メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第145回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日  2007.5.18


■新聞屋さんのどこが悪いの?


その日は休日やった。

ワシは、サイトやメルマガの打ち合わせのためにハカセの家にいた。

午後4時頃。その電話がかかってきた。

「はい、もし、もし、白塚です」

「○○小学校の担任のサカキですが……」

「あっ、先生、いつもお世話になってます」

「あの……、実は……」

そのサカキという若い男の教師は話しにくそうに口ごもっていた。

「実は、学校で、コウ君がマエダ君を突き飛ばしまして、そのときマエダ君が机におでこを打ちつけて、ちょっとしたケガをしたんです」

「喧嘩でもしてたんですか?」

「いえ、そういうのじゃなく、見ていたクラスの子からは、昼休み、コウ君が、いきなりマエダ君を後ろから蹴ったと……」

「まさか……」

ハカセは、言葉に詰まった。

コウ君というのは、時折、このメルマガでも紹介しとるが、ハカセの下の子や。今年で、小学6年生になる。

コウ君を、このメルマガに初めて紹介したのは、2004年の12月24日発行の『第20回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■サンタクロースは実在する?』でやった。

そのときは、まだ小学3年生やったんやがな。

一見、女の子と見間違うような顔立ちをしとるが、ハカセと同じで、言い出したら引き下がらんという気の強さのある子や。

男らしさに加え正義感も強い。

その当時から、たまに学校で喧嘩はしていたようや。

ただ、その喧嘩の原因を本人に聞くと「弱い者いじめしてる奴が許せんからや」と言う。

喧嘩の原因の大半が、そういう子を助けるためやったらしい。

そのコウ君が、意味もなく、いきなり同級生を後ろから蹴りつけるとは、とても考えにくい。

何か理由があるはずや。

「それで、相手の子は?」

「おでこをかなり腫らしてまして」

「病院へは?」

「保健医の診たところ、ただの打撲のようで、大したことはないようなのですが……」

「そうですか、それは良かった」

「実は、誠に言いにくいのですが、このことをマエダ君のお母さんに伝えたところ、かなり怒っておられまして……」

後で知ったことやが、このマエダ君の両親というのは、かなりうるさいということで、学校やPTAの間では有名な存在やったようや。

「分かりました。コウが帰り次第、マエダさんに連絡をとって謝罪に行きますので」

電話を切ったハカセは手短に内容を話した。

「コウ君のことやから、何か理由あってのことやろ」

「だと思います」

ちょうど、そのとき、「ただいまー」というコウ君の元気のええ声が玄関からした。

「ゲンさん、来てるんでしょ?」

書斎を勢いよく開けて、そのコウ君が、いつもの笑顔でそう言いながら入ってきた。

「ああ、おじゃましとるよ」

「コウ、今、先生から電話がかかってきたけど、お前、マエダ君に何したんや?」

「何て、別に大したことやないよ。マエダの奴、オオイシ君をいじめてちょっかいかけとったから、軽うにドヤしてやっただけや」

その日の午前中の休憩時間、マエダ君らのグループ三人に、オオイシ君という同級生がいじめられてたという。

見かねたコウ君が、注意をすると、その場はそれで収まった。

どうやら、コウ君は、その小学校では一目置かれとる存在のようや。

しかし、そのマエダ君らは、その後もコウ君の見ていない所で、また、そのオオイシ君をいじめていたらしい。

ノートや教科書に、かなり陰湿な落書きをしていたと話す。

それを見たコウ君が、頭にきて、いきなり後ろからマエダ君を蹴り飛ばした。そのはずみで机に顔をぶつけ、たんこぶができたということのようや。

「あいつ、それを大げさにして先生に言いつけよったんや。カスやで」

それが、経緯のすべてやったという。

「ゲンさんは、新聞屋さんやろ?」

「まあ、そういやあ、そうやけど……」

