メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話
第17回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
発行日 2004.12.10
■クリスマスの夜は拡張で
ワシらは休みが少ないと言うたが、この12月は特に少ない。一応、28日までということになっとるが、それで終わった試しがない。大抵は30日までや っとる。
ワシらの仕事は出勤日数で評価はされん。あくまでも上げたカードの本数や。
皆勤賞というのもあって金一封が出るが、拡張員の皆勤賞は、無欠勤というだけや貰えん。
1日でも坊主、パンクの日があったらアウトや。カードの上がらん日は休みと同じ扱いを受ける。
一見、過酷なように思えるが、ワシらの立場で皆勤賞などというものは本来あり得んもんなんや。それを考えれば文句も言えん。
ワシらは拡張団に雇われとる従業員のように見えるが、表向きは個人事業者と
いう立場になっとる。雇用契約を結んどる従業員というわけやない。 フルコミというのはそういう制度や。
これほど、上手い人の使い方はない。労働基準法も関係ないから、休みを与える必要もない。
個人事業者ということなら、仕事するのも休むのも自由かと言うと、表向きは自由としながらも、実際はそうはいかん。しっかりと管理され、時間も拘束さ
れる。
新聞営業は、外注で成り立っとる。新聞社は販売所と拡張団に顧客確保を外注業務として依頼する。総てが会社組織やから、会社が会社へ業務を委託すると
いうわけや。
販売所は拡張団に勧誘の業務を委託する。拡張団は個人事業者である拡張員に業務を委託し、その成果を買い上げる。
誰が考え付いたのかは知らんが、実に良く出来た仕組みや。しかも、この制度に不満を唱える拡張員は少ない。この仕組みを何の疑いもなく受け入れとる。
もっとも、不平不満のある奴は、そんなことを考えるまでに辞めるか逃げ出しとるけどな。拡張員に休みが少ないというのはそういう理由からや。
まあ、休みが少なくてもサボることでバランスを取っとるようなもんやから、厳しいとか過酷と言うには当たらんけどな。
それでも、この12月に休みが少ないというのは、辛いものがある。
他の月は そうでもないがな。 特に、クリスマスの夜も当然やけどワシらは仕事や。拡張員にクリスマスはな
い。
このシーズンになると大抵、販売所や新聞社から提供される拡材にクリスマスグッズが増える。サンタクロースの人形とかそういう類のもんや。
拡張員は普通の日でも忌み嫌われとる。それが、クリスマスイブの夜、一家団
欒の家庭や恋人と愛を語り合うその時に「ピンポーン。新聞取って貰えまへん
か」と、クリスマス人形を片手にした拡張員が微笑みながら現れては、折角の
ムードがぶち壊しやし最悪やわな。
以前にも増して、拡張員が嫌いになるやろ。ちょっと、堪忍してぇーなと誰でも思いたなる。
せやけど、ちょっと、想像して欲しい。
ええ歳をしたおっさんが、クリスマスイブの夜、小雪の舞い落ちる街角をクリスマス人形を片手に、人に嫌がれなが
らも、幸せそうな家を叩く姿を。
その拡張員も以前は、その幸せの中におった者もいてる。その幸せを失った人間が見る幸せな光景はある意味、残酷ですらある。
その悲哀に思いを向けられるのなら、そんな拡張員のことを……。
それでも、やっぱり許せんわな。当たり前や。そんなん知ったこっちゃない、何でもええから、せめてクリスマスの夜はやめろよと言う声が聞こえる。
ごもっとも……。
このメルマガは毎週金曜に発行してる。そして、ことしのクリスマスイブがその金曜日に当たる。
ワシは、本来この話をそのクリスマスイブにしようと思うたが止めて今日に した。
話をしてて、ワシ自身がブルーになったからや。話してるワシがそうやのに、
その当日、わざわざこんな話を聞かされる読者は堪ったもんやないと思うたからや。
クリスマスの日は、やはりそれなりの話がええやろ。ワシのとっておきのファ
ンタジーな話をその時に聞かせるつもりや。これは、このメルマガでは初めての予告や。
拡張話のファンタジーて何やねんと突っ込まんといてんか。それと、過度な期待もせんといてな。ただ、今日みたいなブルーな話やないことだけは確かやけど。
最後に、そのブルーな気分を払拭する話を一つ。 ワシは、そのクリスマスイブの夜は仕事せんことに決めとる。というても、他
の人間の手前、出勤せんというわけにはいかん。
坊主やパンクするということでもない。カードは上げる。どういうことかと言
うと、隠しカードを用意しとくのや。
隠しカードというのは、その地域の客から他の日に上げたカードを当日上げたものとして提出するために確保しとる契約カードのことや。
もちろん、これは客の承諾の上でやで。それも常連の客や。
下手に新規客のカ ードにそんなことをして、万が一にもその客に、クーリングオフやて言われたら、どうもならんからな。
販売店にしたら、上がってもないカードが何でクーリングオフになるんやてなもんやからな。信用が台無しや。下手したらそれだけや済まんかも知れへんしな。
要するにその日、仕事をしたという見せかけというか辻褄合わせをしとくということや。裏技というか要領の一つやな。カードさえ上がれば誰も何も言わん。
この業界はそういう所や。
そして、その日、ワシを待っていてくれてる相手に、さっき言うたファンタジー
の話をしに行くんや。