メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話
第40回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
発行日 2005.5.13
■コーヒーブレイクは歯医者で
人間、誰でも苦手なものや嫌いなものはある。ワシにも当然ある。その中でも群を抜いてかなわんのは歯医者や。
口をこじ開けられて神経を突っつかれるのは正に拷問や。地獄の鬼が亡者の舌を引き抜く光景に似とる。
歯医者がその鬼に見える。いや、本当にそうやないかとさえ思える。せやなかったら、いくらそれが仕事やというても、その痛みにのたうち廻っとる人間の歯を平然といじくれるわけがない。
「痛かったら言って下さいね」
「ひ、ひゃ、ひぃ(い、た、い)ひー」
「あー、右を向いたまま動かないで下さいね」
「……、ひ、ひゃ、ひぃ……」
痛かったら、痛いと言えというから言うてるのに、そんな意見なんか全く気にする素振りは見せん。むしろ、素直にそう言うと、鬼の獄使は機嫌が悪い。
「痛かったら言って下さいね」と言うのは、あくまでも営業用のかけ声にすぎん。ただの愛想やから真に受けるなということや。
それなら、最初からそんなことは言うなと言いたいが、もちろん、歯医者にはそれは言えん。その後が本当の地獄を見るからな。
歯医者は、ある意味、史上最強の人種やないやろか。どんな王様や大統領かて、無防備に口を開けてされるままに任せなあかん。絶対服従を強いられる。
ワシは人間相手にはそれほど怖いと思うことはない。ヤクザなんかも嫌いやが怖いと思うたことは一度もない。しかし、歯医者はあかん。恥も外聞もなく恐ろしい。
人は自分の痛みには耐えられんように出来とる。特にワシはそうや。こういう時は、今更やけど人間というのは弱いもんやとつくづくそう思う。
歯の痛みには終わりのないような恐怖心がつきまとう。いつ終わるとも知れん痛みや。一時だけ辛抱して、その痛みから解放されるのなら我慢出来る。
しかし、歯の痛みは我慢すればするほどその痛みは増すだけや。辛抱のしがいがない。どうしようもないから、嫌やと思うてても歯医者に飛び込むしかない。
せやから、ワシはその痛みがなくなったらもう歯医者には行かん。自慢やないが、今まで3回続けて同じ歯医者に通ったことはない。
一度行くのを止めたら同じ所には行きにくい。そうしてるうちに、近所で行ける歯医者がいつの間にかのうなってしもうた。
その魔の痛みがまたやって来た。それはいつも忘れた頃、何の前触れもなしに突然、襲うて来る。
「ハカセ、どっかにええ歯医者、知らんか」
「私が、今、通ってる歯科医はどうです?」
「そこ、痛たぁないか?」
「私はそれほど痛いとは思いませんけどね。主治医の紹介ですから確かですしね。親切にはしてくれますよ」
ハカセは心臓病で大学病院に通院しとる。狭心症や。いろんな薬を飲んどるようやけど、その中にノルバスク錠というのがある。
これは、カルシュウム拮抗薬とよばれとるものや。これが、歯に作用して良うない。放っとくと歯が簡単に抜け落ちると言う。
そんな薬を飲まんでもと思うが、医者に言わせればその薬を止めるわけにはいかんらしい。
血圧を下げたり、心臓に酸素や栄養を送る冠血管や末梢血管を拡げる重要な薬ということや。ただ、副作用として歯が弱くなることがある。
それで、ハカセの主治医は、事情の分かる懇意な歯科医に通うように勧めとるということや。何も知らん歯科医やと何かあったら大変らしいからな。
せやから、ハカセは週に2日もそこに通うとる。それも、いつ終わるともなく続くと言う。かける言葉もない。
もし、ワシがその立場やったら間違いなく狂い死ぬと思う。とてもやないがワシには耐えられん。
しかし、当のハカセは至って明るいし、平気や。まるで、日課の散歩のような雰囲気でその歯医者に通うとる。もともと、ハカセには病気に対する悲壮感はない。
何も知らなんだら誰も病気とは思わんやろ。「ちょっと、心臓が弱いんです」とハカセが真顔で言うても、聞かされる方はおそらくジョークとしか受け取らんのと違うかな。病気やと知っとるワシですら、そのことを忘れる時があるさかいな。
ハカセに言わせれば「病気とは付き合うもんや」ということらしい。その延長に歯医者がある。ワシにはとてもそんな心境にはなれん。特に歯医者に対してはな。
「それに、そこの先生、女医で美人ですよ。看護士も若くて美人揃いですし」
「ほ、ほんまか。ぜ、是非、紹介してくれ。今すぐ行こう!」
現金なのも、また人間や。嫌なことも希望の光が見えれば、ひょっとすれば楽しいかも知れんと思えるから不思議や。
せやけど、それがただの幻想やというのは、その2時間後に思い知らされたがな。
確かに、ハカセの言う通り、女医さんも看護士も美人や。ワシ好みでもあった。それだけにたちも悪い。
