メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第41回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
     

発行日 2005.5.20


■拡張員列伝 その2 詐欺師ヤス



新聞勧誘には詐欺まがいというか詐欺そのものの行為があるというのは、今更、ワシが改めて言わんでも周知のことやと思う。

その典型なのが「ひっかけ」と呼ばれとるもんと「てんぷら(架空契約)カード」や。てんぷらカードについてはいろんな所で言うたから、ここでの説明は省く。

詳しく知りたければ、サイトの『拡張の手口 手口その6 外道技Aてんぷら(架空契約)』か『ショート・ショート 第4話 オードブルはてんぷらで』を見て貰うたら分かる。

ここでは「ひっかけ」という客に対しての詐欺行為について話す。と言うても、ワシはこういうのは得意やないから、それの得意な奴に話を聞く。

通称ヤスという男がおる。こいつもサイトのいろんな所で登場しとるから、ああ、あいつかと言う人もおるかも知れん。自分を自分で「稀代の詐欺師」と言うてる奴や。

ヤスに詐欺師について語らせると「ゲンさん、ほんまもんの詐欺師は、人に騙されたと思わせるようやと、まだまだなんや。オレくらいになると、相手は騙されたことすら気がつかん。気がつかんだけやなしに感謝すらされるんや」ということになる。

その辺りはどこまで本当なんかは定かやないが、この詐欺のことに関して詳しいのは確かや。ワシはこいつから、いろいろ教わった。

泥棒に入られたなかったら泥棒に聞け。人に騙されたなかったら詐欺師の話に耳を傾けろ。そして、拡張員に悩まされて困るんやったら拡張員のことを知れ。

それが、ワシのモットーにしとる考え方の一つや。何でも、その道の事情を知るには、そのプロに聞く方が一番確かや。

このヤスは、今は詐欺師の足を洗うて拡張員をしとるということになっとるが、やっとることは相変わらず詐欺まがいのことばかりや。

せやけど、本人の日頃の弁を裏付けることになるが、不思議とこのヤスの客からは「騙された」と騒ぎ立てられるようなことはなかった。

ワシには、性格的に人を騙すということは出来んが、このヤスの考え方だけは参考になる。

「へぇー、ゲンさん、どういう風の吹き回しや。そんなことが知りたいやなんて。別に『ひっかけ』せなあかんほどカードが上がらんいうのやないやろ」

「ただ、何となくや。知ってて、損をすることもないやろ」

「そら。そうや」

「どうせなら、テンサイのお前から聞く方がええと思うてな」

「おっ、ゲンさんも、やっと、オレの偉大さが分かってきたか」

こいつは、おだてに弱い。それに、詐欺師やと言うてる割に人を疑うことを知らん。特にワシの言うことはな。ワシは嘘をつかんと思うとる。

ワシの言う「テンサイ」という言葉を額面通りに受け取っとる。もっとも、このヤスのように自惚れの強い奴はそういう傾向にある。相手の言葉をおだてとは受け取らんのや。

まあ、自分に自信というか自惚れがなかったら詐欺みたいなことは出来んやろけどな。

「ゲンさん、詐欺師の心得とか条件ちゅうのは知ってるか」

「さあ……、何や」

この手の質問をされた場合、例えそのことを良う知ってたとしても、こう言うといた方がええ。相手から話しを聞き出そうという時は特にな。

「詐欺師は、ペテン(頭)の良さと口の上手さだけやと思うとる者がほとんどやけど、それだけやあかん。一番、大事なのは、ここや」

ドンと胸を叩く。根性というか精神力やと言いたいわけや。

「腹が据わっとらん奴は一流の詐欺師にはなれん。どんな、嘘八百を列べても腹を据えて堂々と言えば、さもそれらしいに聞こえるもんや」

確かにそれは一理ありそうやな。洋画なんかで、詐欺師役やっとる役者が、ニセの大物の真似を堂々としとる場面を良う見るが、ああいうことやな。

「それに、いつも勉強しとらんとあかん。時代の波に乗れん奴も詐欺師としては失格や」

何や、こいつの話を聞いとるうちに、詐欺師になれん者は人間失格のような気分になってくるから不思議や。

こうして、文章としてこれを読んどるあんたらは、ある程度、冷静に判断出来るやろけど、こういうヤスみたいな人間を目の前にして、その話を聞いていたら、それも難しいと思う。

