メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第129回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日 2007. 1.26


■世の中、総拡張員化計画進行中?


「何を怖いこと言うてんねん」と突っ込む人もおられるやろうけど、これは、あながち突飛な話でもないんや。

まあ、訝しがらんとワシの話に、ちょっとだけ耳を傾けてほしい。

ワシら拡張員には、団と呼ばれる新聞営業会社と個人的に請負業務契約を結んどる者も少なくない。

そういうシステムの所では、入団の際に、業務請負契約書というのにサインさせられる。ついでに新聞セールス登録書にもな。

ワシもその一人や。団に所属はしとるが、身分は専属の個人請負業者ということになる。

もっとも、そう自覚しとる者は少ないがな。法律上の身分は自営業者なんやが、たいていはその団である営業会社の社員やという感覚の者が多い。

それは、勤務形態が通常の社員と同じように、時間に拘束されとるからやと思う。

一般的な拡張団では、午前11時までには事務所に集合、つまり出社を義務づけられとる。

ワシらの方では、その時間に間に合うように、ライトバンで各ねぐらを廻って半ば強制的に連行される。

よほどの病気か体調が悪いというのなら別やが、個人の意志で、それを拒否することはできん雰囲気にある。

午前11時からの朝礼が終わり次第、それぞれの日程のバンク(営業エリア、主に販売店のこと)に車で向かう。

15,6分の近場もあれば、2時間以上、かけて行かなあかん所もある。いろいろや。

到着すると、その販売店に来たことを申告せなあかん。これを入店と言う。入店せん者は、原則としてその日の営業ができんことになっとるからな。

そこで、拡材、カード(契約書)、拡禁指示書などの営業に必要なグッズを受け取り、バイクや自転車の必要な者は、それを借りる。

案内拡張、連勧といった複数で行動する場合以外やったら、その後は比較的自由や。但し、その入店先のバンク外に出ることは許されんがな。

もちろん、喫茶店やパチンコ屋なんかで長時間サボるというのは、原則禁止や。

本来、自営業者ならそういうことには干渉されんはずなんやが、それを大目に見る団というのは少ない。

もっとも、そうは言うても、団員すべてに張り付いて行動を監視するわけにはいかんから、その現場を見つけん限り咎めるのは難しいんやがな。

それに、ワシらの世界では、ある程度、カード(契約)を上げとれば何をしとっても黙認されるという風潮もあるから、その辺は団により厳しさもそれぞれや。

入店先の都合にもよるが、午後7時〜8時くらいの決められた時間には仕事を終え、仕事の出来不出来に関わらず店に集合せなあかん。

そこから、監査と呼ばれる契約の検査が小1時間ほどかかり、引き継ぎ(契約の承認)が終わると、車で帰路につく。

帰路、事務所に寄ることもあれば、そのまま直帰ということもある。

解放されるのが、近場の者なら午後9時頃、遠方やと午後11時過ぎになるのも珍しいことやない。

いずれにしても、長時間の拘束を余儀なくされる。団体行動が主体となるから、どうしても会社に帰属、所属しとるという意識が強く働く。

個人自営業者というのは、労働法の埒外やから、それに明記されとる労働時間の考慮をしたり休日を与えたりする必要もない。

また、基本的に、団が支払うのは、団員が上げた契約に対しての歩合給のみやから、時間の拘束がどれだけあろうと休日に仕事させようと、人件費ということを心配せんでもええ。

せやから、団には、少しでも多くの仕事をさせんと損やという意識が常に働いとる。

もっとも、当の拡張員の方にしても、休んでも収入にならんわけやから、休日が多いからええとも言えん。休み返上で働きたがる拡張員も中にはいとるからな。

さらに、労災や健康保険、年金といったものも、個人事業者である限りは自分で加入せなあかんから、それに関わる経費も一切、団は必要やない。

それでも、団は、団員に愛社精神、帰属意識というのを求める。新聞社に対しても同様に忠誠心を求める。新聞社が団にそれを求めとるから、自然の流れができとるわけや。

誰が考えついたシステムかは定かやないが、使う側にとっては、実に上手くできとる。

このシステムも10年ほど前までは特殊なものやった。

単に個人自営業者という点では、商店主なんかも同じやが、そこで働く従業員ともなれば、労働法の適用を受ける。

新聞販売店も例外やない。それを守っとるかどうかは別にしてな。

大工に代表される一人親方というのなら、ワシらと同じように労働法の適用外やから、健康保険や年金も自分でかけとかんとあかん。税金の自主申告もする必要がある。

しかし、彼らは、少なくとも、ワシらのような組織に拘束されることは少ない。仕事を受ける受けんというのも比較的自由や。

仕事をすれば、最低でも日当分は保証されるということもワシらとは違う。

華やかなところでは、プロスポーツ選手や芸能人なども請負業者やと言える。

税金を自主申告せなあかん者で、組織に縛られとる連中も、ワシらと同じやと言えんこともないが、いかんせん稼ぎが違いすぎる。

ついでに言えば、社会的評価にも差がありすぎる。

ワシらと同列やと思えるものを列挙すると、フルコミの住宅関連の営業員。屋台のラーメンや縁日の露天商。布団、浄水器、置き薬などの物品販売員。古紙回収員。宅配便の配達員などがそうや。

