メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話
第25回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
発行日 2005. 1.28
■ゲンさんを探せPart 2
前回の続きや。と言うても、ここから読む人もおることやから、前回の説明を簡単にする。
新聞拡張員であるワシは「ゲン」という名前でインターネットの世界にも存在する。その正体が団や関係者に知られるのは鬱陶しいから、その存在を隠して拡張の仕事をしとる。
それが、あることでワシのHP『新聞拡張員ゲンさんの嘆き』の存在をワシの所属する団の連中が知った。
その連中は、面白半分と欲得からワシの正体を見破るために、拡張先のバンク内にあるインターネット・カフェに集合して、そのHPを見ようということになった。
それが前回の話や。
ワシらは販売所に入店後、インターネット・カフェに集合した。ここは、軽食やったら食事も出来る。
「吉崎『拡張員』で調べろ」
大森は、吉崎(仮名)というこの中で一番若い団員に命令口調でそう言うた。まだ、入団1ヶ月ほどの新人やから、ペーペー扱いや。
吉崎は、サラリーマン風の大人しい気弱な感じに見える。一見して、拡張員やとは誰も思わんような男や。今は、こういうタイプの拡張員が増えとる。
その吉崎は言われるままに、検索欄に『拡張員』と打ち込んだ。検索結果が開いて、その目当ての『新聞拡張員ゲンさんの嘆き』と題したものが一番初めに確認出来た。クリックでそのページを開く。
「おう、これや。これや」
「どこから、見ます?」
そのページにはメニューがずらりと並んでた。
「どこでもええけど、その『はじめに』と書いとるとこからにしようか」
吉崎が言われたままにクリックする。
「何や、これは、字ぃばっかりやんけ」
大森の感想や。他の数人も同調しとる。HPというのは絵や写真がふんだんに出てくるもんやと思うとる。その中にワシの写真でもあると思うたのやろ。
さすがにワシも、こんなアホとは同調出来ん。後ろで黙って見とるだけや。
「次は……次……その次……」
大森の命令で、吉崎は文句も言わんと、その後、3,4カ所の項目をクリックする。
「あかん、どこ見ても字ばっはりや。頭が痛うなる。吉崎、お前読んで、後からその話を聞かせぇ」
全国の拡張員の名誉に誓って言うが、こんなアホはこいつくらいしかおらん。もっとも、この時は何人かはそれに同調する者がおったがな。
ワシも仕方ないから、その中に紛れとるが、こんなアホと一緒にされるのは堪らんで。ほんま。
30分後、飯の食い終わった大森は、吉崎の所に来た。
「どうや、分かったか?」
「このHP面白いですよ。勉強になります」
「勉強?」
「ええ、拡張の仕組みとか、拡張の仕方なんかが分かり易く説明されてます」
「アホか。そんなもん、拡張員しとったらアホでも分かるわい。そんなことより、こいつの正体が何かで分かることはないかて聞いとんのや」
「まだ、それが分かるくらいは読んでませんので、今のところ関西弁を話すということは分かりましたが……」
「アホ、そんなもんヒントになるかぁ」
この吉崎という男は、岐阜県の出身やとかいうことやから、それもヒントの一つやと考えたようやが、この団には関西出身者というのは多い。
ワシもそうやったが、拡張員になろうと思う者は、なるべく地元を避けるのが普通や。東海は地理的に関西と近い。流れるには都合のええ土地ということになる。
関西人が多ければ、関西弁を話してても何のヒントにもならんというのは、この大森の指摘通りや。
関西弁も厳密に言えば、そのアクセントやイントネーションでかなり違う。それである程度、地域の限定は出来るとは思うが、それはHPの文章では分からんから、その特定も無理や。
「ただ、奈良県で拡張してたことがあるとか……」
「奈良か……」
ワシは自分のことは団の人間にはほとんど喋ってないから、これでは分からんと思う。その奈良で拡張してたのは1年足らずの一時やったし、その時の所属も大阪や。
ここの団長にしても、ワシが元おった所は大阪の団ということくらいしか知らんしな。奈良で拡張してたということも知らんはずや。