ここで、分かったことが一つ、詐欺師に騙されたなかったら、その話を長くは聞かんことやな。相手が詐欺師やと分かってても騙されそうやからな。

確かにこういう奴に、新聞の勧誘をされたら普通の人間はどうしょうもないやろなと思う。おそらく、その時は、どんな話でも、それらしくええ話やと信じてしまうんやろな。

それが、後で良う考えたら、おかしいなとなる。

サイトのQ&Aへの相談にもその類が多い。例えば、無料でええから3ヶ月取ってくれという話なんかがそうや。

その時は、半分疑いつつもその拡張員の話に乗せられそう思うてしまう。まあ、その人間の欲というか得するかもという気持ちも利用しとるんやけどな。

それが、後で嘘やったと分かる。販売店からは、きっちりと集金に来る。それで揉めるというパターンや。こういうのが、後を絶たん。

ヤスの言葉を足せば、詐欺を仕掛ける相手の欲を上手く煽るのも重要な要素やと言う。人間は欲に目がくらむと状況判断が狂うからな。

ただ、新聞勧誘で多く使われとる「ひっかけ」とか「てんぷら」は詐欺罪には該当するのかも知れんが、ヤスらプロからしたら稚拙すぎて話にならんと言う。

「すぐ、バレる嘘はただの嘘や。詐欺と一緒にされたら迷惑や」

ということらしい。そんなものと同列に扱われるのは、詐欺師としての誇りや矜持が傷つくし許せんと言う。

「ワシらは、相手に騙されたとは思われずに騙す。それが、騙しかどうかさえも分からんようにするんや」

ヤスの力説する、数多い具体例の中から一つ言う。

「ごめんください、○○さん。社長の○○さんの紹介で寄せて頂いた○○と申します」

こう言うて、その家に入り込む。会社の社長の紹介やという触れ込みやと追い返す人間は皆無や。

「実は、お宅の社長の○○さんには、日頃から懇意にして頂いてまして、当社の○○新聞をご購読頂いているんですよ」

本当に懇意にしとるかどうかは別にして、実際にその人物が、その新聞を購読しとるという事実は握っとった方がええ。

「それで、失礼ですけど、お宅で読まれてる新聞は?あれ?他社の新聞ですか……。それは、まずいですね」

「どうしてです?」
相手は少なからず不安に思うから、必ずこう聞く。

「社長は当社の社説が好きでいらっしゃいましてね。いろいろと参考にされておられるようです。そういう話を良くされます。それで、いつだったか、お宅のことをその社長さんからお聞きしまして……」

サラリーマンなら誰でも会社の社長に気にかけて貰うとると言われて悪い気はせん。

ヤスに言わせれば九分九厘、これで成約になると言う。しかも、これは、本当か嘘かということを調べようとする者すらおらんと言う。

そう言われればそうや。その新聞を購読しとるということは事実なんやから、その社説も当然、読むやろと思い込む。

社長が、その社員を気にかけとるかどうかというのを、まさかその社長に直接確かめる訳にもいかんやろ。

これは、ヤスが言うのやから騙しなんやろと思う。しかし、確かにその証明は難しいし普通はそういうことをしようとも思わんわな。

実質的な被害は何もないんやからな。敢えて言えば、新聞を替えたくらいやが、それが被害と呼べるかどうかも微妙やしな。

それよりも、社長の好みを知ることが出来て喜んどるケースがほとんどらしい。おまけに、社長の覚えもあると聞かされれば、その情報もこれから生きると思うから、その社員は感謝すらすると言う。

ヤスの言う通りの結果になる。騙されたとは知らず感謝すらするというやつや。

この場合は、社長と社員という関係やったが、他にも応用出来る。先輩、後輩でもええし、師弟関係も悪うない。有名人を使うことも出来る。バリエーションはいろいろやということや。

ここで、その情報収集能力も一流詐欺師欠かすことの出来ん重要な要素になるということが分かる。

この場合、最低でも、その社長と社員の個人情報が必要や。詳しければ詳しいほどええ。

ヤスに言わせれば、この程度の情報は何の苦もなく手に入ると言う。もちろん、何の苦もなくというても、ワシらではその方法も思いつかんし、出来んことや。

「せやから、奴らのは詐欺というても、オレらのすることととは別ものなんや。一緒にせんといてほしい」

ヤスの言う奴らとは、冒頭で言うた「ひっかけ」「てんぷら」をする人間のことや。

「世間では、人を騙すという行為が詐欺やと思うとるが、ほんまもんの詐欺というのは、もっと崇高なもんで芸術の域にあるもんなんや……」

ワシは一瞬、やばいと思うたが、もう遅かった。ヤスは自分で言うた言葉に自分で酔いはじめとる。こうなったらあかん。

「ゲンさん、詐欺というものは奥が深くてな、一口に詐欺と言うてもいろいろあるんや。グループ詐欺から一人詐欺までな。一人詐欺もアカサギ(結婚詐欺)から、オレら拡張員にも関係のある訪問詐欺まで、言い出したらキリがない……」

