メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第20回 新聞拡張員ゲンさんの裏話

発行日 2004.12.24


■サンタクロースは実在する?


今日は、クリスマスイブ。前に、約束したちょっとしたファンタスチックな話をしようと思う。サンタクロースに纏わる話や。

サンタクロースと新聞拡張員。一見、全く何の関係もなさそうに思えるが、ワシの話を聞くと少しは関わりがあるというのが分かって貰えるやろと思う。

「ゲンさん、昨日、サンタさんから手紙が来たよ」

コウ君と言う、小学三年生の男の子から、そう言うて電話がかかって来た。

「そうか、良かったな。それで、そのサンタさんは何て言うてた?」

「サンタおばさんのムオリにパンを焼いてもらった話とか、トナカイのペッテ リのこととかいろいろや。でもね、サンタさんの手紙に『お父さんの病気、早 く直るといいね』って書いてあったんや。何で、お父さんの病気のこと知って たんやろ」

「それはな、サンタさんは、世界中の子供のことなら何でも知ってるからや。 サンタさんが、お父さんのことを知ってくれてるんやったら、お父さんの病気もきっと、すぐ直るよ。サンタさんは神様と友達やからな」

「へぇー、そうなんや。知らんかった。ゲンさん、今日、来るの?」

「ああ、いくよ」

「ぼく、ゲンさんの話、楽しみや。でも、早めに来てな。ぼく、今日は早めに 寝るねん。せやないと、サンタさんプレゼント持って来られへんから」

小学三年生の男の子が、ワシの話が好きやというのは、当たり前やが、拡張の話のことやない。そんな話をしても、子供に分かるわけがない。分からしたくもないしな。

ゲームの話が中心や。ワシは、このゲームが好きやし、得意や。特に、ポケモ ンのゲームには自信がある。初期の頃からやから、10年近くもしてる。

ええ歳したおっさんがそんなものに夢中になるのには、わけがある。ワシは、 10年前に、やってた会社が倒産し、無一文になった時、妻子とも別れた。

その当時ワシには、丁度、今のコウ君と同じ歳の一人息子がおった。その息子 との別れ際に買って与えたのが、ゲームボーイのポケモンゲームやった。

それ以降、ワシと息子を繋いでいたのが、このポケモンのゲームやった。ワシ らは別れて暫くはたまに会うことがあった。年に、2,3回ほどやったがな。

その時、息子は決まってそのポケモンゲームを持って来てた。ワシも、その息子の相手をするために、必死でそのゲームを覚えた。

単にポケモンのゲームと言うても、ゲームボーイで7種類、ゲームボーイアド バンスで5種類やから、かなりある。それを、ええ歳のおっさんが覚えるのや から大変やで。

まあ、子供のためにやから出来たことやがな。 その息子も今では大学生や。ここ、2,3年は会うてない。

たまに電話で話す こともあるが、話も昔ほど弾まん。もちろん、今更、ポケモンゲームでもないやろしな。

ワシも同年代の大学生とは、新聞の勧誘で話すことがあるから、それほどのギ ャップを感じることもなく喋べれるが、やはり、それが息子となると勝手が悪 い。

今日はクリスマスイブやけど、大学生の息子に、今更、クリスマスプレゼントも贈れんしな。 ワシの方は贈りたいんやが、3年前「お父さん、もうクリスマスプレゼントなんかはええよ。いつまでも子供と違うから」と言われて、それっきりや。

その息子も、10年前の小学三年生の頃は、今のコウ君と同じで、サンタクロースの存在を信じている子供の一人やったんやがな。

子供は何歳くらいまでサンタクロースの存在を信じるかというアンケートを何かで見たが、それによると確か小学校の三年生辺りまでやと、80%以上の子供が、サンタクロースの存在を信じていると報告されていたと記憶してる。

ワシもそれにあやかり、サンタクロース名でプレゼントを毎年、息子に贈っていた。しかし、やはりというか、子供はいつまでも、そのサンタクロースの存 在を信じることはない。

