メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話
第178回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
発行日 2008.1. 4
■どうして架空契約のことを「てんぷら」と言うの?
「そうか、それは残念やな」
ここのところ毎年、正月の2日にはハカセの家族と初詣に行くのが恒例となっていたから、今年もその予定にしていた。
ところが、ハカセの長男、シン君が風邪でダウンしたから、今回は取り止めたいという連絡が大晦日の朝に入った。
家族の誰かが風邪をひくと、いずれそれは皆に感染する。おそらく、その頃には、ハカセもひいている確率が高い。
そんな状態で行くのは辛いということもあるが、ワシに風邪をうつしたくないというのがその主な理由やった。
ワシは、去年の10月に東海の拡張団を辞め、関西のある新聞販売店で専拡(専属拡張員)をしている。
その詳しい経緯は『第153回 ■ゲンさんの決断 前編』および『第154回 ■ゲンさんの決断 後編』を見て貰うたら分かると思う。少し、長いけど。
せやから、今まで拡張団におったときほど、正月と言うてものんびりはできんやろうなとは覚悟しとる。
もっとも、店からは1月6日までは休んでくれとは言われとるがな。その点で言えば、前の団におったときよりかは休みは長い。
ワシらの仕事は、どうしても人に嫌われることの方が多い。それを正月早々から叩いて(訪問営業)いたら、どうしてもひんしゅくを買いやすいし、評判も落とす。
新聞販売店は、その評判が命のようなところがあるから、そういうのはなるべく控えるようにしなあかんとも思う。
しかし、店主のイケダがワシを雇うのに、その専拡をさせるだけが目的やないというのは承知しとる。
相談役というのもあるやろうし、従業員への営業の指導も期待しとるというのも分かる。
そういうのもあり、専拡としては過分の基本給も貰うとる。また、販売店も会社組織にしとるということもあり、営業部長という肩書きもついとる。
イケダにしても経営者として、いくらワシとは旧知の間柄やからというても、それだけで優遇しとるつもりはないと思う。
それなりの働きを要求される。また、そうでなかったらあかん。
もっとも、ただ昔なじみということだけで優遇するのなら最初から、その要請を受けることもなかったやろうがな。
仕事に私情を挟むようでは経営者としては失格や。
こう言うと、経営者は非情に徹しろと言うてるような印象を受ける人がおられるかも知れんが、必ずしもそうやない。
ただ、人情と私情とは区別せなあかん。これを混同する人は多いがな。
人情に厚いというのは、従業員を使う上で経営者にとっては大切な資質でもあるし、人間的にも評価されることや。
しかし、それが私情で情けをかけるようになると、その経営を危うくすることにつながる。そういう例は腐るほど見てきた。
例えば、従業員がミスをしても大して怒らんというのがそれや。一見、人情味があり太っ腹な経営者に見える。
しかし、そういう経営者の店では、従業員の緊張感もなくタガが緩むケースが多い。
タガというのは、竹を割き、編んで輪にしたもので、桶(おけ)・樽(たる)などの外側に、はめて締め固めるのに用いるものや。
そのタガの緩んだ桶や樽は、当たり前やがその用をなさん。すぐ崩れてしまう。
信賞必罰。頑張った者には相応の褒美を与え、ミスした者にはそれなりの罰を加える。それに私情を挟む者は、トップとしては失格ということになる。
ただ、何でも厳格に行われていれば、それでええのかとなると、必ずしもそうとばかりも言えんけどな。
あまり、厳しすぎるのも息が詰まり、従業員のやる気を削ぐことになりかねん。仕事より経営者の顔色だけを伺うようになるさかいな。
まあ、その辺の兼ね合いが難しいところではあるがな。
要するに、ワシが言いたいのは、経営者は従業員の誰に対しても特別扱いしたらあかんということや。
そういう立場になりそうやから、自らを戒めるようにはしとるつもりや。
もっとも、例え、仕事がなかったとしても、店の営業日には店へ顔出しくらいはするつもりでおるがな。それがけじめやと思う。
休めと言われて「はい、そうですか」とは言えんわけや。
そういう意味で、今までのようにのんびりとはしておられんということになる。
せやから、約束してた正月の2日が、販売店の唯一の正月休みやさかい、それが中止になるということは、今年は一緒には行けんということになるわけや。
