メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話
第135回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
発行日 2007.3. 9
■悩める人々 Part3 サボリと詐病について
「拡張員は、サボリが多い」とは、昔から、業界内でも良う言われてたことや。
もっとも、そう指摘された拡張員は、否定はするやろうがな。
「1日中、叩き(訪問)ましたが、だめでした」と。
あかんときの言い訳は、たいていそんなもんや。
拡張というのは、生半可な考えで、ものになるほど簡単な仕事やない。
大半の客からは敬遠され、毛嫌いされとる。営業とはいえ、まともに話すら聞いてもらえんことの方が、圧倒的に多い。
その人間が、どうのというより「勧誘」に来たという事実がマイナス要因となるからな。
それでも、真面目に一日中、足を棒にして叩けば、坊主(契約ゼロ)ということの方が珍しいというのも、また確かやと思う。
大半が毛嫌いしとるとは言うたが、中には、ワシらのような拡張員が来るのを心待ちにしとる客がおるのも、また事実や。
その理由も結構ある。
それには、現在、購読しとる新聞、もしくは新聞販売店に不満のある場合が大半を占める。
「新聞記事の内容が気に入らんようになった」「販売店の対応が悪い」「従業員の口の悪さに閉口している」「長期購読しとるのにサービスが少ない」などと、考えとるような場合や。
例え、普段は、そうでもなかったとしても、たまたま、訪れたその日、不配(配達忘れ)や遅配があって客が怒っとるようなときやと、ワシら拡張員の誘いに比較的簡単に乗りやすいということもある。
また、客も人間やから、相性のようなもので、訪れたその拡張員を気に入るということも起きる。
それらの客と遭遇できれば、成約になる確率は高くなる。
そのためにも、真面目にコツコツと廻るしかない。どこにどんな客がいとるかは、それでしか分からんのやからな。
拡張員が、一日中廻った場合に叩く軒数というのは、100軒から200軒程度というのが、ほぼ常識的な線やとされとる。
と言うても、それ以下やと仕事してない、それ以上やと仕事しとると単純に決めつけられるもんでもないがな。
その状況にもよる。
例えば、ドアを開けて応対する客が多ければ、その分、話す時間も長くなるから、訪問数は少なくなる。
また、高層マンションや住宅密集地で留守宅が多かったり、インターフォン・キックで断られたりすることが続けば、自然と軒数も増える。
ワシは、1棟300軒ほどある高層マンションを叩くのに、2時間弱で終わったということもあったくらいや。1軒20秒あまりの計算になる。
因みに、そこは、そういう高層マンションが隣接しとる所やったから、その日叩いた件数は、1000軒ほどにもなる。
逆に、妙に客が出てくる地域というのもある。ワシの経験では、閑静な住宅街というのにこういう所が多い。
比較的、勧誘員が敬遠しとるような所で、普段その手の人間が少ないというのもあるからやと思う。
そういう所やと、一日中廻っても50軒すら叩けんということも多い。
もっとも、話しができとるというのは、その分、成約になる可能性が高いということやから、率とすれば、ええけどな。
せやから、一概に叩いた軒数で、真面目、不真面目を計れるということでもないということや。
要は、その人間の仕事に取り組む姿勢なわけやが、こればっかりは、その本人にしか分からんことや。
せやからこそ「1日中、叩き(訪問)ましたが、だめでした」という言い訳をする者がいとるわけや。
個人で自由に叩いとる場合は、誰もその現場を見ているわけやないから、その真偽は分からん。
これが、販売店の従業員が付きっきりでする案内拡張や連勧などのグループ拡張なら、他の人間の目があるから、そう言うても通るかも知れんがな。
ただ、このサボリの是非は、ワシらフルコミの拡張員にとっては曖昧なものやと思う。
ワシらは、拡張団には所属しとるが、そこの社員という身分やない。
拡張団と業務取引契約書を交わして、新聞の購読契約を上げることのみを請け負うとる個人事業者なわけや。団はその成果を買い上げるだけやとなる。
本来なら、団は、契約さえ上げて来たら、それでええ。
契約の上げられん者は契約解除、つまりクビにして使わんかったらええだけの話やさかいな。
拘束する必要はないし、システム上、できんことになっとる。
ところが、どの拡張団でも、拡張員を拘束したがる。自由にさせたら仕事はせんもんやと思うとるからな。
社員やなく外注の個人事業者という形態でありながら、実態は、社員と同じく時間の拘束を受け、フル稼働を強制させられとるわけや。
たいていの拡張団で、サボリを容認しとる所はまずない。
ただ、管理するにも、すべての拡張員の動向を監視できるわけやないから、中には、マンガ喫茶やパチンコ屋で、その目を盗んでサボるという者も出る。
もっとも、それについては、ワシもえらそうに言えた義理やないがな。ワシなんかは、それに加えて、映画も観とるしな。
