メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第35回 新聞拡張員ゲンさんの裏話    

発行日  2005.4. 8


■ゲンさんのトラブル解決法Part1 隣家トラブル


拡張で廻っとるといろんなことがある。トラブルがその最たるもんやけど、そのトラブルも新聞勧誘のことだけとは限らん。

客も懇意になると、そういういろんなトラブル話をしてくる。ワシにとっての懇意の客というのは、前々回のメルマガのようなアパートの大家とか、良く客を紹介してくれる主婦や交代読者なんかがそうや。

そういう客の話はむげにも出来んから相談に乗る。ワシの場合、相談の多くは新聞勧誘のことより建築に関することの方が多い。

客と懇意になるとその話をすることがあるし、実際、その家が困っとることやったら簡単な修理くらいはする。また、その客との最初のきっかけが、その家の修理なんかの場合もある。

まあ、ワシの存在は、客によれば新聞屋というより便利屋やな。ここだけの話やけど、その便利屋か示談屋みたいなことをしようかと真剣に考えたこともあるくらいや。

ある主婦から、こんなことを頼まれた。

「ゲンさん、ちょっと聞いてくれる?」

「何ですか」

「家の外壁、ひび割れたり、汚れてるから塗り替えようかと思うの。それで、どこかいい業者さんいないかしら」

「いないこともありませんけど」

実際、こういうことも頼まれることがたまにあるから、拡張するエリア近辺の業者で良さそうな所は調べてある。

「でもね、一つ、問題があるのよ。お隣の山川さんとは、以前にちょっと、気まずいことがあって、ここ何年も近所つきあいもしてないから心配なの」

「その気まずいことと言うのは?」

「その山川さんが、3年ほど前、その外壁塗装の工事をしたことがあったのよ。その時、足場が必要とかで、こっちの敷地に足場を組まなくてはならないらしく、それは、仕方ないからと承諾したんだけど……」

その主婦が言うのには、隣家とは間隔が少なく、その隣家内の敷地だけでは足場を立てるのは無理やった。そこで、この主婦の家の敷地に立てることになった。

そこまでは、近所のことだからと我慢したらしいのだが、その工事が終わって3ヶ月後くらいに、その主婦の家で雨漏りがしたと言う。

その原因を業者に調べて貰うと、屋根瓦が数枚割れていた。踏み割られた跡があるということや。

心当たりは、3ヶ月前の隣家での工事の時しかない。それまで、屋根に上がるような修理や工事はその家ではしたことがない。過去に、その箇所での雨漏りなどもしたことはない。

主婦とそのご主人は、隣家に行ってそのことを隣家に伝えた。隣家も驚いて、すぐ、その業者と連絡を取ったと言う。

そこまでは、問題なかった。その後が揉めることとなった。業者は知らぬ存ぜぬという姿勢に出た。その瓦割れは以前のものやないのかと。

外壁の塗装工事で、隣家の屋根に上がって作業するはずがないというのが、その理由や。

そして、その隣家の住人も「業者さんが身に覚えがないと言うことですから、私らにその責任を言われても困ります」の一点張りやった。

こういうトラブルは建築のリフォーム工事には多い。この主婦の指摘通り、十中八九、この業者の作業員が踏み割ったものやとワシも思う。

しかし、大抵の業者はそのことを認めたがらん。これが、工事中というのなら、逆にほとんどが認める。隣家と揉めたら工事が最悪の場合、ストップしかねんからな。

工事が終わったら関係ない。証拠のあることならいざ知らず、知らんと突っぱねられることは徹底してそうする。下手に認めるといらん金がかかるからな。営利業者というのはそういうもんや。

ただ、そのためには、依頼主、この場合は隣家の人間にもそう思わせとく必要がある。下手にその瓦割れを認めると、高額な損害賠償を請求されれますよとでも言えば、納得して業者の言うようにする。

本当は、その負担をするのは業者なんやが、専門家がそういうのならそうした方がええとなる。実際、その隣家にとってみれば何の関係もないし、責任もないと考えるのが普通やからな。