いつしか、そのプレゼントはワシが買って贈っていたものやと気付いたようや。 大人になるということは、子供の夢を一つずつなくしていくことなんかも知れんがな。

コウ君というのは、実はハカセの2番目の子供や。小学三年生としても小柄な方や。近頃の子供にしては珍しいくらい子供らしい子供や。 変に大人びた所もない。

ハカセの子供で、ワシの気に入りやということでもな いんやが、この子は特別かわいい。誰が見てもそう思うはずや。

ハカセから、このコウ君の小さい頃のエピソードを幾つか聞いたが、やはり、なるほどと思える。

ハカセが家族旅行などで各地の名所めぐりなんかをしていると、すぐ女子大生 風の一団に取り囲まれることがあったと言う。目当ては、そのコウ君を写真に撮るためや。

3歳前後の頃が一番顕著やったと言う。もちろん、有名人でも何でもない、普通の子やけど、とにかくかわいいということだけでそうなる。

今でも、外見は見方によればかわいい女の子に見える。ハカセも一時は心配し たこともあったらしいけど、その外見と裏腹な性格で、一応は安心したようや。

外見によらず男らしい性格の子や。学校では、喧嘩も良うするらしい。本人に 聞くと、弱い者いじめしてる奴は許せんと言う。喧嘩の原因の大半が、そうい う子を助けるためらしい。

その辺の性格はハカセに似てる。ハカセも正義感の固まりのような男やからな。 もうちょっと、融通が利いたらなとは思う。もっとも、ワシはそんなハカセや から好きで付き合っとるんやけどな。

サンタクロースのことやけど、ワシも多くの他の大人と一緒で、いつの頃からか信じることもなくなっとったが、今のワシは、そのサンタクロースの存在を信じてるんや。 それは、拡張員を始めた10年前、丁度、息子と離れ離れになってからのことや。

何を血迷うたことをと嗤われてもええ。しかし、その理由を論理的に説明することも出来る。サンタクロースは実在すると。と言うても、ワシの言うのは、 一般的なサンタクロース像や伝説の類とは少し違うがな。

一般的なサンタクロースとは、白い髭、赤いジャケットにボンボリのついた帽 子で、クリスマス・イブに8頭のトナカイの引くソリに乗り、煙突から入り暖 炉の横に置かれている靴下にプレゼントを入れていくスタイルの老人のことや。

時を超越した不老不死の白い髭の老人。クリスマスには子供たちにプレゼントを配り、フィンランド、ラップランドのコルヴァチュンティリに帰る―。それ が、サンタクロースの伝説の姿や。

その伝説に呼応するように、実際に、フィンランド、ラップランド州ロヴァニ エミ市にサンタクロース村というのがある。 ここには、サンタクロース専用の事務所もあり、サンタクロースと称する老人も実在する。その存在も、全世界に知られている。

ここの郵便局には、世界中から、毎年、そのサンタクロース宛に数十万通もの手紙が届く。サンタクロースからは、それ以上の手紙が世界中の子供に送られる。

コウ君に届いた手紙は、その1通や。頼んだのは、ワシや。10年前、ワシは あることで、このサンタクロース村の存在を知り、手紙のことを知った。

その年の12月。ワシは、妻子とも別れ拡張員を始めたばかりやった。その頃のワシは、拡張員という仕事に誇りも持てず、自分の不甲斐なさに自己嫌悪ばかりしていた時期やった。

