メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第26回 新聞拡張員ゲンさんの裏話

発行日 2005. 2. 4


■罪な噂話


「ゲンさん、この先の○○医院の隣に安井さんというお宅があるんだけど、あなたの所の新聞を取りたいと言ってらしたから寄ってみたら?」と、交代読者で常連客の山川という奥さんからそう言われた。

ワシにはこう言うて、紹介してくれる客が、かなりいてる。有り難いことや。ワシは早速、その家に直行した。

契約が終わり、景品を渡した後、その安井さんという奥さんが、こんな事を言い出した。

「私が今まで取ってた○○新聞店の店長さん、若い女の人と浮気しているんですって。あんな、真面目そうな顔をして、ああ、やだやだ。だから、あたし、あそこの新聞の契約が来月一杯で終わるので、どこか別の新聞屋さんでと思ってたら、山川さんが、いい人がいると言うのでお願いしたの」

「そうでしたか。それはどうも、ありがとうございます。山川さんにはいつもお世話になっているんですよ。有り難いことです。それにしても、意外ですね。あそこの店長がね」

ワシも、それが正直な感想やった。その店長というのは、子煩悩で奥さん思いという真面目なことで評判の男や。それに、なかなかの二枚目で嫁さん連中には受けがええと聞いていたから余計にそう思うた。

「そうなのよ。私もあの真面目な店長さんだからと思って今まで新聞取っていたのに、なんか裏切られたみたいで嫌なのよ」

ワシは、僅かながら、この奥さんから嫉妬のようなものを感じた。これが、三枚目とかというのなら、それほどでもないのかも知れんが、なまじ二枚目なだけにそういう噂は風当たりが強いということなんやろなと思う。

言うまでもないが、あくまでも、これは噂話や。しかし、ワシはこの時、多少、腑に落ちん思いがした。この手の噂話が、今までワシら拡張員の耳に聞こえて来んかったと言うことがな。

大抵は、客より先にワシらに届く。特に他店の噂話はな。ということは、最近、発覚したことやとなる。

ワシは念のために、その販売店に出入りしとる拡張員でセイジという男に連絡した。こういうことの真偽は拡張員に聞く方が早い。

もっとも、そういうことの聞ける拡張員は選んで普段から付き合いしとかんとあかんがな。

他社新聞の他拡張団の人間との付き合いは、新聞社や団からはええようには見られんが、その辺は適当にやっとくしかない。情報の窓口はどんなことでも必要やと思うからな。

「ゲンさん、それはガセや。あの店長がそんなことをするわけがない。その話の出所は分かっとるけどな」

「出所?」

「ああ、前にその店で働いとった岡田とかいう専業や」

セイジの話やと、その岡田という専業は、先月、その店長に集金の使い込みがバレて馘首になったらしい。

専業の使い込み自体はそう珍しいことでもない。集金していても、あの客の集金はまだ出来てないと言えば、それほど疑われることもないからな。

それに、ほとんどの人間は、給料日に帳尻を合わせて補填しとるから、バレることも少ないと思うてる。せやから、やってる本人も寸借程度の気持ちで罪の意識もないということや。

しかし、この時は間の悪いことがあった。その岡田がその日、ある家に不着してしもうた。新聞を入れ忘れたんや。

新聞の入ってへん家は怒って電話する。その時、たまたま、その店長が店におったから、急いで新聞をその客に持って行った。

「あなたの所は前にも同じことがあったでしょ。集金だけはいつも早く来る癖にいい加減にしてよね。今度、同じことがあったら新聞止めますからね」

客の奥さんにそう言われて、その岡田の使い込みがバレたらしい。その客は、その岡田が、集金がまだやと報告してた客やったから始末が悪かった。

店長も、それで引き下がってれば良かったんやが、一言、言うてしもうた。

「あの、集金はまだと聞いているんですが……」

「なんですって!!」

そう言うと、その客は、奥から領収書を取り出し、店長に叩きつけた。

「こんな、侮辱されたのは初めてです。新聞は忘れるわ、新聞代は払ってないと平気で言うなんて最低!!もう、明日から、新聞を入れないで。止めます」

正に、とりつく島もないという風だったと言う。仕方なく、解約になった。こういう場合、販売店は何も言うことは出来ん。

これ以上、客を怒らせたら、本社に通報されかねんからな。そうなれば、叱責は免れん。販売店としたらそれだけは避けたいと考えるから仕方ないこととなる。

しかし、当然、その店長も収まらん。岡田に問いただした。岡田も使い込みを認めるしかない。

それに、こういうことをする奴は、他にも同じことをしとる。結局、後、何件かの使い込みもバレて馘首になったということや。

その岡田にしても言い分はあった。岡田は10年、そこに勤めとる。この程度のことは大目に見てくれとの思いが強い。それに、客に解約されたのも、店長の一言があったからやと思うとる。

