メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第34回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日  2005. 4. 1


■拡張員泣かせの人々 Part3 ノミ屋


客は新聞を選び、勧誘員を選別出来るが、ワシらには客を選ぶというのは難しい。今更やが、客にもいろいろおる。危ない客に出会すことも多く、トラブルになることもある。

しかし、今回は、そういう客との直接のトラブルということやなく、その客の存在故に、えらい目に遭うたという話をする。

数年前の、春先の土曜日でのことや。その時、ワシは、あるマンションを叩いとった。

「今晩は、夜分、遅くにすみません。○○新聞のサービスの者です」

午後7時頃やったけど、ワシは暗くなった時間帯には、常にこう言うて訪問しとる。そんな時間やったら、それほど気を遣う必要もないと思う者は、営業に対する考えがまだ甘い。

客にしても、その程度の時間なら「こんな時間に来やがって」と思う者も少ない。せやけど、訪問販売員自体を嫌うてる者は、いつ来られようが迷惑や。

それでも、相手が最初から、そういう、へりくだった態度やと、そんな人間でも、つい、ドアを開けるか応答してしまうこともある。こういう人間なら安心かも知れんということでな。

「何や」

中から、坊主頭のいかつい男が現れた。明らかにヤクザ、極道の類の男や。ワシは姿形だけやなく、臭いでそれとすぐ分かる。

因みに、それらしいと思える人間は一般人にも多い。拡張員にもそれらしい雰囲気を醸し出しとる人間もおる。ほとんどが、はったりに近い者やけどな。

拡張員が、本物のヤクザの構成員と出会すというのは、意外に少ない。最初からヤクザの組事務所と分かって勧誘に行く拡張員は、ほとんどおらんからな。

そういう、組関係の情報もほとんどは把握しとるから、その近辺にすら寄りつかんようにしとる者が大半や。

余談やが、拡張員の訪問が嫌なら、こういう所の近くに住むのもええかも知れん。但し、他のトラブルや災いの有無は保証せんけどな。

しかし、何ぼ情報通の拡張員でも、ここのように所帯持ちの多いマンションでヤクザが住んどるという情報を得るのは難しい。

これが、一軒家ならワシもその外見の雰囲気で分かったかも知れんが、こういうマンションは外見の作りはどの部屋も一緒やし、これみよがしに代紋でも貼り付けとらん限り、そう簡単に見破れるもんやない。

昔はそういうのも結構あったけど、最近はさすがに少ない。事務所代わりに使うてても、普通の住民のように振る舞い、なるべくそれと知られんようにおとなしくしとる者が多い。

あまり、派手にしとると、最近は住民パワーでそのマンションを追い出されかねんからな。せやから、こういうケースもあるということや。

「新聞のサービスのお知らせなんですが……」

「拡張員か……。中に入れ……」

ワシは、相手が極道と即座に見抜いたが、そのことには何も気付かん素振りで言われるままに、玄関に入った。

どの地域でも同じやろうが、特に関西で長く営業しとると必ずこういう種類の人間と出会す。

しかし、相手が誰であれ、客は客や。ましてや、飛び込み営業で客を選り好みすることは出来んから、しゃあない。こういうこともある。

今流行の言い方をすれば「想定内」と考えなあかんということや。それでも、こういう客にはきついもんがあるがな。

他の地域では良う分からんが、関西のヤクザは拡張員をカスやと見下しとる者が多い。少なくとも、自分らより遙かに格下やと思うとる。せやから、当然、それなりの物言いになる。

