メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第32回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日  2005. 3.18


■拡張員泣かせの人々 Part1 引っ越し取り込み


インターネットの世界では、拡張員は最悪の人間として伝えられることが圧倒的に多い。こんな、えげつない拡張員がおると、多くのホームページ、ブログが告発しとる。人気のないことおびただしい限りや。

どこかのサイトで「物事の悪い面の方が大きく取り上げられるのは仕方がないこと」やと言うた人がおったが、それはその通りで正しい。

その業界においての一人の悪行に対するイメージの払拭や信用の回復は、例え、100人の善行でもってしても一朝一夕には出来んもんや。

ワシは、この拡張員の世界にどっぷり浸かっとるからかも知れんが、中から見とるとえげつないと言うほどの人間は本当に極一部しかおらんというのは良う知っとる。

しかし、例え、極一部とは言え、そういう人間がいとるのは事実や。せやから、ワシはそれに対して否定はせん。

いつの場面でも、悪い拡張員も確かにおるが……という、枕詞で断ってから、そうでない拡張員について説明するようにしとる。仕方のないことやからな。

ただ、反論というか反撃するわけやないけど、そんな拡張員のさらに上を行く、えげつない客も確かに存在するということも知っておいて欲しい。

どこで何をしていようが、ええ人間も悪い人間もおるというのが、ワシの持論や。このことについて言えば、客も例外やない。

こういうのに泣かされる拡張員も多い。しかし、それが表面化することは少ない。ワシらの耳には届いても、インターネットを介して世間に広まることは皆無やったと思う。

一つには、拡張員からのその類の発信が一般からのそれに比べて極端に少ないということもあるが、拡張員は概して、そういうことはあまり問題にせんということが大きい。せいぜい仲間内の噂話になるくらいのもんや。

それは、そんな客を許すという寛容な精神からやなく、ある意味、麻痺しとるからや。一々取り上げて言うてたらキリがないということがある。

拡張員の多くは、多かれ少なかれこの世界に飛び込む前に、相当な思いを経験しとる。せやから、騙し騙されの環境に鈍感になっとるという側面があるわけや。

えげつない客に出会って、えげつない真似をされても、大抵はこんな奴もおると理解出来る。

それを、仲間の拡張員に言うても、よほどでないと同情なんかされん。笑い話にされるのがオチや。ワシもそう思うから、仲間には何も言わん。

今回は、あまり知られることのない、えげつない客の実態を公開しようと思う。こういうのは、ある意味、ワシが初めての試みやないかと思う。

文字通り、裏話という奴や。シリーズとして時折、このメルマガに挿入することにする。

悪辣な拡張員の手口の大半は脅しと騙しやけど、えげつない客も似たようなもんや。今回は、騙しについての話をする。

何と言うても、こういう人間の一番多いのが、引っ越しの際の取り込み詐欺のようなケースや。

えげつないのになると、確実に引っ越しが決まると、複数の勧誘員から契約しようとする。もちろん、狙いは拡材の取り込みや。

手口としては至ってシンプルや。例えば、2ヶ月後に引っ越すことが決まると、ただひたすら拡張員が来るのを待って片っ端から契約する。

こういう人間の共通パターンは、拡材は必ずビール券か商品券の金券を多めに要求する。そして、契約は引っ越しの後くらいに設定する。この場合、3ヶ月後やな。

しかし、こういうことを企んどるというのを、その場で見破るのは難しい。拡張員は売り込みに集中しとる分、客を疑うということが少ないということがあるからな。

拡張員に限らず、営業員の多くは、訪問する客を疑うようなことはほとんどせん。相手の家と名前、顔が分かっとるという安心感と、まさか、客に騙されるということはないやろと考えるからや。

