メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話
第13回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
発行日 2004.11.12
■ゲンさんの勧誘実践Part 1 雑談から
良う客から「あんたみたいな拡張員もいてるんやな」と言われることがある。こういう客は決まって「話が面白い」とか「楽しい気分になる」と言うてくれる。
ワシにしたら、最高の誉め言葉や。客を楽しい気分にさせるというのが営業の基本やと思うてるからな。
ただ、客にとってワシの話の何が面白いのか、楽しいのかとなると、ワシにも良う分からんのや。
客に嫌な思いだけはさせたらあかんと思うてるだけで、どういう話をしたら喜ばれるのか、気に入りられるのかと聞かれても困る。
敢えて言えば、自分が面白かったと思う話をしとるだけや。それがウケて客にそう言われることがあるというだけに過ぎん。
はっきり言うて、こういうことを言うてるから、ええんやということはないと思う。
相手の客にしてもいろんな人間がおるから、同じ話をしても皆が面白いとか気に入るとは限らんしな。
今日は特別に、客にそう言われた時のワシの営業トークをじっくり聞かせる。
と言うても、ワシには無数と言うてもええくらい営業トークのバリエーションがあるから、そのうちの一つだけや。
自慢してるのとは違う。10年もやっとれば自然に誰でも言うことも増えるだけのことやからな。
「ご主人、精が出ますね」
家の前で洗車しとる客にそう声をかける。ワシは、インターフォンを押しての
個別営業より、こういうのが多い。
「どちらさん?」
ちょっと、胡散臭さそうな感じでその客が訊く。
「Y新聞の新聞屋です」
例によって、ワシは努めて明るく答える。
この時、相手により言葉使いを使い分ける。丁寧に言うか、気安い調子で言うかは相手次第や。
その効能の話はまた別にするが、この客の場合は丁寧に言うた方がええと踏んだ。
「うちは新聞はA新聞と決めてるからいりませんよ」
とりつく島もないという雰囲気を漂わせて断りが即座に入る。
「分かってます。ほとんどの方がそうですからね。別に無理に取ってくれとは言いませんから」
これはあくまでも営業テクニックとしてのトークやが、半分は余裕を見せる意味もある。何でもそうやが焦ったらあかん。
「……」
この時、初めてこの客はワシの方をはっきりと見た。ちょっと、変わった奴やなと印象付けられたら、この段階は良しとする。
「参考までに聞きたいんですけど、この辺は、私らみたいな勧誘員は良く来ま
すか」
これはどんな時でも聞いておくとええ。例え、この客があかん場合でも情報と
して使えるからな。
それと、この質問をすることで、客は、自分をターゲットにするのを諦めたと
勘違いすることが多い。安心するんやな。
「多いみたいやな。嫁さんが良うぼやいとるからな」
「たちの悪いのが多いと?」
「しつこくて胡散臭く、程度の悪い人間が多いと嫁さんが……、いや、あんた
みたいな人とは違うと思うけど」
「いえ、いいんです。私らはどこに行ってもそう思われてます。実際、中には
たちの悪いのもいてますからね。そんな連中と一緒にされて、お客さんから拡張員というだけで罵声を浴びせられることも多いですしね」
「大変ですね」
こういう同情の言葉を洩らす客もおるが、この時、チャンスとばかりここで攻勢に転じたらあかん。まだ、早い。
しかし、この時点では、世間話くらいは出来る雰囲気になっとるから、相手の性格を探るつもりで、とりとめのない話をする。
「私は映画が好きでよく観ます。それも洋画が。ご主人は?」
「たまに、ビデオで」
「ちょっと古いですけど、私はダイハードが好きなんです。特に『ダイハード
3』が面白かったですね。ご主人も観ました?」
「ええ、一応は」
ここで、ワシはどこがどう面白かったのか自分流の解説をするんや。
