メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話
第121回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
発行日 2006.12. 1
■拡張員列伝 その6 変人、タケシの陰謀
世の中には変人と呼ばれる人間は、結構いとるもんや。拡張員の中にも、そう呼ばれる人間は多い。
今回話すタケシという拡張員は、その中でも群を抜いとるのは間違いない。
これを読み始められた読者に警告するが、まだ食事前なら先にそれを済まされてから、続きを読まれることをお勧めする。
話はそれなりに面白いとは思うが、確実に食欲はなくなるはずや。読み終わった後で、文句を言われても困るさかいな。念のため。
タケシは、まだ30歳前という触れ込みやった。入団して、3ヶ月になる。
拡張員は3ヶ月もすれば、新人扱いなんかはされん世界や。それだけ、出入りが激しいということを意味する。
歳からすれば団では、ばりばりの若手のホープやと言いたいところやが、この男は、どうみても、そんなに若いようには見えん。
実に、おっさん臭い。どうみても、歳はワシと変わらんか、それ以上にしか思えんからな。
そのタケシの実年齢を知ったときは、K−1の角田信朗選手が、ワシより10歳近くも年下で、総合格闘家のドン・フライが、ワシと同じ干支の一回り下やと分かったとき以上のシッョクがあった。
彼らは、いずれも40歳過ぎで中年にさしかかっとるから、それでもまだギリギリ許せる。
しかし、このタケシとは、20歳以上の歳の差があるというのは、どう考えても納得できん。あまりにも理不尽や。
姿形だけやなく、その喋り、しぐさ、行動のどれをとっても、完璧というてええほど、おっさんそのものやさかいな。
平均年齢50歳と言われとる団にあって、何の違和感もなく溶け込んどることでも、それは証明されとる。
それでも、本人は若いということを強調するためか、いつも背中にリュックサックを背負うとる。
流行りなのか、こういうスタイルの若者が街に多いのは確かや。
もっとも、それやから若いと思い込んどるというのは、大いなる錯覚であり、勘違いやとしか言えんのやがな。
まあ、そのリュックに拡材なんかを詰め込んでおけば、それなりに便利やろうとは思う。
それにしても、タケシのその姿は、いかにも胡散臭そうなおっさんというのを強調しとるようにしか見えんから、それで営業するには、かなりきついもんがあるはずや。
ただ、この男の思考パターンは、実にユニークやというのだけは間違いない。あまりにも、理解不能な面が多すぎるからな。
要するに、何を考えとるのか良う分からんちゅうこっちゃ。
このわけの分からんという考え方をしとる人間も、それなりに利用価値はある。
何かの事件や問題が起きたときに、その意見を聞く上で参考になる場合もある。絶対と言うてええくらい、他の人間と同じ意見を言うことがないからな。
その参考程度と考えて、前々回のメルマガ『新聞配達は危険がいっぱい……その安全対策への考え方』について、タケシから、その意見を一応聞いてみた。
しかし、それは間違いやった。聞くべきやなかったと後悔した。
しかも、その話を食事中に聞かされたから、たまったもんやなかった。
他の者からは「事件を引き起こしたような危険な若い連中は避けとった方がええ」という意見や「何らかの武器を常に形態しとって襲われたらやり返したれ」というのが大半を占めた。
ワシらの仲間なら、たいていは、こう答えるのが普通やと思う。
予期した通り、タケシからは違う意見が返ってきた。
「ゲンさん、そんなガキ、オレの特製ウンコ爆弾、投げたったら一発や」
「ウンコ爆弾?」
「そうですねん。オレ、研究に研究を重ねた結果、つい最近、やっと完成したんですわ」
「……」
もちろん、タケシが変人やというのは、百も承知やから、この程度の返答では驚くほどのことではないのかも知れんが「研究に研究を重ねた結果」という部分に、なぜか妙に引っかかるものがあった。
それなりに興味をそそられたから、その話を制止せずに聞いてしもうた。
「簡単に言えば、ウンコを投げつけるということですけど、これが、なかなか簡単なことやおまへんねん……」
