メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第152回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
     

発行日  2007.7. 6


■担当員とそのプライド


何年か前、ある新聞社のある地域に、クサカという販売部の担当者がいてた。

新聞社社内では「担当員」と呼ばれ、どちらかというと、低く見られがちやという。

しかし、拡張団や販売店にとっては、絶対的な存在でもある。

「神」とまでは言わんが、業界ではそれに近く、誰も逆らうことはできん存在とされていた。

拡張団にとって担当員は、新聞社そのものと言うてもええ。

この担当員が、できのええ人間か、そうでないかは、それに関わる業界人にとってはえらい違いになる。

それにつき合わなあかん人間にとって幸不幸を左右すると言うても過言やないさかいな。

このクサカは、後者のろくでもない人間やった。

「何月何日、担当者が来る」という情報は、かなり前から団に入る。

朝礼時、そのクサカという担当者が現れると、団の部長は団員を前に、さも新聞社のえらいさんが来たかのように紹介する。

クサカも、それらしく振る舞う。

「只今、ご紹介に預かりました、○○新聞のクサカです。日々の営業、ご苦労さまです。当○○新聞は、世界にも誇れる新聞ですので、皆様も自信を持って営業して頂いて結構です……」

と、そのあいさつで言う文句はいつも決まっとる。

ワシはその都度、腹の中で「オノレは、拡張したことがあるんかい。営業の何が分かるんや」と毒づいていた。

新聞社にも営業部というのがあるが、社員が拡張員と同じように個人客を営業で勧誘するちゅう話は聞かん。

もっとも、大学出のエリート意識の高い連中にそんなことをやらしたら、新聞社の社員はおらんようになるやろうがな。

骨のある奴に限るやろうが、新入社員に拡張をやらせてみるのもええかも知れんとは思う。

身分を隠してやで。

もっとも、新聞の勧誘に来たというだけで、一般客からは他の拡張員と同列に見られるやろうけどな。

何の仕事もそうやけど、裏方を知るということは重要や。

ただ、新聞社に入社すると、記者志望の人間も含め、たいていは研修で一般家庭の勧誘をやらされることがあるらしい。

但し、その多くは1日だけの体裁程度のもんやという。

それでも、その大変さが分かる人間はまだましやが、このクサカのような人間に、それを期待するのは無理や。

それが、分かっとれば、同じ訓辞をたれるにしても、もう少し気の利いたことが言えるはずやと思う。

新聞銘柄のネームバリューがあるから、拡張員はカードを上げられると本気で思うとるようでは救いがない。

ワシら拡張員にしたら、売り込む新聞なんかどこでも大差ないと考えとる。

どこの新聞が売りやすくて、どこの新聞が売りにくいということはない。

もっとも、多少は地域によって、あるいは入店する販売店によって、売り込む新聞に有利不利というのはあるがな。

それでも、最終的には、売り込む拡張員の技量によって決まるもんやと思うとる。

勧誘される人間の立場に立てば、それが良う分かると思う。

はっきり言うが、その地域で無名な新聞というのは存在せん。全国紙は言うに及ばず、地方紙もその地域では有名な場合が多い。

つまり、勧誘される側は、どの新聞を売りつけられても、一流、二流という区別はあまりせんということや。

どの新聞も似たり寄ったりで大差ないと考えとる人間が圧倒的に多いからな。

新聞社が思うとるほど、銘柄そのものに力はない。

確かに、その新聞のファンというのはいてる。長年、それしか読んでないという長期購読者も多い。

しかし、それでも、ワシらの勧誘で翻意させられ、その新聞銘柄の購読を変更するという人間は、相当数いとるもんなんや。

逆に、その銘柄を告げただけで「そらええな。そっちの新聞に変えようか」という人間は、皆無とまでは言わんが極端に少ない。

たいていの拡張員は、新聞は勧誘せな売れるもんやないと考えとる。少なくとも新聞の銘柄だけで売れるもんやとは思うてない。

むしろ、断る方は、その新聞の欠点を突くことが多いから、勧誘する新聞銘柄を明かすことで、不利にはなっても有利になることはまずないとさえ言える。

そのことを、このクサカに教えたったらええのにと思うのやが、団の上層部は、そういうことは口が裂けても言わん。

ヘタなことを言うて、拡張団が、新聞社の担当に睨まれでもしたら終いやさかいな。

そう考えとる業界の人間は多い。

そうならんためには、その担当が訪れたときは、当然のようにもてなすわけや。

つまり接待やな。そこで、当然の成り行きとして袖の下、つまり賄賂を渡すこともあったという。

公務員なら大問題やが、民間では得意先の接待というのは、どこでも普通に行われとることや。

この接待には、単に担当の心証を良くするという意味だけやなく、少々の不正には目をつむって貰いたいという狙いも含まれとる。