この場合、その業者が、本当に良心的な所なら、その調査くらいはする。しかし、この場合、それもないということや。

そういう状態になると、間違いなく揉める。この主婦も法律に訴えるつもりで、弁護士にも相談したらしいが、結局は、そこまではせんかった。

弁護士も、相手の瑕疵を実証出来んかったら訴えても難しいと言う。日本の法律は、訴える側がその瑕疵の有無について実証する必要がある。それが出来んと裁判には勝てん。どうもそうらしいという程度では弱い。

それに、その雨漏りの応急修理も3万円ほどで済んだということもある。やはり、その割れた瓦が原因で、それを取り替えたらその雨漏りは止まった。

そのことがあってから、その隣とは、事ある毎に喧嘩が絶えんという。良うあることやけど、最悪な関係や。

「そんなことがあったから、うちで工事をするからと言って、お隣が簡単に了解するとは思えないのよ」

正直言うて、この程度の問題はワシにとってはどうということはない。建築のリフォームをやっとるとこういうことは結構ある。これくらいの処理が上手く出来んようやと、その仕事は厳しいからな。

「うちも、お隣の場合と同じで、お隣の敷地に足場が必要なんでしょ?」

「そうですね。ないと無理でしょうね」

「お隣が、その敷地に入るのを断れば、うちはこれからもずっと足場が必要な
工事は出来ないとうわけ?」

「そんなことはありません。法律的には可能ですよ……」

民法第209条第1項には「土地の所有者は、隣の土地との境界またはその付近に、塀や建物を作ったり、修繕するために、必要な範囲で隣の土地の使用を請求することが出来る」とある。