もっとも、ワシはなるべく客と話し込むようにしとるから、それでボロを出す奴も中にはいとるけどな。

せやけど、それはよほどのケースや。大抵はワシでも分からん。ワシも一応は客の言うことを信用する。客を信用せな営業の仕事なんかは出来んからな。

それで、今までに結構、騙される事があった。ワシが一見、人の良さそうな人間に見えるからかも知れんがな。この、おっさんなら、ちょろいてなもんやと思う。

今から話すのも、そのケースや。

その男は、賃貸マンションに住む会社員やということやった。建築会社で現場事務所の仕事が多いと言う。

ワシも以前、建築会社で仕事してたから、その男の話に嘘がないということは分かった。

因みにこの引っ越しの拡材取り込み詐欺のようなことをする人間は、その引っ越しをするということ以外の嘘はそれほどつかんもんや。

それには、新聞契約は引っ越せば追いかけて来んと思い込んどるということがある。確かに、ほとんどはその行方を調べることも追いかけるようなこともせん。

そういう人間は、それに目をつける。引っ越しする前に、いろいろな新聞店から契約して、拡材だけ貰うてドロンしたら終わりやとなる。

それで実際に上手いこと行ったか、その方法を友人か知人に吹き込まれたか、あるいは、しょうもない拡張員の口車に乗ったかのいずれかのケースで、そういうことを知り、そうする。

その人間が遠方に引っ越しするような場合は、まず安全や。例え、行く先がバレても追いかけては来ん。追いかけても割に合わんからな。

新聞契約自体、金銭の被害も知れてるし、例え逃げた人間の居所が掴めたとしても、拡材分や拡張料も交通費を使うてまで回収したという販売店もあまり聞いたこともない。

ある意味、逃げ得やとなる。しかし、中には例外もおる。皆が皆、あきらめのええ人間ばかりとは限らん。金銭に関係なくそういうことが許せん者もおる。

ワシのように、普段はあきらめる者でも、腹の虫の居所が悪いと追いかけることがある。このケースがそうやった。

仮にこの客を西田とする。西田は、最初から愛想が良かった。

「ちょうど、ええところに来てくれた。あんたところの新聞が欲しかったんや」

ワシらにとっては、夢のような客や。極希にやが、こういう客もおる。ワシも過去に何度もこういう客に出会しとる。

そして、ワシの経験では、こういう人間が、えげつないことをするケースは、それまでにはなかった。

その日は、何故か調子が悪く1件もカードが上がってなかった。そんな時やったから、その西田が神さんに見えた。

西田は、気持ちよく1年契約に応じた。カードのない時の長期契約はいろんな意味で助かる。

話をすると、建築会社の現場工事事務所で仕事をしていると言う。まだ、若いから現場監督の見習いみたいなもんや。

ワシは、その男が好青年に思えたから「実は、ワシも昔は、現場監督をしてたことがあるんや」と言うて、その心得みたいなものを話して聞かせた。

おまけに、滅多にせん、拡材のサービスもつい奮発した。どの程度やったかてか?それは、今、思い出したら、また、腹が立つから堪忍して。一応、決着のついたことやしな。

3ヶ月後、その販売店から西田の不良カードが回って来た。引っ越ししておらんと言う。この不良カードは大抵、団での朝礼時に見せしめ的に配るということが多い。

「あのゲン、いつもは何もしてへんようなことを言うて、ええ格好しとるけど、裏でなにやっとるか分からんで、あれは、絶対、てんぷらや」

そういう陰口が聞こえて来た。ワシに正面切って言う奴はおらん。団長ですらワシには遠慮してたからな。

しかし、普段、不良カードのない男として一応、認識されとったから、そうやない連中からしたら、ワシの存在はあまり面白くないわけや。

せやから、こういうことがあると、それ見たことかと陰口を叩く。哀しいかな、この拡張員の世界は、あいつに限ってそんなことはないやろと庇う人間は少ない。

たまには、そういうこともするわなというのが、一般的な認識や。また、客が急な引っ越しでおらんようになったとも思わん。

まあ、本当に急な引っ越しなら、ほとんどの客は販売店にはちゃんと言うて行くから、こういう噂をされることもないがな。てんぷら絡みの引っ越しは無言やというのが、この世界の常識みたいもんや。

