メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第169回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日 2007.11. 2


■店長はつらいよ Part 2 暴かれた私生活


プルルル、プルルル、プルルル……。

店長のタケシタは、枕元の電話の呼び出し音で目覚めた。

時計を見ると午前4時やった。

「大変です!! 店長!! よ、ヨシモトさんがバイクで事故りました。今すぐ、店に来てください!!」

受話器の向こうから、主任のカトウの興奮した声が甲高く響いてきた。

「分かった。すぐ行く」

タケシタは、短くそれだけ言って電話を切った。

「事故か……、しゃあないな」

新聞配達に事故は、それほど珍しいことやない。付きものやとまでは言わんがな。

新聞というと、一般には紙という感覚があり軽いという印象があるかも知れんが、これが結構、重い。

しかも、その新聞は、荷台だけやなく、前部のかごにも相当数積むのが普通やから安定性にも著しく欠ける。慣れんとハンドル操作もままならんほどや。

加えて、風雨や雪といった天候次第では運転しづらくなるというのがある。

また、早朝ということで交通量が少ないということもあり、早く終わらせたい配達員は自然にスピードを出し気味になる。

さらに、早朝、行き交う車は、スピードを出しとるだけやなく、信号を守らんことも珍しくない。もっとも、配達員にも、そういうのがおるがな。

新聞配達には、事故を起こす条件が揃っとるわけや。

その危険と常に隣り合わせなのやが、人は何事もない日々が続くと、ついそのことを忘れ油断をしてしまう。

たいていの事故は、そういうときに起こる。

それが、新聞配達には多い。

このときまでは、タケシタも、そんな事故の一つくらいにしか考えてなかった。

まさか、この後、あんなおぞましい体験をすることになろうとは夢にも思うてなかった。

このときまでは、「思い切り爆睡するつもりでいたのに、堪忍してくれよ」と、ささやかな休日の楽しみを奪われたことに対して嘆いていたにすぎんかった。

いずれにしても、事故なら行くしかない。

本来なら、店長のタケシタが休みの場合は、所長のオカダがこういうことは対応することになっていたんやが、そのオカダは、ここのところ風邪気味で体調を崩して臥せっていた。

