営業員の言うたことには責任持てよ」

山下の言い分には、それなりに筋が通っとる。しかし、この後が頂けん。

「ほな、どないせぇちゅうねん」

店長の大石は、比較的おとなしく山下の話を聞いていたが、若い上に態度があまりにも横柄なためか、少し気色ばんだ物言いに変わった。

山下は、そんなことは意に介せず続けた。

「約束通り、1万円分の商品券を出せや」

「アホか」

「そうか、そっちがその気なら、こっちは出る所へ出るで」

「好きにしたらええがな。こっちは、お前みたいな者(もん)に構うとる暇はないんや。早よ帰ってんか」

実際、大石もこれ以上、こんな人間と関わっとったら、過去の経験からも、ろくなことにならんというのは良う分かっとる。

「お前みたいな者?そうか、分かった。これは、明らかに騙しやから、詐欺で訴えたるからな」

「お客さん、これは詐欺にはなりまへんで。警察に行っても、門前払いが関の山やと思いますよ」

ワシは、それまで、おとなしく、そのやりとりを聞いていたが、つい、そう口を挟んだ。

以前なら、こんな揉め事は放っといた。これも、サイトでQ&Aの相談を受けとる影響かなと思う。

「どういうことや?」

山下は、ワシの方を、じろりと睨みつけながら、そう言うた。

かなり、向こう意気の強そうな男や。喧嘩にも自信があるのやろ。まあ、それと世間知らずということもあるやろうがな。

「詐欺罪の成立要件は、人を欺いて錯誤に陥らせ、金銭や財物を搾取することや。あんたの場合は、そういう意味では何の被害もないはずやろ」

「せやけど、騙されたという事実はあるで。それに、新聞代を払うことになるから、金銭を騙し取られるということに当たるやないか」

どうしようもない人間というのは、どこにでもいとる。自分の主張が絶対正しいと思い込み、それを押し通そうとする。

こういう、無茶なごり押しをする人間を「ヤカラ」と言う。そういう人間にとって、悪いのは、その相手でしかないわけや。

「それは、通らん話や。新聞代は、新聞という商品に対する正当な対価や。それを払うのに詐欺も何もないやろ。嘘をついたと言うのなら、まだ分かるがな。せやけど、実害のない嘘をついたというくらいでは事件にはならんで。それに、店長は、その契約も解除すると言うてんのやから、これ以上、何も言うことはないのと違うかな」

「そうは、いかん。詐欺罪が成立せんのなら、契約不履行ということで民事で訴えるまでや。オレの受けた精神的慰謝料も請求する」

ここまでくると意地以外何ものでもないと思う。

おそらく、当初は「訴えるぞ。裁判するぞ」と脅せば、簡単に要求が通ると思うてたのやろうがな。その思惑が外れたから、尚更ということのようや。

「あんたは、今まで、そういう訴えなり、裁判をしたことはあるのかな?」

「……ない。そっちは?」

「ワシなら、腐るほどある」

ワシは、昔、ある建築屋で仕事していたとき、工事の責任者(工事部長)していた関係から、トラブルの処理を数多くしていた経験がある。

建築屋というのは、価格とできばえが顧客にとっては、釣り合わんということが往々にして起きる業界や。

特に、住宅リフォーム工事にそれが言える。住宅リフォームの場合は、似たような工事であっても、一軒づつ事情や状況、条件が違う。

施工する側は、値段に見合う工事はこれくらいやという意識を持つし、客側は金を払う以上、最高の仕事を望む。そこに、ギャップが生じ、許せないと思う客も現れる。

あるいは、施工業者の不注意、ミスによる欠陥や、初めから利益のために手抜き工事したというのが発覚するというケースもある。

もちろん、ワシも、できるだけのことはしてきたつもりやが、そこは宮仕えの悲しさというものがある。

トラブルも金銭的な余裕があれば簡単に解決のつくことが多い。最悪、やり直しという方法もとれるさかいな。

しかし、会社がそれに対して金を出せんと決定すれば、その範囲でしか、ワシとしても交渉はできん。正直言うて、そういうトラブルは、こちらに引け目がある分、精神的にきついし辛い。