「どんなサービスしてくれるんや」

応対に出た坊主頭の男は、ワシを威圧するようにそう言うた。こういう連中はそれが普通や。ただでは帰さんでという空気がある。

ワシは、部屋の中を一瞥して、おおよそのことが分かった。ここは、ノミ行為を主体とした事務所や。

まあ、ノミ行為については大抵の人間が知っとると思うが、中にはそういう世界と縁遠い人もこのメルマガを見とると思うから簡単に説明する。

ノミ屋というのは、私設公営ギャンブル投票券売所のことや。競馬、競輪、競艇、オートレースなどの公営ギャンブルがその主な対象になる。

条件は、大抵はその公営ギャンブル場での配当に準じる。普通、公営券売所で買うと1口100円やが、ノミ屋は90円や。1割安い。

ヤクザのノミ屋というと胡散臭い代表のようやが、意外に金銭面に関しては綺麗やし、客には紳士的や。下手な営業員より腰も低い。

不思議に思うかも知れんが、信用第一にこれほど神経を遣う仕事?も珍しいやろと思う。ほとんどのノミ屋は客からの信用がなかったら、やっていけんから
な。

システム的には、客に利益が出た場合は、レース開催終了日の翌日に、各顧客に直接、勝ち金を届ける。負けた場合は、一週間遅れの集金となる。

客の中には、金もないのに熱くなって買う奴もおる。そんな人間の支払いのための猶予期間というわけや。

しかも、買うのもすべて電話1本で済む。そのギャンブルがしたくても仕事で行けんようなサラリーマンとか商店主などは便利がええし、安いから喜ぶ。

つまり、ノミ屋は、公営ギャンブルがせんようなサービスを徹底してやる。せやから、人気も表面には出にくいがそれなりに高い。

市場は正に闇の中やが、一説には公営のそれより遙か数倍にも及ぶ売り上げがあるということや。

もちろん、これは日本では違法行為や。多くの外国ではブックメーカーと言うて、この私設公営ギャンブル投票券売所というのは合法的な場合が多いがな。

日本は、違法行為と謳っとるが、その組織から税金はしっかり取る。競艇と競輪主体のあるノミ屋が、3年間で1億円あまりの所得を隠したとして、約3000万円の脱税容疑で国税局に告発されたことがあった。

ノミ行為は5年以下の懲役又は500万円以下の罰金という刑罰がある。犯罪や。本来したらあかんことで、税金を取るというのはどうなんやろ。

その税金を払えば罪はなくなるのか、あるいは、税金を取った上で、刑罰を科すのかな。聞く所によると、どうもそれらしい。

ワシは別にノミ屋に肩入れするわけやないけど、それはあんまりやという声が聞こえて来そうや。

少なくとも、税金を払うということは、国に貢献しとるということや。また、税金を取るというのは、その商売、仕事を国が認めたことになるのと違うのかと思う。

取るものだけ取って、刑務所送りや。それが税金やなしに罰金と言う名目ならまだ分からんでもない。

もっとも、それなりに理由はあるのやろうがな。まあ、摘発されたら割に合わん仕事には、間違いない。

それにしても、こいつらは不用心や。入り口から丸見えのテーブルの上には、競馬新聞が数紙重ねとるし、明らかに顧客帳と思えるノートに、別の男がせっせと記録をつけとる。

ここで、何が行われとるか一目瞭然や。こいつら、ワシを拡張員を装うた刑事やとは考えんのやろかと思う。もし、そうやったら、即、アウトやで。

それには、こいつらが日頃から拡張員を馬鹿にしとるから、その訪問に対して警戒心が薄いということがある。事実、後日、こいつらの不手際でワシがえらい目に遭うことになるのやがな。

ワシは、その地域で出来る通常のサービスを説明した。

「それは、普通に取った場合やろ。もうちょっと、色つけたれや」

こういうのは、喝勧ならぬ喝読とでも言うのかな。喝勧専門の奴らは、このケースのように逆の状態に陥ったらどうするのやろかと思う。

まあ、大体、分かっとるがな。その場を逃れるために何でもありでサービスとも言えんような安請け合いをするのが、関の山や。

実際に聞いた話やが、1年無料サービスの上に、ビール券50枚置いて行ったアホがおったらしい。その喝勧専門の奴はよほど怖かったんやろと思う。もちろん、そのサービスはすべて自腹や。

