メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第144回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日  2007.5.11


■無料新聞とフリーペーパーについての話


「今の時代、新聞代に見合うような値打ちは、新聞にはないと思います。私はタダなら契約しますが、有料ならいりません」

こういった内容のメールが最近、良く届くようになった。サイトのQ&Aにも、たまにそういうのがある。

これは、主に関東地域で良く聞くことやが、新聞代に相当する金額、または金券を契約者に渡して、さらにサービス品まで付けて契約を取るという「置き勧」と呼ばれる手口が存在する。

もちろん、これは絶対にしたらあかんことで業界の御法度、違反行為や。これが発覚したら無事には済まんことになる。

それをした拡張員は、良くてその販売店に出入り禁止となり、ヘタをすると馘首というのもある。

場合によれば業界情報に氏名が掲載され、その地域での拡張の仕事はできんようになる。

江戸時代の昔で言えば「江戸ところ払い」やな。

そういう追放処分になった拡張員が、地方に流れ出没すると聞く。ワシらの団にも、そういう連中が、たまに流れてくることがある。

もっとも、ワシらの方では、そんなやり方は通用せんから、すぐどこかへ消えておらんようになるがな。

その拡張員たちにも言い分はある。

「普通にやっててカード(契約)なんか上がらんぜ。特に最近の若い連中がどれだけ、世知辛いか知らねぇだろうが。新聞代、タダにしてやっても難しいんだぜ」と、うそぶく。

しかし、拡張員がそんな契約を取ったところで、儲かることは、ほとんどない。

その一点だけでも、ワシらには考えられんことなんやが、それをする人間は、儲け云々よりも、どうしても契約を上げなあかんという強迫観念に囚われるわけや。

拡張に限らず営業の仕事というのは、必ずノルマというのがある。それが、精神的に大きな負担となる。

また、拡張団によれば、成績が悪いとその責め方も常軌を逸する所もあるのも事実や。そういうことをする拡張員の所属する団は、たいていそうやという。

その日、坊主(契約ゼロ)やったらビンタされ土下座まで強要される団すらあると聞くさかいな。

そういうめに遭えば恐怖と恥辱にまみれることになる。

例え、それを経験せずとも、そういう人間を目の当たりにすれば、何としても、それだけは避けたいと思う。

通常の勧誘でコンスタントに契約を上げることができれば、そんな割に合わん「置き勧」のような真似をする必要はない。

ところが、成績の上げられんときがある。

特に、この拡張の世界やと、拡材だけに頼っとる者にそれが多い。

拡材だけに頼る営業というのは、基本的に「これだけサービスしますから契約してください」ということしか言わんもんや。

契約するつもりのない人間なら、「そんなもの貰っても仕方ない」と当然のように答える。

それは、契約そのものを拒否するという意思表示なのやが、拡材に頼る拡張員は、そうは受け取らん。もっとサービスすれば、契約すると勝手に思い込む。

そのやり方しか知らん者は、どうしてもエスカレートして、結果として「タダにするから」ということにまでなってしまうのやろうと思う。

タダにして、例え儲からんでも、契約そのものは上がるから、体裁は整えられるし、恐怖と恥辱に晒されんでも済むと考える。

このタダという言葉に弱い人間がおるのも、また、事実や。それならということで、契約する人間が現れる。

断っておくが、タダで契約する購読者を責めるつもりはない。悪気があってそうするわけやないし、法的にも問題はないからな。

それで、相手の拡張員が困るとか損をするかも知れんと考えることも少ないから、罪悪感も皆無や。

たいていは、そうしても儲かっとる、あるいは利益があるはずやと考える。利益のないものにそんなことをするわけはないと。

契約者に拡張員の事情なんか知る由もないさかいな。

もっとも、関東の一部の販売店では、拡張料として、3ヶ月契約で18000円相当もの金品を渡しとる所もあるという報告が、このサイトにも届いとるから、一概に儲かってない、利益がないとは言えんのかも知れんがな。