但し、隣家があくまでも拒めば、裁判所の決定が必要になる。訴訟して認められんうちは勝手には入れんということや。

普通、そこまではよほどでないとせんし、例えそれで認められてそう出来たとしても、上手く行くことはまずない。

そういう、訴訟に訴えた上での行為は、相手側もそれなりの対抗手段に出る。その業者や隣人の僅かな落ち度も見逃さず、損害賠償の訴えを起こすということも考えられる。

同じ民法209条の第2項に「隣人が損害を受けたときは、補償金を請求することが出来る」とある。

そうなると、泥仕合や。実際、こういうことになったケースもあると聞く。建築の工事において、隣家に全く迷惑がかからんということは不可能やからな。

どうなるかというと、両方が不幸になるだけやなく、間に入った業者も交えた三つどもえの争いになる場合がある。

下手すると、工事が中途のままで止まるからな。業者にしてみれば、何で隣人同士の喧嘩に巻き込まれなあかんねんとなる。

この場合、一番、損をするのは、やはり、強引に工事をしようとした側ということになる。

「それじゃ、どうしたらいいの?」

「やはり、話し合いしかないでしょう」

法律での解決が一番ええように思うとる人間も多いが、それだけでは上手く解決出来るとは限らん。却って話をこじらせる事の方が多い。特に民法においてはな。

しかも、その法律による解決で関係者すべてが納得することは少ない。多かれ少なかれ何らかの遺恨を残すのが普通や。

法律は、その結果の是非を判定するのにはええが、これから、起こす行動の結果を予想するのには向かんと思う。法律で出来ることは事後処理やと思うてた方がええやろ。

「でも、その話し合いが出来ないから……」

そらそうや。話し合いが簡単に出来るくらいなら、こんな相談をすることもないわけや。

「良かったら、ワシが掛け合いましょうか?」

「ゲンさんが?」

「ワシは、もともとこういうことには、慣れとりますんで……」

こういうのを、いらんお節介と言うのやろなと思う。そのことにいくら慣れとると言うても、今はその仕事をしとるわけやない。

放っておいても、ワシには何の差し支えもない。何かの得になるとも思えんし、第一、カードにもならん。もっと言えば時間の無駄や。

この相談した主婦でさえ、半分は愚痴のはずや。しかし、ワシは、こういうこ
とにはすぐ首を突っ込む癖がある。

困っていると言われ、相談なんやと頼られたら知らん顔が出来ん。これが、トラブルを自ら呼び込む要因やとは良う知っとるんやけどな。

こういう場合、すぐ隣家に乗り込んで話し合いに行ってもあかん。それなりの準備が必要や。

まず、ワシは業者を当たった。実際に工事をするのはその業者やから、そこにこういうことの対処能力がないとあかん。中には、こういう揉めた現場を嫌がる所もあるからな。

ワシは、初めてのバンクに入ったらまず、この業者廻りをする。その会社に勧誘で入って話をすれば大抵のことは分かる。

もちろん、ワシをタダの拡張員やと思うて、けんもほろろという業者もおるが、ほとんどは話くらい聞く。ましてや、ワシが以前、建築の仕事をしていたと言えばそれほど毛嫌いされることもない。

そこで、これはと思う業者をチェックしとく。その業者が本当にプロの仕事をしとる所なら、ワシの言うことも分かるから真剣に話し込むこともそう珍しいことやない。

中には、拡張員を辞めてそこの会社の営業員になってくれと頼まれることもある。それなりのポストを用意すると言う。相手の社長の人柄次第で、何度かそうしようと思うたことも正直あった。

しかし、今はそういう話は丁重に断っとる。建築屋に未練や野心があった頃ならそうしとるかも知れんけど、今はこの拡張員が性分に合うとるし気楽でええ。

それに、この仕事をしていても、結果的にはその建築の営業みたいな真似をたまにしとるからな。そういう、意気投合した業者には、客からそういう工事の依頼があった時にはよろしく頼むと伝えとる。

今回もその一つのモリ工務店という所に、その話を持ち込んだ。

「ゲンさん、正直、それは大変ですね」

社長のモリが即座にそう言う。誰でも思うことは一緒や。

「社長の所は、こういうトラブルは?」

「あまり、ありませんね。と言うより、最初の段階で揉めてる状態の現場は、どうしても敬遠しますよ。知らないでというのは、何軒かはありましけど、やはり、そういうのはどうしても揉めるから、いいことはありませんね」

このモリ社長から、やんわりとやが断りが入った。

「私が両方の説得をしますから、その上でということならどうです?」

つまり、そのトラブルを事前に解決するから、それで決めてくれということや。この頃には、このモリ社長には、ワシが勤めてた建築屋も教えていた。

誰でも知っとる大手や。その点ではワシの言うことは信用してたから、快く承諾してくれた。

ワシは、そのモリ社長に粗方の説明をした上で、その主婦の家に連れて行った。そこで、隣家と上手く和解が出来て工事が出来るならという条件で契約するという形をとった。

そして、その主婦とご主人には、隣家と和解したいという意志の確認をした。そのためには、形の上で、こちらから謝罪ということになるということを伝え、その交渉は一切、任せて貰うということも了解して貰った。

もちろん、ワシはその家の主婦とご主人には「こういうことは、いつまでも、わだかまりを持ったままだと、これからも、お互い嫌な思いをされるだけで損ですよ。そちらにも、言い分はおありでしょうけど、一歩下がるということが本当の大人の対応というものだと思いますよ」と説得するのを忘れんかったがな。

こういう近所とのトラブルの解決には、この一歩下がるということがポイントや。自分の立場だけを主張していたらいつまでも解決出来ん。

一歩下がって謝罪すると言うと何か負けたような錯覚をする人がおるようやが逆や。第三者から見た場合、先に謝罪したという方が大人の対応をしたとして評価されることが多い。 

そのことを説明して、全権を任された上で、隣家にモリ社長を伴って行った。これも、結構大事なポイントで、業者を伴うことで、ワシをその業者と相手に錯覚させることが出来る。