また、その工事の施工中、施工後に、近隣の住民から苦情を持ち込まれることもある。

そういうトラブルが嵩(こう)じると、民事裁判に発展することが希にある。

そういう人たちから会社が訴えられるわけや。ワシは、工事の責任者として、それを担当することが多かった。

ワシが、経験した裁判事例は、調停も含めると、約10件ほどになる。約5年ほどの間やから、多いか少ないかは、意見の別れるところやろと思うがな。

これから、その経験をもとに、民事裁判で訴えられた側の対応について話す。

会社には、専属の顧問弁護士がおる。

訴えの訴状が簡易裁判所(または地方裁判所)から会社に届くと、顧問弁護士のところにそれを持って行く。

そこで、比較的簡単に片づく、あるいは金銭的にも負担が少ないとなれば、相手側と示談の交渉に入る。

調停、裁判もやむを得ずと判断すれば、その準備に入る。

しかし、たいていは、そこに至るまで、かなり揉めとるから、当然、ワシもその経緯を熟知しとる場合が多い。相手の性質もほぼ掴んどる。

中には、ワシらからすればその程度というようなことを針小棒大に言い立てる人間も結構おる。また、そこまでは、面倒見切れんやろということを要求する者もおった。

今回の山下のような人間やと思うて貰うたらええ。相手の側を理解しようとせん者やな。揉め事を起こす典型的なタイプと言える。

それでも、ワシはたいていの者なら話し合って収める自信がある。ただ、世の中には道理や理屈が通用せん人間が存在するのも、また確かや。

もちろん、先にも言うた通り、会社に落ち度があって、金銭的な理由から交渉ができんということもあるから、一概には言えんがな。

しかし、どんな場合でも、裁判を起こされた方は、全力で対抗せなしゃあない。

裁判の場では、正義云々ということより、いかに勝つかということに凌ぎを削ることになる。

裁判というのは、まず勝たんことには意味がない。それが第一義となる。

第一回口頭弁論期日に、会社の代表としてワシと弁護士が赴く。相手側は、訴訟人と弁護士が来ることもあれば、弁護士のみの場合もある。

裁判所に行くと、その日の裁判事例が掲示板に貼り出してある。それで、その部屋と担当裁判官名が分かる。

時間前に行き、その部屋の前の長椅子に据わって時間を待つ。たいてい相手側も来とる。お互い、見て見んふりをするがな。

初日は、お互いの弁護士が、書類や証拠の提出をすることが主な目的や。その後、次回の期日の設定に入る。

裁判官が、次回の期日を示す。すると、双方の弁護士は、おもむろにスケジュール帳を取り出し、自分の都合を言い合う。

その日が、折り合えば、それで決定されるが、折り合えんかったら、裁判官も次々と期日を示す。

これは、裁判官の日程もあるから、三者が一度で折り合うということは、ほとんどないようや。少なくとも、ワシはそういうのは見たことがない。

日本の裁判が長引く原因の一つやと思う。

最初の一、二回はそんな感じで、調停とはいうても、話し合うというのにはほど遠い。初めてその場に立ち会うたときは拍子抜けしたもんや。

これは、日本の裁判が、書類、証拠を重視するものやからや。本格的なものは、その書類がお互いに交換されたところから始まる。

その書類を弁護士が持ち帰って、次回の口頭弁論期日までに、相手の瑕疵、弱点、矛盾を探して、それを突っ込む書類を作成する。要するに揚げ足を取るわけや。

ワシにそのための意見を求める。こういう、業者相手の裁判は、よほど弁護士がしっかりしてないと勝つのは難しいというのが定説や。

業者は専門家やから、どうしても知識は上やさかいな。

実際の現場に裁判官が行って、実物を見て判断すれば明らかなことでも、書類と写真程度で判断するから、専門家からすれば、どうにでも言い含められると考えるわけや。

さらに言えば、建築屋には、一級建築士、一級技能士という国家資格を持った連中が必ずおるから、その見解を添えれば、それを打ち破るのは、かなり困難になる。

時期を見計らい裁判官は、本裁判に進むか、和解するかの選択を問うてくる。和解に合意すれば、そこで終わる。

本裁判に進めば、今度はテレビにあるような法廷の場で争うということになる。ここでは、証言というのも重要な要素になるから、その話し方の巧拙でも有利不利というのがあるようや。