そうする販売店にも、それなりの理由がある。そうでもせな契約を確保できんと考えるからや。

成績を上げられんと、新聞社から業務委託契約を打ち切られ、潰れると思い込む。

実際、あまり勧誘実績が悪いとそういうこともある。ワシ自身、過去にはそういう事例を数多く見てきたしな。

背に腹は代えられんというやつや。

ええ悪いやなく死活問題やから、目先の利益にこだわれんわけや。損をしてでも、潰れんようにせなあかんと考える。

それは、ちょうど借金だけが膨らんで、経営が悪化しとる会社が、さらに高利の金融屋に借金せなあかん構図と酷似しとる。

利益より利息の方が多いというのは良くある話や。

遅かれ早かれ、そういう会社は潰れる。百に一つも持ち直す所はないと断言できるほどにな。

当然、その販売店も例外やない。結果として、そういうことをする拡張員も販売店も行く先は潰れるしかないことになる。

タダやから契約してくれというのは、それをする者も許す販売店側も、自分で自分の首を絞めるということにしかならん。

もちろん、新聞に値打ちがないというのは、それだけやない。

インターネットで、その新聞記事がタダで見られるからというのも、その理由としては大きい。

若い人間からのワシらへの断り文句として最も多いのが、それやさかいな。

まあ、それについては、このメルマガでも幾度となく言及してきたから、ここでは省く。

今回は、無料新聞、フリーペーパーについて話そうと思う。

サイトへも、その存在の大きさを懸念する声も多いしな。

無料新聞、フリーペーパーというのは、その名前から同一視されることが多いようやが、若干違いがある。

無料新聞とは、既存の新聞記事と同じ内容のものか、それに近いものが掲載されている新聞を無料で配布されるものと定義付けされとる。

その意味では、現在、日本において日刊で発行されとる無料新聞と呼べるものはない。

週間は幾つかあるが、ワシの感覚やと日刊でないものを新聞と呼ぶのはどうかなという気がする。

少なくとも、既存の有料新聞と対比させるのならな。

以前、日本で唯一とも言える本格的な無料新聞が発行されたことはあったが、結局、それは日刊から週刊へと移行した。

その理由は定かやないが、撤退と見る向きも多い。そこには日本特有の事情があるのやと思う。

しかし、外国では、この無料新聞の猛威は凄まじいという。

隣の韓国では、その無料新聞の爆発的な伸びに押され、一般紙を発行していた新聞社も無料新聞に参入しとる。

このことについては、当メルマガ、2005年1月7日発行の『第22回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■悪夢の初夢』の中でも少し触れた。

その部分や。


当然のことながら、その韓国では有料新聞の売れ行きがガタ落ちし、新聞販売店、新聞流通業など、新聞関連業は大打撃を受けているという。

いくら、これが隣の韓国での話で、日本との事情に違いがあるとは言え、対岸の火事と無視することは出来んと思う。

こういうことは、遅かれ早かれ誰かが日本用の商売として考え出す者もおるからな。実際に、関東の都市部ではこの無料新聞なるものが登場し始めていると聞く。


ワシが、無料新聞という存在を聞いたのは、このときが初めてやった。

この中で『こういうことは、遅かれ早かれ誰かが日本用の商売として考え出す者もおるからな』とは言うてたが、実際に試みられたことはあるが、現存はしていないということになる。