「新聞屋さんて、バカにされる仕事なん?」

「何でや」

オオイシ君の家は、ある全国紙の新聞販売店をしていた。

この辺りでは、地域のブロック紙が圧倒的なシェアを誇っとるから、全国紙というても部数は少なく、従業員も3名ほどしかおらん小さな販売店やった。

その店は、すぐ近所にある。

ハカセは、数社の新聞を取っていて、そこからも購読していた。

当然、コウ君の同級生の親が経営する販売店やというのも知っていた。もちろん、その経営者とも面識がある。

人当たりのええ、温厚そうで気弱な印象やったとハカセは話す。

オオイシ君が、落書きされていたというノートや教科書には、かなり辛辣なことが書かれていたという。

「○○新聞はカス新聞」「つぶれかけのカス新聞の子」「○○新聞は、ヤクザ新聞」「迷惑新聞の子」などなど。

聞くに耐えん文句が、オオイシ君のノートや教科書に書き殴られていたという。

それを見たコウ君が頭にきたということのようや。

「コウ、お前は、それでええことをしたと思うとんのか」

「当たり前や。あんなガキ、シバかな……」

そう言い終わらんうちに、ハカセの平手がコウ君の横っ面に飛んだ。

「痛っ!! 何すんの……」

「コウ!! お父さんが、何でビンタしたか分かるか」

「……」

コウ君は、左頬を手で押さえながら、黙ってうつむいていた。

「ええか、コウ。喧嘩なら、怒りはせん。今回のように、友達がいじめられとることが原因で喧嘩をしたというのなら、むしろ良うやったと褒めたる。せやけど、例えそうでも、後ろから不意打ちするというのはあかん。男のすることやないで。卑怯者のすることや」

「……」

「それをすると、お前がいくら正しいとしても、誰も、そうは見んからな。いきなり暴力を振るってケガをさせたという事実だけしか残らんのや」

「分かった……」

ワシは、ハカセのその言葉を聞いていて、あることを思い出した。

サイトのQ&Aに『NO.116 新聞販売店リストラ殺人未遂事件について』というのがあった。

これは、高名なジューナリスト山岡俊介氏のブログにあったコラム記事を、読者が見て、その意見をワシに求めてきたとき回答したものや。

山岡俊介氏の了解を得て、サイトに掲載したという経緯があった。

そのブログの記事にあった事件の概要や。


新聞販売所経営者Aが、A経営の販売所に最近まで務めていたB所員に包丁で10箇所近く切り付けられるという殺人未遂事件があった。

この殺人未遂事件、各社はリストラを逆恨みされたためと報じた。確かに、この報道、誤りではない。しかし、事件の本質を報じていないといわざるを得ない。
 
実はこの事件に先立つ03年1月、同区内のS新聞社の販売所に侵入し、チラシを盗んでいたとして、読売新聞販売所の店長など計4名が逮捕される事件が起きていた。
 
そして、捕まった店長等の販売所と、殺人未遂事件の現場近くの販売所のどちらのオーナーでもあったのが、殺されそうになった所長だったのだ。
 
殺人未遂事件で逮捕されたB氏は、販売所に自分のところでは扱わない大量の新聞折り込みチラシが放置されていたことなどから犯行に気づき、その所長に辞めるように進言していた。

ところが、所長は辞めない。そこで、やむなくB氏は警察に通報し、事件化した。その結果、その所長にリストラを名目に首切りされてしまった。
 
だが、この殺人未遂事件の動機はもっと複雑であるようだ。
 
A氏の内部告発により、事件化したとはいえ、逮捕容疑はたった1日、被害額は1万5000円相当に過ぎないとされていた。実際には半年近くの犯行に及ぶと見られるのにだ。
 
そのため、B氏は警察にも怒鳴り込んだようだ。

「ところが、B氏の前にはヤクザが出て来た。それも地元の相当上のクラスです。“黙っていろ!”と。相当、やられたようです。そこに持って来て、首切りです。
 
実はBさんは元ヤクザでした。でも、本当にいい人でした。仕事も真面目で、配達が遅れたことも一度もなかった。

離婚していて、Bさんの方が2人の子供を引き取って育てていた。まだ2人とも小学生なのに、元ヤクザということで、新しい仕事も見つからない。首切りは死刑宣告みたいなもんだったと思います」(知人)
 