「本当に、勝手を言うてすんません」
そう、申し訳なさそうにハカセが言う。
「分かった。気にせんでええ。それより、シン君には風邪を早く治すように言うたってや」
「分かりました。そう伝えときますので……、ちょっと待ってください、コウが代わりたいと言うもんで」
コウ君というのは、このメルマガにも何度も登場しとる小学6年生になる、ワシのお気に入りの子や。
コウ君も慕ってくれとる。シン君の弟になる。
初めて知ったときは、小学2年生ということもあり、まだかわいい小さな子供という感じやったが、この頃は言うこともしっかりしてきて、あまりヘタなことを話すとすぐ突っ込まれる。
ハカセに似て、子供ながらにかなり理論的でもある。
「ゲンさん、前から不思議に思うてたことがあるんやけど」
「何や?」
「ゲンさんの仕事では、てんぷらと言うたら架空契約のことでしょ?」
コウ君もよくHPやメルマガを読むという。あまり、子供が読んでも面白いとも思えんのやが、ワシらが関係しとるということで興味を惹くのやろうな。
「ああ、そうやけど」
「なぜ、その架空契約のことを、てんぷらと言うの? お父さんの説明は分か
りにくくて……」
ハカセの説明によると、「てんぷら」の起源に関係があるのやないかという。
てんぷらというのは、純粋な日本料理と思われがちやが、その伝来はポルトガルとも、唐(現、中国)とも言われている。また、江戸時代の戯(げ)作者、山東京伝が考え出したという説もある。
諸説あって、その確かなことは未だに分かっていない。
ポルトガル伝来説は、ポルトガル語の「テンポラ」、「テンペロ」がその語源やという。
テンポラというのは、宗教的な意味合いが強い言葉や。
教えでは神に捧げる日、天上の日とされている季節の始めの3日間は肉食を禁じられていため、その代わりとして魚などに小麦粉の衣を付けたものを食べる習慣がある。
その料理を指す言葉やという。
テンペロというのは、調味料、あるいは料理するという意味の言葉や。
それらが日本に伝来して、「てんぷら」になったとされている。
唐から伝ったものは、現在でも、唐揚げとして親しまれているが、この料理法が転じて「てんぷら」になったという説もある。
また「あぶら」の当て字に「天(あ)ぶら」としたためといのもある。
山東 京伝(本名、岩瀬醒)というのは、江戸時代の絵師であり戯作者で、通称、京屋伝蔵と言い、その作品の中に天竺(現、インド)から来たという浪人が売り歩いていたものを「てんぷら」と言ったことが語源になったという説もある。
つまり、諸説が多く分かりにくいものが「てんぷら」ということになるわけや。
そこから、架空契約のように分かりにくいものを「てんぷら」と呼ぶようになったのやないかと、ハカセは説明する。
なるほど、ハカセらしい解説やとは思う。
しかし、コウ君のような子供には難しいわな。一度、聞いたくらいでは覚えられんやろうしな。
「ええ加減なもの、分かりにくいものという意味では一緒やけど、もっと簡単なことやと思うよ」
この架空契約のことを「てんぷらカード」と呼ぶようになったのはいつの頃かは分からんが、少なくとも戦後の拡張員というものが存在するようになってからやというのは間違いないはずや。
洒落の一つとして考え出されたものやろうけど、所詮、拡張員の考えることにそれほどの深い意味はないと思う。
「コウ君は、てんぷらの衣を見ただけで、それがジャガイモのてんぷらか、サツマイモのてんぷらか、分かるかな?」
「分からない」
「同様に、イカのてんぷらと白身魚のてんぷらも、見た目だけでは分かりにくいわな」
「……」
「ところが、食べたら?」
「そんなのすぐ分かる」
「そうやな。つまりは、それが答えということや」
てんぷらの衣に隠れたものは外見からは判別しにくくても、それを食うたら誰にでもそれと分かる。
架空契約もそれと一緒で、その場は分かりにくくても、いずれはそれと必ず知れるということや。
「なるほど、やっぱりゲンさんの説明は分かりやすくてええわ」
コウ君は、それで納得したようや。
ハカセの説が間違いやというのは、ワシには断定できん。確かに、考え方には一理あると思うしな。
また、別の説も存在するかも知れん。そういうのがあれば知らせてほしいと思う。
業界の隠語の意味は、なかなか分かりにくいものが多い。特に、拡張員の隠語となればよけいにな。
たいていのことは、辞書やインターネットで調べれば分かるが、この手の答えをそれで見つけることは難しいと思う。少なくとも、ワシやハカセでは見つけられんかった。