妻と息子は実家におる。本来なら、クリスマスにはプレゼントを持って行って息子の喜ぶ顔が見たい。しかし、ワシには、それが出来なんだ。

ワシはそんな思いで、おもちゃ売り場のショーウィンドウを覗いていた。すると、アルバイトらしいサンタクロースの衣装を身に纏った男が声をかけて来た。

「お子さんにプレゼントですか?」

「ええ、息子に買ってやりたいんですが、その日は仕事なんで帰れそうもない んですよ」

「帰れない?」

そのサンタクロースの男は、一瞬、けげんな表情を見せたが、すぐ自分なりの 解釈をしたようや。単身赴任かなんかと勘違いしたのやと思う。

「だったら、プレゼントは送ればいいじゃないですか?」

「送る?」

そうか。ワシには頭を強く殴られたような衝撃があった。何で、そんな単純な ことに気付かなんだんやろ。

「実は、今、こんなキャンペーンをしていまして……」

サンタクロースの男は、そう言いながら、1枚のチラシを手渡して来た。

『サンタクロースの心あたたまるメッセージをエアメールでお届けします』

チラシにはそう書かれていた。

「これは?」

「そのチラシの店に行って、頼めば、本当のサンタクロースからの手紙が、お子さんに届きますし、ブレゼントも一緒に送れますよ」と言う。

いろんな商売を考えるもんやなと思うたが、正直、ワシには有り難いことやっ た。早速、その店に行き、頼むとそうしてくれた。

以来、何年か、それを続けたというわけや。 因みに、コウ君に頼んだのもそれや。ハカセには、もう一人、兄貴のシン君と いう子供がいとるが、こっちは中学2年で、そういうものを喜ぶ年齢でもないから、送ってはない。

ある時、その兄貴のシン君がコウ君に「サンタクロースなんかいてへんで」と言うと「そんなことあらへん」とコウ君が言い返して、兄弟喧嘩を始めたこと があった。

その時、ワシは自信を持って、そのシン君に言うた。 「サンタクロースは、本当にいてるんやで」と。

確かに、サンタクロースの存在の多くは商業利用されているもんや。件の、サンクロースの手紙と称するものも、しかりや。子供へのプレゼントも、親が買 い与えている。 そういう意味で言えば、サンタクロースは確かに実在せんし、ただのおとぎ話 の一つに思える。

しかし、その親が、なぜクリスマスの日に子供にプレゼントを贈るのかということを考えて欲しい。

単に、そういうイベントが根付いただけのことやからやろうか。ワシにはそれ だけやとは思われん。

親が、寝た子の枕元にそのプレゼントを置く瞬間は、誰でも間違いなく、心はサンタクロースに変身してると思う。親の子を思う心がサンタクロースを生ん だ。 ワシはそう信じとる。

つまり、真のサンクロースは、子供を愛する親の数だけ存在している。実在のそういう親たち、総てがサンクロースやと思う。

その心が失われん限り、サンタクロースは滅ぶことはない。未来永劫、不老不 死の老人として存在し続ける。愛の心が生んだものが、サンタクロースの姿に なった。

これが、ワシのサンクロースは実在するという理由や。ワシは、このことを、 10年前に、プレゼントを郵送で贈るということから気が付いた。

それは、ワシの個人名やなく、サンタクロースの名を借り、ワシ自身がサンタ クロースとして息子に言葉を伝えられることを知ったからや。

もちろん、別れた妻も、送られた息子宛のプレゼントがワシからのもんやとい うことは百も承知やったはずや。

しかし、その妻も送り主が、サンタクロースからとなっているから、総てを承 知で受け取ったんやと思う。ワシの名前だけやったら、どうなってたか分から んがな。

ワシら拡張員の仲間には、似たような経緯の人間が多い。子供と別れ離れになっとる者もいとる。ワシはそんな連中に、この方法を教えた。

今やクリスマスも子供たちだけのイベントやなく、若者の愛を語り合うための日ともなっとる。こういうイベントは人間にとって必要なものやと思う。


愛がなくなる時、人は滅ぶ。それは、愛だけが他の生き物から見たら残酷な存在の人間を制御している唯一のものと言えるからや。   〜Byゲン。


この言葉は、どこで使うのも自由やが、拡張員の言葉やとは言わん方がええで。 愛を語る拡張員ちゅうのも洒落としてもきついもんがあるしな。 

それでも、めげずにワシは言う。それぞれの愛のために、メリー・クリスマスと。


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