「私らはこれが精一杯ですよ。その代わりと言うのも何ですが、明日のメインレースお願い出来ませんか」

「あんた、客になるちゅうのか」

「ええ、あきませんか」

「い、いや、そんなことないで。あんたとこの会社は?」

この連中も、ある意味、ワシらと同じで、上から新規客の開拓をうるさく言われとる。こういう連中には、この客になるという一言がかなり効果的や。

実際、この坊主頭の言葉遣いと態度が急に変わったからな。このノミ屋というは、ヤクザやが、客に対しては徹底して腰の低い者が多い。

「○○企画で○○ゲンと言います」

この時、ワシの所属しとった大阪の拡張団は、そこそこ名の知れた所やったから話が早かった。

素性さえ確かなら、客として立派に登録出来る。ワシらで言うところのカードになるというやつや。

ワシは、すぐに明日のメインレースを5000円ほど買うて、金はその場で払うた。

「おおきに、これで、あんたはお客さんや。うちで口座を作ったさかい、いつでも電話したって。出来たら、お仲間も誘ったってや」

坊主頭は、ワシ専用とかと言うて電話番号を教えた。こういうノミ屋は客により受け付け電話番号が違うのが普通や。

それが何でかということは、このノミ屋の摘発のために、このメルマガでこんなことを言うてるわけやないから、詳しいことは差し控える。単にそうかと思うて貰えればええ。

因みに、ノミ屋のこの顧客口座というのは、そう簡単に取得出来るものでもない。ここでは、簡単なようやが、こいつらは、ワシが帰ったあと必ず信用調査をする。

もちろん、信用調査というても銀行やサラ金のそれとは違うから、金の回収が確かかどうかということを調べるだけや。もちろん、ヤクザやから、金の回収は法律的にとは限らんけどな。

この場合、雇い主の拡張団の存在とその中でのワシの立場が分かればええ。万が一、ワシが払えんでもその拡張団を追い込めると踏んだらOKや。

それで、身元が確認出来て、大丈夫やと判断したら晴れて会員や。そして「お仲間も誘ったって」と坊主頭が言うのは、あくまでもその客は「あんたの責任で集めてくれ」ということや。

ノミ屋は基本的に会員以外からの電話の受付はせん。それを利用して、知り合いから馬券を購入してやると持ちかけ1割のマージンだけを儲けようとする素人も中にはおる。それで良う捕まっとるがな。

