メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第177回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日 2007.12.28


■もう一つの新聞裏話 Part1 


2007年、最後のメルマガになる。

いつもやったら、一年の総括をするのやが、今年は、ある読者から寄せられた話をしたいと思う。

このメルマガでも何度か取り上げたことのある、古紙回収に関連した話や。

この話の是非については、正直、ワシには判断しかねるところが多すぎる。考えさせられる話ではあるがな。

ちょうど、ワシの友人に、このメルマガにも何度も登場しとるテツという古い友人が京都で、その古紙回収業の会社を経営しとるので、その意見も参考にしとる。

それでは始める。


数年前、ある京都の住宅街を、キヤマは「流し」をしていた。

「流し」というのは、「ご町内の皆様、毎度、お騒がせ致しております、ちり紙交換車でございます……」と、拡声器付きのトラックで廻るお馴染みのもので、古紙回収業界ではそう呼ぶ。

もっとも、ポピュラーな仕事で、たいていの、ちり紙交換員はこれから始める。

その住宅街に入ると、一軒の家の前に新聞の括りが3つほど出ていたのに気がついた。

こういうケースは、よくある。拡声器で流していると、その道順に来ると予想してその家の人が玄関先に新聞を出すわけや。

アキヤマは、当然のようにその新聞を積み込み、ポストにポケットティシュを放り込んだ。それが一応の礼儀でもあった。

その裏側の通路に出ると、両サイドの家、数軒から同じように新聞が出ていた。

こういうケースも希にやがある。こういう状態を業界用語で「大名行列」という。

大名が行列を作って行進する際、平民がひれ伏しとる姿が、その新聞に見立てられることでそう呼ばれていた。なかなか洒落たネーミングではある。

アキヤマは、内心「やった」という気持ちで、それらの新聞を勢いよく積み始めた。

そう思うてたところに、一人男が血相を変えて怒鳴りながら走って来た。

「こらっ!! 何しとんねん」

「何て、出して貰うた新聞を積んでるだけやけど……」

「これは、町内回収の新聞やで!!」

「町内回収?」

アキヤマも、今は始めて1ヶ月程度やが、昔、この京都でしていた経験があるから、その町内回収のことは当然、知っていた。

しかし、町内回収というのは、たいてい決まった場所にそれと明示して出しとるもんやというのが常識としてあった。

それを、ここのように家々の前に出してというのは知らんかった。

これが、マンションなどの集合住宅のチラシ回収というのなら、そういうのはあるが、それと同じようなことが、まさか一般の住宅街にあろうとは夢にも考えなんだ。

ただ、この男が、町内回収やと血相を変えて喚くのやからそうなのやろうとう。20年も経つといろいろ変わるもんやなと思うしかなかった。

アキヤマには、その町内回収の新聞をパクる(盗む)という気持ちはまったくない。

「そうでっか、それならここで積んだ分だけ降ろしますさかい」と言うしかなかった。

すると、次の瞬間、その男は耳を疑うようなことを言い出した。

「あかん、全部降ろせ!!」

「何を無茶なことを言うてんねん」

さすがに、揉め事の嫌いなアキヤマもカチンときた。それだけは、どんなことがあってもさせるわけにはいかんかった。

その雰囲気に怯えたのか、ツヨシが泣き出していた。そのツヨシに何も食わせてやれなくなる。その思いだけがあった。

ここには、たまたま何も知らず入り込んだだけで、不可抗力にすぎん。

それに、知らんかったとは言え、非を認めて積んだ分を降ろすと言うてるのやから、何が悪いという気にもなる。

その男は、無理矢理、トラックから新聞を降ろしにかかった。

アキヤマは、それを止めようともみ合いになった。

いつの間にか、その騒ぎに気づいた近くの住民たちが、回りを取り囲んでいた。