『ダイハード3』を知らん人のために簡単にストーリーを説明する。
あるテロ組織がニューヨークで爆弾テロを繰り返していた。 そのテロ組織のボス、サイモンはなぜかブルース・ウィルス扮するジョン・マクマーレン刑事と、たまたま巻き込まれただけのサミュエル・L・ジャクソン演じる電気屋店主ゼウスに爆弾の捜索を命じる。
従わないと爆弾を爆破させ大勢の市民を殺害すると脅かして無理に従わさせる。サイモンは『ダイハード1』でジョンにロサンゼルスのナカトミビルから突き
落とされたテロ組織のボス、ハンスの兄やった。
その弟の敵討ちの意図もありジョンに狙いをつけた。 しかし、サイモンの真の狙いはウォール街にある連邦準備銀行の金塊やった。
そのサイモンの組織との戦いで、ジョンとゼウスが映画の題名通り、死ぬほどハードな戦いを繰り広げるというお決まりのストーリーや。
この映画の見所は、5分に1度の山場とアクションということや。確かにその息をもつかせんアクションとストーリー展開も面白いんやけど、ワシはこの映画の中のクイズ的要素がなぜか深く印象に残っとる。
ワシの好きなその場面は、ハンスに指示されて来た公園の噴水で爆弾入りのアタッシュケースを発見する所や。
ジョンがそのアタックケースを開けると爆弾の起爆タイマーのスイッチが入る。
間髪置かず、ハンスから携帯電話でメッセージが来る。
「噴水に5ガロンの容器と3ガロンの容器がある。これを使って4ガロンきっ
ちりの水を入れた容器を、アタッシュケースの電子計量秤に乗せると爆弾の解除が出来る。生きていたら5分後にまた連絡する」と言うて電話を切る。
この問題は一見簡単なようやけど、結構、難しい。映画を観とる最中、必死で考
えたのを覚えとる。
この話をたまたま、洗車中の客に話したから効果があった。ワシの話を聞き終わる頃には、必死になってこの問題を解こうと、どこからか、大小2つのバケツを
持ち出して水を入れながら悪戦苦闘しとった。 ついに、ギブアップが入る。
この話は今まで3人くらいにしたけど、3人とも分 からんかった。分かれば単純なんやけどな。
答えを言う。3ガロンの容器に4ガロンの水は入らん。せやから、5ガロンの容器に4ガロンの水を入れなあかん。ここまでは誰でも分かる。
5ガロンの容器に満杯の水を入れ3ガロンの容器に移す。すると、5ガロンの容器に2ガロン分の水が残る。
3ガロンの容器に入った水を捨て空にする。 5ガロンの容器に残った2ガロン分の水を空の3ガロンの容器に移す。3ガロン
の容器に2ガロン分の水が入る。
5ガロンの容器に水を満杯に入れる。3ガロンの容器には2ガロン分の水が入っ
とるから、後1ガロン分の水しか入る余地がない。
そこに、満杯の5ガロンの容器から水を移せば、5ガロンの容器には4ガロンの水が残るというわけや。
ここで注意せなあかんのは、これが分かってるからと言うて得意げに説明せんこ
とや。特に営業の一環でこういう話をしとる時は尚更や。
私も、この映画を観て知ったと強調しとった方がええ。 こういう話をしとると、客から「あんたみたいな拡張員もおるんやな」と言われ
ることがあるということや。
ワシが映画を好きで良く観るのは半分サボるためやが、こういう見方が営業で役立つこともある。こういう見方をするのは、ワシとしたら普通のことやと思うて
たんやが、どうも違うらしい。
ハカセが「ゲンさんの物の見方、考え方は本当にユニークやから、話が面白いんや」と言うのを聞いて、最近やっと人とは違うのかなと思うようになった。
話を元に戻すが、客とここまで話が出来ると、後は持って行き方次第で成約になる確率が高い。
逆に言えば、こういう話が出来るようになって初めて勧誘しても遅うないとワシ
は思う。
少なくとも、ワシはそうしとる。 余談やけど、ワシはこのブルース・ウィルスが好きや。ワシの雰囲気が、このブ
ルース・ウィルスに似てると言われたことがあったから余計や。
誰や、似てるのは頭の部分だけやて言うのは。