メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第14回 新聞拡張員ゲンさんの裏話

発行日 2004.11.19


■ゲンさんの拡張実践Part2 経験を役立てろ
 

ビール券や洗剤のような拡材は、拡張員が新聞勧誘をするのには欠かせん物やというのは間違いないが、なかったら、勧誘が全く出来んのかというと、必ずしもそうやない。

例え、拡材が廃止になっても、勧誘する方法はある。もちろん、喝勧なんかの脅しのようなものとは違う。法律には一切、触れん。

しかも、場合によれば、拡材の景品より遙かに得をするから、その客からは確実に有り難いと思われ感謝される。

そんなうまい話があるのかと疑うやろけど、ワシはこれをたまに実践しとる。 ワシの知る限り、こんなことをする拡張員は他にはおらんようやけどな。

まあ、早い話が芸は身を助けるというやつや。 ワシがこれをやることになった、きっかけの話をする。

もう、5,6年になると思うが、今年のように強い台風の日やった。各地で被害も大きかったと記憶しとる。

その台風一過の翌日、勧誘しとると、一軒の家でそこの主人とおぼしき人が、強風で飛んだガレージの波板を直そうと悪戦苦闘をしとった。

「大変ですね」
ワシは何気なく声をかけた。

「もう、無茶苦茶ですわ。この台風で修理頼んでも、修理屋は忙しい言うていつのことやら分からんし、自分で直そうとやってんねんけど、あきません。や っぱり、時間はかかっても修理屋に任そうかと思うとるんですわ」

「良かったら手伝いましょうか?私は昔、こういうことは専門にしてたもんで」

「そうですか、助かります。お願いしようかな。費用はどのくらいで?」

「いえ、それは結構です。いりません、今は商売にしてませんから」

「それでは、気の毒です。こちらも頼みにくいですし、いくらかおっしゃって貰 ったほうが助かります」

「困っている時はお互いさまです。気にしないで下さい」

これは、ワシの本音や。 人が困っとる時につけ込むようなことは出来ん。 そんな拡張員が、と思う者もおるやろうけど、ワシは拡張員の前に、一人の人間や。

それにええ格好言うてるように聞こえるかも知れんけど、ワシは困っとる者を目の前にして知らん顔は出来んタイプの男やからな。

ワシは、戸惑うその家の主人を尻目に、修理に取り掛かった。幸い、道具と材料 は近所の建材屋から仕入れたらしく、上等とは言えんが使えるものやったから何 とか格好つく程度には出来た。時間にして1時間弱程度や。

「もう、大丈夫です。これで、次に同じような台風が来ても飛ぶようなことはな いですよ」

これは自信があった。 波板は、一枚ずつ重ね合わせて屋根にするんやが、それが強風で飛ばされるとい うことは、取り付け金具がきちんと出来とらんか、重ねる向きを考えてないかのいずれかや。

それが、ちゃんと出来とれば、そう簡単に飛ぶもんやない。 この家の場合は両方やったが、特に風向きに注意を払わずに波板を重ねていた。

専門業者でもこういうのは結構多い。 ポイントは風の吹く方向が、常に上になるようにしとくことや。逆やと、重ねしろの隙間から風が入り浮かび易い。

台風の風は大抵、南西が多いから、この場合は北東の位置から波板を張り始める。 そうすれば、自然に風の向きと逆になり、風の影響を受けにくくなるということや。

「いや、助かりました。本当にありがとうございます」

「いえ、以前、住宅リフォームの店をしてたんで、こんなことは何でもありませ んよ」

「今は何を?」

「新聞屋です。S新聞の勧誘をしてます」

「S新聞ですか……。うちは長いことA新聞なもので……」

「さっきも言ったように、気にせんといて下さい。そんな、つもりはありませんか ら」

「それでは、私の気がすみません。別に謝礼を受け取って下さるのなら有り難いのですが……」

その客はそう言った後、意を決したように言うた。

「こういうのはどうでしょう、6ヶ月とか1年だけということで、お宅のS新聞を取らせて頂くということで」

「そういうことなら、いいですよ。それじゃ、期間は3ヶ月だけということにしま しょう。私の方はそれで十分ですから」

ワシも、この客の心情と言い分も良う分かる。逆の立場やったら、やはりすっきりせんからな。こんな、場合は、ギブ・アンド・テイクに持って行った方がお互いの ためにもなる。

それに、3ヶ月やと、全くその新聞が必要のないもんやとしても、その間の新聞代 は1万2千円ほどや。 この波板の修理は、普通、ガレージの屋根の場合、材料込みで5万円ほどが相場や。

材料費が2万円前後やから、3万円前後が修理費ということになる。この時のよう に、台風で忙しいという条件が重なれば、業者はもっと吹っかける。

それを、考えれば、その客も格安になるし、ワシも仕事にはなる。本来、両方にメ リットがあるというのが一番ええことや。お互いに気を使わんでもええしな。

余談やが、ワシは規定通りのサービスとして、ビール券3枚と洗剤2箱渡した。 すると、その客は驚いたと言う。今まで、A新聞からは何も貰ったてなかったと言 う。

こういう客も多いんやけどな。 せやから、その客は本気でS新聞に乗り替えようと言い出したが、ワシが新聞勧誘の内幕を話して聞かせると、結局、交代読者が一番得やということになった。

それには、S新聞に完全に切り替えた場合、ワシとはもう会えんようになるというのが、つまらんという理由のようやった。現読拡張禁止というやつでな。

そして、この客は、近所で困っとる人間も紹介してくれて、客を増やしてくれた。 ワシにはこういう客は多い。

例え拡材がなくても勧誘は出来るんやなと知ったのはこの時が最初やった。それと、 客に気に入られる人間にならんとあかんということもな。

このリフォームやけど、この場合のように実技で示すだけやなしに、単にやり方を教えるという場合もある。

中には、日曜大工が好きで自分でやりたいという人間は多いからな。 そんな人間には、プロのテクニックを教えると喜ばれるということや。こっちも楽やしな。

こういうことが出来るのは、ワシが特別なのかも知れんけど、こういう考え方を知 っとれば、応用は出来ると思う。

このメルマガの読者にも拡張員の人はいてると思うので、僭越ながら一言言わせて貰うと、拡張員になるまでは何かの仕事をしていて、その道のエキスパートやった はずやから、それを生かすことを考えても、ええのと違うかなと思う。

拡材だけに頼る勧誘から離れるのも、一つの方法やないやろか。客は絞った方が効率はええが、営業方法は拡げてた方が有利やからな。


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