せやなかったら、ハカセがその話をHPですることはない。ワシの性格はあまり物事には拘らんが、ハカセは慎重というか神経質な所があるからな。
「他には10年ほどの経験があって、Y紙の他に、A紙、S紙の拡張していたということですが……」
これも、あまり参考にはならん。ここの団に限らず、年寄りの多い所は他にもかなりある。そういう所では必然的にベテランも多い。ベテランの拡張員で数紙の拡張経験があるというのは普通のことや。
10年以上やっとると目されとる者も多い。また、はったり好きな奴もいとるから、5,6年の経験で10年選手やと自分で言うのもざらにおる。拡張員の実態の把握というのは、それほど簡単なことやないちゅうことや。
「他には?」
「このくらいの時間では、こんな程度しか読めませんよ」
「全部読むのにどのくらいかかる?」
「さあ、1日では無理と違いますか。これだけの分量ですと、普通の小説単行本の2、3冊分くらいは悠にあると思いますよ」
「何やて?」
「それに、僕の感想ですが、偽名でこんなホームページを作ってる人が、簡単にその存在を知られるようなことを書くとも思えませんけどね」
「もう、ええわ」
大森も他の人間もその正体はどうでもええと思い始めたようや。と言うより、この団に確かにおるという確証も何もないしな。
東海だけでもここと似たようなY紙の拡張団はかなりある。他の団の人間やという可能性もある。それなら、こんな詮索をしても意味がない。時間の無駄や。
それに、例えその人間を捜したからというて何か得をするということにもならん。それが、この場の人間のほぼ同一の意見やった。
ワシを捜そうというのは、所詮、面白半分に思い立ったことや。利にならんことでは動かん。それが拡張員の習性やからな。
「もう、そんな人間捜すのはどうでもええわ。それより、そのHPを良う見とるという若い奴を捜して、ワシらは、そのゲンの仲間やと言うて新聞取らせた方が賢いのと違うか」
「そうやな。それなら、ワシはそのゲンやて言おうか」
「やめとけ。そのアホ面やと誰も信用せえへんわ。それに、インターネットのことを教えてくれと言われたらどないすんねん」
「せやな。せやけど、アホ面だけ余計や。お前と一緒にせんといてくれ」
「何やて。お前には負けるわい」
「まあ、まあ、ええがな。どっちも良う似たようなもんやさかい」
「どういう意味やそれ」
相変わらずアホな会話の後、各自バラバラに分散して行った。
「大森さんよ。そんな若い奴なんかどこにもおらんかったで」
拡張終了後、販売所に集合した連中の共通の意見や。どうやら、それを真に受けて思うようにカードが上がっとらんようや。
「おかしいな。もっと、他にもおる思うたんやがな」
ワシも念のために同じことを聞いて廻った。『新聞拡張員ゲンさんの嘆き』というインターネットのサイトを知ってるかと。
10人程度の若い人間にやったけど、答えは全員が「知らん」やった。まあ、そんなものやろうとは思うたがな。
ハカセに聞けば、サイトのアクセスは日に500前後くらいやと言う。個人のHPにすれば、それだけあれば人気のある方ということになる。
ただ、サイトの認知ということに関してはどの程度の人間が知っとるのかということは良う分からん。
一人の人間が1日に何度も訪れることもあるやろし、一週間に一度、或いは月に一度のペースで訪問ということもあると思う。
当然、一度覗いてそれっきりというのも多いかも知れん。大森やないけど「字が多すぎて読めん」てわざわざメールを寄越す人間もおるからな。
予想でしか言えんけど、1万人くらいが今までにこのサイトを見とるのやないかと思う。これだけ聞けばかなりな数に思うかも知れんけど、日本全国でやからな。
幼児や子供を除外したとして、確率的には0.01%程度やと言うことになる。1万人に一人や。加えて、拡張員や販売所なんかの新聞関係者も、その内、2,3割はいとるはずや。
客になりうる人間でサイトを知ってる者だけを純粋に捜すとなると相当難しいやろと思う。
拡張員というか営業員にとっては常識やが、留守宅というのは地域性でも違うが訪問した家の5,6割はどこでも普通にある。
