メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話
第3回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
発行日 2004.9.3
■ 拡張員撃退用、魔除けのアイテム?
先日のことやが、あるマンションで勧誘しとったら、面白いものが目に入った。ちゅうても、ゴミとか虫やないで。
◆『全国新聞拡張員協会会員』 そう書かれた金文字のステッカーが、ドアの上部に貼り付けてあった。
ワシは、いつからこんなものが出来たのかと思うた。 全国組織の拡張員なんか聞いたこともない。拡張員ほどまとまりのない人間はおらん。自由と言えば聞こえはええけど、勝手な奴ばかりや。
ましてや、こんな組織を作ろうとする人間なんかおらんやろと思う。 もっとも、個人的な秘密組織のようなものなら分からんけどな。
◆ のマークも、ヤクザの有名ブランドを模しとるようやが、その筋の本物とは少し違う。いかにも胡散臭い。
ヤクザが新手の商売でも始めたんやろか。せやけど、こんなもの貼ってどうする。それとも、ただの洒落か。
普通の拡張員か、セールスマンやったら、胡散臭いから、叩く(訪問) の止めとこと考えるやろけど、ワシはこういうのを見たら放っておけん。
例え、中から、いかついヤクザが現れようと、確かめずに他へは行けんのや。我ながら、難儀な性分やといつも思うとる。
「ピンポーン」
「誰?」
そう返事をしながら若い男が現れた。 派手な格好の遊び人みたいに見えるが、どう見てもただの素人や。
「ワシは拡張員ですけど、ドアのステッカーのことで聞きたいんやけど」
ワシがそう言うと、その若い男は急に青ざめた。
「何か問題でも?」
「ワシも長いこと拡張員しとるけど、こんなのは聞いたことないもんで……」
「すんません。あれは冗談なんです」
「冗談?◆の代紋も冗談?」
「はい……」
「困った人やな。冗談でも、その筋の人間に見られたら大変やで。何でこ んなことを?」
「実は……」 その男が言うには、拡張員除けに、パソコンのプリンターで作ったと言う。
◆ のマークは、インターネットのホームページで、拡張員はヤクザが苦手 やというのを見て、雑誌にあったヤクザの代紋の図柄を真似したらしい。
「インターネットのホームページ?」
「はい。『新聞拡張員ゲンさんの嘆き』というサイトの」
何やて!!ワシは、必死になって声を押し殺した。
「あのー、新聞、取りますから……許して貰えませんか……」
「あんた、新聞取るの嫌やから、あんなことをしたんやろ?無理せんでええ」
「えっ?でも……」
その若い男は、ワシの意外な反応に面食らっとるようや。新聞を取らんでもええと言う拡張員がおるのが信じられんのやろと思う。
しかも、目の前の拡張員は嘘を承知で乗り込んで来とるはずやからよけいや。
拡張員の目的は、客に新聞を取らすことや。それ以外、訪問する理由がない。
誰でも、そう考えるわな。
せやけど、ワシにしたら、サイトの訪問客に、無理に新聞取らすわけにはいかんがな。そんなことが、ハカセに知れたら大変や。
「アイデアはなかなかやけど、中にはワシみたいな拡張員もおるさかいな。 ちょっと、無理があったな」
「そうですか……。でも、あれを貼り出して、来た拡張員の人はあなただけ なんですけど……」
その若い男が言うには、以前住んでいたところで、たちの悪い拡張員に脅かされたりして悩まされていたんで、ここに引っ越してからは、そんな思いを
したくないということで、この方法を考え出したと言う。
それで、効果があったのか、ここに来てから、拡張員は誰も来んようになったと喜んでいたが、今日、ワシが来たというわけや。
若い男は、以前のたちの悪い拡張員のことを思い出し、パニックになってしまい生きた心地がしなかったと打ち明けた。
「それにしても、◆のマークはあかん。ややこしい奴にいらん口実を与えるだ
けやで」
「分かりました、すぐ取ります」 若い男は、安心した素振りもあるが、気落ちしとるのも良う分かった。
「まあ、そんなにがっかりせんでええ。もっと、ええ方法教えるさかい。ステッカーのアイデアまでは良かったんやけどな……」
ワシは、そのステッカーの文句を『○○新聞購読取次所。○○企画』にする ように言うた。○○企画というのはワシとこの団や。
これなら、誰も近づくことはない。他の拡張団の息のかかっとる所を叩く拡張員は誰もおらん。念のために、ワシの名刺も渡してやった。
クレームがあるとすれば、販売所かうちの団の人間やが、いずれにしても、ワ
シの名刺を見せれば、それで済む。
例え、万が一、その文句を見て近所の人間で購読希望者が来ても、ワシに連絡
すればええ。まあ、そんな心配はいらんやろけどな。
「せやけど、もし、そんな客がおったら、マージンもやるで」
「ほんとですか?」 その若い男は、急に目が輝きだした。
「ああ、知り合いに新聞取りたい言う人間がおったら、ワシに言うたらええ」
ワシは実際、このケースとは違うが、客になった人間の中で、これはと思う者に
いつも、こう呼びかけとる。
それで他の客を紹介してくれる客も、ワシには結構いてる。当然、そんな客は大事にする。ワシの代わりに仕事をしてくれるんやからな。
結局、その若い男は、是非、新聞を取らせてくれと言うことになった。ワシも、
是非という者を拒むことは出来ん。 ここで、具体的には言えんが、その若い男が喜ぶほどのサービスをした。
その若い男にすれば、これから拡張員に悩まされることもなく、場合によれば小遣い稼ぎになるかも知れんから、一石二鳥というわけや。
最後に、補足すれば、こういう客には、その場限りのサービスだけやなく、適当に折りを見てご機嫌伺いがてらにサービス品を持って行っとるんや。