しかし、これには、ワシも腹が立つ。確かに、ワシも駆け出しの頃はてんぷらもしたことはある。聖人君子やとも言わん。

せやけど、そのてんぷらにしたかて、後で正規のカードと差し替えしとるから、誰にも迷惑はかけてへんつもりや。もちろん、ええことやとは思うてはないがな。

ワシは、同じように騙された『新聞拡張員ゲンさんの裏話 NO.16 ここで遭ったが何年め?』の中で、今回と似たようなケースで20万円分の商品券の穴埋めをした話をしたが、その時でさえ今回ほど腹は立たなんだ。

その時、ワシを騙したアキヤマというのは、完全にペテンにかけたわけやが、それなりの訳があったというも理解したからや。

それなりの訳というても、夜逃げする金欲しさのことやから、同情の余地はないんやが、少なくとも仕方なく切羽詰まった上での行いやった。

ワシなりに、その心情も分からんでもなかったからな。そのアキヤマも商売が失敗して家屋敷を取られる嵌めになった。ワシも同じことがあった。許せんことやけど、あきらめる気にはなった。

しかし、今回のはそういう事情も何もないただの愉快犯的な所業やということが、調べてて分かった。

生活に窮してとか、やむを得ずということやない。そうすること自体に快感を感じとるクズや。

こういう人間に限って拡張員を見下しとる奴が多い。そうすることで自分が、はるかそれ以下の人間に成り下がっとるとは気付いとらんのや。

新聞販売所が真剣にこういう人間を追いかけんというのは、こういう場合の不良カードは、その拡張員の所属団に請求するから、実質的な損失が少ないということもある。

拡材と拡張料の返還やな。これは簡単に応じることもあれば、揉めることもある。販売店と団の力関係、友好関係でかなり違ってくる。

しかし、大半は、団も新聞社には知られたくないと考えるから、隠れて処理する。カードを買うというやつや。

当然、その負担分の大半は拡張員が被ることになる。理不尽やが、大抵はそれを仕方のないことやとあきらめる。借金がちょっと増えるだけのことやと開き直る者もおる。

ワシが、こいつを許せんと思うたのは、団で笑い者にされたとか、こいつが愉快犯的に嵌めたということだけやなしに、ワシのアドバイスを腹の中で笑うて聞いてたと思うたからや。

ワシは、この西田を捜すことにした。

西田は、勤めとる会社の名前は言うてなかったと思う。言うてたのかも知れんが、ワシは覚えとらんかった。

しかし、アドバイスしたくらいやから仕事の内容は聞いてた。それは、ワシにも現場監督として経験のあることやったから良う覚えとる。

ある公共プラントの建設に関わっとると言うてた。仕事の内容とそれが分かって、引っ越し先が分かれば西田の所在は簡単に突き止められる。

住民票の移動を済ませとったら、役所に行って西田の住民票を取れば、転出先はすぐ分かる。

こういう奴は、新聞屋に対してそれほど罪悪感もないから、そのことに気遣うようなこともせん。普通に転出届けが出とるケースが多い。

サラ金、街金、闇金なんかの借金で逃げとるというのなら、住所変更はしとらんかも知れんが、この場合は、罪悪感も少ないはずやから、そこまでは考え辛い。

もし、出てなかっても、郵便局へは住所移転転送届けくらいは出しとるはずや。引っ越し後、そこに送られて来る郵便物の転送サービスや。これは、届け出後、1年間はそうしてくれる。

しかし、せやからと言うて、郵便局に西田の転送先を教えてくれと言うても教えて貰えることはない。もっとも、ここでは詳しくは言うわけにはいかんけど、簡単に分かる方法があるけどな。