こうして、ついに自暴自棄となったのか犯行に及んだBさん。もちろん、その行為自体は責められて余りある。
 
一方、リストラ直後、B氏の知人が、“なぜ、正しいことをしたBさんがクビにされんといかんのや!”とY新聞大阪本社に抗議の電話を入れている。

また、公判では元上司が証人として出廷し、リストラが、内部告発に対する嫌がらせだったことを証言もしている。
 
だが、新聞各社はそうした事実をまったく報じなかった。被害を受けたS新聞社も同様だ。

「拡販に関しては、どの社も触れられたくないことがある。Bさんが告発したため、警察は動かざるを得なかったが、結局、拡販のこうしたトラブルは表沙汰になるのはマズイということで上同士で話し合い、事件に蓋をしたのでしょう。

そして、ジャマになったBさんを追放した。Bさんはチラシを盗んだ店長の追放を進言し、Y新聞はその条件を飲んだが、実際は別のY新聞の販売所に復帰していますしね」(事情通)

この人物は、S新聞も含めた他の複数の新聞社にも同様、事件の背景を伝えて記事化を要求したが、一切無視されたという。


このB氏には、不正を正そうということが根底にあったのやとは思うが、結果的に、殺人未遂事件を引き起こしたことで、その正義は、すべて飛んでしまうことになる。

例え、そこにどんな事情があったにせよ、それをすれば負けになるということや。誰も、ええことをしたとは思わん。

このことに関するワシのコメントも「力で解決出来ることは何もない。最後の犯行以外は、すべてB氏に利のあったことが、これで消える。消えるどころか、悪者にされても何も言えんことになる」と言うてる。

さらに結果論ではあるが、「警察に訴えるなり、裁判を起こすなり反撃する方法はいくらでもある。ヤクザに脅されたというのなら、それも出る所へ出て訴えたらええ。それが、賢い人間の対応や。

そうすれば、この件ではB氏は正義の摘発者ということになり、不当なリストラをされた被害者になるから世間の同情も引ける。

その後の交渉や闘いも有利になる。結果的に、この経営者に与える打撃は襲うてケガをさせるより効果はあったやろと思う」とも付け加えた。

大きな事件を引き合いに出したが、いくら正しいと思うことでも、相手を一方的に傷つけるというのは、法治国家では許されることやないということや。

正義を貫くには、それなりの方法がある。

ハカセは、それをコウ君に教えたかったのやと思う。

「いずれにしても、相手にケガさせたというのは謝らなあかん。お父さんも一緒に行って謝ったるさかい」

「お父さんが?」

「何や、その疑り深そうな目は」

「ごめん……」

コウ君は、このとき、父親であるハカセに本当に悪いことをしたと、後にワシだけに話てくれた。

以前、コウ君が言うてたことがある。

「お父さんと一緒にいたら恥ずかしいときがあるねん。気に入らんことがあると、すぐ文句を言うて誰にでも怒鳴り散らすんやから。お父さん、声が大きいやろ。周りの人がみんな見るんや。そんなときは、必死でよその子のふりすんねんけどな」