もちろん、言い分としては、それなりのものがある。
それには、営業という仕事の特異性が挙げられる。
人間には、集中力が持続できる限界時間というのがある。営業の仕事は、精神力がすべてと言うてもええ。
気持ちが続かんと仕事にならんし、成果も期待できん。
ワシの場合、長年の営業経験から、その精神力が集中できるのは、長くて2時間と踏んどる。
たいていは、その2時間程度を1クールにして営業する。それが癖となって体に染みついとるわけや。
その後の休憩が、そのときにより、30分になったり1時間になったりする。ときには、2,3時間に及ぶこともある。
気持ちの充実を待つわけやが、人間やから、その気持ちが乗らんこともある。管理する側から見れば、それがサボリと映る。
営業というのは、他の仕事と違い、それらのサボリと見える行為も、まったく無駄というわけでもない。
喫茶店での駄喋(だべ)りは、貴重な情報交換の場でもあるし、マンガも若い客との会話に役立てる。映画もそうや。
その理由をこじつければ、そうなる。
地域にもよるが、一般的な住宅街での昼間の在宅率が悪いということも、そのサボる理由の一つになっとる。
在宅している奥さん連中にしても、昼寝やテレビの昼メロに夢中になっとる場合もあるし、近頃やったらインターネットに嵌っとるというケースも珍しいことやない。
せやから、例え、インターフォンが鳴っても、面倒臭がって出て来んことも多い。
出ても、そういう場合なら、話しなど聞く気もないやろうから、簡単にインターフォン越しに断られる。
いわゆる、インターフォン・キック、ドアフォン・キックと呼ばれとるものが、そうや。
その昼間の時間帯は効率が悪く、勧誘するのは無駄やと考える者もおる。
それよりも、夕方の5時以降から8時までの時間帯に集中して叩いた方がええとなる。
因みに、夜の8時までというのは、たいていの販売店で設定している終了時間やから、それまでということやな。
共稼ぎ世帯やと、パート勤務の奥さんの場合、その5時以降までに帰宅して在宅しとる確率が高くなる。
何より、夕方暗くなると各家に照明が灯る。その在宅が一目瞭然に分かるというのも大きい要素になる。
いずれにしても、拡張員が活動するのが最も多い時間帯がそれや。
というか、さすがに、その時間帯にサボったり遊んだりしとる拡張員は、皆無やろうと思う。例え、おっても少ないはずや。
その時間に集中するために、それまで待機しとるという拡張員もおる。マンガ喫茶やパチンコ屋でな。
通常、それをサボリと言うのやが、そういう連中は違うと思うとる。見解の相違やと。
それでも、カードさえちゃんと上げとったら問題はない。収入も得られるのやから、生活も成り立つ。
ベテランは、経験上、その時間帯のどこに行けば、自分の狙いの客と接触できるかというのを熟知しとるから、まだ救いはある。
しかし、そのうわべだけ真似しとる駆け出しには、その芸当は難しい。
そのベテランですら、その時間帯だけに賭けるというのは、リスクが伴うことや。
狙いが外れれば、それで終わる。坊主(契約ゼロ)になることも十分あり得るからな。
まあ、それは自業自得やから仕方のないことやけどな。
ただ、そういうのに限って「この頃、さっぱりや。無読の奴が増えた。みんなインターネットで新聞記事を見るからいらんと言いよる」と、さもそれらしく世相を嘆くようなことを言う。
確かに、そういう側面はある。それは認める。
せやけど、訪問営業は確率が大きく左右する仕事や。その仕事時間が少なければ、当然、訪問数も稼げず、その確率も減る。
昼間、いくら効率が悪いというても、何もせずサボっとるより、営業に廻っとる方がはるかにましや。
それで他紙の現読不満分子に出会うこともあるのやからな。
それをせず、言い訳だけしとっても、どうにもならんと思うんやが、嘆かわしいことに、そういう奴は、どこにでもいとる。
サイトに、こういうメールが届いたとハカセから連絡が入った。
ゲンさん、はじめまして。いつもHP、メルマガを楽しみに読ませていただいてます。
僕は、拡張の仕事をはじめて、まだ2ヶ月の新米セールスです。なかなか、成績が上がらず困っています。
情けない話ですが、お客の家のインターフォンを押せないときがあるのです。1日、10軒ほど叩いたら、それであきらめてしまうこともあります。
そんなときは、いつも、明日こそがんばろうと思うのですが、次の日、その場に立つと体が動きません。
それどころか、気分が悪くなり頭さえ痛くなってきます。実は昨日から、インフルエンザに罹ったと言って仮病を使って休んでいます。
自分でも、この仕事に向いてないというのは分かります。でも、正直に言ってお金もない状態で転職もできません。
どうしたら、この状況を抜け出せるのか、教えてください。本当に情けない話ですが、真剣に悩んでいます。
Q&A用に送られてきたメールやが、これでは話にならん。
悪いが、この相談者には、どんなアドバイスをしても無駄やと思う。意味がない。
それでも、敢えてアドバイスをするとしたら「さっさとこの仕事を辞めろ」と言うしかない。