その上、その話を聞く前に、ドアホンキックの門前払いもあるから、その確率は更に低くなる。
例え、その人間を見つけたとしても、サイトを見たすべての人間が好印象を持つとは限らん。拡張員の戯言と一蹴する人間もおるやろ。
そう、考えれば、大森が出会したという若い男はまさに偶然の僥倖ということになる。
その偶然の僥倖を美味しいことやと思うて、そんな人間を捜すというのは『株を守りて兎を待つ』ということと同じ愚の骨頂やと思う。
昔、狩人が木の切り株で、たまたま、それにつまずいて動けなくなった兎を見つけて儲けたと思い、次の日から、その切り株で次の兎を待つ狩人の愚かさを揶揄したということわざや。二度も上手い話はないという教えでもある。
結局、連中は、アホらしくなったのか、その話題もせんようになった。ただ、その後、他の団でもサイトのことが噂になっとるということを小耳に挟んだ。
今回はこの程度やったから良かったが、将来的にはどうなるか分からん。サイトの人気も今より高まるかも知れんからな。そうなれば、また再燃ということも考えられる。
今回のことで感じたことやけど、やはり、この仕事を続けて行く限りは、ワシの存在が知られるというのは鬱陶しいから、避けた方がええということが良う分かった。
特に団の連中にその存在が分かったら、その噂はあっと言う間に日本全国を駆け巡るはずやからな。
ワシはインターネットの威力というのは正直、もう一つ分からん部分があるが、拡張員の伝達力の早さは良う知っとる。尋常やない。
その噂もそのままやったらまだええが、当然のように尾鰭がつく。ええ噂になることはまずない。
ただの噂好きの人間の集まりやと思うとったええらい目に遭う。実際、いろんな人間の噂話が集まって来るからな。
このメルマガを見とるあんたにしても、他人事やないで。ここで、ちょっとだけ拡張員の噂話の恐ろしさを紹介しよう。
あんたがまだ若い独身の男性でアパートの独り暮らしやとする。パチンコが好きや。
これだけのことが分かれば、拡張員の誰かは、あんたの物語を創作する。
「あのアパートに住んどる若い男は昨日、パチンコ勝ったみたいやで。せやから、今日、会えたらカードになる」とその誰かが言う。
拡張員は、カードになるという言葉を聞くと疑うということを忘れる。そして、その話も尾鰭がついて勝手に広まる。ええカモがおるでとなる。
結果、あんたは、その日を境に拡張員の格好のターゲットにされて集中砲火を浴びることになる。あんたは、やけにこの頃、拡張員が多いなと思うが、わけが分からん。
こういうことは、極自然に日常的に起こる。あんたが、ことごとく勧誘を断ってもそれは収まらん。その噂は、それを吹聴する拡張員によってさらに広まる。
しかし、あんたは相変わらず、そんなことは知らん。そして、何も知らん間に収まることもあれば、更にエスカレートすることも考えられる。
その後どうなるかてか?
ワシはそんなアホな噂には良う付き合えんから、どうなるか知らん。分かっとるのは、拡張員の噂話を甘くみたらあかんということだけや。
せやから、その噂話の的にだけはされんように注意せなあかん。そのための有効なのは自分のことは仲間には極力喋らんということや。ワシが自分のことは何も言わんというのはこのためや。
はっきり言うてワシの正体は、ワシが自分でバレるようなことでもせん限り絶対に誰にも分からん。
もし、仮に誰かがワシのことが怪しいとなっても、その証拠が見つかるわけがない。ワシは本当にHPの作り方なんか知らんし、パソコンも好きやないから使えん。
ただ、今は、メールするのとインターネットを見るためにノートパソコンを持ってるだけやからな。
このノートパソコンを持っとるだけでは、よほどのことでもない限り疑われることもないやろ。今は、拡張員もパソコンを持つ人間も増えとるからな。それでも、持ってることは内緒にしといた方が無難やけどな。
つまり、ワシが言いたいことは一つ。ワシの正体を探っても絶対に分からんから、無駄なことは止めた方がええということや。
疲れた。良う考えたら、この一言が言いたいために、2回分のメルマガ発信になってしもうたんやからな。次からはこんな話をせんでもええように願いたいもんやと思う。