岡田にしてみれば、まさか、馘首はないやろと思うてたから、当然のように不満やったわけや。

それならと、岡田は、かねてから誘いのあった敵対しとる新聞販売店に勤めることにした。

そこで、その店長のあることないことの噂話を吹聴しとるということや。俗に言う、逆恨みという奴やな。

この場合、どっちもどっちという感じやけどな。まあ、判定を下すとしたら、7対3で、岡田の方が悪いやろと思う。

しかし、ここまでなら、この話は、それほど珍しいことでもなかったが、この後が頂けん。

岡田個人が腹いせにしてることやったら、まだ、それなりに分からんでもないが、この時は、その敵対しとる販売店とそこに出入りする拡張員がそれに輪をかけて話をややこしくしてしもうた。

特に、たちの悪い拡張員の振りまく噂話は尋常やない。前回のメルマガでも、ちょっと触れたが、とんでもない噂のストーリーをでっち上げるからな。

これは、嫌がらせと言うよりも、本格的なビジネスとしてやるから、たちが悪い。ええ悪いは別にして相手を攻略する戦略なわけや。普通の感覚では理解出来んことやろと思う。

この拡張の仕事は、当然ながら新聞購読客の取り合いや。販売所同士は狭い範囲の中で他店と客の奪い合いを余儀なくされる。

引っ越しなどの新規客というのは限られとるし、新聞の購読率も飽和状態やから、相手との競争に勝つしかない。相手に勝つということは、相手を蹴落とすことを意味する。

特に、大手新聞各社の掲げとる部数至上主義がその背景にはある。それで、負ければ廃業に追い込まれることも珍しいことやない業界や。

そこに拡張に入る拡張団もしかりや。拡張団はカードが上げられんかったらその存在価値はない。

実力のある団はそんな姑息な真似をすることもないやろが、崖っ縁に追い込まれとる所は生き残るためには何でもする。

普通、こういう場合、敵対販売店の本当のウイークポイントを探す。真実の噂話はそれだけで威力があるからな。

今回のように、捏造するというのは、諸刃の剣になる。その捏造が発覚したら立場が逆転することもあるからな。

せやから、その捏造のために岡田を利用しとるということや。例え、その店長が必死になって否定しても、そこに10年も勤めてた元店員の証言やということになれば、客はどちらを信用するかとなる。

何の事情も知らなければ、客観的には誰でも元店員の証言を信用する。その店長が否定に奔走すればするほどな。

現に、それで、この安井という奥さんはそれを鵜呑みにして、新聞を乗り換えようとしとるのやからな。地域にもよるが、概ねこういう噂は拡がりやすい。

美談よりもゴシップの方が吹聴されやすい。面白いからな。テレビのニュースショーでもこのゴシップ的な話題の方が圧倒的に多いことでも分かる。これはもう、人間の性みたいなもんやと思う。

それなら、噂を振りまかれたその店長側が、岡田を相手に名誉毀損か何かで訴えることが出来んのかと思う者もおるかも知れんけど、そこは、組織ぐるみでやる場合は巧妙に考えとる。

その肝心の岡田には、客の所へ行って吹聴させるようなことはさせん。そこに出入りする拡張員がその噂話を拡げる。その噂話の信憑性のためだけに、その岡田の存在が必要やったわけや。

当然、岡田からは、その店長に関して根掘り葉掘り聞き出しとる。その話の中で一番有効やとなったのが、今回の浮気話や。

セイジはガセやと言うたが、案外、核心に近いかそう疑われてもしゃあないようなことがあったのかも知れん。憶測やけどな。

せやから、こんな場合、例え、岡田が言い触らしたことやとなっても、その店長は岡田を訴えてもどうにもならんことになる。

実際に岡田は客には言い触らしてないわけやから、その証拠がない。日本の法律は、訴え出た側がその証明をせんと罪を問うことが出来んし、損害賠償の対象にもならん。あいつが言うたらしいだけではどうにもならんということや。

この世界には、こういうことは珍しいことやない。相手に付け入る好きを与えたら一気にそこを叩く。相手の弱みがこちらの強みという考えや。

付け加えて言うなら、この手の噂は、客にだけは広まって欲しいが、他店の他拡張団には知られたくないことや。

自分らが折角仕掛けたことが、そいつらの利になってしまうからな。ワシの耳に入るのが遅れたのは、そういうことがあるからや。

まあ、それも時間の問題やし、現実に安井という奥さんから知らされとるわけやからな。漁夫の利というやつや。

この程度のことは、まだ、可愛げのある方なんや。実際に、何かの事件か新聞ダネにでもなろうもんなら、その販売店は悲惨なことになる。

今回のような、噂話はまだ信用するしないというレベルやから、広まるまでには時間もかかるし、それを広める拡張員にもよるから、致命的なダメージというのは、余程でないと考え辛い。

しかし、周知の事実として知られたら、これはもう致命的や。よってたかって叩かれるからな。それで、改廃にまで追い込まれた販売店も相当数ある。

これは、何もこの業界だけが特別なことでもない。どの世界にも存在することや。特に営業の世界はシビアや。叩ける所は叩けが鉄則やからな。

それが、ええことかどうかというのは別やけどな。ただ言えるのは、甘い世界やないということだけや。


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