メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話
第46回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
発行日 2005.6.24
■拡張員列伝 その3 ヒッカケ病(やまい)のシンジ
昨日、シンジという昔の拡張員仲間が死んだことを聞かされた。死んだのは半年前、去年の12月の半ばらしい。病院で人知れず死んだという話や。葬式をしたのかどうかすら、それを知らせてくれた人間も知らんと言う。
実は、この男のことは、いずれこのメルマガの拡張員列伝の中で話そうと決めてた男や。その男が死んだと聞かされるのは、何とも言えん思いがある。
この男は、誰言うとなく「ヒッカケ病のシンジ」と呼ばれとった男や。ヒッカケというのは、騙しの勧誘のことや。しかし、単にヒッカケと言うてもいろいろある。
一番、良う聞くのが、新聞を騙るというやり方や。
訪問する家が、どこの新聞を購読しとるかというのは、割合、簡単に分かる。夕方やと、夕刊が入れたままの家もあるし、古紙が玄関先に出してある家もある。
何よりも一番多いのが「新聞屋ですが」とだけ言うてその客に直接聞くやり方や。客の多くは、これで、現在取っている新聞屋やと勘違いする。集金やと思うこともある。ちょっとした会話でそれが分かる。
それが分かれば、いかにもその新聞の止め押し(契約延長)らしきことを言うて契約書を出す。この止め押しというのは、拡張の営業では一番簡単なものとされとる。特にベテランの拡張員には楽勝ということになる。
客は、その止め押しのつもりで契約したのが、実は違う新聞やったということになる。さすがに最近はこんな単純な騙しは通用せんようになったが、それでもしとる奴もまだおると聞く。
あくどいのになると二人一組で仕掛ける場合もある。この場合、一人がその家で現在取っとる新聞店の勧誘員になりすます。そして、わざと悪態をついて客を怒らせる。
そこへ、何食わぬ顔をしてもう片方の別の男が勧誘に行く。そして、その男が悪態をついとる勧誘員をその家から追い出す。そこの客は助かったと勘違いする。
そこを逃さず勧誘する。その男は紳士的に振る舞うので、客も安心する。悪態をついた勧誘員が現在取っとる新聞屋やと思うとるから、腹も立てとる。下手なコントのような芝居に騙されるということになる。
これも、冷静に考えたら分かることやけど、そう都合良う勧誘員同士が同じ家で出会すことはまずない。例え、偶然にしろ出会すことがあっても、先に他の勧誘員がその家にいとるのが分かったら、大抵の人間は、その場所を敬遠して
他に行くからな。
ただ、このヒッカケをする人間も、そのバリエーションは無数に考えるから、つい騙されるということはある。サイトのQ&Aの相談でもあった「町内会長ですが」と言うて来るような場合もその例の一つや。
ワシはその相談者に『町内会長を騙って勧誘員が契約に訪れたということやけど、これは、消費者契約法の不適切な行為に該当する。あきらかに嘘をついた勧誘ということでな。勧誘員が、その町内会長を騙らんかったら契約してない
と言えばええ』と法的に解約出来る理由を教えた。
普通、町内会長が新聞の勧誘をするようなことはまずない。もし、あるとすれば、その町内会長に新聞販売店の所長やオーナーがなった場合やろと思う。それでも、そういう勧誘をする可能性は低いがな。
しかし、このシンジという男が使ったヒッカケというのは、そういうものとは全く違う。騙しには違いないのやが、客の方は、その騙されたという感覚がほとんどない。
それどころか、その客の方から積極的な契約しとる場合がある。客にとっては、そうすることで人助けをした気分にさえなっとるというわけや。
ヒッカケ病(やまい)とタイトルにあるのが、奇異に感じた人も多いやろが、このシンジは、その名の通り、病気をヒッカケの武器に使うてたから、そう呼ばれてた。