せやから、「何かあったら、所長やなく、オレに電話してくれ」と、主任のカトウたちには言うてた。

店に着いたタケシタに、カトウが不機嫌そうな顔で告げた。

「ヨシモトさんの自損事故ですよ。しかも酒酔い運転です!! あの人、いい加減にしてほしいよ!!」

カトウがそう言うて怒るのも無理はなかった。

単に酔っぱらって事故を起こしたからというだけやなく、この後、ヨシモトの代配をカトウがカバーせなあかんかったからや。

カトウの不機嫌さはそこにあった。

ヨシモトは飲酒運転で配達にでかけ、店から500mほどのところでバランスを崩して路側帯に前輪をぶつけ、バイクもろともアスファルトに横転したらしい。

たまたま、その現場を車で通りかかった人が、警察と救急に通報したという。

そのとき、店にいた主任のカトウが、そのパトカーのサイレンに気づき、近くということもあり、もしやと思い急いで現場に行ったら、その事故やったということのようや。

カトウは、そのとき警察から簡単な聴取を受け、その後、ヨシモトは救急車で運ばれたと告げた。

怪我はしとるようやが、命には別状はないらしいとのことやった。

「それにしても、誰もヨシモトさんが、そんな状態やったて分からんかったんか」

別にカトウを責めるつもりはなかったが、ついその言葉が、タケシタの口をついて出た。

「オレがいてれば」という気持ちが強かったからやった。

ヨシモトの酒好きは有名や。良くどこかのスナックに飲みに行くという話は聞いて知っていた。

そのスナックで飲んだ後に、酒の臭いをさせながら、新聞配達をしようとしていたことが過去に何度かあった。

ある日のこと、あまり度がすぎていると思い、それを見咎めてきつく注意したことがあった。

それ以降は、ヨシモトも酒は控えるようになっていた。

今日、もし、タケシタが休みやなかったら、ヨシモトもそんな状態になるまで酒は飲んでなかったやろうという思いが強かった。

まあ、そんなことは言うても始まらんことやけどな。

「あの人が僕らの言うことなんか聞くわけありませんやん」

カトウが当然のように口を尖らして反論する。

ヨシモトは、この店の古参で最年長やった。タケシタより8歳ほど年上で今年40歳になったと言うてた。

ヨシモトは、タケシタや所長のオカダの指示には比較的従順な男やった。

しかし、それ以外の人間には傲慢なところがあり、酒癖も悪いというのは知っていたから、例え注意されたとしても聞いてなかったやろうと思う。

せやから、それ以上は、カトウらを責めるつもりもなかった。

それに、酔っぱらい運転の自損事故やから自業自得で、誰の責任でもないしな。

しいて言えば、販売店の管理責任を問われるということやが、その責任者が不在のときに起こった事故やからどうしようもない。

タケシタは、そう自分自身に納得させるしかなかった。

どこの病院に搬送されたかまで、カトウは聞いてないとのことやったので、タケシタはとりあえず店から3分ほどの、その事故現場へ向かった。

警察官数名がまだ残っていて、その検証と事故処理をしている最中やった。

その中の、ぶっきらぼうな口調の警官から搬送先の救急病院を教えられた。

その警官は「あのおっさん、多分骨折してるで」とも付け加えた。

タケシタは、すぐさま車でその救急病院へ向かった。15分ほどで病院に着き、救急窓口へ行く。

受付で「今、治療中です」と事務的に言われ、指示された場所へ向かう。

そこは、治療室のようで、カーテンで間仕切りがされていた。

そのカーテンの向こうから明かりが煌々と照らされていた。

何やら、そのカーテン越しから怒鳴り声が聞こえてきた。

「ワレ、それでも医者か!! なんじゃ、その態度は。オレは怪我しとんのやぞ、こらぁ!!」

間違いなくヨシモトの声やった。

タケシタは、全身の血がスーッと引いていくのをはっきりと感じた。

口が半開き状態になっていたタケシタの所に、年配の看護婦が近づいて声をかけてきた。

「ヨシモトさんのお付き添いの方ですか。恐れ入りますが20歳以上の方なのか確認させていただけますか?」

事務的なやり取りの後、カーテンの向こうに入ることが許された。

その光景を見て、タケシタの引いていた血の気がさらに引いた。卒倒しそうやった。

困り顔でうなだれている医者と、上半身裸で看護婦にシップを貼られながらも、酔った勢いでわめき散らすヨシモトの姿がそこにあった。

「こらぁ、ワレ!! どこが骨折じゃぁ!!」となおも医者を激しく罵っている。
                
タケシタは青ざめながらも「ヨシモトさん、落ち着いてください。大丈夫ですか?」と声をかけたが、その声に気がつく素振りはなかった。

医者は、私の姿を確認すると、やっと解放されるのかといった安堵感を浮かべて、ヨシモトの病状を説明してくれた。

「患者さんは左足を骨折されています。後は全身の打撲だと思われます」

その間もヨシモトの医者への罵りは続く。

「何が骨折じゃ。ボケ!! 痛くも痒くもないんじゃ、このヤブ医者が!!」

ヤブ医者って……。ああ、これで、この病院へは二度と来られへんやろうなぁ……。

タケシタは、心の中でひとりそう嘆いた。

「ヨシモトさん。さあ、帰ろう」

取りあえず、この場は引き上げるしかないとタケシタは判断した。

それに対して医者も、無理に引き止めようとはせんかったしな。

「ああ、店長……。そうですか……」

ヨシモトは、タケシタの顔を見ると、それまでの威勢が嘘のように意気消沈とした。

酔ってはいても、仕事上の上下関係はヨシモトの意識から失われとらんようやった。

ヨシモトは、身長が150センチそこそこしかなく、男にしてはかなり小柄な方やった。

日ごろは借りてきた猫のように真面目で大人しく礼儀正しいのやが、ひとたびアルコールが入ると一変する。

片足が骨折しているので苦労しながらも車に乗せ、とりあえずヨシモトの住むアパートへと向かった。

独身のヨシモトには、近くに連絡して来てもらえるような身内がおらんかったから、タケシタが送り届けるしかない。

ヨシモトのアパートに到着した。

「ヨシモトさん、着きましたよ」

ヨシモトの部屋は2階にあるから階段を昇るしかない。

タケシタは、肩を貸して一緒に昇ろうと試みるが、酔っぱらっている上に、足を骨折しているということもあり、身体全体がスライムかこんにゃくのようなフニャフニャな状態で上手くいかんかった。