ワシは、根っからの営業マンやから、相手を説得する話術には自信がある。若い頃から、その研究、勉強も徹底してしていたからな。

そのせいか、弁護士からは「ゲンさんの説得力ある話しぶりは、大変、心強いです。あれだけ、堂々と法廷で話せる人はそうはいませんよ」と褒められたことがある。

余談やが、サイトのQ&Aの法律顧問をして頂いている法律家の今村先生から「ゲンさんの法的理論はプロ顔負けですよ!センスの良さを感じます」という賛辞を頂いたことがある。恥ずかしい限りやがな。

そのせいか、どうかは定かやないが、ワシが立ち会った民事裁判で完全敗訴したということはなかった。

もっとも、こういう裁判では、たいてい和解を選ぶことの方が多いということもあるのやけどな。判決までもつれ込むのは希や。

つまり、真実がどうかということより、文書であるとか話し方であるとか、そういった事務的、表面的なことが民事の裁判では、評価の対象になり、勝負を左右するというのが、このときの経験で良う分かった。

せやから、明らかに会社側の落ち度やなと思えることでも、結果は、それを訴えた客側に不利に作用したということが幾度もあった。

気の毒やとは思うが、それは、ある意味、仕方のないことやという気がする。

裁判というのは、喧嘩であり戦いや。勝つこともあれば、負けることもある。その戦いを仕掛けた以上、やむを得んことや。

裁判での戦いは、相手の良心を期待できるものやない。情けにすがるのなら、最初から話し合いに徹して、裁判などは止めておけばええことやさかいな。

勝つためには、どんな手でも使う。特に、弁護士にそれが言える。負けたら大した銭にならん。そういう仕事やさかいな。

裁判を始めるのなら、そこまで覚悟しとかなあかんことやと思う。ただ、怒りに任せただけの甘い考え方やと、たいてい負けるというからな。

これは、業者が訴えられたケースやが、ついでやから、業者から一般人が訴えられたケースも言うておこう。

本当は、この新聞勧誘のトラブルで、販売店が購読者を訴えたという判例があれば、一番ええんやが、残念ながら?それはない。

せやから、多少シュミレーション的な感じになるが、参考にして貰えれるようならそうしてくれたらええ。

普通、裁判になると、弁護士を雇ったり裁判所に出向いたりで、かなり金がかかると思われるやろけど、弁護士を雇わんかったら、訴えられた側は、交通費くらいしかいらん。

民事裁判は絶対に弁護士を雇わな出来んということでもない。実際、ワシは、弁護士も立てず、向こうの弁護士とやり合ったことがある。

そのときの結果は、ワシに有利な和解になった。多少の法律知識と度胸があれば素人でも何とかなるということや。

もっとも、それには、訴えられた内容が、最初からこちらに有利やと思えるものやないとあかんがな。黒を白と言い含めて裁判で勝つようなことは、素人には無理やと思う。

裁判所に行くために仕事を休むことがあるかも知れんが、弁護士を雇う費用のことを考えれば、安いもんや。

裁判所の出頭通知というものが来る。指定された期日と時間には必ず出向かなあかん。絶対に行かなあかんのは、出頭通知にも記載されとる人間や。

代理人を立てるのなら、弁護士を雇うしかない。その場合は、弁護士だけでもええ。

