メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第120回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日 2006.11.24


■悩める人々 Part2 ある契約者の憂鬱


ワシは、常日頃「新聞購読契約程度のことで、取り返しのつかんような事態になることはまずない」と言うてる。

しかし、それはケース次第やと考えざるを得んということを、つい最近になって知った。

取り返しのつかんことが起きる可能性もあるのやと……。

新聞の購読料は、朝夕セット地域の場合、月3925円程度の支払いになり、朝刊のみの全国版なら月3007円や。

たいていは、1年契約が多いから、すべて支払ったとしても36000円〜48000円でおつりがくる。

それだけの価値があるかどうかは別にして、金額自体は取り返しがつかんと考えるほどの額やないと思う。

それも手伝い、新聞の契約そのものを甘く考えとるケースが目立つ。

もっとも、新聞を販売、勧誘する方でも、ことさら、その契約の重要性を強調することはないがな。

「一旦、契約して貰うたら、クーリング・オフ以外では解約できまへんで」ちゅうようなアホなことを、わざわざ言う勧誘員もおらんやろからな。

できれば「たいしたことはない約束事みたいなものですよ」というニュアンスを与えるように持っていきたいというのが、勧誘する側の本音や。

極力、契約者を刺激したぁないわけや。

真偽のほどは定かやないが、昔から良う言われとったことに、新聞購読契約書が小さな書面1枚というのも、それを意識しとるがために作られたという話がある。

小さな書面にしたのは、何かの伝票のように錯覚させる意図も見え隠れするという。

事実、結果として、多くの人は、その契約書をそれほど重要なものとは考えとらんからな。

新聞の購読は、いつでも止められると思うとる人も多い。

そういう人たちにすれば、新聞の購読など契約の範疇にも入ってないわけや。

しかし、もう必要ないからということになり、購読期間の途中で「解約する」と販売店に言うた時点で「まだ契約が残っとるから、それはできない」と言われて初めて事の重大さに気づく場合が多い。