確かに、そういうことはありそうや。ワシと最初に知り合うたときも、元ヤクザの拡張員と大喧嘩を始める直前やったからな。

そんな父親の面ばかり見て育った子供には、人に謝るという姿が想像できんのも無理もない話やと思う。

そして、その予想どおり、コウ君の危惧は現実のものになるのやけどな。

ハカセは、そのマエダ君の家に電話した。

「もし、もし、マエダさんのお宅でしょうか」

「そうですけど」

お母さんらしき女性が出た。

「白塚と申します。6年○組の白塚コウの親です。本日は、うちのコウが大変申し訳ないことを致しまして」

「よその子をいきなり蹴飛ばすなんて、お宅では、一体どんな教育をしてらっしゃるの?」

「誠に申し訳ありません。つきましては、そちらにぜひ謝罪に寄せていただきたいと思っているのですが」

「それでしたら、うちの主人が、6時頃に帰って来ますから、それ以降にしてください」

「分かりました」

その電話を切り終えたとき、ハカセの奥さんが帰ってきた。

奥さんは、近所の会社で事務のパートをしているという。

「……というわけなんで、6時になったら、コウを連れて、先方に謝りに行って来るから」

「私も、一緒に行きましょうか」

「そんな、大ケガをしたということでもないから、私だけで十分や。お前は、夕飯の支度でもしていてくれ」

「分かりました。でも、大丈夫?」

奥さんもかなり懐疑的な目つきでハカセを見ていた。よほど、こういうことには信用されてないようや。

ハカセが、人に頭を下げている姿というのは、過去にもほとんどなかったという。それを一番良く知っている奥さんにしたら無理もないことやろうと思う。

せやから、「何も心配することはない。ただ謝るだけやから」と、続けて言うた言葉にも、奥さんにとっては、あまり説得力がなかったのやないかなという気がする。

ただ、言い出したら聞かん男やから、黙って従うしかない。少なくとも、ワシにはそういう風に見えた。

約束の時間が迫った。

「ゲンさん、悪いけど、ちょっと行って来ますんで。しばらく待っていて貰えますか?」

「ええよ。ワシのことは気にせんといて」

ハカセは、コウ君を連れ、そのマエダ君の家に向かった。

「ただいまー」

それから、間もなく、長男のシン君が学校から帰ってきた。

「あれっ、ゲンさん来てたの?」

「ああ、久しぶり。ちょっと見ん間に、またでかくなったようやな」

シン君は、現在、高校2年生や。182センチ、95キログラムということやが、もっと大きく見える。

しかし、シン君は、ハカセやコウ君とは違い、性格は至って温厚や。

あまり喧嘩をしたという話は聞かん。奥さんの方の性質を色濃く受け継いどるのやと思う。

「お父さんと、コウは?」

「何や、コウ君が喧嘩をして、相手にケガをさせたとかで、その相手のマエダ君の家に謝りに行くと言うて出かけたけど」

「マエダ? やばいな、それ」

「何や、シン君、そのマエダ君というのを知っとるのか?」

「そのマエダの兄貴の方は、僕の中学時代の1年後輩やねんけど……」

その兄貴の方は、中学校でも不良で有名な存在やという。

話を聞けば、その父親というのもヤクザとも関わり合いがあるらしく、かなりうるさい人間らしいという噂がある。

「お父さんなら誰が相手でも大丈夫や。少々のことでは、引けはとらんやろ」

「それやから、心配なんです。お父さん、心臓が悪いし、興奮したら……」

「発作か……」

その現場なら、ワシも立ち会ったことがある。そのときは、緊急入院したが、事なきを得た。

その危惧が強いとシン君は心配する。

ワシとシン君は、急いで後を追った。

「このたびは、うちの息子が大変申し訳ないことをしまして……」

ハカセは、神妙な面持ちで深々と頭を下げた。コウ君もそれに続く。

「あんた、ただ、頭を下げたらええいうのと違うで。それなりの誠意を見せたれや」

この父親のマエダというのは、いかにもヤクザっぽい雰囲気を醸し出しとる男やった。

その喋り口調もそうやが、派手な柄シャツを着込み、金のブレスレットやら高級腕時計をこれ見よがしにしとる。

チンピラヤクザの典型のように見えた。

これは、まともな話し合いにはならんなと、ハカセは直感した。

「と、言いますと?」

「ええか、うちの子供は、お前のところのガキにケガさせられとんのやで。これは立派な傷害事件や。子供の起こした責任は、親のお前がとらなあかんのと違うんかい」