タケシタは、仕方なく、ヨシモトが小柄だということもあり、お姫様だっこをして階段を上がることにした。

「さぁ、いきますよ」と、気合をかけたタケシタの首に、ヨシモトの左手が絡みついた。

これが、若くて可愛い女性なら、それなりに元気にもなれるが、酒臭い小汚いおっさんが相手では救いがない。

しかも、そのおっさんは、恍惚の表情を浮かべ「お願いします」とうっとりとしとる。

タケシタは、全身におぞましさを感じながらも、その階段を一気に駆け上がった。

部屋のドアを開け玄関にヨシモトを降ろすと「大丈夫ですよね?」と言い、急いで帰ろうとしたのやが、「店長、駄目ですわ。寝床までつれてってください」と言われ、仕方なく、再度、お姫様だっこで、奥のベッドのある部屋まで運んだ。

そのとき、目に飛び込んだ部屋の様子には、どこか異様な雰囲気が漂っていた。

部屋の中のハンガーには、明らかに女物の派手なドレスが数多く掛けてあった。

独身やと言うてたけど、彼女でもいて同棲しとるのかと一瞬考えたが、すぐその思いを打ち消した。

そんな話は聞いたこともないし、もし、そんな彼女がいとるのなら、病院に呼ぶか駆けつけとるはずや。

連絡が行かんかったとしても、タケシタが送ると言うたときに、実は「彼女と同棲中なんです。連絡を取ってください」というくらいは言うてなあかん。

何より、この部屋におらんというのがおかしい。

この部屋のドレス群からすると、水商売を思わせるが、それにしたところで、もうすぐ午前6時になろうとしとるから、いくら夜の仕事であっても、とっくに帰ってなあかんはずや。

タケシタは、何か背筋が寒くなるような嫌な感覚に囚われた。悪寒というやつや。

ヨシモトは、そのタケシタの気配を察し、ごまかし切れんと観念したのか、ポツリと語り始めた。

「わたしねぇ……、実は女装が趣味なんですわ」

そう言うヨシモトの口調はいつもと違い、女のそれに近いものがあった。

タケシタは、恐怖とおぞましさと気持ち悪さで、喚きそうになったのを、からくも堪えた。

ヨシモトの方はと言うと、それを話したことで、すっかり開き直ったのか、棚から小さなアルバムを取り出し、写真を数枚開いて得意げに見せ始めた。

オエッ!!

一目見た瞬間、猛烈に胸が悪くなり、思わず嘔吐(えず)きそうになった。

そして、固まった。

声が出ないという状態に、タケシタは生まれて初めて陥った。

怖いもの見たさの好奇心というのがあるが、見たらあかんものは、やはり見るべきやない。

そこには、グロテスクなアイシャドウと真っ赤な口紅の厚化粧の妖怪が、黒っぽいフリルのドレスを着込み、不気味な笑顔を振りまいていた。

化け物。そうとしか表現のしようのない生き物が、そこに写っていた。

何の予備知識もなく、単にその写真だけを見せられただけなら、「世の中には、えぐい、おばはんもいとるもんやな」で済んでたかも知れんが、その正体がヨシモトと知らされとるのやから堪ったもんやない。