それで、サイトのQ&Aに、質問されて来られるというケースが少なからずある。

そのケース毎でそれぞれ、こちらの回答も異なるが、一旦成立した契約というものは、自分の都合だけで簡単に解約することはできんという原則がある。

契約者の意志だけで一方的に解約できるのは、クーリング・オフ制度を使うか、明らかに勧誘側が違法行為を行ったと証明される場合に限られる。

「嫌になったら、いつでも止めて貰ってもいいから」と言われたのでと相談されても「それを言うた証拠が、なかったら解約は難しい」ということを、相談者には伝える。

確かに、これが事実なら、消費者契約法に表記されとる錯誤、不実の告知に該当するから、解約事由とはなる。

多くの相談センター、法律サイトでも、それを指摘して解約できると言うてる所もある。

しかし、実際問題として、勧誘員と契約者の二人だけの密室で交わされたものは、その証拠がなかったら、それを証明することは、まず無理やと思う。

勧誘員が「そんなことを言うた覚えはないで」と言えば、そこから先は水掛論にしかならんからな。勧誘員は、間違いなくそう言う。

そして、販売店は当然の事ながら、解約されたくはないから「そんなやり取りは知らん」となる。

もちろん、ワシには、販売店側の詭弁やというのは分かる。状況から言うても大半は、その相談者の言う通りやと思うからな。

そして、当の販売店も、勧誘員がそう言うたやろうなというのは知っとる。

知っていても言いたくないだけのことや。言えば、解約を認めなあかんからな。

そういう考えの販売店は、そのことを伝える言動も横柄になりやすい。相手が弱い立場の人間とみたら尚更や。

新聞販売店の多くは、購読客と信用を第一に考えるから、客への対応が横柄になる所は少ない。

店舗の善し悪しを判断する材料として、この客への応対がある。

客への応対の悪い所は、総じて問題も多く抱えとる販売店やと考えて間違いない。客を客として考えてないから、そういう対応になるわけや。

信用や客を大事にする販売店は、まず、その客が断るという理由を親身になって聞く。

その上で、たいていは「そこを何とかお願いしますよ」という姿勢で解約の意志を翻意して貰うように頼み込み説得する。

客を大事にする販売店であっても、解約されたくないという思いは同じやからな。

それでも、仕方ないと判断したら、次回を期す意味でも、その客に悪い印象を与えるようなことを避け、引き下がるのが普通や。

実際、購読期間中の解約にも、快く応じる販売店は全国には、数多く存在しとるからな。

そういう所やと、勧誘員の不法行為を指摘されれば尚更ということになる。

ただ、その一方で、明らかにあくどいと思える新聞販売店が存在するのも、また事実や。

相談者の中にも、いろいろな方がおられる。強気な人もいれば、気弱な人もおる。

これも、あくどい販売店の特徴でもあるが、相手を見て対応を変えるということがある。

そういう所は、特に、学生さんや女性、また、ご老人やいかにも気弱そうな人には、横柄な態度で威圧し、何とか押さえつけて解約させんように持っていこうとする場合が多い。

反対に、ヤクザにように見える人間とか、うるさそうな者には、それほど逆らわんということがある。

そのたちの悪い販売店でも、そんな人間と揉めるのは嫌がる。もっとも、たちが悪いからこそ、弱い者にしか牙を向けんわけやけどな。

ある一人の若者が、サイトのQ&Aに相談してきたことがあった。

ワシらには、その内容から、良くある質問の一つやくらいに考えて、いつものように2日後の返答となった。

質問の回答は、基本的には届いた順番ですることが多い。

しかし、その質問の内容にクーリング・オフの期日が差し迫った場合とか、明らかに急を要すると判断したケースなら、それを優先することがある。

そして、その質問文は、ハカセからワシの携帯へ転送される。ワシはそれを見て、答えを考え、暇な時間を見計らってハカセに電話で伝える。

当初は、細かな所まで説明するのに時間がかかっとったが、今では、ハカセも、たいていのことは心得とるから、簡単な回答を伝えるだけで済む。

それで、ハカセがその回答文を書き上げ、またワシにチェックの意味で送信する。その内容に不具合があれば伝えて手直しとなり、何もなければ、そのまま送り返す。

ハカセは、それを、相談者にメールで送る。早くてその翌日か遅くても2日後にサイトでアップする。

それが、いつもの流れや。

その相談者からの返礼メールを見て、ハカセが驚いた。


ゲンさん、相談にのって頂き有難うございます。

(中略)

……時々死にたくなるんです。今回の解約の問題で悩んで相談した訳なんですが、ゲンさんからの返事を待ってる間も悩んだせいか鬱になったんだと思うんですが、急に死にたくなり遺書を書いて死んだら解約できるんじゃないかと思
い始め、初めてリストカットをしてしまい……


ハカセは、そのメール文を読むと、その相談者にすぐ返信した。


ハカセです。おはよう、ございます。
 
頂いたメールを見て、正直、驚きました。
 
私は、今から7年ほど前に心筋梗塞になり、その時は、何とか一命を取り止めることができましたが、その後、入退院を繰り返していますので、病気のことには、人一倍敏感です。