ヒッカケと言うくらいやから仮病かと思うやろけど、こいつの場合は本物の病人や。せやからこそ、客も騙されることになるんやがな。同じ演技でも、迫真の演技というやつや。
そのシンジはワシが昔、大阪の団におった時、入団してきた奴や。ほとんど、目立たん、小太りのおとなしい男やった。
成績もぱっとせん。100人近くいとるその団の中でも、後ろから数えた方が早い。ところが、3ヶ月ほどしてから急に成績を上げるようになった。
その事情をシンジから直接、聞いたことがある。
シンジは岡山の田舎から夜逃げ同然に大阪に出て来たと言う。食うに困って拡張員になった。これ自体は珍しくもない良う聞く話や。
成績が悪いということは、金を稼げんということを意味する。夜逃げしてきたような人間は、大抵、金を持っとらんのが普通や。
拡張団は、入団に際してそういう人間の当面の生活費を貸し付ける所が多い。住む所も与えられる。もちろん、それは拡張団の思惑があってそうするのやが、裸同然に飛び込む人間はそれでも助かったと思う。有り難いわけや。
しかし、そこそこ成績が上げられるか見込みのある人間には、団も追加の貸し付けをするが、あかんと判断された者には、その貸し付けはない。ある意味、見放される。
それでも、1日に1本でも契約が上げられるというのなら、その日、食うくらいは何とかなるが、このシンジは3日に1本くらいの割でしかカードを上げとらんかった。
これではどうしようもない。食うに困るから、必然的に仲間に借りるようになる。情けない話をするようやが、大の大人が100円、200円の金を借りるのに頭を下げなあかんのや。
貸す方もそれほど余裕のある者は少ない。稼いどると思える者でも、団なんかの借金が大抵ある。それぞれが、それなりの事情を持っとるのが普通やからな。
それでも、拡張員は非情になりきれる者は少ない。苦しいと思われる同じ団の仲間には特にな。せやから、大抵の者が助けるし、金も貸す。ワシも頼まれれば、そうする。
貸すと言うても、そんなものは返ってくるとはワシも思うとらん。やると言うのも相手を見下しとるようで嫌やから、貸すということにしとるだけや。
もちろん、中には貸したものは返せと言うて揉めとる者もおる。ただ、何ぼ非情になりきれんというても、そういうことが度重なると誰でも嫌がる。信用出来んということでな。
シンジはてんぷらカードを上げたりして、その場を何とかしのいでいたようやが、そういうことまでせなあかんということの情けなさでどうしようもなかったと言う。
自殺も考えたと話す。しかし、シンジには死ぬに死ねん思いがあった。シンジが夜逃げせなあかんかった理由というのは借金苦からやが、その借金は、もともとシンジが作ったものやない。
シンジは、ある衣料品メーカーの真面目なサラリーマンやった。博打も酒もたばこもせんという超のつく実直な男や。
その借金は、古い友人の連帯保証人になったことで作ったものやと言う。その友人は、絶対に迷惑かけんからと、喫茶店をするとかで金融機関に金を借りなあかんから保証人になってくれと頼まれた。その額面は600万円やった。そ
う記憶していた。
連帯保証人の内の一人で、他にも何人かおるから心配ないと頭を下げて頼む。その必死さに、古い友人のよしみでもあるし、嘘をつくような人間やなかったから、快く引き受けた。
しかし、そいつが倒産して逃げた。しかも、そいつは逃げる時、そこそこの金も持ち逃げしとったという。その商売があかんと見切ったんで、そうしたんやろという話を後で聞いた。計画倒産に近いやり方や。
時を置かず、その貸し付け先の金融屋から返済の催促がシンジにあった。その金融屋というのは、街金と呼ばれとる小規模の商売人相手専門の所やった。
取り立ての人間は、いかにもという感じの男たちや。シンジは、連帯保証人は他にもいとるから、そちらへも行ってくれと言うた。
シンジがその友人に頼まれた時は、3番目やったから、その上に後、二人いとるはずや。