実は、借金で逃げとる人間で、住民票は移動せんでも、これをしとる者は意外に多い。それで、債権者に簡単に見つかることがある。

西田の移転先は関東やということが分かった。移転先は、なんとその建設会社の社宅やった。それが分かれば後は何の苦もない。仕事場の事務所もすぐ分かる。

ワシは、そこに電話を入れた。西田を呼び出して貰うとすぐ本人が出た。

「はい、代わりました。西田ですけど……」

「○○新聞の勧誘員であんたから契約を貰うた者やが、黙って引っ越ししたらあかんがな」

ワシは努めて穏やかにそう言うた。しかし、ワシの声を聞いて、西田はあきらかにバニックになったようや。

「こ、困ります……、後で必ず連絡しますので、お電話番号をお願いします」

「分かった。090−××××−××××や。待ってるから頼むで」

その日の夜。7時頃、西田から、ワシの携帯に連絡が入った。

「仕事場に電話して来られたら困ります」

西田は、昼間のうろたえた様子とは違い、開き直ったような素振りが伺われた。何か、つまらん作戦でも考えたんやろと思う。この対応にも、ワシはカチンと来た。

「ワシの方が、あんたに逃げられてもっと困っとるがな。あんたの尻拭きを全部せなあかんのやで」

「そんな、逃げたなんて、販売店に連絡するのんを忘れただけですやん」

この一言でワシは完全にキレた。

「こらっ!!ワレぇ、大人しいに喋っとると思うて、甘ぁ考えとったら承知せんで。忘れとったで、済まそうちゅうんかい。話にならんようやから、明日の朝、一番でそっちに行くで」

ワシは、本気やった。ワシは普段は、自分で言うのも何やが、温厚な人間やと思うてる。ただ、怒ると育ちのせいか言葉使いが悪くなる。滅多にこういうことはないけどな。

「ま、待って下さい。どうも、済みませんでした……。それで、どうしたら良ろしいでしょうか」

「何でこんなことをした。正直に言うたら、弁償くらいで許したる。せやなかったら、出るとこ出るで。お前のしたことは立派な詐欺行為やからな」

「分かりました……」

西田は完全に観念したようや。

西田の話によると、以前、拡張員に契約だけして引っ越ししたら拡材が丸儲けになると言われたことがあったと言う。良う聞く話や。

西田の仕事は、現場仕事が多い。施設の設備工場の建設やメンテナンスが主や。日本全国を早いときは1ヶ月。長くても1年ほど次々に移動すると言う。

それで、行く先々で今回のようなことをしてたらしい。どこでも、問題にならず上手く行った。バレることもなかったと話す。

拡張員もそれで儲かるし、誰も困ることがないと言うてたから、その言葉を真に受けてそうしたと言う。

ワシは、それを聞いて呆れた。と言うか、こいつは芯まで腐っとると思うた。そう思うと真剣に怒ることが馬鹿らしくなり、怒りも急激に冷めた。

ワシが、人に対して文句を言うたり、怒ったりするのは、一種の親切やと思うてる。それで、相手が何かを気付けば、その人間の教訓となるからや。まともな人間ならそれで、自分の行動を恥じ、改める。

しかし、腐った人間には何を言うても無駄や。

朽木は彫るべからず。ということわざがある。

朽ちた木は彫刻の材料にはならんから彫っても無駄やということや。人間も芯まで腐ったらどうしょうもないという例えに使う。

「もう、ええ。今日から、3日以内に、販売店に受け取った拡材と解約違約金を送っとけ。販売店に電話を入れたら、分かるように手配しといてやるから。万が一、無視したら、そっちで話し合わなあかんようになるで」

「分かりました……」

その後、実際にこの西田は、販売店に電話をしてけじめはつけたようや。しかし、それ以後、この西田がそういうことをしとらんという保証はないがな。

サイトのQ&Aに、たまに類似した内容の相談が来る。得する話やけど大丈夫なのかという類のもんや。

ワシは、そういう相談者には、きつめに諭すようなアドバイスを常にしとる。こういう相談をする人は、そのことの是非が分かっとる。まだ救われると思うからや。

得するからというだけで、一度、そういうことをすると、あかん。人間が腐る。人間、腐ってからやと何を言うても遅い。よほどのことでもない限り、変わることもないやろと思う。

そういう人間は、僅かな金銭を得る代わりに、誇りと誠実という人間にとってかけがえのないもんを失うことになる。


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