ですから、あなたの抱えておられる病気(うつ病)についても、その大変さは分かるつもりです。
 
当初、医師からは、私の心臓はもって数年だと言われました。その数年というのが、正しく、現在ということになります。
 
正直、私は、今、死ぬのが怖いです。その怖さは、死ぬこと自体ではなく、この世に生まれて何の足跡も残さないまま、消滅することの怖さです。

妻や二人の子供と別れる辛さ、怖さというのもあります。
 
私は、昔からくだらない小説もどきの物を書いていましたから、何かを書き残すことを考えましたが、それは、すぐあきらめました。

そんなものを書いても、私の書いたものなど誰も読まないだろうと思ったからです。
 
そんなとき、ゲンさんと知り合いました。その人柄、考え方に触れるうちに、この人のことを書けば、人の役に立てるのではないかと考えるようになりました。

もっとも、その当のゲンさんは、当初、嫌がってましたがね。ただ、私の必死さは理解してくれたようで、最後には、快く引き受けて頂きました。
 
それは、私の想像以上の結果を生み、実に多くの方から、助かった、勇気づけられた、勉強になったというメールを頂くようになりました。

それを励みとしているのは言うまでもありません。
 
つくづく人生というのは不思議なものだと思います。もうだめだと思った瞬間にでも、生きる道というのが示されているからです。

むしろ、そのときこそ、本当の自分の生き方が見えるのではないでしょうか。
 
昔から良く言われていることに「死ぬ気になったら何でもできる」と、いうのがあります。これは、真実です。

ただの気持ちだけでなく、その中に足を踏み入れた経験のある人には、特にそうだと思えます。

私は、後どのくらい、生きられるのか分かりませんが、命ある限り、このメルマガとHPを続けていくつもりです。

言えば、これが今の私の生き甲斐となっているわけです。
 
病気は治すしかありません。そして、それができるのは、あなた自身だと思います。

ご自分の人生を素晴らしいものにできるかどうかも、すべて、あなた次第なわけです。
 
はっきり、言いますが、タカが新聞購読契約くらいなことで、悩んで命を落とすのは「犬死に」以下のくだらないことだと思います。
 
人は、そうでなくても、いつかは死ぬものです。しかし、同じ死ぬにしても、生きたという証しを残すべきだとは思いませんか。
 
あなたの本当の敵は、あなた自身の中にいます。それに負けないでください。

あなたが、私たちのサイトに辿り着いたのは、何かの力がそうさせたからではないでしょうか。
 
つまり、あなたは今、死ぬべき人ではないということです。後世に何かを残せる人だという気がします。

そういう人には、必ず、導きがあるものなのです。それを信じてください。


「さすがやな……」

ハカセが、その相談者に送ったというメール文を見て、それしか言葉が出んかった。

「ただ、必死だっただけです。私は、僅かでも人の役に立てればという思いで、このメルマガやHPをしているわけです。今の私にとって、損得や欲というものは何の意味もないですからね」

確かに、死というものを目前にというか、現実として捉えとるハカセにとって、名声欲とか金銭欲というのは考える必要すらないのかも知れんな。

「しかし、今回のことで、人の役に立てれば、というのは考えている以上に難しいものだということを痛感しました。回答がもう少し遅れていれば、この相談者は本当に自ら命を絶っていたかも知れませんからね」

「せやけど、それは仕方ないやろ。そんなことは予測できることでもないからな」

「もちろん、それは分かっています。ただ、私は物書きだと自称しているくせに、その相談文から、その悩みの深さに気がつかなった自分が情けないんです」

ハカセ曰く、文章を読めば、たいていは、その人なり、その意図が分かるという。また、そうでなかったら、物書きを名乗る資格もないと話す。

ハカセは若い頃、ある著名な小説家に師事したことがある。

その教えによると、物書きには、最低、二つの資質が必要らしい。

一つは、文章で自分の伝えたいことを的確に伝えられること。 二つめは、相手の文章から本当に伝えたいことを酌みとることができることやという。
 
特に二つめをハカセは重要視しとる。この読解力は、読書にも影響する。

そこにどんなに素晴らしい内容のものが書かれていても、読む側が、その意図なり内容なりを理解できんかったら、当然やが、それを知る術がないからな。

理解できんと、身につくはずもなく、書き表すことなど論外ということになる。

一般読者は、自分の好みで読みやすい書物を選んで読めばええ。

しかし、物書きを志す人間は、その隠れた部分まで読みとることが必須条件やと語る。

「その意味では、私は、まだまだ未熟だということです」

「そこまで、考えんでも……」

と言いかけて止めた。この先、話を続けたら文学論議ということになりそうや。時々、そういうのがある。

ハカセとかろうじて、その文学論めいた話が対等にできるのは、ワシの好きな『論語』についてのことくらいや。

それと、文学とは呼べんが、漫画論議をさせたら、ちょっとしたもんやという自負はあるけどな。

もっとも、いくら漫画に詳しくても50(歳)をとっくに過ぎた、ええおっさんが声を大にして自慢げに言えることでもないがな。

それ以外では、あかん。もともと、ワシの頭は、営業に関連したこと以外の小難しいことを理解できるようにはなっとらん。

元来が、好きなことしか勉強せん男やからな。自分の得意分野での議論は望むところやが、不得手なものには、最初から白旗を掲げるようにしとる。

それにしても、この相談者は、鬱(うつ)というても、それほど重症やとは思えんが、たちの悪い勧誘員に責められたら、そういう人は、深刻な状況になるというのも分かる気がする。