日本との事情の違いというのは、それから言えば、かなり大きいということになる。

ただ、世界的に見れば、既存の新聞社が無料新聞の影響で、無料化の方向に向かいつつある国が増えとるようや。

そのため韓国だけやなく、アメリカ、イギリス、フランスなど、その無料新聞が台頭する国々では大きな社会問題になっとる。

それらの国々では、新聞は売店で売られるのが一般的や。宅配もまったくないこともないが、数が少ない。

無料新聞が台頭すれば、当然、既存の新聞は売れんようになる。

それなれば、既存の新聞売店で働く労働者などの職を奪うなどの問題も起きてくる。その中には、老人などの社会的弱者も少なくないという。

今のところ、それらの国々と日本の事情は大きく違うから、同じような形態の無料新聞が台頭してくるというのは、難しいということなのやろうと思う。

日本の事情というのは、突き詰めれば、再販制度にあると言うてもええ。それが撤廃せん限りは、無料新聞の台頭も考えにくいということになる。

ただ、その無料新聞と混同されるフリーペーパーというのは、凄まじい勢いで伸びてとるのは確かや。

フリーペーパー業者の団体にJAFNA(日本生活情報紙協会)というのがある。

そこの言うフリーペーパーの定義に『特定の読者を狙い、無料で配布するか到達させる定期発行の地域生活情報紙誌で、イベント、タウン、ショップ、求人求職、住宅・不動産、グルメ・飲食店、ショッピング、演劇、エステ・美容、レジャー・旅
行、各種教室など多岐にわたる生活情報を記事と広告で伝える』というのがある。