本当にヤスの話はキリがない。この後、ワシは延々とこの話を2時間ほど聞かされる嵌めになった。

ワシも、こうなることは分かっとったからある程度はしゃあないとは思うけどな。せやからと言うて、その話をここで全部するわけにも行かん。詐欺の手口の列挙だけでも相当のスペースがいる。

語り尽くせんほど多いんやと言うことが分かってくれたらええ。その内、何かの折りにでも話す。それが必要な時にな。

それに、ワシがこいつの話が参考になると言うたのは、その詐欺話のことやないからな。

もちろん、その話を知ることがきっかけやったのは間違いないが、ワシがその詐欺を働こうと思うたのとは違うから、そういう意味の参考やない。

ワシは、ヤスの話を聞いて、それで上手く行くのやったら、そのやり方を詐欺やなく本当にしたらどうかと考えた。

そして、実際にそれを実践してみた。

ある高級住宅街で新聞の勧誘をする。その地域で有名人や会社の社長や役員が住んでいそうな所はすぐ分かる。そういう所や。

参考までに言うとくけど、高級住宅街も一般住宅街もそれほど客層に大差ない。ワシの言う客層とは金のあるなしやない。個人の性質のことや。

新聞代くらいのことで金のあるなしは、ほとんど関係ない。新聞に対する捉え方に金持ちも一般も大差ないということや。

しかし、こういう所には、なぜか一般で嫌われとる連中、喝勧やら、置勧、ひっかけみたいなことをする拡張員は少ない。寄りつかんのや。

金持ちには、そういうことをしても無駄やと思うとるようや。実際は、金持ちほど金に細かい人間が多いんやがな。ワシの知ってる金持ちで、俗に言う乞食読者というのも結構おるしな。

ただ、勧誘する側が、そういう所では無駄やと思い込むだけのことや。当然やけど、そういう連中が寄りつかんということは、そこでは、勧誘員の評判はそれほど悪うはないということになる。

せやから、他よりは話を聞く確率は高いから、考えようによれば、こういう所の方が勧誘はしやすい。

ただ、効率的かというと何とも言えん。高級住宅街という所は、一軒づつの家が大きい分、その地域を重点的に廻っても、他よりも件数的にはどうしても少なくなるからな。

加えて、家がでかいと玄関口まで出て来るのにも時間がかかる。邸宅ともなれば、家政婦さんのいとる所もある。取り次ぎにも時間が必要や。

件数を稼がなあかん勧誘員にはきついかも知れん。そういう所で慣れてなかったらよけいにな。それでも、敢えてここで客を捜す。会社の社長とか役員、有名人なんかやとええ。

もちろん、その客の性質にもよるから一概には言えんが、ここで、その客を確保出来たら、第一段階、成功や。

次は、この客と懇意になる。ワシだけの印象かも知れんけど、こういう所のそこそこ地位や名声のある連中は、人のあまり知らん情報というのを知りたがる。

そうは言うても、拡張話はあかん。そんなものはあまり喜ばれん。ワシと話し込む人間というのは、ワシが拡張員やということを忘れるようや。

ちょっとした物知りで、気のええおっさんというイメージやと思う。営業員というのは、あらゆる人間と話を合わせなあかんから、それこそいろんなことを知っとかなあかん。

それなりに勉強もしとるし、接する人間も多いからいろんな情報も入りやすい。その中で、その相手に喜ばれそうな情報を伝えながら、その付き合いを深める。

そして、その客が会社の社長やったら、その知人や部下を紹介して貰う。もちろん、それにはそれなりのテクニックがいるがな。

ポイントは信用されることと、その人間に心底、認めて貰うことや。この人間なら、他に紹介してもええなというくらいにな。それで、紹介して貰うた客なら100パーセント成約になる。これは、誰に話しても恥ずかしいない立派な正攻法や。

しかし、その正攻法も詐欺師の話がヒントになって思いつくこともあるから、世の中は面白いなと思う。

そう言う意味でも、このヤスとの付き合いは貴重や。それに、こいつは自分で詐欺師やと言うてる割に根性は腐っとらんしな。

この男の話は、面白いし役に立つことも多いから、またいずれ話すこともあるやろと思う。


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