この相談者は、おそらく、気の優しいおとなしい人なのやろうと思う。

しかし、たちの悪い人間は、そういう人をターゲットに選び、攻める。それが仕事やと思うて勘違いもしとる。

ここで、そういう、たちの悪い勧誘員を使うとる販売店に警告するが、そのうち大変な事態も考えられるということを心しといた方がええと思う。

この相談者のように、その行きすぎた勧誘のために追い詰められて自殺し、その遺書でも公開されるようなことにでもなれば、今の社会状況やと、その該当する販売店が大きく報道される可能性もある。

その結果がどうなるか、今さら言う必要もないやろ。非難を浴びるのは、火を見るより明らかやさかいな。

ワシが常に言うてる、えげつない行為をすればするほど、自分で自分の首を絞める結果にしかならんということや。

今は、販売店の社員証まで出して勧誘させとるわけやから、それは拡張員のやったことやという言い逃れは利かんからな。

しかも、それで新聞社の名前が載れば、どうなるかは分かるわな。それが、分かれば、そんな真似はさせんことや。悪いことは言わん。

ワシが、冒頭で、取り返しのつかんことが起きる可能性もあるのやと言うたのは、そういうことも含まれとるわけや。

本来なら、ここで締めるところやが、今回の話には、もう少しだけ続きがある。

ハカセのメールに対して、その相談者の返信があった。


ハカセさん、心配してくださりありがとうございます。見ず知らずの僕の事を心配してくださり嬉しくて涙が出てきました。

(中略)
 
世の中にはハカセさんの様に生きたいと思う人はいっぱいいるのに、死ぬなんて駄目だと分かっているんですけど厄介な状態なんでごめんなさい。
 
そもそも中学の時にいじめられてから時々、漠然と死にたいと思う日が来るようになってしまいました。

今も時々あるんですが今回は解約のことで悩んでたせいで重症になったんだと思います。
 
新聞のこととは関係ないですが、自殺サイトを探していたら南条あやさんのHPに辿り着きました。

あやさんは自殺してしまいましたが、日記を読んだら生きなくちゃと思う内容だったので、ぜひリンクを貼っていただけると嬉しいです。

自分がなってみて鬱の怖さが初めて分かりましたのでお願いします。
 
『南条あやの保護室』
http://nanjouaya.com/hogoshitsu/memory/index.html


「一安心のようですね。でも、これから、彼、大丈夫でしょうか」

「病気のことは、本人も自覚しとるようやから、大丈夫やと思うで。後は、本人が、その病気に負けんと頑張るしかないやろけどな」

ワシは、およそ自殺ということには縁遠い人間やさかい、こういう悩みは正直、理解を超える。

普段、いくら、相手の気持ちに立ってとは考えとっても、こればかりは、そうもいかん。想像のしようがないからな。

「それにしても、また、いじめですか……」

この相談者が、洩らした言葉に「中学の時にいじめられてから」ということが、その要因の一つになっとるようや。

現在、いじめによる子供の自殺問題が大きな社会問題となっとる。その報道のない日がないくらい連日、どこかで子供が自殺したというニュースを聞く。

ハカセも、高1と小5の子供がおるから、他人事やないという。

もっとも、シン君もコウ君も、そんなことを考えるような子らやないがな。

ただ、彼らに「学校でいじめをしとる人間はおるのか」と聞くと、二人とも、確かに、そういう子もおると言う。

最近は、さすがに先生もうるさく目を光らせとるらしいから、少なくなっとるとは言うがな。

しかし、このいじめの構造というのは、何も子供の世界に限ったことやないと思う。大人社会のどこにでも見られることや。

根は深い。

いずれ、この問題にも触れなあかんときが来るかも知れんな。


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