本当は、わざわざそんなことをせんでも、説得だけなら自信はあるが、いかんせんワシは拡張員や。

別にワシ自身、拡張員を卑下しとるわけやないが、世間の評価というのは無視出来ん。

本職の新聞の勧誘ですら、相手にされんのに、それと関係ない隣人の揉め事を話し合いたいと一介の拡張員の立場で言うても無理や。

下手したら、隣はヤクザを使うて脅しに来たと捉えかねん。揉めとる同士というのは、どうしても何事につけ、悪いようにしか受けとらんもんやさかいにな。

これが、業者ということなら、話くらいは大抵聞く。そして、これも大事なポイントの一つやが、その話をするのは、その家のご主人と奥さんが同時に在宅しとる時に限る。

どちらか一方やと、例え、その相手を説き伏せられたとしても、もう一方が必ずクレームを言い出し、収拾がつかんようになる可能性が高いからな。

「実は、今日はお隣のことで、お願いがありましてお伺いしたのですが……」

「どういうことです?」

「私どもは、営業でお隣に寄せて頂いたのですが、お隣では、お宅の山川さんに以前、お宅の工事の際、申し訳ないことを言ったので、工事のことは頼み辛いからと断られまして、それで、お願いに上がった次第なんです」

ここでの、ポイントは二つ。一つは、この工事が隣家の希望したものではないと言うことや。隣はしたいのやけど、出来んと暗に匂わせる。私ら業者も仕事を貰えるかどうかの瀬戸際やと思わせる。

二つめは、隣人がその非を認めて謝罪したいと伝えることや。お隣はしきりにそのことを気にかけておられるということを強調する。

この場合、人によれば、それなら何でその当人の隣人が来んのやと言う者もおるから、最初に仕事は現状では断られたと言うたわけや。つまり、その工事が出来るか出来んかは、お宅次第やとほのめかすことが必要になる。

「誠に立ち入ったことを申し上げて恐縮ですが、この機を逃したら、お隣との仲直りは困難になるのではと思うのですが……」

これが、最後のくさびとなる。よほどの人間でないと、それでも、嫌だと突っぱねることはない。

「別に、私たちは、お隣に対して何とも思っていませんし、お隣がそういう気持ちでおられるのなら、構わないと思いますけど……」

山川さんの奥さんがそう言う。この家では、どうも、この奥さんがこの家を仕切っとるようや。物言いでそれが分かる。

これで、一応はまとまる。最後の仕上げは、両方の家人同士を引き合わせ、手打ち式をする。と言うても、隣家から、この山川さん宅に工事前の挨拶に儀礼的にワシらと同伴して、軽く謝罪して貰うことくらいで終いや。

こういう隣人同士の揉め事というのは、当人同士ではなかなか解決つかんもんや。どうしても、第三者の介入が必要になる。

後は、業者がちゃんとした工事をすれば、無事に丸く収まる。実は、ワシがこの業者と同伴で連れて行ったのは、単に、相手の錯誤を狙うだけやなく、この業者にも認識を持って欲しかったからでもある。

何かあったら、揉めるし取り返しがつかんということが事前に分かっていたら、誰でも慎重に仕事するからな。また、そういう業者やなかったら、ワシも声もかけんがな。

えらい、くたびれ儲けみたいなところがあるみたいやけど、結果的にこれが、ワシにとってカードにつながることがあるから、不思議や。

結果的に、この両家の仲直りは出来、却って以前よりも親密な付き合いをしとる。そのことだけでも、救いと言えば救いやというくらいにしか思うてなかった。

当然、その山川という家でも懇意になる。そこで、初めて正体を明かす。と言うても、最初から騙したということやない、ただ、曖昧な自己紹介をして、錯誤をさせただけや。

これが、詐欺行為につながることならあかんけど、この程度は許されるやろと勝手に思うとる。

せやから、その山川さんには、ワシが拡張員ということは、すぐ伝えた。すると、そこの家の新聞はおろか、この山川さんの奥さんは、それからも、ワシに他の客を度々紹介してくれる上得意さんになった。

実は、以前『第26回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■罪な噂話』で冒頭にこの山川という奥さんのことは紹介しとる。懇意な紹介客としてな。

言うまでもないが、ワシはこの結果を狙うてそうしたことやない。ただ、そうなったというだけや。

まあ、ええ格好に聞こえるかも知れんけど、この程度の揉め事の解決はワシにとってはどうということはないがな。似たようなことは良うある。


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