他の歯科医院でのように痛いと喚くことも出来ん。じっと、やせ我慢をせなしゃあない。男は、ええ女の前ではええ格好するもんやさかいにな。
それがあかん。他の医者での治療よりも痛い気がする。やせ我慢したからやとは思うが、本当にそれだけやろか。
ハカセは親切やとは言うが、それは、女医さんの優しげな雰囲気と言葉使いやからや。やることは大差ない。
失敗とも思える処置があっても「ごめんなさいね。痛かったですか?」と優しく聞かれれば「ん、ん、え(い、い、え)」と答えるしかない。簡単にごまかされてしまう。
以前、メルマガのある読者からこんなメールを貰っていたのを思い出した。
現在は、歯科医療の世界におり、良い歯科医師を紹介する仕事を始めようと考
えています。医師の査定は、複雑で非常に難しいのですが、歯科医師の腕の良し
悪しは、簡単に分かります』
という内容やった。ワシは、この際やから、その方法を教えて貰うて、本当にええと思える所で腰を落ち着けて?治療に専念しようかなと思うた。このままやと、本当に行く歯医者がのうなる畏れがあるからな。
そこで、ワシはハカセに頼んで、その人に問い合わせて貰うた。すぐに、その返事があった。
さて、歯科医院の査定ですが、まず、簡単に治療の流れをチャートにします。すでにご存じならば、読み飛ばしてください。
1,患者さんの来院
2,診察
3,患部の切除、型どり(模型を作る)
4,模型を歯科技工所に送る
5,歯科技工所で詰め物(もしくは入れ歯)を作る。
6,完成した詰め物(もしくは入れ歯)を歯科医院に納品される
7,歯科医院に患者が再度来院し、装着。
おおまかに、このような流れとなります。
歯科医師の善し悪しは、3番で決まります。
虫歯の部分を除去した後、そこに通常は金属を入れるのですが、そのとき、歯の部分と金属の部分が、できるだけスムーズに繋がるように歯を削ります。
これが下手な歯科医師は、ダメです。臨床経験と手先の器用さが肝心となります。
また、型どりした、模型もいい加減なスタッフが作成すると、気泡が入ったりしてしまいます。
技工所(下請け)に患者さんは行かないので、詰め物はこの模型の上で作ります。そのため、模型がダメなら、いくら綺麗に作っても、患者さんの口の中には、ピッタリとは合いません。
私が歯科医師の査定をするときは、この模型を見ます。そうすれば、歯の削り方や、模型の作り方で、いかに丁寧に仕事をしたかが、よく分かります。
一般の人が、良い歯科医師を見つけるのならば、歯科技工所を何軒か周り、教えてもらうのがよいかと思います。
親切に教えてくれるところもあれば、「変な人が来た」と言う感じで扱われるかもしれませんが。
こういうことは、ゲンさんがプロだと思いますので、すぐに聞き出せると思います。
こんなところでしょうか。ポイントがずれていましたら、また、メールいただければ、私の知っている範囲でできるだけ協力いたします』
全く有り難いことや。このメルマガやサイトには何でこんなに親切で役に立つ情報を惜しげもなく教えてくれる人達が多いんやろといつも思う。
ワシも今更ながら、ハカセに誘われるままサイトに協力して本当に良かったと思う。
ワシは仕事の合間に喫茶店で上手いコーヒーを飲むのが好きやし、それに至福の時を感じる。
その上手いコーヒーをすすりながら、このメルマガの話をいつも考えてハカセに伝えとる。
しかし、今回は歯の痛みでその思考力が完全に麻痺してしもうた。拡張の話を期待されとった方には本当に申し訳ないと思う。
そのお詫びというのやないが、ワシはこれから、この読者の言に従い、そのええ歯医者を捜すために歯科技工所というのを当たろうと思う。
それも、ただ当たるのは芸がない。ワシは拡張員や。目的の調べものをしながら営業も兼ねる。
この人が、プロと評価してくたワシのやり方を特別に披露しよう。こういう場合の営業法やな。
と言うても、そんなたいそうなことやない。ポイントは錯覚を利用することや。完全な騙しというのはどんな世界でもあかんけど、錯覚はしゃあない。
相手側が受け取る印象でそうなるのやからな。もっとも、錯覚させるようにし向けとると批判されても仕方ないとは思うがな。
せやけど、その相手に不利になるようなこととか、困るようなことには絶対にならんようにという配慮はせなあかん。
具体的に説明する。
まず、調べる対象を探す。大抵はハローワークやタウンページで調べたら分かる。この場合は歯科技工所ということやから、それらしい所が分かれば、確認を兼ねてアポを取る。
「もしもし、○○製作所さんでしょうか。こちらは○○新聞のゲンと申します。私どもの方では、歯科医さん向けの歯型を制作されておられる所でお話をお聞きしたいと思っているのですが……」
こう切り出すと、大抵の相手は新聞社の取材と勘違いする。これが錯覚や。せやけど、ワシの言葉には嘘はない。