いずれも、訪問営業、あるいは売り上げの歩合のみの収入以外何もない連中や。

会社組織の母体というものがありながら、そこで働く者は個人請負業者という構図がそこにある。

上記の所でも、社員としての身分が保障され、固定給が支払われとる所は、一般の会社員と同じくくりになる。

因みに、拡張員も、会社組織で福利厚生が充実して、固定給が設定されとる所も同様や。単なる営業会社の営業員ということになる。

今までは、この個人請負業者というのは、特殊で少ない形態やと言うたが、これが最近増えつつあるという。

それには、人材派遣会社、請負会社の台頭が著しいというのがある。

ここで、人材派遣会社と請負会社の仕組みについて簡単に話す。

両者を同じものと考える人もおるかも知れんが、その内容は若干違う。

人材派遣会社というのは、企業が求める人材を送り込むだけが業務ということになる。その仕事の指揮、命令をするのは、依頼した企業や。

対して、請負会社というのは、企業から、ある部分だけの仕事を請け負う。その作業は、その請負会社の従業員だけですることになる。

似て非なるものやけど、いずれも、使用者側だけの都合で生み出されたシステムに変わりはない。

これは、長引く不況により、多くの企業が正社員をリストラで減らしために生じた労働力不足を補う目的で、そういうシステムが必要になったわけや。

製造メーカーで特にそれが顕著や。もちろん狙いはコストダウン以外にはない。

平均的な製造メーカーの正社員の給料を時給で計算すると約2000円ほどになるという。

これに健康社会保険、厚生年金、有給休暇のコストを加えると、時給3000円程度が製造メーカーの負担という計算が成り立つ。

これに、社員教員費や退職金まで考慮に入れると、さらにその時給単価が跳ね上がることになる。

この正社員がする同じ仕事を請負会社は、メーカーから1300円で引き受け、1100円をその請負従業員に支払ってやらせるという。

それで、メーカーの負担は、半分以下になる。

以前は、単純作業の労働力は、期間工と呼ばれる契約社員を集めることで補っていた。しかし、それだと福利厚生面での会社の負担がまだ重い。

企業のスリム化が不可欠やと判断した製造メーカー各社は、当然のように、もっとコストのかからん方法はないかと模索する。

行き着いたところが、今まで正社員、期間工にさせていた仕事そのものを、請負会社に任すという結論やった。

その期間工ですら、昔は製造会社が直接募集していたが、今やほとんどが、その請負会社からの派遣作業員やという。

某有名自動車製造工場では、その期間工専用の寮というのもあったが、今は少ない。その手配も請負会社がすることになっとるからな。

たいていは、安いワンルームの賃貸マンションか安アパートを借り受けて、それに充てることが多い。

ワシらは、そういう所は、すぐ分かる。情報として知っとるということもあるが、例え何も知らされとらんでも、独特の雰囲気でそれと分かる。

余談やが、多くの販売店では、そういう期間工からの契約を拡張員が取ってくることを嫌う。

販売店によれば、拡禁(拡張禁止)にしとるというケースも珍しいことやない。

その理由の大半が、永続性がないということでな。実際、1,2ヶ月という短期で辞めていく者も多いからな。しかも、その多くが無連絡や。

販売店にしたら、景品を渡したり無料サービスしたりしとるから、それで消えられるのは堪忍してほしいとなる。

ワシも、この仕事が長いから、そんな連中と話すことがたまにある。彼らの中には、俗に言うフリーターと呼ばれる人間が多い。すべてやないがな。

「何で辞めるかやて?オレらは所詮、使い捨ての部品と同じくらいにしか使う方も思うとらん。せやったら、オレらも、それなりに考えて楽な所、条件のええ所を見つけて渡り歩くしかないがな」