「まだまだ、他にもあるのよ」

「い、いえ、結構です。お怪我にさわりますから、今日のところは無理をなさらずに、ゆっくり休んでいてください」

タケシタは、必死にそう断って、すがろうとするヨシモトを振り払い、逃げるように部屋を後にした。

帰りの車のエンジン音が悲鳴のように聞こえたのは、あながち気のせいばかりではなかったと思う。

「最低やな……。当分、うなされるな……」

本来はのんびりと、たまの休日を満喫していたはずのタケシタにとって、正に最悪、最凶の悪夢のような出来事やった。

そして、この悪夢は、これだけやなくまだ続くことになる。

一眠りするつもりやったが、やはり無理な相談やった。寝つかれるわけがない。

仕方なく、早めに店に顔を出したところに、所長のオカダから電話がかかってきた。

「店長、大変やったな」

「ええ、何とか、病院から無理にでも連れ帰りましたが……」

オカダにヨシモトの怪我の状況を報告し、今後のヨシモトの配達区域をどうするかで話会った。

足を骨折しとるようやから、少なくとも1ヶ月は、配達できそうにないからな。代配の手配が必要や。

「店長、せっかくの休みのところを悪いが、ヨシモトの様子を見に行ってやってくれんか」

「分かりました」

「それと、バイクの任意保険と労災の手配の方も頼む……」

オカダは、そう言うと受話器の向こうで、激しく咳込んでいた。

「大丈夫ですから、所長はゆっくり休んでいてください」

「そうか、悪いな。よろしく頼む」

それで、電話が切れた。

さて、どうしたもんか。さすがに所長には、ヨシモトの女装趣味のことなんかは話せんかった。

体調の悪いところに、そんな話を追い打ちされたら、あまりにもダメージが大きすぎる。

酔っぱらい運転の自損事故というだけでも、十分ショックやったはずやからな。

ただ、タケシタは、できればヨシモトの部屋には二度と近づきたくはなかった。

しかし、そうかと言うて、このまま放っとくわけにもいかん。所長の頼みでもあるしな。

タケシタは覚悟を決め、ヨシモトのアパートに向かった。

トン、トン、トン。

「ヨシモトさーん。具合はどうですか? 大丈夫ですか?」  

タケシタの呼びかけに、部屋の中から、かすかにうめき声が聞こえた。

タケシタは、ゆっくりドアのノブを回した。

扉が開く。

まあ、あの状態では、ドアに鍵をかけるのは無理やったやろうがな。

「ヨシモトさん。具合はどうですか?」

タケシタは、恐る恐る部屋に入って行った。

「店長、助けてください……。脚も腕も痛くて我慢できませんわ……」

話を聞けば、痛み止めの薬もアルコールも切れて夜は一睡もできんかったという。

しかも、救急病院で検査されんかった右腕が、ちぎれそうなほど痛いと喚いていた。

「すぐにでも病院連れてってください!!」

早朝の救急病院での威勢の良さも、この部屋に帰ってからの妖艶な?仕草のカケラもなかった。

ヨシモトは電話を持ってなかったから、どこにも連絡のしようがなかったと目に涙を浮かべて訴えていた。

「分かりました。すぐ病院へ行きましょう。用意してください」と、ヨシモトに促しながら、奥の部屋に向かった。

ヨシモトは、着替えをするために、必死にブリーフを脱ごうとしていた。

しかし、片腕と片足が動かんから、どうしようもなく、しにくそうやった。

ヨシモトはタケシタへ悪魔のような一言を告げた。

「すみませんが、パンツを脱がしてもらえませんか?」

「あん?」

一瞬、めまいがしそうやったが、これも店長としての仕事のうちと割り切るしかなかった。

「店長はつらいよ……」その言葉を呑み込んだ。

タケシタは、顔を真横にそむけながら、ヨシモトのパンツを脱がしてやった。

「そこの物干しに干してある黒いパンツ取ってください」

そう言われた視線の先を見て、言葉を失った。

それはまぎれもなく「女物のショーツ」やったからや。

しかも、部屋の中には、朝は、けばけばしいドレスばかりが目立っていたせいか、それほど気がつかんかったが、女物の下着が何着も干してあった。当然のようにブラジャーまでぶら下がっていた。

