メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第173回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日 2007.11.30


■拡張員泣かせの人々 Part8 あこぎな契約者


「冗談じゃねぇ!! 何でオレが出入り禁止にならなきゃならねぇんだ!!」

ケンジは、そう吐き捨てた。

6日前に取ったカード(契約)が、不良カードとして返され、その販売店から「出入り禁止」と通告された。

その理由は、その契約者から「警察に行こうと考えた程、ひどい営業でした」と言われ、クーリング・オフされたからということやった。

それは、ケンジにすれば、正に青天の霹靂(へきれき)で、まったく身に覚えのないことや。

「ふざけやがって……」

ケンジは、この拡張員を10年近く続けている。

そのケンジにして、今までに、これほどの屈辱を味わった経験がなかった。

そら、確かに決められたルールどおりに拡張しているかと問われれば、胸を張って「そうだ」とは良う言わん。

それでやっていけるほど甘い世界ではないと考えとるしな。

カード(契約)を上げるためには、隠れて規定以上のサービスもしたことはあるし、泣き勧で客の同情を誘うようなこともある。

これが、初めての不良カードというわけでもない。他にいくらでもあった。

それでも、喝勧や騙しなんかで客を泣かすようなことや困らせるようなことだけはしたことがない。

それだけは断言できる。

どちらかと言うと常に客の立場に立ってサービスもしてきたつもりや。

今まででも、喜ばれることはあっても、客に嫌われるようなことはなかった。自身の儲けが少なくなるということはあったがな。

どう考えても、崩れるようなカードやなかったし、ましてや、それで出入り禁止になろうとは想像もできんことやった。

特に、この顧客は、最後に「感じいい人でよかった」とまで言うてた。

それを、はっきり覚えとる。

それなのに……。

「嵌められたのか……」

そう考えた。

それにしても、何でという思いをぬぐい去ることはできんかった。

その6日前の午後6時頃。

ケンジは、関東のある住宅街で叩いて(営業)いた。

その家の表札には「ヒガシハラ」とあった。

どこかの知事とよく似た名前やなと思いつつ、ドアホンの押しボタンに軽く触れた。

ピンポーン。

「はーい、どちら」

ドアホンからは、元気の良さそうな若い奥さんらしき声が聞こえてきた。

「近所の新聞屋の者ですが……」

「どちらの新聞屋さん?」

「○○新聞ですが」

「……」

ちょっとの間、沈黙があった。

ドアが開いた。

てっきり、その声の主である奥さんが応対するものと思うてたが、玄関先にいたのは、その家の主人らしき人物やった。

「○○新聞のヤマナカケンジと言います」

ケンジは、ドアを開けてくれた人には、極力ええイメージを与えるのをモットーにしていたから、いつも明るい口調でフルネームを告げるように心がけとる。

何でもないことやけど、これが意外と功を奏することがある。

たいていの拡張員は、あまりそうすることは少ない。自分の名前どころか、勧誘する新聞の名前すらすぐには伝えん者も珍しくないという。

名乗ったら仕事にならんと考えとる人間が多いわけや。

そうすることで、相手から胡散臭く思われるということに考えが及ばんのやな。

そういうのが多いと、どうしても拡張員の評判は落ちる。

しかし、評判が落ちとるからと言うても、それが必ずしもマイナスにならんから世の中は面白い。

そういう連中が多い中で、初めからしっかり名乗ることにより、相手の受ける印象が格段に良くなるということが起きる。

もっとも、そうするのは当たり前のことなんやが、他が悪いと、それだけで何か特別、真面目な人間のように思われるというわけや。

「用件は?」

「ご主人のところでは、今、どちらの新聞を読まれておられます?」

「うちは、△△新聞だが」

「それでしたら、現在、当方ではキャンペーンの期間中ですので、ぜひ、うちの○○新聞をお願いできませんか。サービスしますから」

ケンジにとっては、毎日が「キャンペーンの期間中」やったが、これはすでに口癖になっとるから自然と口を突いて出てしまう。

「どんなサービスをしてくださるの?」

旦那の後ろにいた奥さんが、そう言う。

「6ヶ月契約でしたら、この中から、1年契約の場合は、こちらになります」

ケンジはそう言いながら、景品サービス用のカタログギフトを見せた。

カタログギフトというのは、契約者が好きな商品を任意に選び、それに付随しているハガキを投函することで、その発送元であるデパートからその商品が届くというものや。

新聞社が推奨しとるということもあるが、全国的にもこれを使う販売店は多い。