その頃は、今と違って、てんぷら(架空契約)行為というのが、普通にあった。

食うに困った拡張員がやむを得ずすることやというのが業界の認識やった。

もちろん、やったらあかんことやけど、見逃され、容認されていたのも事実や。少しくらいなら仕方のないことやと。

しかし、てんぷらは、法にも触れる立派な詐欺行為や。問題にされても仕方のないことには違いない。

しかし、それをやられると拡張団としては、まずいことになる。その程度によれば廃団に追い込まれるかも知れんからな。

その意味でも、団は担当者であるクサカのような男を抱き込んでおく必要があるから、飲み食い主体の接待や賄賂を渡すようなケースは普通にあるわけや。

それ以外にも、抱き込む理由がある。

担当者の気分次第で、その団の日程すら変わることがあるというのが、それや。

普通、同じ地域に複数の拡張団を新聞社は抱えとる。

これは、その一つの拡張団でカバーしきれんということもあるが、お互いを競わせる目的もある。狙いとしては、こちらの方が大きい。

何月何日に指定された販売店に、指定された人数で入店を指示されとる表のことを日程と呼ぶ。

表向き、販売店の要請で拡張員は入店することになっとるが、実質的には、この担当者が任意に振り別けとる。

それには、公平にとかそういう決め方は存在せん。たいていは、団同士の力関係、担当者の心証によって決まる。

その心証は、その賄賂や接待で決まると考えとる拡張団の上層部は多い。

事実、このクサカに関しては、それが当たっていたとワシも思う。

「あのクサカのガキ、袖の下をもっと寄越せとぬかしよる。あんな欲深な担当はおらんで」

団長が、そう毒づいてたことがあった。

もちろん、そう毒づいとるだけで、表立って反旗をひるがえすような真似はせんがな。

あるとき、そのクサカの接待の場に、ワシも同席することがあった。

そのとき、そのクサカはやたらと自分の学歴を自慢しとった。くだらん人間が総じてする自慢や。他に誇れるものがないのやろな。

ワシは、その学歴に関して劣等感を持っとるせいもあって、よけいにそう思うのかも知れんが、その学歴を鼻にかける人間には、どうしても嫌悪感を抱いてしまう。

このときも、そうやった。

「ゲンさん、あんたはどこの大学出身?」

クサカがそう聞いてきた。

「ワシは、大学なんて出てしまへん。夜間高校出なもんで、担当さんの足下にも及びませんよ」

ワシとしては、精一杯の皮肉を込めてそう言うた。

さすがに、クサカはアホやないから、それとすぐ察したようや。

一瞬、顔色が変わったが、クサカは、すぐさま反撃の一言を言うた。

「そうですか。苦労されたんですね。でも、営業されていれば学歴とは関係なくゲンさんのように一流になれるからいいじゃないですか」

さすがに、これにはワシもカチンときた。

クサカの物言いからは、「アホでも、成績さえ良かったら拡張員はやっていけるんやから」という風にしか聞こえんかったからな。

確かに、新聞社に入社するには、それ相当の学歴と能力がないとあかんというのは良う分かる。

すべての業界中、最も能力の高い連中の集まりやというのも認める。

それに反して、ワシら拡張員は、誰でもなれる。学歴はおろか入社試験すらない。中卒であろうと、高卒であろうとええわけや。

確かに、新聞社の社員と比べれるべくもない存在やと言われても仕方ない。

それは分かっとる。分かっとるが、それをこうして面と向かうて言う人間の程度はどうなのやと思う。

クサカから見れば、一拡張員であるワシなんか取るに足らん人間かも知れん。

せやけど、ワシにもそれなりのプライドはある。拡張員は、拡張員なりに頭も神経も使う。

それほど、バカにしたもんでもないという思いも強い。

歳もクサカよりは食うとる。歳をよけい食うとるからえらいとは言わんが、社会人なら、年上の者に対してそれなりの礼儀を尽くすべきやないやろか。

例え、それが売り言葉に買い言葉やったにせよや。人間の程度というのは、そういうところに表れるもんやと思う。

ただ、クサカのような環境に置かれた者の哀しさを考えれば、ある意味、可哀想やと思えんでもないがな。

周りにへつらい持ち上げる人間しかおらんかったら、どうしてもその立場にいとる人間は錯覚するし、勘違いもする。

知らず知らずのうちに尊大にもなる。

その人間自体には何の実力がなくても、祭り上げられることで、大きな権力を握ったと考える。

こういう勘違いした人間は、どこかで道を踏み外すことが多い。

このクサカのしてたことが、あることがもとで本社にバレた。

クサカは、拡張団だけやなく、販売店へも同様の賄賂を要求してた。

もっとも、その販売店の中にも、率先してそうする人間がおるからというのもあるんやがな。

しかし、それを拒む販売店経営者もおる。当然、そういう経営者は、クサカに対してええ印象は持っとらん。

ある販売店の経営者が、特定の団からてんぷらが多発しとると、クサカにクレームを入れたことがあった。