そのJAFNAの2006年度の調査によれば、日本全国で発行されとるフリーペーパー、フリーマガジンの総数は2150紙。部数は約2億9375万2千部にもなるという。

全国紙、ブロック紙、地方紙の一般紙と呼ばれとる新聞が、5000万部そこそこやから、それからいくと6倍弱の部数になる計算や。

ただ、それが既存の新聞一般紙を脅かす存在かというと、日本では、必ずしもそうとは言えんと思う。

フリーペーパーというのは読者の固定があるわけやなく、バラ撒くことでいくらでも発行部数を増やすことができるという側面がある。

受け取った人も好んで読むとは限らん。読む気がなく、すぐにゴミ箱に捨てられてしまうということも十分考えられる。

もともと、大半の人にとって、広告とはそんな程度のものやと思う。

そうなれば、どんなに発行部数が多くても広告効果は期待できんということになる。

それでは、既存の新聞を脅かすとはとても考えられんということや。

新聞一般紙とプリーペーパーは形態と棲み分けがまったく違う。

フリーペーパーは、あくまでも広告を目的とした地域生活情報誌であって、新聞一般紙とは内容が異なる。

一般紙にも地域の生活情報記事というのはあるが、その性格は、フリーペーパーのそれとはかなり違うさかいな。

フリーペーパーは、100%クライアントの広告費で賄っとる関係上、記事と広告の区別が曖昧なものが多い。

折り込みチラシと大差ないという見方もある。

もっとも、そのために販売店の扱う折り込みチラシが大きく減少しとる地域もあると聞くから、その意味で言えば、脅かされとると言えんこともないがな。

フリーペーパーの大半は「記事体広告」と呼ばれる企業メッセージを伝える記事で占められている。

記事体広告というのは、一般に新聞や雑誌などにおいて通常の記事とよく似た体裁で載せられる広告のことを指す。

新聞一般紙にも「提灯記事」といって、その対象や商品を持ち上げる記事があるが、それは執筆する記者の主観や思い入れでそうなるものやという。

表向き、それには金は動いてないとされとる。

対して、記事体広告というのは、記事の対象となる相手、企業が広告料などを負担し、企業、広告代理店側の情報をもとに執筆掲載されるものや。

典型的な御用記事ということになる。

もっとも、最近は趣向の凝らした記事も多く、それを楽しみに読む読者も増えとるとのことやから、一概に侮ることはできんとは思うがな。

余談やが、そのキャッチコピーには秀逸なものが多いという。その方面の勉強をしたい人間にとっては、ええ教材になるやろうしな。

新聞にとって驚異になるとしたら、それによる広告クライアントが逃げることやろうと思う。

しかし、それについては、新聞はすでに手を打っている。というか、多くの新聞社が、そのフリーペーパーを発行する子会社を持っとるという現実がある。

全国で発行されるフリーペーパーの9割以上は、大手の新聞社や出版社、広告代理店が出資する子会社によって運営されるとる。

新聞社がそのフリーペーパーを発行する子会社を作るのも、それなりの理由があ
る。

新聞社では既に多数の広告主を獲得しとる。その彼らのために「広告枠を増やす」という目的があるのだという。

一般紙に掲載される広告には限度があるからな。

第三種郵便物というのがある。

「国民文化の普及・向上のために、郵政公社の認可を受けた新聞・雑誌等の定期刊行物を内容とする郵便物を割安な料金で取り扱う」という趣旨の郵便制度や。

新聞はその認可を受けとる。条件として、広告が紙面の50%未満やないとあかんとされとる。

一般紙の広告スペースの割合は、その新聞社、地域、時期によっても多少違うが、たいていは20%前後のはずや。

これは、その第三種郵便物としての条件を満たすためだけやなく、新聞社の収入の45%がその広告収益ということも影響しとると思う。

新聞社の内情は、伺い知れん部分もあるが、これは、その範囲内に押さえとるのやないかと考える。

あまり、その広告費の割合が増えれば、企業寄りの紙面に終始するのやないかという批判を受けるということでな。

もっとも、今でも、そういう声は聞こえてくるがな。

ただ、新聞社は、紙面を作る編集部と営業、販売部門は、必ずしも一体というわけでもないから、営業面の都合が記事に影響することはないと、ワシは信じとる。

それには、編集部と営業、販売部が反目しとる新聞社が多いということもある。そして、新聞社の多くは、編集部がその実権を握っとるというからな。

ただ、そうは言うても、やはり大口の広告主に対しては、手心が加わる可能性はあるかも知れんがな。

外部から見れば、そう考えるのが自然やと思う。

それもあり、これ以上、広告紙面を増やすことが憚られるからということで、フリーペーパー誌専門の子会社を立ち上げた。

そう考えれば納得できる。

一見、雨後の竹の子状態に見えるフリーペーパーの乱立やが、その実態は、必ずしも簡単に発生しとるわけでもない。

この流れに乗って、フリーペーパーのベンチャー企業を立ち上げようとする人間も皆無やないが、それにはかなり厳しい条件が必要になる。

フリーペーパーの収益は100%広告掲載料に依存しとるわけやから、企業からの広告依頼がなければ成り立たん商売や。

毎号を発行する度に印刷コストがかかる。広告枠が埋まって収益状況が安定するまでは赤字状態になることが多いという。

あるコラムで興味深い試算記事を目にした。

それによると、タブロイド版で8ページ程度のフリーペーパーを制作する費用は、発行部数によっても異なるが1部あたりで30円〜50円程度かかっているという。

フリーペーパーで発行部数が5万部とすると、各号の印刷代には100万〜200万円が必要となる。それを継続して発行していくことはとても大変なことだと指摘しとる。

事実、そのフリーペーパーの創刊も多いが、廃刊も相当数あるとのことや。

その点、大手新聞社や大手出版社、大手広告代理店が手掛けるフリーペーパー事業は、それなりの勝算があって成立しとるのやが、それと同じことを真似しても成功はおぼつかんということのようや。

ここでは、大手新聞社や大手出版社、大手広告代理店には、すでに多くの広告主が存在し、流通システムが確立されとるからこそ、それが可能なのやと結んどる。

つまり、ワシの言いたいのは、無料新聞、フリーペーパーの存在そのものが、今の日本で、新聞社の驚異と呼べるほどのものやないということや。

もちろん、それは、今のところということで、今後、どうなるかは分からんから、楽観できんとは思うがな。

特に、無料新聞で、既存の一般紙並の記事を掲載するようなものが登場して、それが広く流通し、認知されるようにでもなれば、日本の新聞業界も、諸外国のように大きく変動する要素は十分にある。

いずれにしても、今、時代は激しく動いとるから、いつまでも旧態依然とした体質は続かんと思う。

新聞自身、そういう企業のなれの果てを数多く見てきたし、その実態を暴いてもきたはずや。

その同じ轍を踏むことのないようにだけは、切に願う。


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