出頭通知を無視して放っておいたら、いくら分のあることでも、民事では一方的に相手側の言い分がすべて認められ有利な判決が下されるからな。

民事の場合、初めは調停から始める。

その場所もこじんまりとした会議室みたいな所が多い。中央に大きめなテーブルがあり、その回りに輪になって座る。対面の場合もある。

裁判所の方は、裁判官と書記官が立ち会う。裁判官の服装も普通の役所の人間が着てるスーツ姿や。喋り方も取り立てて変わっとる所もない。

訴えた側は、弁護士と訴えた人間が来る。弁護士だけの場合もある。

訴状の説明があり、認否を訴えられた人間に聞く。間違いと思うことははっきり言う。訴えられた側が理不尽と思っている場合は、普通は争う姿勢を示す。

ここでのポイントは、相手方に理解を示すような発言をする必要は微塵もないということや。裁判の場では、度量の大きさを見せてもあまり意味がない。

むしろ、こんなことまでもと思うようなことでも、相手の落ち度となることは徹底的に探して言うという姿勢になることや。

そのためには、証拠となるものは出来るだけ多く集めて持ってくることや。特に契約書は必ず持参する。勧誘時の状況は詳しく文書で作成しておく。

事実の通りにする方が無難やが、多少の誇張は構わんと思う。嘘はあかんがな。

相手の弁護士も、そちらの不備を突っ込んで来る。

ここで、理不尽やと思って腹を立てん方がええ。裁判とはそうしたもんや。

特に弁護士は依頼人に落ち度が高いと思うても、少しでも有利にすることが仕事なわけや。そのためには相手の落ち度を突くしかないのやからな。

この考えを理解しとらんかったら、いくらこちらが正しいと思っていても足下をすくわれる畏れがある。正しい者が裁判で勝つとは限らんという現実は知っておいた方がええ。

裁判官はそれらのことが形式通り済むと、どちらか一方を室内に残し、他方を室外で待たす。

それぞれと面談する。裁判官は双方の話しを聞いた上で、助言という形で意見を交え、相手の方針を確かめる。調停にするか本裁判に進むかや。

参考までに、本裁判に進むと、法廷での争いとなる。これはテレビドラマで見るような物々しさがある。この時には、弁護士を雇う方が無難やろと思う。

慣れん者には、この雰囲気自体が強烈なプレッシャーになる。こちらに弁護士がいなければ、相手の弁護士の攻撃を防ぐのは至難の業やからな。

因みに、弁護士費用やが、その弁護士によっても事件の程度によっても違いがあるが、民事の場合は一件、30万円程度が一般的な費用やとされとる。

それでも、新聞の購読契約のトラブルを引き受ける弁護士は少ないと思う。その定額の報酬しか得られんからな。

弁護士というのは、やはり、成功報酬の大きい依頼の方に惹かれる。あるいは、大事件で名前を売れる場合か、実績作りに役立つと考えるケースやな。

テレビのサスペンスドラマに登場するような手弁当で報酬なんか関係ないという正義派の弁護士もどこかにはいとるのやろうけど、残念ながら、そういう人とは未だかつて出会ったことはない。

「訴えるには、金がかかるのもそうやが、証拠を集めたり、いろいろ大変やで」

弁護士を雇ったら、その弁護士が動き廻るもんやと思うとる人が多い。これも、テレビドラマの影響やと思うが、普通、この程度の民事裁判では、そんなことをすることは、まずない。