アキヤマは、不穏なものを感じたが、ここは命に代えても引き下がるつもりはなかった。というか、必死やった。

ここで、トラックに積んである荷物を盗られるということは、ツヨシにもハンバーガー一つも食わせてやれんということを意味する。

そんな理不尽な真似は絶対にさせん。

「警察を呼べ!!」

誰かが、そう叫んだ。

「そうや、警察を呼んでくれ」

アキヤマもそれに同調した。

このままやと、確実に血を見ることになる。少なくとも、アキヤマは、その覚悟を決めていたさかいな。

警察がくれば、話せば分かると思うた。ここの連中は、異常なほど、アキヤマに憎しみを抱いている。そう思わずにはおられんかった。

もちろん、そこの住民にも言い分はあった。

ここの住宅街では、こういう回収の方法になっとるために、これまでも頻繁に古紙を持って行かれるのやという。

酷いときには根こそぎやられることもあった。

そこで、自治会としては、その現場を押さえたら思い知らして、二度とそんな真似をさせんようにしようと申し合わせていたということらしい。

今回、その現場を押さえた。その興奮に、ここの住民たちは取り憑かれていたことになる。

数分してパトカーが駆けつけた。結局、積んだ荷物の分だけ降ろすということで話がついた。

当然やわな。ちょっと考えたら分かりそうなもんやが、本当に盗むつもりなら、拡声器を鳴らして悠然とするバカはおらんさかいな。

それまでの人間がそうやったように、誰にも気づかれんように素早く積んで逃げてたはずや。

また、実際に積み込んだ家の新聞は3軒だけやったから、そこに家の人間にその確認をさせたということもある。

「他になくなったという家があるのなら教えてくれ」と言うても、誰も名乗り出んかった。これも、その事実がないのやから当たり前や。

加えて、積んだ家のポストには、その対価としてのポケットティシュも入れていた。悪意がないのは歴然としとる。

警察としても、アキヤマの行為を犯罪として認知することができんから、開放するしかなかった。話の筋も通っとるしな。

それで、終わった。

そのアキヤマからメールきた。


はじめまして、ゲンさん、ハカセさん。

いつも楽しくメルマガを読ませていただいています。アキヤマと申します。

前回の『天国からのクリスマスプレゼント』のお話にはジーンとさせられました。

私もゲンさんとほぼ同じ世代の人間で、家が貧乏で家庭環境にも恵まれませんでしたから、つい、その頃のことを思い出しました。

その他にも、ゲンさんのメルマガには数多くの感動するお話があると思いました。

ところで、メルマガやHPには、テツさんという古紙回収業者の方が登場しますね。

実は私も、以前、その仕事をしていた経験があります。

インターネット上で、ある記事が配信されていました。


古新聞持ち去り、業者無罪=条例規定は「あいまい」−東京簡裁

2007年3月26日13時32分配信 時事通信より


東京都世田谷区のごみ集積場から古新聞を勝手に持ち去ったとして、同区清掃・リサイクル条例違反の罪に問われた古紙収集業者の男性2人について、東京簡裁の松本弘裁判官は26日、無罪を言い渡した。検察側は罰金20万円を求刑し
ていた。
 
弁護側によると、松本弘裁判官は、持ち去り禁止を定めた同条例について「刑罰法規としてあいまい」と判断した。  


古紙持ち去りで逆転有罪=一審無罪の業者3人−東京高裁

2007年12月10日15時30分配信 時事通信より

東京都世田谷区のごみ集積所から古新聞を勝手に持ち去ったとして、同区清掃・リサイクル条例違反罪に問われた古紙回収業者3人の控訴審判決が10日、東京高裁であり、中川武隆裁判長は一審の無罪判決を破棄し、3人にそれぞれ罰金20万円を言い渡した。
 
同条例違反をめぐっては先月、同高裁が一審で有罪とされた業者1人の控訴を棄却しており、控訴審で有罪とされたのは計4人となった。一審東京簡裁は7人を無罪、5人を有罪とし、判断が分かれていた。 