「それは、十分承知しています。ですから、こうして謝罪に来たわけですけど」

「頭の回転の鈍い男やな。治療費と慰謝料は、どないすんねんと聞いとんのや。謝るちゅうのは、そういうことと違うんかい」

どうやら、このマエダという男は、子供のもめ事を金にしようという腹のようや。

「治療費は、病院に行っていただければ実費をお支払いしますが、慰謝料というのは、いかほど必要なのでしょうか」

「治療費込みで、100万円寄越せ。それで手を打ったる」

どうしようもない男のようや。我が子かわいさというのもあるのかも知れんが、それにしても度が過ぎとる。

「それでしたら、損害賠償訴訟でも起こしてください」

ハカセは、それまでの姿勢から一転して、毅然とそう言い放った。

「何やと!! このガキ、舐めとんのか!!」

「日本は、法治国家ですから、そんな法外な慰謝料を請求するのなら、それが筋でしょう?」

「何を知った風なことを言うてんねん。ぐだぐたぬかしとったら血見るで!!」

「どうしようと言うんです?」

「このガキ、足腰立たんようにしてまうちゅうとんのや。ワシには、○○会がついとんのやで。死ぬど、ワレ」

○○会というのは、この界隈では、それなりに有名なヤクザの組織や。

チンピラヤクザにありがちな台詞や。それが、事実かどうかは分からんが、こう言えば、素人なら誰でもビビると思うとるのやろ。

「コウ、家に帰っとけ」

ハカセは、小声でコウ君に促した。

「でも……」

「お父さんなら、大丈夫やから」

「分かった……、無茶せんといてな」

「心配ないて」

「コラッ、何、ごちゃごちゃ言うとんねん。聞いとんのか!!」

ハカセは、コウ君を急いでその場から追い帰した。そうせな、動きがとれんと思うたからや。

コウ君が、玄関から外に出たのを確認して、続けた。 

「お宅の言うてることは、立派な脅迫になるんですよ。しかも、ヤクザの名前まで出したら救われんと思いますけどね」

「アホめ、ワシが、お前を脅迫したちゅう証拠がどこにあんねん……」と言うてた、マエダの言葉が止まった。

ハカセが上着の内ポケットから、細長いものを取り出したからや。

「何やそれ……」

「ボイスレコーダーというものです。これに、あんたが今まで言うたことが全部録音されています」

このボイスレコーダーというのは、ハカセの仕事道具の一つや。常に持ち歩いて、人と会うて話すときは、たいてい録音するようにしとるということや。

もちろん、ワシとの会話もすべて、これに録音しとる。

ハカセの仕事は、人の話から文章に起こすことが多いから、なくてはならんものやという。

今回のために特別に用意したというわけやない。もっとも、万が一ということも、まったく考えんわけやなかったらしいがな。

「このガキッ!!舐めた真似さらしやがって」

マエダがハカセに掴みかかろうとした。

「騒ぐな!! アホったれ!!」

大音量の恫喝が響いた。

ワシとシン君が、その現場に到着したとき、そのマエダの家からコウ君が走り出てきた。

「あっ、ゲンさん。ちょうど、良かった。僕、ゲンさんを呼びに行こう思うててん」

大体のあらましをコウ君から聞いた。

そのとき、ハカセの怒鳴り声がマエダの家の中から聞こえてきた。

「やっぱり、始まった……」シン君やった。

「シン君、コウ君を連れて、先に帰っとき。後は、ワシに任せといたらええから」

ワシは、シン君らに、そう言い残して、そのマエダの家に向かった。

マエダは予想外のハカセの大声に、かなり気勢を削がれたようや。固まってた。

「確かに、今回のことは、うちのコウが悪いと思うたから、こうして謝りにもきとるわけや。しかし、その原因を作ったのは、あんたとこの子供にあるんやで」

「どういうことや」

「○○新聞店、知ってはるやろ?」

「あのくそ新聞屋か」

親が、これやと子供が、その新聞屋の子をいじめるのは無理ないなと即座にハカセは理解した。

おそらく、普段から、家でもそう言うてたのやろうと思う。

「その○○販売店のオオイシ君というのも、同じ同級生やが、あんたとこの子は他の友達と三人で、そのオオイシ君をいじめてたということや。教科書やノートに落書きをしているらしい。それを、うちのコウが止めたが、マエダ君は聞かんかったということや」