依頼人の言うことを文書にして裁判所に提出するくらいや。証拠は自分でかき集めるしかないやろな。

「それで、手間暇かけて、あんたの言うことが通ったとして、得る物は、僅かなものだけやで」

「……」

「あんたの要求する1万円分の商品券というのは、まず無理やろな。それは裁判での勝ち負けとは別に、あんたの請求自体に違法性があるからや」

販売店の客に対する景品付与は、景品表示法で厳しく制限されとる。

それによると、客に渡すことのできる景品の上限を取引価格の8%又は6ヶ月分の購読料金の8%のいずれか低い金額の範囲ということになっとる。

俗に業界で言うところの「6.8ルール」というやつや。

この法律で言えば、6ヶ月契約以上はすべて同じ金額相当の景品以内ということになる。つまり、6ヶ月契約も1年契約も渡す景品は同じやないとあかんということになる。

全国紙の朝夕セット価格で計算すると3925円×6ヶ月×8%=1884円となる。この1884円というのが、渡せる上限の金額分ということになる。

これ以上は違法となり、この法律で摘発される畏れがあるということや。

この辺りでは、1年ほど前から、どこの販売店でもビール券とか商品券という金券は扱わんようになっとる。

上限が1884円なら、そんな金券を渡してたら言い逃れができんさかいな。今は、洗剤か品物オンリーの所が多い。

これなら、違法性を問うのは難しいと考えられとるからな。

法律は上限額を決めとるだけやから、それ以下で仕入れたと言えば、それまでや。実際、品物なら安く買える所は、どこにでもあるさかいな。

「裁判所が、その景品表示法を無視するような金額の景品付与を認める判決を下すことはないわな。あんたも、それくらいは分かるやろ?」

「……」

山下は、それでも、まだ何か言いたそうにしとったが、やっとあきらめたのか、おとなしく引き上げて行った。

「ゲンさん、さすがですね。助かりました」

「それにしても、よその団のことやから、あまり言いたぁはないけど……」

「分かってます。大崎は、出入り禁止にしました」

拡張員の多くは、同じ手口を繰り返す。大崎もそれに洩れず、あちこちで同じことをやり、揉めてたという。

せやから、山下の態度に多少、腹も立ったが、またかという思いで食傷気味やったから、大石も怒って喧嘩をするというところまでは行かんかったわけや。

それにしても、いつになったら、こういうトラブルはなくなるのやろうかなと思う。


追記 私の場合はどうなるのでしょうか?

投稿者 匿名希望さん  某新聞販売店経営者  投稿日時 2006.11.15


はじめまして、某新聞販売店の経営をしている者です。

ネットで新聞販売店と従業員とが争った裁判関連の事案を調べていて、このページを知り、食い入るように読ませて頂きました。

私は現在、配達のパートと揉めて困っているのですが、是非私にアドバイスしていただけないでしょうか。

その相手というのが、ゲンさんが本文で、


どうしようもない人間というのは、どこにでもいとる。自分の主張が絶対正しいと思い込み、それを押し通そうとする。


と仰っていた箸にも棒にもかからないような人間なのです。

経緯をこれから、ご説明します。

3ヶ月ほど前、当店の折り込みチラシに配達員の募集広告を出しました。当方の慣例として「使用期間3ヶ月、その後延長の可能性あり」 としていました。

その男Aが面接に来て雇うことにしました。一応、雇用契約書も結び、3ヶ月契約としました。

Aは他に仕事を持っていなかったということもあり、頑張り次第では専業員(正社員)にしてもいいかなと思っていました。

最初の1ヶ月間は不配や誤配などのミスが多かったのですが、初めての経験だということで大目に見ていました。

しかし、3ヶ月目になっても不配や誤配などのミスが直る兆しがないため、使えないと判断して契約の延長はせず、また新に配達員を募集をするつもりでいました。

そんなある日、顧客から「雨に濡れて新聞が読めない」という苦情を当番の専業Hが聞き、急いで新聞と粗品を持って、その客宅に行ったそうです。

その客は「今月はこれで2回目だぞ。いいかげんにしろ。もう解約する」と物凄い剣幕で怒っていたそうですが、専業Hが平身低頭に謝ったことで、今回だけはということで何とか許してもらったようです。

私はそれをHから聞いて、すぐにAに電話しました。

「昨日、雨が降るから、濡れそうな家には包装機で新聞を包んで配達するように言っていただろ。雨で新聞が濡れていたと客から苦情が入っていたぞ」と。

私は、てっきり「すみませんでした」という言葉が返ってくるものとばかり思っていましたが、それどころか「それは俺のせいじゃない」という返事を聞き、耳を疑いました。

「どういう意味だそれは?」と、多少腹立ち紛れに聞き返しました。

「あの家のポストは小さすぎてビニールに入れると入りにくいんだ。最後まで落とし込めば大丈夫と思っていたけど、後ろの蓋の閉まりが甘くて落ちたみたいだ」

「バカやろう。それが分かっていたのなら、何でそのことを言わなかったんだ。ポストに問題があるのなら、うちの専用ポストを取り付けたらいいだけの話じゃないか」

「それは、そっちで事前にしておくべきことだろ。そのポストが具合悪いのは、今に始まったことではないはずだ。何年、新聞販売店やってんだ。それくらい、俺を雇うまでにちゃんとしておけよ」