彼らの財産は体だけやから、怪我や病気をするような無理はしたくないと考える。どうしても、自分本位になりがちや。

仕事への愛着、愛社精神なんかも望む方がおかしいということになる。

ワシらには、それが良う分かる。ワシらも、愛社精神を強要される。

しかし、それを持てと言う方が無理やさかいな。持てるとすれば、個人的に団長に惚れたときくらいなものや。

ワシらは、個人の働きでしか評価されん。団が儲かろうが、新聞社が業績を伸ばそうが、ワシらには一銭の得にもならん。

契約を上げるしか生きる道はないんやからな。せやから、そこでめしが食えんとか生きていけんということになれば、他へ移るしかない。

彼らの事情を良う知らん人間は「まじめに頑張っとれば、その会社の上層部の人間に認められて、いずれは正社員になれるはずや」と言う者もおる。

特に高度成長期時代をそうしてきた人間は「我慢すること。やり抜くこと。あきらめないこと。逃げ出さないこと」という頑張れば必ず報われるという教えというか、常識に囚われとるわけや。

しかし、現在では、そんなことは絶対にありえんことやと断言してもええ。少なくとも、この雇用関係においてはな。

業務の発注者である製造メーカーの人間が、請負業者の社員を評価して、社員に取り立てるということは、まず考えられん。

例え、その人間のおかげで業績が上がったとしても、評価するのは、その請負業者に対してだけや。

それに、請負業者の社員に対して、指揮や命令行為をすれば、労働者派遣法違反に問われかねんから、発注業者が、その仕事の現場に現れることもないということや。

この構図は、ワシら拡張員と販売店の間でも成立することや。

この場合、団がその請負業者で販売店が発注業者ということになる。その契約は、カード(契約)を上げてくることや。

この労働者派遣法で言えば、販売店は、直接、拡張員には指揮、命令はしたらあかんことになっとるが、この業界では、その垣根はないに等しい。

むしろ、入店先の指示には従うのが当たり前という風潮が強い。

ただ、ワシらも、そこで頑張って成績を上げたからというても、社員にと引き抜かれることはほとんどない。

それをすれば、少なからず、その団と販売店との間に軋轢が生まれることになるさかいな。

もっとも、仕事のできん拡張員を販売店が望むのであれば、身売りというのも実際には行われとるけどな。

要するに、どれだけ頑張って仕事をしても、そういう雇用関係の中では、他からの引き立ては期待できんということや。

ただ、派遣社員に限っては、2004年の労働者派遣法の改正で、メーカーの人間の指揮や命令ができることにはなったがな。請負社員については従来通りや。

もっとも、この法律自体が形骸的なもののようや。昨年、この違反問題がかなり取り立たされたようやが、一向に改善の兆しはないという。

ある財界人は「そもそも、受け入れ先が仕事を教えることができない請負法制に無理がありすぎる」と言い放っとるくらいや。

派遣会社にしても請負会社にしても、そこに所属する人間は、そこで社員契約を結んどる限りは、通常の社員待遇というのが、今のところ約束されとる。

今のところと言うたのは、それすらも崩れかけとるという現実があるから、そう表現した。

「ワンコール請負作業員」というのがある。

これは、請負会社が社員としての雇用契約を結ぶのやなく、作業員の登録制という形で、単発の仕事を、それぞれに発注するというやり方や。

日雇いの形態に近い。前日、もしくは当日、その請負会社から、登録者の携帯電話にその仕事の依頼が入る。

それを、その登録者が請け負えば仕事が成立となる。携帯からの電話1本で成立するから「ワンコール請負作業員」と呼ばれとるわけや。

その仕事内容もかなり多岐に渡っとるようやから、ケース毎で違いはあるやろうが、これも総体的に低賃金やという。

これに関しては、ワシらの形態と良う似とる。個人事業者という立場になるからな。同じように税金を自主申告し、健康保険や年金も各自がかけなあかん。

労働法の規制も一切ない。業者は、監督官庁に許可や届け出る必要すらない。事業法も関係なく、行政指導も限定的にあるとは言うてもないに等しい。

そういうおいしい条件を見逃さん業者も当然のように増えてきとる。

これは、ある大手の薬品会社で実際にあったことやという。

去年、そこのある営業社員は、突如「正社員解約退社願い」と「委託契約社員契約書」にサインするよう求められた。

これは、営業成績が悪いという理由での実質的な解雇の意味合いと、今後、社員をそういう請負契約に移行しようという意図が見受けられるものや。

会社側は、特定の人物だけが対象と言うてるようやが、それなら、あっさりリストラで首にするなり、配置転換すれば済むことやと思う。

それをせんということだけでも、請負契約社員を増やすという方向に持っていこうとしとるというのが分かる。

「会社は無知な若者を狙いその業務委託契約書」に切り替えたという批判はあるが、いかんせん、その契約にサインしてしもうた後では、それを覆すのは至難の業ということになる。

