メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話
第22回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
発行日 2005. 1. 7
2005年。新年、あけまして、おめでとうございます。
■悪夢の初夢
ワシらの短い正月休みは、本当にアッという間やった。ワシはほとんど、寝てた。2日の日だけ、ハカセの家に行って、久しぶりに家庭のおせち料理をごちそうになり味わった。
それから、これも久しぶりのことやが、初詣に行った。ハカセの家族と一緒や。忘れかけていた正月風景がそこにあった。
それまでは良かったんやが、一つ気になることがあった。それは、初夢や。ワシは歳のせいかどうか良う分からんけど、最近は夢もあんまり見ぃへんようになってた。
それが、元日の夜、けったいな初夢を見た。こういうのを悪夢というのやと思う。
何でかと言うと、夢の中で仕事をしてたんや。これだけでも十分、悪夢なんやが、その夢の中で、なぜかワシは道行く人間に一部ずつ新聞を売ってた。
そうせんと、新聞が消滅するという危機が設定されていたんや。
新聞各社の不祥事、やらせ記事の発覚、ねつ造などの原因で全国的に新聞の不買運動というのが高まった。
加えて、押し紙による不満から新聞販売店の自主的廃業が相次ぎ、解雇された従業員が大量に拡張員に転身した。
現在の日本全国での拡張員数は10万人前後と見られとるが、新聞配達員はその4,5倍いとる。その大半が拡張員になった。
さらに、失業率がついに10%の大台に乗り、職を求めて、誰でも雇うという触れ込みの業界に拡張員志望者が殺到し、ついにその登録者数だけでも100万人に達した。
それまででも、拡張員によるトラブルが絶えなんだが、以前にも増して、当然のことながら、それが爆発的に増えた。
そうなると、新聞各社の苦情相談係もやっとられんから、電話やメールの山を無視するしかない。その他の苦情センターも一緒や。弁護士も新聞トラブル事案は受付んと言う。
持って行き場のない怒りに業を煮やした一般読者の中には、残った新聞販売店を焼き討ちする者まで現れた。それは、大暴動となり一揆となって行った。
事態を重く見た政府は、ついに新聞の再販制度廃止へ踏み切った。新聞はどこで売ってもええということや。
事、ここに至っては、それに反対する体力も気力も新聞各社には残されとらんかった。
こうなると、各新聞社の専属販売によるメリットはなくなるから、どこの新聞販売店でも、各紙の新聞を販売するようになる。
宅配も、その販売所の自主性に任される。書店により本の配達をする所とせん所があると思えばええ。
かくして、拡張員の存在も不要になるから激減した。トラブルも減った。しかし、それは、新聞のことだけで、他の訪問販売業者が増え、多くの拡張員はそこに鞍替えしたに過ぎん。当然、その世界のトラブルは増える。
ワシはと言えば、なぜか最後まで拡張員にしがみついている。こうなると、拡張員の契約形態も変わらざるを得ん。契約一本で何ぼ、というのがなくなる。
新聞社から、1部50円で新聞を仕入れて100円で売る。もっとも、こうなれば、それはもう拡張員とは呼ばれんがな。ただの新聞売りのおっさんや。
ワシはこの夢の中でもなぜか、年末に誓った新聞を守らなあかんということばかりに頭が向き過ぎてこの事態から逃げ出すことが出来なんだ。
それで、道行く人間に新聞を売っていたということや。
ワシは、冷や汗と共に目が覚めた。正月、早々縁起でもない。このことを、ハカセに話すと予想通り、笑い飛ばされた。
ただ、ハカセもその新聞の危機説を裏付ける記事をインターネットで見たと言う。それは、隣の韓国でのことや。
フリーペーパーという無料新聞が、一昨年、韓国で登場した。朝の通勤時間帯に地下鉄の地下道入り口に設置されたラックにその新聞はある。ただやから、それを持って地下鉄内で読む人間も多い。
乗客の80%くらいは、そのフリーペーパーを読んでいると言う。その新聞がただやという背景は広告収益に依存してるからや。
紙面の約半分が広告で占められている。しかし、これは、日本の新聞各紙と大差ない。
その新聞もいろいろでバラエティーに富んどる。一般ニュース主体のものから、芸能系、スポーツ系、記事の大半が漫画中心というものまであるという具合や。
これらが首都圏地域に毎朝180万部以上配布されている。既存の大手新聞の首都圏発行部数が、それぞれ60〜70万部と言うから、その無料新聞がかなりの勢いやということが分かる。
当然のことながら、有料新聞の売れ行きがガタ落ちし、新聞販売店、新聞流通業など、新聞関連業は大打撃を受けていると言う。
いくら、これが隣の韓国での話で、日本との事情に違いがあるとは言え、対岸の火事と無視することは出来んと思う。
こういうことは、遅かれ早かれ誰かが日本用の商売として考え出す者もおるからな。実際に、関東の都市部ではこの無料新聞なるものが登場し始めていると聞く。
現状の体制の上にあぐらを組んどったら、どんな商売も必ず衰退する。常に、進化するという姿勢が大切や。
それは、新聞についても、ワシら拡張員についても言えることや。その進化の果てに生き残るものだけが必要とされるということになると思う。