しかし、クサカは生返事をするだけで一向に、その団に注意する風も見えんかった。当然、そのてんぷらが減ることもない。

もう、想像ついたと思うが、その団はクサカに賄賂を渡し、その販売店は何もしてなかったわけや。

業を煮やした販売店の店主は、クサカの上司の販売部長に直談判した。

それで、クサカのしとることがバレた。

社内的には、販売店や拡張団から賄賂を貰うとるのが分かって、そのままにすることはできん。

しかも、それが、てんぷらなどの禁止行為が絡んどるとなると尚更や。

これが、他の企業のことやと新聞記事になるかも知れんが、新聞社内部のことを記事にすることはない。

記事にはならんが、それに荷担した連中は、それ相当のペナルティを受けることになる。新聞社なりの自浄作用が働くというやつや。

徹底したてんぷら調べが行われ、相当数の拡張団関係者がその煽りを食らった。その中にはクビになった拡張員すらおる。

しかし、当のクサカは人知れず、配置転換されて終いや。それが左遷かどうかまでは、ワシらには分からん。

そのおかげで、それ以降、ワシらの方ではてんぷら行為はどんな理由があれ、一切禁止となった。発覚すれば、入店禁止、もしくはクビになる。

まあ、それについては、もともと禁止行為で当たり前のことやったから、どこからも表立っての苦情は出んかったがな。

それ以降、こういうクサカのような男はおらんようになったかと言えば、残念ながら、程度こそ違えまだ存在しとると思う。

ワシは、新聞社の人間というのは、この担当員しか知らん。

ワシの担当員評というのは、総じてプライドの高い連中や。

団にきて話すのでも、「お前ら拡張員とは人種が違う」と考えとるのがひしひしと伝わる喋り方しかできん。

ある読者から、メルマガ『第150回 ■新聞の適正価格アンケートで見えたもの』ラストでワシの言葉が気になったと指摘されたことがあった。
 
その部分や。


もちろん、新聞各社は、ワシの意見には異論があるとは思う。それなりに考えていろいろやってると言うはずや。

しかし、哀しいかな、それは、ほとんど一般には伝わっとらん。

なぜ、そうなるのか。理由は数多くあるが、中でも、最もネックになっとるのは、新聞社自身のプライドが強すぎるからやと思う。

もっとも、それは長くメディアの中心であり続けたからこそ生まれたものやと考える。

プライドは時としておごりになる。その渦中にいとる当人は、それとは気づかずに自然に周りのものを見下す立場になり得るということや。

しかし、見下せるような所から見ても分かることは少ない。

ワシは、底辺の立場しか知らんからかも知れんが、下から上を見れば、結構、いろいろなものが分かるものなんや。

新聞というのは、当たり前やが、一般庶民に必要とされるものやなかったらあかん。

そのためには、最低でも目線は、その一般と同じところになかったら、見えるものも見えんと思う。


その読者の質問はこうや。


新聞社のプライドが高い、一般目線、それを具体的に知りたいです。

どういうとこがプライドの高さを感じるのか、とか一般目線はどの辺りで新聞社目線はどこなのか、ゲンさんの個人的意見を詳しく聞きたいと思います。

少々漠然とした意見だったのでもう少し具体的な内容が聞きたいです。


プライドの高さを感じるのは、今回の話でもあるように、担当者の考え方に代表されとると思う。

このクサカのような男が、すべての担当員とは言わんが、ワシら拡張員に偏見を持っとるのは確かやという気がする。

新聞社は、新聞がなくなる、あるいは衰退すれば、報道の自由も危うくなり、国民の知る権利も怪しくなると考えとるというのも、そのブライドの表れやと思う。

これは、去年、新聞特殊指定の見直しが取り沙汰されたときに、新聞社が声高に言うてたことや。

プライドを持つのは構わん。しかし、それは独りよがりやったら意味がない。

また、クサカのようにおごりになっても道を誤ることになる。

新聞は報道することには確かに長けとる。しかし、読者との直接のつながりは、ワシらほどはない。

せめて、読者目線で物を見るつもりなら、そのワシらの意見を尊重すべきやと思うのやが、そういうことを考え、また実行した新聞社の人間をワシは知らん。

少なくとも、ワシらの目線は、一般のそれに近いと思う。考えとることも良う分かるしな。

ワシは、それを憂いて、ああいう言い方をしたわけや。分かってほしいという思いを込めてな。

これからの時代、今までのような分業化ではあかんのやないかという気がする。

新聞を作る者は、売る者の気持ちが、売る者は作る者の考えを知っておくべきやないかと思う。

この新聞業界は残念やが、それぞれに大きな溝がある。

新聞社と販売店。新聞社と拡張団。販売店と拡張団。

どう考えても、今のところ一体とは言えんわな。


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