これらを、ご覧になって、どう思われますか。

この問題に関しては、あるテレビ局の報道番組でかなりの時間取り上げて放送していました。

全体の論調としては、盗みは悪い、業者が悪いといった印象でした。コメンテーターと言う人たちも概ね、そんな感じでした。

正直、何も分かっていないと思いましたね。それを責める人たちが、いつ何時、その立場にならないとも限らないわけですからね。

実は、私もその事件と似たような経験があります。

中略

私の場合は、当時、京都にそのような条例はなく、警察も理解を示してくれたから事なきを得ましたが、一つ間違えば、同じようなことになっていた可能性はあります。

報道のあり方とはと、大袈裟に言うつもりはありませんが、一方的な論調はいいかがなものかと思います。

これについて、ご意見をたまわることができれば幸いです。


「ということなんやが、テッちゃんはどう思う?」

正直、ワシには、こういう問題は良う分からんから、その道の専門家であるテツに聞くことにした。

「その事件のことは、オレたちの世界では有名やが、それをやってる奴らは、盗みと知っての確信犯やと思うで」

テツ曰く、それをしている業者は、その地域の古紙回収日と知ってそれをしているのと言う。アキヤマのケースとは違い、間違ってということはまず考えられん。

その地域のように、警察に逮捕され裁判にもかけられるような所やと、それと知り渡っとるはずやから、たいていのちり紙交換員は敬遠するもんや。

実際にやってる連中は、極、一部やと思う。

当然やけど、ワリに合うことやないさかいな。

そこの古紙を例え2トントラックに満載で盗ろうが、金になるのはタカが知れてる。良うて数千円から1万円程度までや。

そして、いくらパチる(業界の盗みの別称)にしても、そこまではなかなかできるもんやないさかいな。

今やったら、一括り、古紙の末端価格にして50円程度の新聞を盗っているというだけで、そこの自治会の人間がすぐ集まるやろうし、ヘタをすれば、その現場を押さえようとテレビ局のカメラの餌食にすらされかねん。

その報道の過激さは、凶悪な殺人犯に対するのと大差ないのやないのか思えるほどや。

まあ、さすがに顔はボカしとるが、知ってる者が見れば一目瞭然やわな。全国に恥をさらすことになる。

しかし、それでも、食うに困り背に腹は代えられん、ちり紙交換員は、それと承知しても行く人間がおるということなのやろうな。

それには、個人的なものと、そこの経営者の思惑というのもあるのやないかと、テツは言う。

報道にもあるとおり、同じ地域であっても、あるケースでは無罪になったり、別のケースでは有罪になったりと、裁判所、担当裁判官の違いで、その判断が大きく違うということも影響しとると思う。

一般的に、ゴミに出した時点で、その人の所有権は失われると考えられている。ゴミの中から、何かを持ち出したとしても、それで罪に問われるケースは少ない。

ただ、古紙の場合は、行政指導のもと地域で古紙回収が行われとる場合、そのために出した時点で、そこに所有権が発生するという考え方がある。

報道の東京都世田谷区やと、その世田谷区のものということになる。その持ち出しを条例で禁止しとるから、その行為は、あきらかに違法やというものや。

しかし、一審の東京簡裁では「刑罰法規としてあいまい」と判断されて無罪になったというケースがある。  

これは、その持ち出す場所の曖昧さがある。誰にでも、それと分かるようにはなってないということや。

それが表示してなかったり、ゴミ箱のすぐ隣で紛らわしかったりするのがそれや。

それと知って持っていく人間も悪いが、それを資源として所有権を主張するのなら、それなりの処置をしていない方にも責任はあると思う。

これについては、2年前、このメルマガ『第47回 ■新聞報道の裏読み?』の中でも、同じことを言うてた。


その資源回収場所というのも、ちゃんと鍵付きの檻で厳重に管理しとる所もあれば、ただ、置き場所を決めただけの所もある。それも、ゴミ置き場の横というのも珍しくはない。

そういうゴミ置き場の横というような場所から、その古紙が盗まれることが多い。それをする人間に罪悪感はほとんどないと言う。彼らの言い分は、ゴミの横に出しとるものはただのゴミやないかという論理や。