余談やが、この業界では、契約をあげるというのを「揚げる」と表現することが多いのは、このてんぷらに由来しとるものやと思う。
てんぷらは「揚げる」としか表現できんさかいな。
本来、正しい日本語の表現としては、契約は「上げる」ということになるのやが、ときとして、新聞社の人間でさえ「揚げる」と書くこともあるくらいやからな。
もっとも、言葉というのはその意味が正確に伝わればええわけやから、それでも差し支えはないと思う。
業界の隠語ということなら、それはそれなりに尊重されるべきものやしな。
しかし、ハカセは、HP上では、業界関係者以外の人も大勢見るということで、「契約を上げる」という表現に統一しとるがな。
ある拡張員の方から、それを見て「何も知らん、ど素人のサイト」という指摘があったが、実は、それなりに考えた上での表現やというのを、ここで付け加えとく。
ちなみに、その方は、ハカセがそう返信したことで、謝っておられたけどな。
ただ、これはある意味、仕方のないことやとは思う。その方に罪のある話やない。
どんな業界でも、それなりの隠語というのがある。そして、その業界に詳しい者ほど、その隠語を駆使するというのは常識や。
裏を返せば、その業界の隠語を知らんというのは素人扱いされても仕方ないということになるさかいな。
ついでやから、その他にも業界では常識となっとる隠語でも、一般では何でそう言うのかというものを幾つか挙げて解説しとく。
拡張するのを「叩く」と言う。
これの意味は何となく分かりそうやが、「どの家でもインターホンが付いているのが普通やから『押す』という表現の方が正しい」と考えとる若い人もおると聞く。
業界の隠語というのは、たいていの場合、その初期の頃に考え出されたものが、後世に伝わるケースが多い。
それで言えば、拡張員が存在し始めた、昭和20年代には、そのインターホンというのはなく、来訪を知らせるにはノックしかなかった。
それでノックするのを「叩く」と普通に表現したわけや。それが今に残っとる。
もう一つ、この叩くには、客に対して強い姿勢を示す意味も込められとるという。「叩く」という表現には少なからず暴力的なニュアンスがあるということでな。
拡張法の中に「鉄砲を撃つ」というのがある。物騒な表現やが、言葉ほどの意味はない。
これには二種類の説がある。
一つは「ヘタな鉄砲数撃ちゃ当たる」からきたもので、拡張で「鉄砲を撃て」と言えば、片っ端から数を叩けということを意味する。
あるいは、ある地域を集中して叩けとなる。
これは、現読、約入り、過去読などの情報が一切ないフリーな状態で拡張するケースに用いられる。
二つめは「闇夜の鉄砲」からきた説というのもある。闇夜の鉄砲とは、撃ってもほとんど当たるはずがないという意味になる。
拡張員の活動の多くは、在宅率の高い夕方から夜にかけてが一番多い。そういうとき、何のアテもなく叩くのは、まさに「闇夜の鉄砲」ということになるわけや。
いずれにしても、あまり成果が期待できそうもないときに使う表現ということになる。
「白叩き」というのも似とるが、こちらの方がまだましや。
たいていの販売店では、拡張員に渡す住宅地図には、現読と約入り客の家が塗り分けられられとる。そこは、すでに販売店の顧客やから勧誘はせんといてくれという印なわけや。
それ以外の所は何も塗られてないから白い。「白叩き」というのは、そこを叩けということになる。
「坊主」というのがある。契約が一本も上がらない状態を指して言う。
寺の坊主は、髪を剃り上げとるから毛がない。「ケがない」と「ケイヤクがない」をかけた、つまらん洒落や。
こういうのは、おおよその地域で共通しとる言い方やが、拡張の隠語には、その地域独特のものも結構多い。
九州のある地域では、客に現金を渡して契約を取ることを「手裏剣カード」と呼ぶそうや。
特拡で奨励をつけた作戦時にノルマが達成できそうにない場合、現金を置いてくるように指導? したのがその始まりやという。
聞くところによると、そこのトップがそのための現金を団員に配る仕草を、その手裏剣投げに見立てたものらしい。
今回は、この辺にしとくが、こういった面白い業界の隠語があれば、ぜひ教えてほしいと思う。
情報提供 その1
投稿者 Sさん 東海 拡張員さん 投稿日時 2008.2. 2 PM 10:09
てんぷらはぼくの地方(東海)では「契約をあげるのは難しいが、てんぷらは油に入れれば簡単にあがるから」という風に聞きました。
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