メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話
第5回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
発行日 2004.9.17
■拡張員以外の道?
今更言うまでもないけど、ワシは、拡張員になりたくてなったわけやない。 その時は、正直何でも良かったんや。
ワシだけやなく、ほとんどの拡張員が大概は仕方なくなったというところや。まず、住む所がないということが大きい。次は金がないということや。
拡張団というところは、この二つに関しては大抵の所は問題ない。住処は、独身やったら、個室やし、所帯持ちやったら悪うても、2DKのアパートを貸
してくれる。当面の生活費の面倒を見てくれる所も多い。
こういう、切羽詰まった状況に陥った人間にとって、正直、仕事なんか何でも
ええんや。まず、寝て食うことが最優先や。生きる基本やからな。
ワシらのような、借金苦で窮地に追い込まれた人間は、気の弱い者は死を選ぶ。
自殺やな。ワシも正直、まったく考えんちゅうこともなかった。
しかし、元来、ワシは開き直りが得意やから、いつまでも落ち込んだり、考え込むようなことはなかった。なるようにしか、ならんからな。
ただ、人間、窮地に立つと視野が狭くなる。ワシにしても、たまたま見た、スポーツ紙の求人広告が拡張員やったというだけや。
この、行き場のない状態での受け入れ先は、それしかないのかというと、実は他にも結構ある。
これから、実際にそういう所で仕事しとる人間から聞いた話を交えて、拡張員
以外の仕事はどうなのかについて簡単に検証してみようと思う。
まず、これは、ワシも考えた所やが、住宅リフォームの営業がある。これが、
規模としては一番大きいし、業者数も多い。
住む所はある。ただし、個室かどうかは、その業者による。前借りも僅かなら
問題ない。仕事は、営業や。フルコミと固定給プラス出来高の所に分かれとる。
営業の仕事はここが一番ハードやと思う。自由というものがほとんどない。管理
の好きな業界や。定着率も拡張員並であまり良うない。 拡張員ほどやないが、客からは嫌われとる営業の一つや。収入の差も、拡張員と
同じで稼げる者とそうでない者の差が激しい。
次は、屋台のラーメン屋。これも、結構多い。こつこつやるタイプの人間には向
いとるかも知れん。住む所はあまり良うない。安アパートが多い。稼ぎも思うよ
うには上がらん。ええとこと悪いとこは親方の違いによる差がかなりある業界や。
石焼き芋屋、たこ焼き屋、かき氷屋、わらび餅屋なんかの車で移動販売する業者もある。形態は、屋台のラーメン屋に似とる。これらをすべて、一つの業者がし
とる場合もある。
これらは、総体的に要領のええ者が向いとる。正直者はあまり稼げるという話は
聞かん。
布団とか浄水器等の販売業者もおる。これは、ほとんどが押し売り営業や。当然、
評判も良うない。ワシらの次くらいに苦情が多いと思う。
忘れとった。新聞販売店の専業。これも、住む所のない者が良う飛び込む仕事や。
大抵の者が、拡張員か専業のどちらかを選ぶのに考えたはずや。同じところに、求人広告が出とるからな。これについては、あまり説明もいらんやろ。
最後に、古紙回収業がある。その中でも多いのが、ちり紙交換員や。一時は、古紙の暴落で激減したんやが、このところの古紙の需要が上向いたことで、また
復活の兆しがある。
他の仕事に比べて、リサイクルやから仕事に意義を見つけられるが、甘い業界やない。実は、今回、このちり紙交換員とワシの交流を描いた話を、ショート・シ
ョートで詳しく書いたから、それを参考にしてくれたらええ。
いずれにしても、一長一短のある業種ばかりや。しかし、急場のしのぎにはなる。
自殺を考えるくらいやったら、思い切って飛び込んだらええ。どんなとこでも、
最悪めしくらいは食えるやろうから、死ぬよりましや。
それに、死んだ気になれば、浮かぶ瀬もあるかも知れんしな。せやけど、飛び込む所がええかどうかは保証出来んで。ほとんどは、実際に飛び込んで見んことには分
からん所ばっかりやからな。
そういう状態になった者は、藁をも縋るという心境や。縋った藁がええかどうかま
で判断は出来んわな。選ぶ余裕もないやろうし。
これを読んでるあんたに言うが、まだ余裕のある生き方をしてるのやったら、今の
うちに最悪な状態になった時でも、ワシみたいにならんように普段から考えとかん
とあかんで。
それに、役立つと思える教えを一つ言うとく。
狡兎(こうと)に三窟(くつ)あり。というのがある。賢い兎(うさぎ)は、常に
三つの逃げ道を用意しとるという教えや。
これは、何にでも使える考え方や。例えば、金をなくした場合も、サイフ一つに全財
産を入れていたら、それで終いや。 しかし、こんな場合でも、家のどこかに3分の1、銀行に3分の1、残りはサイフと
いうようにしとけばいくらか助かるはずや。
これは、サイフを落とすことの危険だけやなく、家が火事になったり、銀行が倒産し
たりと最悪な状況にも対処出来る考え方なんや。
つまり、何事も常に幾通りかの手段を講じるように考えれば、最悪の状態からは脱することが出来るということや。
そして、それを考えるのは今でないとあかん。窮地になって考えたんでは、ろくな考えしか浮かばんからな。