テツはこの後、自身が管理する資源ゴミ集積所のすべてで鍵付きの鉄製の檻を設置したという。

町内会が積極的に協力してくれる所も少なくなかったが、テツは、そうするのが公認の資源ゴミ回収業者の責務やと気がついたという。

それでも、そのパチリがなくなることはなかったらしいが、こうしておけば、ゴミに出したものやからという理屈はつけられんことになる。

そこの新聞を取り出すのは、その中に入らなあかんわけやから、それ自体で建造物侵入罪が成立するさかいな。

この2年前のときにも、その東京で起きた事件を引き合いに出した。


50円相当の古新聞ぬすんだ男3人が御用  労力の方が大変!? 

警視庁○○署は11日、東京都内の資源回収所から古新聞約10キロ(時価50円相当)を持ち去ったとして、窃盗の現行犯で自称資源回収業○○容疑者ら2人を逮捕した。
 
同署は10日にも、別の資源回収所から古新聞約5キロ(同25円相当)を持ち去ったとして、窃盗の現行犯でアルバイト○○容疑者を逮捕。両容疑者に関係はないという。
 
古新聞の窃盗容疑で逮捕するのは警視庁では初めてだというが、○○署は「たとえ少額でも、市民の善意を盗み出す犯罪は厳しく取り締まる」としている。


これが、今回の裁判の延長線上にあるわけやけど、その行為を糾弾するだけやとあかんのやないかとテツは言う。

これで捕まれば、当然やが、窃盗の前科がつく。

こういうことは、その線引きが難しいから、それが意図的なものであっても、アキヤマのように不可抗力であっても同じように逮捕される可能性があるわけや。

その線引きのあいまいさが、ある者は無罪とされ、ある者は有罪とされとるという結果につながっとる。

しかし、この鉄製の檻を作って、そこを集積場所と指定していれば多くのこういう問題は解決する。

それではコストがかかりすぎるという意見がありそうやが、テレビ局まで呼び、必死にそれを守ろうとそこの住民がするのなら、そうするのが当然やとワシも思う。

あいまいなままの状態で、人を犯罪者にするべきやない。当たり前やが、罪は罰するだけやなく、それが犯罪やと広く認知させるということも重要やさかいな。

そもそも「家」というものが何のためにあるかということを考えてみたら簡単に分かることや。

それは、個人の空間、プライバシーを確保するということと同時に、その財産を守るためというのもある。

そやからこそ、そこに無断で侵入すれば、住居不法侵入ということにもなるし、何かを盗めば窃盗罪にもなるわけや。

盗まれたらあかん物は、それなりの対処をするのが当然やないやろうか。盗まれて困る物なら盗まれんようにするべきやと思うで。

もちろん、例え、そうであったとしても、持っていく方にも問題はあるがな。また、それと疑われる行為も慎むべきや。

「李下に冠を正さず」という有名な故事がある。

桃の木の下で、頭の冠を直す仕草は、見方によれば、その桃を盗もうとしているようにも見える。間際らしいことをするなという教えでもある。

特にその地域は、それで有名になっとるのやから、何も知らずにやったという言い訳はしずらいはずやさかいな。

それをする彼らの今の言い分は、罪になるかならんかは裁判してみな分からんと開き直ることにあるようや。

犯罪ではないケースもあるわけやから、何が悪いねんということやと思う。

いずれにしても、この問題は、しばらくは決着つきそうにもないという気がする。

テツの古紙の集積場所はすべて鍵付きの鉄製の檻にするという提言が、その地域に届けば、少しは問題も解決しそうやけどな。

この情報を寄せてもらったアキヤマ氏の話には、他にも考えさせられることが多いから、また、折りを見て「もう一つの新聞裏話」と題して、これからも取り上げたいと思う。


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