それには、常に携帯してないと、いざというときの武器にはならん。と言うて簡単に持ち運べるという代物やない。それを考えるのが難しいという。
「オレは、それを解消するために、サランラップで包むことを考えたんですわ。せやけど、ここまでなら誰でも思いつくと思いますねん」
「アホか。誰も思いつくかい。そんなもん、お前くらいな者(もん)や」と思わず、そう突っ込みを入れてやろうとしたが、タケシは、ワシにそんな間を与えることなく勝手に話を進めた。
「そのラップに包むのも、その量が問題ですわ。多すぎたら投げる前に破けるし、少なすぎたら威力に欠けまっさかいな」
それには、ウンコの硬さも重要な要素になると力説する。
硬すぎると、投げたときの命中率は上がるが、ぶつけても飛散しにくいから、その効果が薄い。かといって、下痢気味のやつは、包みにくいし、持ち運びの最中に漏れる畏れもある。
第一に、そう、しょっちゅう下痢になることもないから、実弾が手に入りにくい。
タケシは、その実弾は、基本的には自分のもので調達するという。
その調合段階で、こねくり廻さなあかんし、臭いもあるから、他人のをいじくる気にはさすがになれんと笑う。
「そこで、いつも出る、少し硬めのウンコに水を混ぜて調整するんですわ。硬すぎず柔らかすぎずに注意せんとあきまへん。理想的なのは、手にして投げるまでは壊れず、相手に当たった瞬間弾けるという具合にすることですけど、それが実にやっかいで……」
その調合にかなり時間を費やしたと話す。
「時間がかかるて……お前、そんなことを真剣にやってたんか」
「当たり前ですがな」
タケシはきっぱりと、そう言い切った。
「実用にするなら、それなりに研究せんと意味がないでっしゃろ」
まず、タケシは風呂場に入り、洗面器に、その汚いケツを押しつけてウンコを絞り出す。
それに、水を加え適度の柔らかさにするのやと、手つき込みで解説する。
「この調合法は、企業秘密やさかい、いくらゲンさんでも、教えられまへんで」
「アホ、そんなもの聞きたぁないわ」
そうは言うてみたが、この頃には、ワシはすでに昼飯を食うのはあきらめとったから、一応、最後まで聞いてやろうと思うてたのも確かや。
ワシは、どんなにくだらんと思える話でも、常に聞き逃さんようにする癖が自然についとる。ある意味、哀しい性かも知れんがな。
ただ、この話のネタを聞き逃さんという姿勢は、営業員としては重要な要素やと思う。その蓄積が、トークに深みを加えると信じとるからな。
特に、今は、何か面白い話があれば、メルマガのネタにでもなればええというスケベ心もあるから尚更、その思いも強くなっとる。
もっとも、こんな話は、ハカセの方で却下する……と思うてたが、取り上げると言い出しよった。
「なかなか、面白い話やないですか。ただ、メルマガに掲載するとなると、その裏付けを取る必要はありますね」
ハカセの信念として、それがある。聞いた話をそのまま書くということは、あまりせん男や。それなりに良う調べとる。その意味では敬服する。
「裏付けて、どうするんや。まさか、タケシと同じように……」
「そんな汚い真似はしませんよ。代用品を使うんです」
「代用品?」
「味噌ですよ、味噌。これなら、うってつけでしょ」
「確かに……」
言われてみれば、そうやが、しかし……なあ。
味噌をウンコに見立てるわけやろ。何か、想像するだけで、味噌汁も飲みにくくなるのと違うやろか。
「ハカセ、言うとくけど、こんな話、載せたら読者が確実に減るで。まあ、以前からの読者は、それでも次回に期待をかけてということで、一度くらいは見逃して貰えるかも知れんけど、この回から読んだ人は確実に逃げるか、引くはずや」
「また、ゲンさんらしくもないことを」
もっとも、ハカセの言う通り、ワシが読者の数を心配しても始まらんのは承知やが、そういうことはあまり考えとらんのやろか。
「ゲンさん、私はね、昔、若い頃はユーモア作家を志していたんです。それもあって、未だに面白い話を聞くと、心がうずいて仕方ないんですよ」
それは良う分かる。ユーモアを交えた構成にしたいというのも、サイトの開設当初から言うてたことやしな。
せやけど、この話がユーモアと言えるんやろか。