「バカやろう。お前は新聞配達員の仕事というものが分かってないのか」

「バカやろう。バカやろうと二言目には、そればっかり言いやがって、俺は配達員だが、客でもあるんだぞ。もっと言葉使いに気をつけろ」

確かにAは以前からの顧客の一人です。だからこそ、うちの求人募集を見て応募してきたのです。他の配達員も大半がそうです。

以前から、おかしな人間だと思っていましたが、このやり取りでAといくら話し合っても無駄だと感じて通告しました。

「もういい、お前とは話しにならん。もう契約の延長はしないからな」と。

「解雇ということか?」

「解雇ではない。契約の延長はしないということだ」

私はそう言って電話を切りました。

その日の朝刊の配達にはAは出て来ず、電話をしても出ませんでした。仕方なく、その日休みだった専業に急遽、無理を言って配達させました。

その日の昼頃、労働基準監督の担当者という人から電話がかかってきて、Aが私に不当解雇されたと泣きついて来たと言うのです。

私はそれは違うと事情を詳しく話すと分かってもらえましたが、その後、Aと連絡が取れると、「俺は今まであんたに意味もなく怒鳴られ、パワーハラスメント受けたから訴えるぞ。それが嫌なら不当解雇の受け入れとして、平均賃金の6ヵ月分支払え。それで我慢する」と、とんでもない要求をしました。

「そんなバカな要求が呑めるか」

「そうか、それなら裁判で決着をつけるから覚悟しとけよ。俺は裁判では負けたことがないんだ」

Aとはそれから一週間ほど音信不通ですが、本当に裁判してくるのか、訴えられて負ける要素があるのか、新聞社にこのことが知られるとまずくなるのか、いろいろ考えている時、このページを知りました。

ゲンさんが、Aと良く似た山下という男を鮮やかに退けた話を見て、是非ともアドバイスがして欲しくてメールしました。

どうかよろしくお願い致します。


回答者 ゲン


本来ならこれはQ&Aで回答するところやが、ここでした方が効果的やと思うので、追記という形にさせて貰った。

そのAという男は、まさしくワシが山下に対して言うてたように、『自分の主張が絶対正しいと思い込み、それを押し通そうとする』どうしようもない人間やな。

まあ、この手の男は、それほど珍しい存在でもないがな。

普通の者なら、このケースで訴えてもどうにもならんということが分かるのやが、このAのように思い込みの激しい偏執的な人間なら本当に裁判に訴えるということもあり得る。

例えそうなっても、あんたが負ける要素は何もないから心配する必要はないと初めに言うとく。

『雇用契約書も結び、3ヶ月契約』が過ぎることで契約を更新しないというのは正当な行為やから、そうしても法律的には何の問題もないやろうと思う。

まして、不配や誤配などのミスが続いたために契約を更新したくないというのは当然のことやわな。それでも雇い続けろという方が、どうかしとる。

しかも、『平均賃金の6ヵ月分支払え』と言うのでは話にもならん。ふざけるにもほどがある。

最近、このAの言うようにパワーハラスメントという言葉を使う者が現れるようになったが、その意味を正しく理解しとる人間はまだ少ないやろうと思う。

まあ、そんな言葉を使うことで煙に巻いて相手を屈服させるつもりなのかも知れんがな。稚拙すぎて話にもならんが。

最近になって、あんたの住んでおられる県で、パワーハラスメントの定義と指針が策定されたという報道があった。

それには『職場の上司が本来の仕事の範囲を超えた権力を行使し、部下の人権を侵害する言動を取り続けて就業環境を悪化させること』とある。

この問題で労使間の労働争議が増えつつあるようやが、今のところ『パワーハラスメント』を認定して労働者側に有利に裁定した裁判事例はないようや。

あんたの場合は、『不配や誤配などのミス』に対して、思わず「バカやろう」という言葉を使って注意していたというのが、それに該当すると、Aが考えたのかも知れんが、それはパワーハラスメントの定義にある『職場の上司が本来の仕事の範囲を超えた権力』ではなく正当な仕事の範囲内での行為やと考えられる。

どうやら、そのAは新聞配達員の仕事そのものが、どういうものかという基本的なことが分かっとらんようやな。

『購読者からの電話で新聞紙が雨に濡れていた』という事実に対しては明らかに配達員の責任や。それについて、あんたが叱責して注意したというのも正当な業務行為と言える。

新聞の配達員は単に新聞を配達すればええというだけではあかん。読める状態で客宅にまで新聞を配達する義務がある。それが仕事や。

雨が降っていたら、ビニール袋に新聞を入れて届けるのは配達員としては当然のことで、経営者のあんたの『雨が降るから、濡れそうな家には包装機で新聞を包んで配達するように言っていた」という指示を無視したというのは業務命令違反になる。