それを受け取った夫婦は、二人で一緒にしばらくペラペラとめくっていた。

「あまりいいものがないわね。他に商品券とかビール券とかはないの?」

「申し訳ありません、うちは今それしかありませんので……」

「△△新聞さんは、1年前に契約したときにはビール券をたくさんくれたわよ」

「今は、それはできないことになっているんです。その△△新聞さんでも今は無理だと思いますよ。それをすると、僕らはクビになりますんで……」

これは事実や。

現在、関東の大手2社では、今年の4月1日から「金券廃止」というて、ビール券や商品券の類は一切禁止になっとる。

これに違反すると、販売店への出入り禁止、ヘタしたら拡張団からの解雇もあり得る厳しいものや。

「そうなの? 残念ね。サービスしてくれるんだったら取って上げようと思っていたのに」

拡張員は、これを言われると弱い。少々の無理ならしようという気になるさかいな。

金券廃止とは言うても、それは今のところ○○新聞と△△新聞だけや。

この辺りやとそれで8割方のシェアにはなるが、金券フリーの他紙の拡張員が来んとも限らん。

来れば、この客は確実にそっちになびく。

みすみす客を逃がすことになると分かっていて手をこまねくのは拡張員としては辛い。

新聞社は、そういう現場のことなど考えず、一方的に通達を出す。

拡張員にすれば、客を確保することが第一やないのかと思う。

何も分かってないと。

確かに「金券廃止」になるには、なるだけの理由があるのは認める。

それまで、この関東では、異常な金券や現金を置いていくのが横行していて無秩序な状態になっていた。

3ヶ月でビール券20枚とか購読料分の金券や現金を置いてくる者が相当数おったさかいな。

それを止めされるには、「金券廃止」しか新聞社には考えられんかったということなのやろうと思う。

そういう拡張員を野放しにした業界にも責任があるから、その通達にも表立って反対した者は皆無やという。

もっとも、新聞社の決定した通達事項に異を唱える拡張団や販売店もおらんがな。

「どの程度のサービスでしたら?」

ケンジは、腹をくくって探りを入れた。できる範囲ならするつもりやった。

「△△新聞さんからは、半年契約でビール券10枚貰っていたから、それで手を打とう」と、その旦那は言う。

正直言うて、この程度やったら悪い話やない。今年の4月1日以前やったら販売店も簡単にOKを出していたと思う。

ところが、今はそれもできん。景品は、あくまでもカタログギフト一辺倒になっとる。融通が利かんことおびただしい限りや。

「分かりました」

結局、カタログギフトの中からも好きな商品を渡すので、それにプラス、ビールの大瓶10本ということで話がまとまった。

ケンジは、早速、近くの酒屋に走って、ヒガシハラが指定した銘柄のビールを買ってきて渡した。

ただ、契約書には、そのビールの大瓶10本分は記載するわけにはいかんから、書いてない。

「これは、特別サービスですから、くれぐれも販売店には内緒にしてくださいね」と、念も押した。

「分かっています。それにしても、あなたのような誠実で感じのいい人で良かったわ」と、そのヒガシハラの奥さんが別れ際にそう言うた。

ケンジは、その言葉に救われた思いがした。多少の出費も納得できた。

その結果がこれやった。

ヒガシハラは、5日めに、「クーリング・オフをする」と販売店に電話した。

「まったく、ひどいヤクザのような勧誘員だった。そのときは怖くて仕方なく契約したけど、よっぽど警察に通報しようかと思った」と言ったという。

そう言われた販売店の人間は、ただ謝るしかなかった。

結局、それを理由に、販売店への出入り禁止を通告されたというわけや。

むろん、ケンジは抗議したが、その販売店は聞く耳を持たんかった。

ヒガシハラの言うことを100%信用した。

販売店の人間は、総じて客と拡張員の言うことやったら、客の言うことの方を信用する。

確かに、そういうケースも多いというのは知っている。それでも、せめて、その事情くらいは聞くべきやと思うが、それもない。

ケンジのところでは、こういう不良カードを出すと、厳しいペナルティが科せられる。

出入り禁止の上に、6ヶ月の新聞代に相当する金額の罰金をし払い、団長同伴で、その販売店に詫びを入れなあかんかった。

踏んだり蹴ったり、泣き面に蜂とは正にこのことや。

ケンジは、その理不尽さがどうにも我慢できずに、ヒガシハラに電話した。

百歩譲って、クーリング・オフをするというのは消費者の権利やから仕方ない。気が変わったということもあるやろうからな。

それに、単なるクーリング・オフだけなら、ケンジもここまでひどいペナルティをくらうこともなかったわけや。

同じクーリング・オフをするのでも、もう少し配慮しても良かったはずや。

しかし、そんなことは構わず、ない話を平気で、でっち上げた。