その話が決まれば、カードもほぼ自動的に上がる。条件も一応、初めに提示したものや。しかし、この場合は、渡した商品券を返して来た。

「大将、悪いけど、今、何も渡せるものがないんや。貰うたもんで悪いがこれあんたのもんにしといて。店にはワシとこで受け取ったて言うとくから」

このヤクザというのは、扱い方さえ誤らなんだら、気のええ男が多い。ヤクザの世界では比較的まともな仕事とされとるノミ屋は、特にな。

結果的に、ワシが買うた分の金銭的なものはそれでペイ出来た。因みに、買うた馬券ははずれた。

ワシは競馬は今はしとらんから、全く分からんし、でたらめに買うたから、当たるはずもない。もちろん、そんな期待もしてないからどうでもええことや。

やっこさんらは、金払いは比較的綺麗やから、新聞代の不払いなんかをすることもないはずや。販売店はそれと知ると嫌がる所もあるが、ワシの知る限り優良読者が多い。

ここで、一つ言うとくが、これは、ワシがこうやったというケースや。これと同じ方法で、上手く事が運ぶとは限らん。

こういう連中との絡みの経験のない拡張員は、これを真に受けん方がええ。やはり、この手の人間は一つ間違うとややこしいからな。

話はこれで終わりやない。実はえらい目に遭うたというのはこの後や。

そんなことはもうとっくに忘れとった時分に、警察から電話がかかって来た。

例のマンションの極道を知っとるかという問い合わせや。ワシは正直に、客やと答えた。その極道について聞きたいことがあるから、署まで来てくれということや。

ワシは、即座にノミ屋でパクられたなと直感した。実は、これも想定内や。やっこさんらはどう見てもルーズな感じやったから、そういうこともあると思うてた。

言われるまま、警察署に行った。行き先は捜査四課、通称「丸暴」というヤクザ専門の取り締まりをしとる所や。

あんまり大きな声では言えんが、ワシは、ヤクザも嫌いやが、この丸暴の刑事も嫌いや。いくら警察は人を疑うのが仕事やと言うても、ここの連中は度が過ぎとる。

ワシは、過去にも取り調べられたことがあるけど、大体どこでも同じパターンや。最初はいかつい刑事が恫喝しにかかる。大抵のヤクザはそれで震え上がる。

その後に、年輩の人間が、その刑事をなだめるように、割って入って容疑者を落とすという手法を使う。

大抵のヤクザもこの丸暴と渡り合うようなこともせんし、出来んから何でも大人しく喋る。

この時、捕まったノミ屋の例の坊主頭は、具体的な客の名前として、ワシの名前をその丸暴の刑事に言うてた。それで、ワシが呼び出されたわけや。

ワシが丸暴の思惑通りの供述をすれば、この事件は終わりとなる。ワシもただの客やから、それほどお咎めもない。大抵は始末書で終わる。

せやけど、ワシは認めなんだ。確かにワシは、このノミ屋に馬券の購入を頼んだ。しかし、馬券の購入を他人にすること自体は違法やない。

ワシは、客の家に行った時、競馬の話で盛り上がり、それで契約を貰うた。その時に意気投合したから、5000円の現金を預けて馬券の購入を依頼しただけやと突っぱねた。相手がヤクザやったとは知らんかったととぼけた。

丸暴の刑事は、そんな与太話は信じへん。大人しく認めて調書にサインしろと迫る。手を焼かすなと。もちろん、得意のヤクザも震え上がらせるという恫喝でや。

ワシは、理に叶った話なら聞くが、そういう恫喝じみた脅しに屈するつもりは毛頭ない。それに、腹も立つ。

ノミ屋は本来の上顧客は何としても守りたかったのやろと思う。しかし、摘発されて罪を認めたら、その客のことを白状せんとあかん。

ノミ屋はその時のために、客にランクを付けて、その最下位の者を生け贄として警察に差し出す。それが、拡張員なら申し分ない。

それに、そのことを認めたとしても大した罪になるわけやないと思うてるから気軽にそうする。ふざけるなと思う。その思いは、丸暴の刑事についても同じ
や。

刑事もこんな小便事件はさっさと片づけたい。これが一般市民やと、もうちょっと慎重になるんやろうが、ワシのような拡張員は、その範疇にない。ヤクザの見方と同じでカスやと思うとる。

それに、ワシはただでさえ、ヤクザと丸暴の刑事は嫌いや。それが、こんな扱いを受けて大人しく言う通りに出来るわけがない。

刑事が苦し紛れに「刑務所に叩き込むでぇ」と脅せば、ワシは「好きにさらせ。例え、絞首刑やと言われても知らんもんは知らんのや」と喚いて応戦した。

結局、延々と5時間ほど、窓のない狭い取り調べ室で、丸暴の喚き散らす汚い唾を散々被ったあげくに解放された。

当たり前や。どこをどう突っ込んでもワシに落ち度はない。出るとこへ出たらワシの主張の方が間違いなく通る。

ポイントは、現金を渡しとることと、その後、一度も馬券購入の依頼電話をしとらんということが大きい。確かに、ワシは相手をノミ屋と知ってたが、それを証明することは無理や。

ワシが、想定内やと言うたのは、こういう最悪なことにも対処しとったから、そう言うたわけや。

丸暴の刑事が別れ際に「お前のような強情な男、見たことない。それもこんなしょうもないことで、良うそこまで、我が張れるもんやと感心したるわ」と捨て台詞を残した。

何の自慢にもならんが、ワシは若い頃から、こういうトラブルは嫌っちゅうほど経験しとる。というか、なぜかそのトラブルの方が向こうから近づいて来る。

そして、心のどこかで、そのトラブルを楽しむ自分がいとる。しかし、そうは言うても、こういうのは願い下げにして欲しいがな。


ご感想・ご意見・質問・相談・知りたい事等はこちら から


メールマガジン・バックナンバー 目次                          ホーム