しかもAは、それ対して謝罪するでもなく『あの家のポストは小さすぎてビニールに入れると入りにくいんだ。最後まで落とし込めば大丈夫と思っていたけど、後ろの蓋の閉まりが甘くて落ちたみたいだ』と開き直って責任逃れに終始しとる。

プロ意識の欠片もない人間と判断されても仕方がない。

例え、Aの言うとおりやったとしても『新聞が雨に濡れていた』ことの理由にはなっていない。結果として雨に濡れた新聞が客宅に届けられている以上、配達員として、するべきことをしていなかったということになるさかいな。

『私からは知る余地も無く後ろから落ちていました』というのも、例え知らんかったことでも、その客宅まで行ってまずはそのことを謝り、その状況を客と確認するべきやったと思う。

百歩譲って、ポストに問題があるのなら、あんたの言うように『うちの専用ポストを取り付けたらいいだけの話じゃないか』という対処で良かったわけや。大半の新聞販売店には新聞社のロゴ入りのビニール製の専用ポストがあるさかいな。

あるいは、その客と相談して、雨に濡れないような場所に新聞を置くといった工夫をするべきやったと思う。

それを経営者であるあんたに伝えていて、それでも何もして貰えなかったのなら、あんたにも責任があるということになるが、あんたはそれをちゃんと伝えとるわけやから、何の責任もない。

客宅のポストが悪いと知っていたのなら、それを改善できなければ当然、雨が降れば新聞が濡れるということは予知できたはずや。

しかも以前にも同じことがあったと客が言うのやから、Aもそのことを知っていながら、あんたに何も言わず放置していたことになる。

配達員が、そこまで注意して配達せなあかんのかと言われたら、そうやと言うしかない。多くの配達員の方は常識として、そうしておられる。

なぜなら、配達のプロやからや。プロは如何なる状況、如何なる状態であっても、絶対に雨に濡れた新聞を客宅に届けるべきやないと知っている。そうなる可能性があるのなら事前に配達員がそうならんように排除せなあかんと考える。

配達員が最も現状を把握しとるわけやさかいな。店主にも分からんことを知っとるのが配達員でもある。

結果として、雨に濡れた新聞が届けられていたのなら誰の落ち度でもない、配達員の落ち度と言うしかないというのが、ワシの見方や。

それをAは反省するどころか、あんたに注意されたことを逆恨みしてパワーハラスメントを受けたと主張しとる。

さらに、翌日、無断で休み、そのまま出勤していない。これは完全に職場放棄ということになる。

現時点では3ヶ月契約期間中やが、職場放棄した者に対しては、それを理由に「解雇」を通告することができる。

つまり、あんたから聞く限りにおいて、今回の件で裁判になっても、あんたが負ける要素は微塵もないと思う。もっとも絶対の保証はできんがな。

新聞社に対しても、そんな理由で訴えられたと言えば「おかしな人間もいるもんやな」と言うて笑うだけで、あんたが新聞社から変な目で見られるようなことはないはずや。

それどころか、その新聞社系列の専門弁護士をつけてくれる可能性すらある。

まあ、そのAはそう言うだけで、実際にはそんな訴えなんかせんとは思うがな。

新聞社系列の専門弁護士相手に、そのAが個人で立ち向かうても話にならんやろうから、弁護士を自分で雇うしかないやろうと思う。

普通でも民事訴訟は最低でも30万円程度はかかるが、新聞事案の揉め事は成功報酬が少ないということで、その金額では引き受け手がないやろうと考える。

しかも高額で引き受けて貰えても、たいていの弁護士は新聞業界のことなと詳しく知らんはずやから、その事案でAが勝訴するのは限りなく難しいやろうと思う。

万が一、そのAが、それでもとち狂うて裁判に持ち込んだ場合、そちらに弁護士がつかんかったら、またワシらに相談して来られたらええ。いくらでも方法があるさかい。


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