それが、どうにも我慢ならんかった。

ケンジに対して、個人的な恨みがあるというのならともかく、言うとおりのことをした人間を陥れる必要はどこにもなかったやろうと思う。

「ヒガシハラさんよ。お宅は何で、あんなでたらめなことを店に話たんだ」

「な、何だ。脅かすつもりか」

「別に、そんなつもりはない。ただ、理由が知りたいだけだ。オレは、お宅に迷惑かけた覚えはないんでな」

「クーリング・オフは、消費者の権利だ。お前にとやかく言われる覚えはねぇよ」

その一言で、ケンジは、ヒガシハラという男が、最初からそう出るつもりやったと知った。

「もう済んだことは仕方ないから、渡したものを返してもらえますか」

せめて、渡したビールの大瓶10本だけでも回収しようと思うた。こんな男に飲まれると考えただけでも胸くそ悪いしな。

「何のことだ。カタログなら販売店に返したぜ」

「とぼけるな。余分に渡したビールのことだ」

「いいのかい。そんなことを言って。あんなことをするのはルール違反なんだろう。店に黙っていてほしいと言うから黙っててやったんじゃねぇか。あきらめな」

「……」

ケンジは、その言葉を聞いた瞬間、今まで感じたこともないほどの怒りを覚えた。

一瞬、殺してやろうかとさえ思うたほどや。

「てめぇ、ろくな死に方せんぜ」

ケンジは、その怒りに任せて、そう吐き捨てるのが精一杯やった。

あのヒガシハラやったら、その電話のこともクレームとしてつけかねんと思うたが、それならそれでも構わんと、そのときは、そう考えた。

結局、それ以上は何もなかったが、もし、ヒガシハラが、そのクレームをつけていたら、本当にどうなってたか分からんかったと今でも思うとる。

ただ、今回のことで救いやったのは、団長や団の仲間からの叱責もなく、むしろ、同情的やったことや。

「ケンジ、オレは、お前が、そんなことをする男じゃないと信じているぜ」

一緒に、その販売店の人間に頭を下げにいく最中、団長からそう言われたとき、心底、救われた思いがした。

分かってくれていたのやと。

ただ、分かってくれてはいても、団としてその客や販売店と事を構えることができんというのは承知している。

今回の件は、当事者間でしか分からんことが多い。言うた言わんの世界や。

それでも、販売店が拡張団側につくのなら、まだ何とかなるかも知れんが、客の言い分だけを取り上げるような所やと、何を言うてもあかん。

悪いのは拡張員ということにされる。

それには、ここのように拡張員にその損害のすべてを取らせるというようなシステムにしとるということが大きいと思う。

どう転んでも販売店は損をせんさかいな。むしろ、拡張料も払わずに済む上に、6ヶ月の購読料も丸儲けになる。

団長にしても、過去に不始末をしでかした団員もおるし、これからもそういう人間が出んとは言い切れんから、それほど強気で押し通せんということもある。

その販売店に出入りする拡張団は、他にもあるからな。

ヘタに揉め事として事が大きくなると新聞社も介入するやろうから、そうなれば団の存亡にも関わりかねんことになるさかいな。

それを考えれば、ケンジとしては、ただ頭を下げ「申し訳ありませんでした」と謝るしかなかったわけや。

その屈辱感は、相当のものやったやろうと思う。

今回の件は、「拡張員のひどい勧誘があったのでクーリング・オフした」ということだけを聞けば、その詳しい事情を知らん第三者は、拡張員であるケンジの方に問題があったと考えるのが普通や。

新聞社も、十中八九そう見るはずや。

どう考えてもケンジに利はない。

このメルマガをここまで読まれた読者にしても、それは、ケンジの一方的な言い分やないのか、嘘の部分もあるのやないかと思われる人もおられるかも知れん。

ワシも、それは絶対にないとまでは言い切れんが、状況から推測して、ケンジの言うてることの方に信憑性が高いと信じとる。

それには、そのヒガシハラが、そのクーリング・オフを販売店に通達したのが、5日後という点が挙げられる。

普通「拡張員のひどい勧誘があった」というのを憤ってという理由でクーリング・オフを販売店に言うのなら、その当日、遅くとも翌日には、そうしていたはずや。

警察に通報したいほど、ひどい勧誘やったというのなら、尚更やと思う。

実際に、こういう目に遭った人の心理というのは、一刻でも早くそれを訴えたいという気になるもんや。一晩でも、そういう状態でいるのは耐え難いことやとなる。

たいていの怒りというものは日を経つ毎に薄らいでいくのが普通や。

にも関わらず、5日後にそれを爆発させて、そうしたという方が、ワシにはいかにも不自然に感じる。

以前のワシやったら、5日後にクーリング・オフをして、理由がそうやと聞かされたら、「そういうこともあるやろな」と思うてたかも知れんが、ハカセとHPを開設してからはそうは考えられんようになったということもある。