さすがにタケシタの手は拒絶反応を示し、動かんかった。

しばらくして、少し冷静さを取り戻したタケシタは、窓の外に干してあった下着を見つけた。

こわごわ近づいて確認するとそれは「男物のブリーフ」やった。

「天は我を見捨ず」という思いで、急いでそのブリーフを洗濯バサミからはずし、ヨシモトに履かせてやり、服を着せて病院へ連れて行った。

昨夜の救急病院ではなく、近所の整形外科医院へ連れて行った。

当分、あの救急病院には行けんやろうし、医者も拒否するのは目に見えていたさかいな。

診断の結果「左足の骨折と右腕も骨折してますね」とのことやった。

今朝の救急病院での診察で、左足の骨折は分かっていたが、右腕の骨折は、酔いでヨシモトが痛みを訴えてなかったということもあり把握できず分からんかったようや。

加えて、酔っぱらって医者に暴言を吐いていたために、キッチリとした診断ができんかったというのもあったと思う。

ヨシモトが独身ということもあり、即時入院となった。

入院手続きを済ませヨシモトを病室へと連れて行って、この場はこれで一件落着や。

しかし、所長から頼まれた、もう一つの仕事、バイクの任意保険と労災の手続きをするための書類の作成が残っていた。

そのためには、警察からの事故証明書が必要やと、地区の販売組合から聞かされていたので、少し気が重いが、その警察に出向くしかないと思うてた。

本当は、自損事故で、他に加害者がいない場合、警察の事故証明は労災申請の際には必要ないのやが、タケシタにそういう知識はなかった。

バイクの任意保険の方は、事故証明が必要やから、いずれにしても行くしかなかったのは同じやがな。

単に、交通事故での任意保険や労災申請は、警察の事故証明が必要やと思い込んでいたわけや。

任意保険の申請は、販売店各自が入っている保険会社との間でするが、労災に関しては、地区の販売店組合に申請書類を出すまでが販売店の仕事やった。

地区の販売店組合は、新聞本社の労災保険を専門に扱う部署へその申請書類を送り、そこの担当者が労災の手続きを行っているということやった。

その際、タケシタの独断やったが、飲酒運転の件を隠して、その申請書類を貰おうとした。

ヘタをすると、任意保険も労災も通らんのやないかと考えたからや。

しかし、そんなことが通用するわけはなかった。

警察は、現場検証でしっかり、その飲酒の事実を掴んでいたんやからな。

当然のように、その警察で散々しぼられた。

「あんた、何を考えとんねん。飲酒の事実は曲げられんわい」

「あんたの販売店では、従業員にどんな教育をしとんのや」

「酔っぱらって事故るちゅうのが、どういうことか分かっとんのか」

「他の人間を巻き込んどったら、この程度では済まんで」

等々、言われても仕方のない罵倒が続いた。

タケシタは、かなり、へこんだが、それでも所長のせいにするつもりはなかった。

言われるままに我慢し、「すべて、私の責任です」で押し通した。

結局は「これからは気をつけてくれ」ということで収めてくれた。

申請書類には、酔っぱらい運転が、酒気帯び運転になっていた。

これやと、保険は通りそうや。タケシタは、警察が考慮してくれたと感じた。

もっとも、現場で酒臭いというのは分かっていたやろうが、検査もちゃんとしてなかったのやないかという線も考えられるがな。

怪我をしているから早く病院に搬送せなあかんかったということもあるやろうが、その当時(約10年前)は、現在ほど、飲酒運転に過敏やなかったというのもあったと思う。

さらに言えば、自損事故ということで、警察もあまり深く関わりたくないというのもあったのかも知れん。

あくまでもワシの想像やがな。

タケシタは、その事故証明書を貰って書類を作成して提出すると、簡単に任意保険と労災の申請が通った。労災では後に、休業補償も出たということや。

「寛容」なのか「いい加減」なのか、タケシタには判断できんかったが、結果的に労災が摘要され、治療代は全て労災で済んだ。

飲酒運転で自損事故を起こしておいて、任意保険は分かるが、なぜ労災が通るのだろうか。

こんなことがまかり通っていいのだろうか。

タケシタには、ずっとそれが疑問として残っていたという。

今回の労災の件について、当サイトの法律顧問をして頂いている今村英治先生から寄せられた見解があるので、それを紹介する。

ちなみに、その今村先生は、社会保険労務士も兼ねておられるから、このような事案の専門家や。


事例としては単純なのですが、奥が深いテーマで考えてしまいました。(笑)