「ほんまの話か? ユウスケ」

マエダは、近くでその経緯を見ていたマエダの子、ユウスケ君にそう問い質した。

「うん、あいつ、新聞屋の息子のくせに、新聞屋が偉いて生意気なこと言うから」

ユウスケ君は、あまり悪びれる風もなく、そう答えた。

「……」

ただ、マエダの方は、さすがにバツが悪いと思うたようや。

「お宅が、これ以上、無茶なことを言うのなら、問題が大きくなるだけですよ。今は、子供のいじめ問題は大きく取り上げられる時代ですからね」

それ以上は、もう言う必要はなかった。

「分かった。悪かったな、水に流してくれや。どうも、ワシは、昔から子供のことになると剥きになる癖があってな。言い過ぎたようや。つい、カッとなってしもうた」

意外なほど、マエダは物分かりのええ男になっていた。

「いえ、そう言われると、却ってこちらが恐縮します。やったことは、息子のコウが悪いんですから。ちゃんとした、償いはするつもりですので、念のため、病院で診てもらってください」

「いや、もうええ。ただのたんこぶやさかい」

「そうですか。何かあったら言ってください。この度は、本当にどうもすみませんでした」

それだけを言うと、ハカセはマエダの家を出た。

「あれ、ゲンさん来てたんですか」

「ああ、シン君が心配やと言うもんでな。盗み聞きしていたようで悪いが、話は皆、外で聞かせて貰うた。さすがやな」

「これも、先生の教えがいいからですよ。私もだてに4年近くもゲンさんと付き合っているわけじゃありませんからね」

ハカセは、笑ってそう答えた。

家に帰った頃、オオイシ君のお父さんから電話がかかってきた。

「先ほど、マエダさんから息子のことで謝罪の電話がありまして。コウ君に助けていただいたのに、却って申し訳ない結果になったようで、どうもすみませんでした」

「いえ、そのことについては、うちのコウにも非のあることですので」

世の中、まんざら捨てたもんやないなと、正直、思うた。

マエダも、悪いと感じたようや。もっとも、時期が悪いのと、ハカセに弱みを握られたと考えたのかも知れんがな。 

「お父さん、これ見てほしいねんけど」

コウ君が、そう言いながら、ノートを見せた。

それには作文のようなものが書かれている。


お父さんは新聞屋さん
 
 
ぼくのお父さんは新聞屋さんです。
 
まだ暗いうちから早起きしています。
 
雨の日も、風の強い日も休まずみんなの家に新聞を配達しています。
 
そんながんばってるお父さんが、ぼくは好きです
 
だけど、だれも新聞屋さんはすごいねって言ってくれません。
 
「まだ、新聞入ってないぞ」と言われることはあります。 

まちがいは絶対だめなんです。

学校のテストは90点だとほめられます。

たげど、新聞屋は100点があたりまえで、それでないとだめなんです。

毎日それを続けられるのは、すごいことだと思います。

だけど、だれもわかってくれません。

「なんや、新聞屋のむすこ」かって、おとなの人に言われることがあります。 

新聞屋のどこが悪いのって思います。

だけど、僕は、だれよりもがんばっているお父さんを好きでえらいと思います。


オオイシ君が、学校の授業中に書いた作文だという。

コウ君は、ハカセやワシがHPの運営やメルマガを発行しているのは知っている。もちろん、それを読むこともあるという。

それで、このオオイシ君の作文をいつかハカセに見せるために、ノートに書き写していたらしい。

そして、この作文の内容が、いじめられる要因の一つになったという。

一部の人間が抱いている偏見が、子供に伝播してそうなる。哀しい現実がそこにあったということや。


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