特に、HPの『新聞勧誘・拡張問題なんでもQ&A』には、日々そういう相談が数多く寄せられることで、その人たちの心理が良く分かるようになったということもあるさかいな。

その怒りにまかせて書き殴った相談でも、こちらがそれに回答したときには、たいてい、その怒りも収まっとることの方が多い。

よほどの恨みでもない限り、人の怒りが持続するのは3日というところが限度やないかと思う。

それが、5日もその怒りを持続させるはずはないやろうという、ワシの見方であり根拠や。

この状況は、貰うたビールを飲み干す期間がそうやったと考えた方が、納得がいくと思う。

1日、大瓶2本のビールというのは、晩酌としては普通で手頃な量や。

それを5日で飲み干してしもうたから、ぼちぼち、クーリング・オフでもしようてなもんやと思う。

拡張員と一般人を比べたら、拡張員の方が圧倒的に悪いと考える人は多い。

えぐい拡張員がおらんとはワシも言わん。そういう人間がおるのも確かや。

しかし、それと同時に、どうしょうもなく腐った一般人がいとるのもまた確かなことや。

この仕事をしとると、それが良く分かる。

ワシが良う言うてる、「どこにでも、ええ人間もおれば、悪い人間もおるのが、この人間の社会や」ということに間違いはないと確信しとる。

特に、最近、それを感じることが多くなった。

ネットで人気のあるのが『得する情報』の類やという。

それはそれで別に悪いことやない。誰でも、できればその方がええに決まっとるさかいな。

しかし、それがこうじて、このヒガシハラのような真似をする人間が増えたのも事実やと思う。

僅かな得が、さも大きな発見のように吹聴するサイトもある。法さえ犯してなければ何をしても許されると豪語するところすらあるという。

果たして、それで、本当にその人間は得をしたことになるのやろうかと思う。

今回の場合は、ケンジは、あきらめて泣き寝入りすることに決めたと言うが、当初は、殺したいくらい恨んだというのは事実のようや。

このヒガシハラのようなタイプの人間は、間違いなく同じことを繰り返すはずや
と思う。

以前も同じようなことをしていて、それで上手くいったから、今回もそうしたというのも考えられんでもない。

当たり前やが、そんなことばかりしてたら、人から恨みを買うのは確実やわな。

世の中には、ケンジのように泣き寝入りする人間ばかりとは限らん。恨みによる刃傷沙汰なんか日常茶飯事で、さして珍しいことでもないさかいな。

このヒガシハラのような人間は常に、そういう危険と隣り合わせに生きとると言うてもええやろうと思う。

僅かな利益のためにな。

「禍(わざわ)いを造(な)して福を求むるは、計浅くして怨み深し」という、古(いにしえ)の教えがある。

不幸の原因を自ら作っておいて幸せ(利益)を求めるのは、いかにも思慮が浅く後悔することになるということや。それで、人の怨みも買いやすいということも意味しとる。

早い話が、人の恨みを買うような真似をするとろくなことがないという教えということになる。

ただ、こういうヒガシハラのような人間になってしもうたら、何を言うてもしゃあないやろうがな。

人間、腐ってしもうてからでは遅い。救いようがないということや。

ケンジから、ワシらへ送ってきたメッセージの最後に、次のような言葉が添えられていた。


くだらない話を長くスイマセン。言いたいのは拡張員だって心を持った人間なんだッテコト。人に騙されれば頭にくる。

でも、人を傷付けたくない。結局泣き寝入りだけど、まぁ、コンナコトばかりでもないからね。

明日からもう一度がんばろうと思います。

スイマセン言いたい事書いたら多少気が楽になったみたいです。


ワシらに言うことで、気が楽になるのなら、いくらでも話くらい聞くつもりや。

そして、今回のような内容のものなら、できる限りそれを多くの人に伝えたいとも思う。

このインターネット上には、悪辣な拡張員は山ほど登場するが、あこぎな契約者は、まったくと言うてええほど紹介されることすらない。

それでは、あまりにも片手落ちやさかいな。


書籍販売コーナー 『新聞拡張員ゲンさんの新聞勧誘問題なんでも選集』好評販売


ご感想・ご意見・質問・相談・知りたい事等はこちら から


メールマガジン・バックナンバー 目次                       ホーム