まず条文から解釈します。労災法第12条2の2に支給制限についての定めがあります。

下記は部分的な抜粋です。


労働者が故意に負傷、又は直接の原因となった事故を発生させた場合、政府は保険給付を行わない。

労働者が故意の犯罪行為もしくは重大な過失により負傷の原因となった事故を生じさせた場合、政府は保険給付の全部又は一部を行わないことができる。


このように、「故意」か「故意による犯罪行為もしくは重大な過失」とで扱いが違います。

「故意」なら絶対に救済しませんが、そうでない場合は政府(=労働基準監督署)に裁量権を認めています。

「全部又は一部を行わないことができる」ので、全額給付するも、部分カットするも、その時々によって異なるようです。

ちなみに、無免許運転による事故の負傷は「故意」ではなく「故意の犯罪行為又は重大な過失」であるとした事例があります。

飲酒運転による事故でも労災認定を完全に否定することはできないようです。

次に警察の対応ですが、これもまた致し方ないと思います。

過去に遡り「○月○日○時に飲酒運転しました。スイマセン」と律儀に「自首」しても「今後注意して下さい」としか言えないでしょう。

労災の申請時の提出書類(様式第5号、8号)に事故の詳細につき「飲酒運転中に・・・」と記載するのが、法律上正しいふるまい方です。

それでも100%の給付がなされるかも知れません。

労災事故は個別に判断しますので、申請してみないと、どのような対応をされるか分かりません。

労災事故が発生した場合、被災者の休業が4日以上になった時には「死傷病報告書」を所轄の労働基準監督署に提出しなければなりません。

これを怠ると「労災隠し」とされ、重大な犯罪行為となりますから、場合によっては書類送検若しくは逮捕されます。

この「4日」にリンクし、労災の休業補償も4日目から出ます。3日目までの休業補償は企業が全額負担しなくてはなりません。

怪我の治療だけの療養補償給付の申請書(5号)は監督署に出すのではなく労災指定病院に提出します。監督署に直接提出するのは休業補償給付の申請書(8号)です。

更に文中には、1ヶ月は働けそうにない様子が描かれていますね。

4日以上の休業に該当するなら死傷病報告が必要です。

監督署の調査が入ることもあり、飲酒運転を理由にご本人の相当の過失を指摘される可能性が少なくありません。


ということで、どうやら、タケシタの考えていたように、このケースは、本来なら労災は通りにくい事案のようや。

しかし、現実は通っとる。

タケシタは、その書類を出したところまでは覚えているが、その後、その書類が不備やった、あるいは労災が通らんかったという記憶はない。

そんな記憶があれば、当時、かなり問題になっていたはずやから、例え、10年経った今でも忘れるようなことはないさかいな。

これは想像するしかないことやが、新聞社の保険担当者と労働基準局の担当者との間で、「よしなに」ということがあったのやないかと思う。

俗に言う、「絵を描いた」ということになる。

まあ、これは厳密に言えば不正と呼べるのかも知れんが、悪意のあるものやないとは思う。少なくとも、販売店の従業員を救済しようとしてのことやろうからな。

ただ、今回のように「労災の療養の給付を受けたいのですが、実は飲酒運転をしていました」と正直に監督署の窓口で申告した場合、言われた監督官も困ると思う。

「余計なことを耳に入れないでほしい」というのが本音のはずや。聞いた以上、処理が面倒くさくなるさかいな。

面倒臭いことなら最初から何も聞かんかったことにするというのは、ままある話やと聞く。

「寛容」なのか「いい加減」なのか、タケシタには判断できんかったと言うが、そういう類のことやなく、単にいらん仕事をするのなら、簡単に済ませてしまえという役人特有の考え方やなかったかと思う。

そこで、その肝心の飲酒の事実も、新聞社の保険担当者と労災の担当者の両者の間で消えてしまったということなんやないやろうか。

今回のケースは、たまたま「シロ」と処理をしたことが、被災者、販売店、新聞社、役所とすべての関係者にとって、面倒にならずハッピーやったということになる。

もちろん、この逆のケースもある。

「シロ」の要素が多分にありながら、手続上の煩雑さのために、役人はなかなか「シロ」と認めず「クロ」と認定する場合もあるという。

要するに面倒なことをしたがらんのが役人やと思えばええ。少し言いすぎかも知れんがな。

ただ、今となっては、すべてが藪の中ということになる。

このケースが、たまたまそうやっただけのことで、同じような処理が今後もされるという保証はどこにもないとだけ言うとく。

退院後、ヨシモトは系列の拡張団に入団した。

さすがに、あの女装趣味をタケシタに知られて販売店には居づらかったのやと思う。

風の便りでは、懲りもせずまた酒で問題を起こして、新聞業界から「卒業」したということのようや。

今頃、どこかのスナックで女装でもしとるのやないやろうな……。

まあ、女装をすること自体は、その人間の趣味やから、それはそれでええが、どうせするのなら、自分というものを良う知っといてほしいと思う。

見た目にきれいやったら、例え男やと分かっても、それほど嫌悪感を抱くことはないやろうが、あの小汚いヨシモトのようなおっさんがそうするのは、ある意味、犯罪やないかとさえ思う。

それにしても、あの見るもおぞましかった写真のヨシモトの姿が、いつしか時と共に、懐かしく思い出されるのは、どうしてやろうかなと、この頃、良く考えるようになった。

もっとも、そうは言うても、二度とあんな思いは願い下げにしてほしいがな。


書籍販売コーナー 『新聞拡張員ゲンさんの新聞勧誘問題なんでも選集』好評販売


ご感想・ご意見・質問・相談・知りたい事等はこちら から


メールマガジン・バックナンバー 目次                       ホーム