○○新聞というのも本当や。騙りでも何でもない。ワシらは、団と業務契約書を交わしとる。因みにワシらは社員やなく個人事業者やということになっとる。名目はな。
団も同じく新聞社と同じ内容のものを交わして、○○新聞の商号の使用を許可されとる。せやから、ワシらも同じなんや。その使用目的も最終的には営業のためやから違法行為やない。
相手もまさか、新聞の拡張員がこんな電話をするとは思わんから、ほとんどは、それでその申し入れを受け入れてくれる。
世間は、ワシら拡張員には冷たいが、新聞社に対しては権威のようなものまで感じとる人間が多いからな。そこからの取材やと思うたら喜ぶ者もおる。
このアポを取るというのも、無駄を省く上でも有効や。そこが目的の場所やない場合もある。
何でもそうやが、その専門家やなかったら分からんことは多いからな。的外れな所で聞いても無駄や。
それに、予定も立てやすい。但し、入店予定のバンクが予め分からんとあかん。少なくとも前日には分かっとく必要がある。
バンクの範囲を知ることが出来るし、その中の該当場所を探すことも出来る。アポで相手の都合を確かめられるから、時間の設定がしやすい。
そこが、大会社やと言うのならどうか分からんが、中小企業なら、そこのトップか責任者が応対してくれる。
最終的に、新聞の勧誘をする場合でも、相手がトップに近い人間の方が話は早いからな。
ワシはそこに行くとまず名刺を渡す。名刺には『○○新聞 ○○企画販売促進営業部』と書いとる。
知ってるもんが見たら一発で拡張員やと分かるが、こういう所の錯覚した相手は、最初の○○新聞というのを見ると、それだけで信用する。疑われることはまずない。
「そちらでお聞きすれば、歯医者さんの腕の善し悪しまで、お分かりになるということですが……」
ここまで、行けば聞きたいことは大抵は教えてくれる。今回の場合で言えば知りたい歯科医の具体名を伝えてそこを知っているかと聞くのもええ。
また、本当にそこが腕のええと思う歯科医がおったら教えてくれる確率は高いと思う。
この時、出来るだけ相手と上手くコミュニケーションを取るようにする。多少の冗談を交えて話が出来たらええ。
知りたいことを聞いたら、相手次第でおもむろに勧誘をはじめる。
「ところで、社長さんのところでは、どこの新聞を購読されていますか?」
と切り出す。勘違いする人間は、とことん勘違いする。取材に協力したのやから新聞を購読せんと悪いかなと思う人間もいとる。それで、簡単に契約することもある。
せやけど、その保証はせんで。あくまでもその人間次第やからな。ワシは人から信用されやすいということと、何でも自信を持って言うから成功率は高いがな。
それでも、中には「何や、拡張員やったんか」と怒り出す者もおる。そういう時は、堂々と正直に言うたらええ。
こっちは最初から嘘も言うてないし、知りたいということも本当やからな。今回の場合で言えば、その歯科医の診察券でも見せたらええ。
今まで、何軒もの歯科医に行ったがろくな所がなかったんで、ええ所が知りたかったんやと言えば納得はするやろ。
それで、追い返されたとしても、それはそれでええと思わなあかん。一応、知
りたいことが分かったということでな。
それともう一つ。こういう誤解をした人間は、聞かれたことが記事になるもんやと思う人間も中にはおるかも知れん。
そういう人間は、新聞社に「今回のことはいつ記事になるのか」と言うて問い合わせんとも限らん。
例えそうされたとしても、こっちには落ち度はないと言えるが、新聞社からの心証は悪くなるから損や。
それが未然に防げる。拡張員やと分かって、拡張員が来たというだけで新聞社に文句を言う人間もおらんと思うからな。
まあ、この勧誘に関しては二次的に考えたらええのと違うかな。自信があれば、すればええし、知りたいことだけ分かればええと言うのならそれでもええと思う。
ただ、こういうやり方を批判する人間もおる。人の錯覚や勘違いを利用する行為やとな。
確かに、それは言える。ワシも相手が最初から勘違いしとるのは分かっとるからな。確信犯や。
しかし、良う考えて欲しい。その怒る人間は、新聞記者なら喜んで相手をするが、拡張員なら相手をせんかったということやろ。
それは、差別ということにならんやろか。そういう勘違いするのも、する者の落ち度があると思うけどな。
まあ、勝手と言えば勝手な理屈やがな。
取り敢えず、どこかええ歯医者を真剣に探そうと思う。このままやと、ただ行く歯医者がのうなるというだけやなしに、そのうちに手遅れになるかも知れんからな。
手遅れになって、ハカセみたいにずっと歯医者通いちゅうのは願い下げにして欲しい。コーヒーものんびりと飲む時間がのうなるさかいな。
コーヒーブレイクは歯医者で……。やなんて縁起でもない悪いジョークや。
せやけど、ええ歯医者が見つかったとして、そこは痛たぁないんやろか?