「ええか、あんた。勘違いしたらあかんで。連帯保証人ちゅうのは順番制やないんや。順序なんかどうでもええ。貸したワシらが、その中の誰に払うて貰うか自由に決められるんや。頭割りとも違うで」
そう凄まれた。シンジはその時に初めて、連帯保証人の何たるかを知った。
「でも、そう言われても、いきなり、600万円もの大金は今すぐ無理です」
「600万?何、眠たいこと言うてんねん。寝言は寝てから言えや。2000万や。2000万」
「2000万円?そんな……。そんな話、聞いてませんよ」
「そんなこと知らんがな。ここに、その借用書があり、あんたの名前と実印が押してあんのんや。返されへん言うのやったら、出る所へ出るまでや」
結局、シンジは弁護士にも頼って相談したが、どうにもならんかった。住んでる家を追い出され、妻子は実家に帰った。それでも、借金はまだ残った。どうにもならず、逃げたと言う。
ワシと良う似た境遇や。しかし、こういうことはこの世界に流れて来る者には、珍しいことやない。これだけを聞くと何か一方的な被害者のように思うかも知れんが、結局は、そうされる人間にも責任はある。
善意や男気を見せて、ええ格好するのはええけど、それで引き起こすかも知れん最悪の結果を人生では常に予想しとかなあかんのや。知らなんだで済むことやない。
騙す人間や裏切る者も確かに悪いけど、騙される奴もそれなりの責任がある。世の中には、そういうことが常にあるということを知っとかなあかん。もっとも、ほとんどの人間はそうなって初めて気付く。まあ、人のことは言えんけどな。
良う拡張員に対して胡散臭く思うたり、偏見の眼で見る人間がおるが、そういう人間のどれだけの者が、このシンジと同じ境遇に置かれても、尚、拡張員は嫌やからそんな仕事は選ばんと言い切れる者がおるやろうか。
現役の拡張員にしても、ワシを含めて皆、まさか拡張員になると考えとった人間はほとんどおらんかったはずや。そういう状況になり、生きていく上でやむを得ずの選択なんやからな。
少なくとも、好きこのんで拡張員になった者も、目指した人間もおらんやろと思う。ワシが何を言いたいのかと言えば、気ぃつけな、明日は我が身なんやでということや。
もっとも、人間はそれで終いやないから、そこからどうするかはその人間次第やけどな。そうなったことで、世をすねて落ちぶれるのも自由やし、一念発起、再起を目指すのもええ生き方や。
いずれにしても、先の道は自分で見つけて歩くしかない。人生は死ぬまで続く。好むと好まざるに関係なくな。
シンジの死ぬに死ねん思いというのは、その友人を捕まえることやと言う。絶対に許せんらしい。執鬼というか怨念のようものさえ、その時は感じた。
そういう話を聞かされたら「そんなしょうもないことは考えんとけ」と普通は言うけど、このシンジにはそれは言えなんだ。
シンジにとって、そう思い込むことが、生きるための心の支えになっとるようやからな。シンジは以前から糖尿病で入退院を繰り返していた。
それが、こういうことになり、病院に行くことすら出来んようになった。金がないからや。本当は定期的にインシュリンという糖尿病の薬を注射せんとあかんらしい。何とか気力だけで持たせていると言う。
ここまで、聞くとこのシンジに同情する人もおるかもしれんけど、厳しいようやけど、それはただの泣き言にしかすぎん。それを誰かに言うても、どうなるもんでもない。きつい言い方やが誰も助けてはくれんからな。
しかし、ワシが、シンジをこの拡張員列伝に加えようと思うたのは、その一番苦しいときにその話を誰にもせんかったということが理由の一つにある。
この話をシンジから聞いたのは、後にある程度、皆に評価され、この世界ではそこそこ成功したと思われるようになった頃やったからな。
シンジは自分で自分が限界に来とることは知っとった。もうだめかとその時はそう思うたらしい。それは、死を意味する。
シンジは、ある家のインターフォンを押した。その家の主婦が応対に出た。