ワシが、サイトのQ&Aでも良う言うてることやけど、一度交わされた契約は、よほどのことがない限りその解除が難しいということなわけや。

この場合「やっぱり、もとの社員のままの方が良かったから戻したい」と言うても、現状ではどうにもならん。

それが嫌なら辞めるという選択肢しか残されんということになる。理不尽やが、それを押し進める企業も実際にあるということや。

そして、こういうケースは、他でも数多く発生しとるという。

一説には、そういう個人請負契約を結ばされとる人間は、確かな数字は把握されとらんが200万人ほどはいとるという話や。

そして、それは、これからも増えるのは間違いないと思われる。

表題の「世の中、総拡張員化計画進行中?」やと言うたのは、そういう背景があるからや。

ワシらと同じ請負自営業者が増えるやろうという意味でな。

ただ、これが何とも皮肉な話なんやが、請負契約が大勢を占めとった拡張員は、現在は逆に、固定給が保障される営業社員へとなりつつあるんや。

これを、どう理解したらええのやろうかと思う。

景気は上向き傾向にあるという国の発表や財界の意見がある。

それを信じとるのは、一部の人間だけで、大半は「そんなアホな」と思うとる人が圧倒的に多いはずや。景気の上向き感などあるはずないと。

確かに、数字はそうなるのかも知れん。

しかし、それは、企業がリストラを敢行し、社員を減らすことによって、契約社員や請負業者への業務委託でコストを下げた結果やろうと思う。

一時的に数字でそういう事態になったとしても、将来的な展望はないに等しいと断言してもええ。

企業は、人の心を忘れ、人に頼らず、人を信用しなくなったと言うても過言やない。そう思える。

企業の財産は人材やという考えは、昔は確かに存在していた。一流の財界人、ひとかどの人物は、皆、口を揃えてそう言うてたもんや。

それが原動力となって、日本の繁栄があったわけや。

しかし、残念ながら、昨今の企業体質を見ていたら、それを失ったとしか思えん。

正社員にしても、終身雇用という概念の崩壊で、会社に対する愛社精神というのも、すっかり影を潜めとる。派遣社員は言うに及ばずや。

働く人間を大事にせんとそうなる。そんな企業に未来はないと思う。

現在、やり玉に上げられとる製菓会社がそのええ例や。

「これからは、熟練工はいらん。パートとロボットで十分だ」とそこの工場長が言い放ったという報道があった。もちろん、経営者の意向でな。

その結果は、周知の通りや。

コスト減に固執する企業は、肝心な人材についても疎かにする。目の前の利益に飛びついて自らの命を失う愚を冒しとることになる。それに気づいとらん。

そういう体質の所は、不祥事が発生して当然やと思う。起こるべくして起こったということや。

ええ人材がおらな、ええもんは作れん。こんな簡単なことさえ、分からんようになっとるわけや。

そんな状態になっとるのに、景気が上向きやとか、展望が開けとると言う人間がおる。どこに目をつけとんねんと思う。

そうは言うても、ただ、それをぼやいとるだけやと、どうにもならん。どういう状況であっても、人は生き抜いていかなあかんのやさかいな。

人間は、過去に、こういう先の見えん状況というのは幾度も経験してきた。

その都度、多くの大企業の創始者たちがそうであったように、裸一貫で事業を立ち上げてきたわけや。

件の製菓会社もしかりや。初代は崇高な理念を持って仕事をしてたのは間違いない。それが、長い年月と共に廃れたということになる。

「歴史はくり返す」という言葉通り、また新たな崇高な理念を持った人物が必ず現れ、この状況を変えるはずや。そう信じたい。

そんな能力のない一般人は、どうすればええのやということになるが、それをワシに問われても正直、困る。

ワシ個人なら、何とかなると言うて済むが、状況を打破できん人もおるやろうからな。

そういう人には、取り敢えず、生きるということを前提に今を踏ん張ってくれとしか言えん。

この状況を招いたのは政治の責任も大きいと思う。

もしかすると、政治が変われば、この状況が変わるかも知れん。断言はできんが、少なくとも可能性はある。

そして、それが可能なのは、国政選挙や地方自治選挙のある今年しかない。

今まで政治なんか誰がやっても同じで、関係ないで済ませた結果がこれやと知ってほしい。

ワシら、凡人にできることは、選挙に行くことくらいや。

既存の社会が嫌なら、はっきりとノーと言うべきやし、この状況を受け入れるのなら、その意志を示すことや。

これからの世は、今までのように、誰かの責任にしたらあかん。政治が悪いと言うのなら、それを許したワシら自身も同罪やさかいな。

「ワシの1票で世の中変えたる」というくらいの気持ちを皆が持たん限りは、これからもどんどん深みに嵌り、いずれは奈落の底まで落ちるやろうと思う。


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