ユーモアというのは、それを読む人間を楽しませることやけど、これはどう考えても気分を悪くさせるだけにしかならんと思うんやがな。
ただ、単に笑えるような面白みのある話が、最近、減ってきてたのは確かや。
現在、書くことが一番多い、サイトのQ&Aにしても、相談者は、皆、それなりに悩んで真剣に相談されとるわけやから、その回答で変に茶化すわけにもいかんやろしな。
そのはけ口として、このメルマガがあるわけやけど、それも、ここ最近、深刻な話題が続いたということもある。笑える話が少ない。
しかし、例え、そうであったとしても、ウンコの話はないやろと思うんやがな。笑えん人もおるで。ひんしゅくも間違いなく買うやろしな。
ネタに困っとるというのなら別やが、書くべき話は、他にまだ何ぼでもあるんやからな。危険は冒すべきやない。
まあ、それは内輪のことやから、この辺にしといて、話をタケシとの会話の部分に戻す。
「それで、結局、ポリ塩化ビニリデン製のラップ、つまり、一番良く知られているサランラップを使うて、80〜90グラムの実弾を包んだものが一番理想的やと分かったんですわ」
「他のラップやとあかんのか」
「一般的なポリエチレン、ポリ塩化ビニル製のラップとくらべると、素材の分子が高密度に整然と並んでいるので水分や臭いを通しにくいという性質があるんですわ。特に、この臭いには気を遣いましたから」
「臭いには気を遣いましたから……て、お前、そんなもの持ち歩いたことがあるんか」
タケシは当然と言わんばかりに、大きく頷く。
「信じられんやっちゃな。そこまでするか、普通……」
と言いかけて、ふと考えた。
「そんなガキ、オレの特製ウンコ爆弾、投げたったら一発や」と言うたのは、言葉のアヤか、その場の勢いやと思うてたが、それにしては、用意周到?な計画のようにも思える。
「お前……、ひょっとして、それで、誰かを狙うつもりなんか」
タケシは、意味ありげに、にやりと笑って見せた。
「大丈夫、ゲンさんには迷惑かけまへんから」
当たり前や。そんなもので狙われてたまるか。
「オレ、いつもバカにされてまっしゃろ。えーと、何て言いましたかな……虫の意地という意味の……」
「一寸の虫にも、五分の魂、か」
「そう、それですわ。それを分かって貰わんとあかん、お人もいてますよって
にな」
「それは、大森(仮名)のことを言うてんのと違うか?」
3日ほど前に、大森とタケシが揉めたというのは聞いて知ってた。タケシが、誰かに恨みを持つ相手と言うのは、それくらいやろと思う。
大森というのは、このメルマガにも何度か登場したことのある調子者や。
ワシは、そこそこ付き合いが長いから、根はそれほど悪い男やないというのは知っとるつもりやが、あまり、人に好かれる男やないのは確かなようや。
特に、自分より明らかに下と思える人間には、横柄やと聞く。
ワシらの団では連勧というのを、たまにすることがある。連勧というのは、グ
ループで一緒に行動する拡張のことや。
主に1台の車に乗り込んだメンバーでする。その日は、大森とタケシを含めた
4人でその連勧をしていた。
一口に連勧というても、いろいろなやり方がある。
メンバー全員で、ある特定の地域やアパート、マンションを廻るというのもあれば、新しい入店先や団、販売店から特命を受けた地域などで軒並み鉄砲(無差別)で叩く(訪問)こともある。
販売店から過去読データというのを貰い、それを順番に廻るというやり方もある。
その日は、過去読データ廻りというやつやった。
この連勧は、ほとんどの場合が、団からの指示、命令でそうする。
拡張員が率先して連勧を希望することは少ない。これは、サボり防止対策用の営業という側面が強いからな。
拡張員がサボるのは個人で廻っとるときが大半や。
個人的になら、それでその日、成績が悪うても調子悪かったで済ませることができる。その本人が我慢するか、責めを負えば済むことや。怒られて終いということやな。
グループやとそうはいかん。特にその中のリーダーとなる人間は坊主(契約ゼロ)というわけにはいかんから責任重大や。
ある程度、必死になる。団や他の人間の手前、ええ格好もせなあかんしな。サボってられんということになる。
そのリーダーに大森がなることが多い。その日もそうやった。
大森は「鵜飼い作戦」というのが得意や。というか、それしかせんようやがな。