「助けて下さい……」シンジは、息絶え絶えに今にも死にそうな声でそう言うた。主婦が慌てて玄関を開けると、男が倒れていた。顔面蒼白や。何かの発作のようだった。主婦は急いで119番に電話した。
駆けつけた救急車でシンジは運ばれて行った。後日、シンジはその家に、迷惑をかけた礼が言いたかったのでと安物の菓子折りを持って訪れた。シンジは糖尿病で薬がきれて発作を起こしたのだと説明した。
シンジは主婦に礼を述べた後、正直に話した。病気が原因で他に仕事が見つからず拡張員をしていることや医者にかかり薬を買う金もなかったため迷惑をかけてしまったこと等をな。
気の毒にと思った主婦は、シンジの拡張する新聞を購読することにした。シンジは喜び、また礼を言うて帰った。シンジはこれに味をしめた。その後、シンジは意図的にこの手口を使い始めた。
そうは言うても、毎回、救急車で運ばれるわけにはいかんから、病人のふりをして同情を引くというやり方や。ふりや言うても本当に病人なんやから迫真の演技や。誰にでも出来ることやない。
それが功を奏したのか、シンジは急激に成績を上げた。成績が上がると団での立場が良うなる。借金もある程度、自由に出来る。病院へも通え、薬も手に入った。
このケースでは、後は騙しやないかという批判もあるやろうけど、ワシは同じ拡張員としてそうは思わん。ええことをしとるとも思わんけど、それほど、責められることやないとも思う。
例え勧誘の時に言うてることが騙しであったとしても、客に実質的な損害を与えとるわけやない。拡材なんかはきちんと渡しとるし、客にとっては人助けしたという気分的な満足感が得られとるはずや。
それに、そうする人間は、新聞の変更に関してはそれほどのこだわりはない。交代読者と呼ばれとる客は得にな。
但し、後々まで、バレんかったらの話やけどな。しかし、それで客と揉めたという話は聞かなんだから、バレることもなかったようや。
人の善意につけ込んでと思う人間は、営業の仕事には向かん。むしろ、人の善意にすがる工夫も必要や。実際には、そういうことはなかなか出来んし、上手いこといかんけどな。
営業とは、売り込める自分の武器を最大限駆使することの出来る者だけが生き残れる世界や。犯罪や相手に被害を与えるようなことがなければ、それほど問題はないと思う。勝手な理屈かも知れんがな。
このシンジの場合、偶然からとは言え、病気ですらその武器にしたんやから、ある意味、ワシは立派やと思う。恥も外聞も捨てな営業で浮かぶ瀬はない。特に拡張員はな。甘い世界やない。
通常、これは泣き勧に属することやけど、仲間からは、やっかみ半分に「ヒッカケ病のシンジ」と呼ばれるようになった。騙しの部分が強いという意味でな。
病人の真似をすると言うても、そう簡単なことやない。病人は病人としての特有の知識もいる。仮病はすぐバレる。それに、その方法が誰にでも通用するとは限らん。通用する相手を見つけるのもテクニックの内に入る。
ワシは、このシンジという男を見ていて、どんなことがあっても人生には浮かぶ瀬というものはあるんやなとつくづくそう思うた。
その後、ワシはこの団を辞めて、東海に来てつながりも切れたから、このシンジのことは昨日まで知らなんだ。ただ、やはり死んだのかというのが正直な気持ちやった。
人知れずさびしく死んだという、その死に様は、何故か他人事のようにも思えん。ワシの未来を暗示しとるような気がする。
もっとも、ワシはまだそういうことを考えるほど歳を食っとるわけやないから、具体的な心配をしとるわけやないけどな。今更、そんな心配をしても始まらんと思う。
多少、体力にかげりが見えるのはしゃあないが、その分、口はより達者になった気がする。それに、高齢化の社会の中では、ワシなんかはまだまだ、はな垂れの部類やしな。
人知れず寂しく死んだというシンジやが、少なくともワシは忘れることはないやろと思う。ただ、やすらかに眠ってくれと祈るだけや。