この相談者が、このまま、そうして続けていても状況は日増しに悪くなるだけやさかいな。
転職先なんか、贅沢さえ言わんかったら、その気になれば何ぼでも見つかるはずや。
何とか、頑張ってはいるが、契約が上げられんという悩みなら、まだ相談に乗る価値もある。
せやけど、この相談者には、それが微塵も感じられん。仕事せずに契約なんか上げられるわけがない。
そういう甘えた人間には、ワシではどうしようもない。
正直、こういうのは堪忍してほしいと思う。
「おそらく、ゲンさんなら、そう言われるだろうと思っていました」
「で、どうする?」
一応、サイトの基本方針として、新聞勧誘に関するすべての質問に答えると謳うとる手前、何もなしでは、ハカセも具合が悪いやろうと思う。
「ゲンさんは、詐病というのをご存じですか」
「サビョウ?何やそれ……」
「厳密には違う所もあるんですけど、分かりやすく言えば仮病のことですね」
ワシには、あまり聞き慣れん言葉やが、かなり昔から存在していてた言い方やという。
古くは、太平洋戦争の頃、その徴兵逃れに考え出された手法が今も継続され進化しとるということらしい。
身体障害者、病気持ちは、その徴兵から除外される。これは、徴兵制度のある国なら世界共通やと言うてもええ。
そのため、当時は「砂糖を尿に混ぜ糖尿病を装う」、「卵白を尿に混ぜて腎臓病を装う」、あるいは「数年に渡り、松葉杖を使い障害者を装う」というようなことが実際にあったという。
中でも、精神病に及ぶ分野は巧妙を極めるとのことや。狂人の真似を平気でする者がおると聞く。
そう言われて、ワシは、ある男のことを思い出した。
セキヤという昔の拡張員仲間やが、都合が悪くなるとすぐ、その狂人の真似を得意とする男がいてた。
そのセキヤが、あるオートロックのマンションに侵入して、叩いていたことがあった。
こういう所へ許可なく入ると、家宅侵入罪が適用される場合がある。突き出されて警察沙汰になることも珍しいことやない。
その現場を、そこの管理人に見つかり、セキヤは瞬間的に得意の狂人を装うて、外に放り出されるだけで済んだということがあった。
また、万引きがバレたときとか、放置自転車を勝手に乗り回していて警察官に呼び止められた際にも、同じように狂人を装い難を逃れたと自慢げに良う言うてた。
「アホの真似をしたら、たいていの人間は嫌がるから、それで無罪放免や」とうそぶく。
それに長けとるのを詐病と呼ぶらしい。
「なるほどな……」
専門の精神科医でさえ騙されることも多い。正に「詐病」、詐欺の病と呼ばれる所以でもある。
しかも、これは、正規の精神疾患として「虚偽性障害」と呼ばれとるという。
つまり、仮病も病気やということになる。
「そんな、アホな……」
そして、最近は、それが、よりたちが悪くなって、実際の犯罪にも応用されとる頻度が増えとるようや。
良く殺人などの凶悪事件を起こした犯人が、すぐ心神耗弱やとか言うて精神鑑定を受け、その責任逃れをしようするのが、それやと思う。
精神病患者、狂人を装うわけや。
中には、本当にそうやという者もおるのかも知れんが、ワシにはとうてい信じられん話や。
そういうのに限って、計画的犯行というのが多い。断言してもええが、本当の狂人にそういうのは絶対無理や。
しかし、実際の裁判では、そのときにだけ「心神耗弱」と認められ、減刑された判決が下っとるというのがある。
何やねんと思う。
もうこれ以上は、やめとこう。考えれば考えるほど腹が立ってくるさかいな。
ただ、本当に、そういう病気で苦しんでいるのなら、凶悪犯以外であれば、気の毒やとは思う。
「つまり、仮病も病気だという風に考えれば、この相談者のことも見えてくるのではないでしょうか」
この相談者が、インターフォンも押せず、その前に立っただけで『気分が悪くなり頭さえ痛くなってきます』と訴えとるのが、その病気の症状やないかと、言うわけや。
「百歩譲って、仮にそうやとしても、そんな人間に何をしてやれる?ワシらは、医者やないで」
「そのとおりです。何もできません。ただ、そのことについて、このメルマガを通じて話すことで、この相談者に考えてもらうことができるのではないかとは思うのです」
確かに、ワシが回答するとしたら「あんたには、この仕事は向いてないから、早々に辞めた方がええ」と言うくらいしかないやろうと思う。
それでは、ただこの相談者を否定するだけで終わる。
このメルマガは、Q&Aではないが、時折、たった一人のためだけに話すことも過去には何度かあった。
今回も、そうや。
たいてい、それで、そういう人には分かってもらえたから、それなりに意味もあったとは思う。
しかし、この相談者が、どうかというのは、正直言うて疑問や。そのたった一人へも、ハカセの思いは通じんおそれがある。
本人が、甘えとるということを認識せん限りは「あんたは、病気かも知れんで」と言うてみたところで、それを逃げ道にするだけやという気がする。
所詮、サボリにしろ詐病と言うにしろ、それは、ただの甘え、言い訳にしかすぎんとワシは思う。
少なくとも、ワシらの世界は、そんなものが通用するほど甘うないのだけは確かやと断言できるさかいな。