鵜飼い作戦というのは、他の拡張員を鵜に見立て、データにある客の家の前で一人づつ降ろし、拡張させるやり方のことを言う。
そのリーダーの大森が鵜匠となって、今回の場合やと、他の3人にその拡張先を指示する。拡張員はカードを集めてくる鵜というわけや。
傍目には、大森はその車を運転して、指示を出すだけやから、楽な仕事をしとるように見える。事実、そう思うとる人間も多い。タケシもその中の一人や。
この連勧で上げたカード(契約)は基本的には、そのメンバー全員で公平に分配するのが、暗黙の決まり事になっとる。上げた者のものにはならん。
大森とタケシが揉めたのは、その日のカードの分配が原因やった。
ワシら拡張員は、上げたカードには、必ず会社名(団名)と担当者の名前を書くという決まりがある。
しかし、この連勧の場合に限ってそれはせん。分配のときに、分けた分に名前を書いて販売店に提出するわけや。その分配に問題があった。
暗黙の了解事項は、均一の本数を分けるということやが、これが、結構、難しい。
カード料には、通常、3ヶ月、6ヶ月、1年とある。同じ1本の契約でも、3ヶ月と1年では、拡張料は倍ほども違う。
加えて、契約そのものにも、解約されにくいAランクから、いつ崩れてもおかしくないようなCランク、Dランクのものまで、いろいろある。
それらを考慮して上手くメンバーに分配できれば問題ないが、それが簡単にいかん場合もあるということや。
明らかに損やと思えるカードをリーダーが被るというのなら問題は少ないが、残念ながら、大森はそういう配慮のできる男やない。
有利なものは自分のものに、不利なものは他人に押しつける。典型的な自己中心的な男というてもええ。
そんなんやから、大森は、常に有利なカードを手にすることが多かった。メンバーに、年下とか、新人がいとる場合にそれが顕著やという。
当然のように、そのことを不満に思う人間も多い。
タケシが、その分配のことで、大森にくってかかった。
「大森さん、あんた、前にも同じように『辛抱しろ、この次はちゃんと考えたる』と言うてたけど、いつまで経っても一緒やんか。ええ加減にしてほしいわ。いつも、ええ目しとるのは、あんただけや。カード上げてくるのはオレらやで」
「何を、生意気なこと抜かしとんねん。お前みたいな駆け出しがカードを上げられるのは、ワシの指示があるからやないか。ワシが、おらな、ここでお前にカードなんか上げられるかい」
大森の言うのにも一理ある。販売店から貰う過去読のデータというのに、おいしいものは残ってない場合がほとんどや。
そういうおいしい客は、販売店の方で廻るさかいな。
残っとるのは、以前に問題を抱えとるか、トラブッた所が多い。そういう所を普通に勧誘に行っても望みは薄い。
しかし、大森は、以前にこのメルマガでも紹介したことがあるが、異常なまでに記憶力のええ男や。
特に客との詳しいやり取りは、何年前のものでも鮮明に覚えとる。しかも、それは特定の客だけというのやなく、数百軒単位で覚えとるような奴や。
その記憶に遡り、結構、相手のウイークポイントを突いた指示を出すことがある。
ワシが以前、この大森と連勧しとったときに、こういうことがあった。
「ここの山岡のおばはんは、3年前に伊藤が上げた(契約した)客なんやが、その時、店に内緒で商品券1万円寄こせと言うて巻き上げとんねん。ずっと、Y紙にするからと言うてな。今はA紙や。せこい、おばはんやで。ゲンさん、その辺をつついたってや」
という具合や。こういう情報があれば、ワシやなくてもカードは上がりやすい。
販売店から貰うたデータに、そんなことは当たり前やけど書いとらん。契約が切れた時期とその契約内容だけしかデータにないのが普通や。
もっとも、毎回、こういう指示を出しとったかどうかというのは、分からんが、少なくとも、大森の意識には、その指示のおかげやないかというのがあるはずや。
しかし、拡張員の世界では、基本的にはアシストはあまり評価されん。というより、それが数字として表れることがない。
評価されるのは、あくまでも実際にカードを上げた者だけや。上げた者勝ちという側面が強い。実績イコール、上げた本数という世界なわけや。
連勧は決まりやから、平等に分けるということで同意しとるにすぎん。実際に拡張もせんのに、いつも、ええとこ取りするのは、おかしいやないかというのがタケシの意見や。
さらに、タケシは他にも不満があった。
連勧で廻っとるときは、たいていの情報は大森に伝えてた。
当たり前やが、どんなアシストがあろうが100%の成功なんかはあり得んのが拡張や。どちらかと言えば、不調に終わることの方が圧倒的に多い。
そんなとき、あかんかったらあかんかった理由を言う必要がある。
その中には、後ちょっと時間をかけて押せば、あるいは次回には、ほぼ間違いなく落ちる(契約する)やろうと思われる客もいとる。
タケシにとっては、それは自分の見込みやと考える。連勧やないときに叩く(訪問)つもりや。
しかし、そのことごとくを、大森が先に行ってカードにしとるという事例が多い。やり方が汚いとタケシは思う。
ただ、例えそうやとしても、見込みは見込みにすぎん。拡張員はカードを上げて何ぼや。見込みのまま放置するのは、その人間に力がないからやという見方をされる。
せやから「それは、オレの客やないか」とは言えんわけや。例え言うたとしても「お前が良う上げんようやったら、ワシが上げといてやったで」で終いになる。
拡張員を3ヶ月も続ければ、その辺のことも分かってくる。分かってはくるが、文句を言えん分、恨みが裡にこもる。
その思いも手伝って、タケシの不満が爆発したわけや。それが、揉め事として、ワシの耳にも届いとった。
タケシは、ワシの「大森を狙うとるのか」という質問に「さあ、どうですやろ」と、とぼけた返事をしただけやった。
タケシは、まるで小学生が遠足にでも行くかのような足取りで、背中にリュックを背負うたまま、店を後にした。
「まさか……な」
タケシの背中のリュックが、心なしか重たげに沈んどるように見えた。
その悲劇とも喜劇とも言えん事故が起きたと知らされたのは、それから数時間後やった。
それを携帯電話で知らせてきたのは、大森やった。
「ゲンさん、聞いたか?」
「何をでっか?」
「タケシの奴、糞まみれになって、救急車で運ばれたらしいで」
大森の話によると、タケシはバイクで走っとるときに乗用車と接触して横転したという。どうやら、足を骨折しとるらしい。
そこまでなら、良くある事故の一つや。
問題は、なぜかその事故現場に、人糞が散乱してたことやという。
もちろん、ワシにはそのわけがすぐに分かった。
ワシの睨んだ通り、あのリュックに、今日にでも、大森に投げつけるためのウンコが入っていたということや。
「何でタケシの奴が糞なんか持っていたと思う?」
「さあ……」
まさか、タケシが本当のことを言うとは考えられんから、どう答えたかは想像もできん。
「何とあのガキ、急に糞がしたぁなったけど、便所が見つからんと言うて、野糞したんやと。その現場を、他人に見られたから、サランラップで急いで包んで、どこかの便所に捨てに行く途中で事故に遭うたちゅうこっちゃ」
タケシにすれば、なかなか、機転の利いた返答や。
「しかし、救急車の隊員も、そんな糞まみれの人間を良う運ぶ気になったもんやで。そんな男を運ばれた病院も大変やったやろうな」
電話の向こうから、大森の大笑いする声が聞こえた。
この件で、これからしばらくは、タケシは物笑いのネタにされるのは、ほぼ間違いない。それも、その中心に大森がいとる。
まさか、その大森は、それが自分を狙うたものやとは夢にも思うとらんはずや。
その事故がなかったら、その糞まみれになっとったのは、その大森やったかも知れんということもな。
しかし、タケシは見事に憤死(糞死)した。今頃、怪我の痛みより、あまりの無念さに気が狂いそうやないのかとその方を心配する。
これから、タケシがどうするかは分からんが、少なくとも、あんなウンコ爆弾やなんて、とんでもないことを考えるような奴やから、このままおとなしく引き下がるとは思えん。
今回、その大森に笑い者にされとるというのも我慢ならんことやろうしな。さらに恨みの念が深くなると予想される。
まあ、それは好きにやってくれればええことがな。狙う者も狙われる者も、どっちもどっちや。同情の余地は微塵もない。
ワシとしたら、そのとばっちりを受けんように、当分の間、あいつらとは関わらんようにするだけのことや。