メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第51回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日 2005.7.29


■ 危険予知についての話


ワシは昔から、自分に何か危ないこととか、良くないこととかが起こりそうなとき、胸騒ぎのようなものを感じることが多い。

車を運転しとると、急に路地から子供が自転車で飛び出しそうな気がすることがある。それで、ブレーキを踏み減速すると、実際に子供が飛び出して、あわやという感じでそれを避けられたというなことは、一度や二度やない。

拡張の営業で各家を叩いとるときにも、それを感じることがある。そこの住人に会う前から、不穏なものを感じるんや。

理由は特にない。家の構えも普通に見えるし、ヤクザや右翼団体のような雰囲気があるわけでもない。

危ないと感じたら、その家を叩かず、他へ行けばええんやけど、ワシはなぜかそういうときに、好奇心のようなものが、その危険察知に勝ってしまう。

叩かずにはおれんわけや。それで、出て来た人間が、上半身入れ墨の現役バリバリのヤクザやったり、スキンヘッドに日の丸の鉢巻きを巻いた危なそうな男というのもいとった。

他にも、いかつい警官や言うのもおったし、空手の達人やと豪語する者もおった。シュワちゃん並の筋肉マンもや。それこそ、こわもてするだけの人間やったら数えきれんほど出会うた。

しかし、そんな人間は、ワシから見れば、何も危険なことはない。大抵は、話せば分かるからな。こっちが、無理さえせえへんかったら、問題は起こらん。

問題は、ちょっと、頭のネジが緩むか、切れとる奴や。あるときなんか「○○新聞ですけど」と言うただけで、ドアが開いたと思うたら、いきなり、木刀で襲われたことがあった。

ワシも、何の自慢にもならんけど、子供の頃から喧嘩にだけは慣れとる。剣道の達人というのなら、どうか分からんけど、素人の振り下ろす木刀くらいは簡単にかわせる自信がある。

そのときも、叩く前に、何か不穏なものを感じて、それなりに気も引き締めとったから、とっさのことやったが、ある程度、対応して逃れることができた。

世の中には、極、希に、わけの分からん人間がおる。そういうのは、目つきが異様や。精神を病んどるのか、クスリを使うとるのか知らんが、こういうのとは、関わりにならん方がええ。

話せば分かるちゅうなことを考えとるとえらいめに遭う。せやから、こういうのと、出会うと一目散に逃げることにしとる。とてもやないが、相手はできん。

世間から拡張員は、嫌がられ怖がられる存在かも知れんが、実際、ワシらも、訪問する家には、どんな人間が待ち構えとるか分からんだけに、怖いという思いは多かれ少なかれ持っとる。危険な目に遭うことも珍しいない。

普通の人間でも、状況次第で変わる場合がある。このメルマガの「第6回 ■拡張員の災難」のところでも紹介したが、いきなり、頭から風呂の湯をかぶせられたこともあった。真冬の寒い日にや。

この場合は、ただの巻き添えということで事なきを得たが、その人間は、普通の男や。たまたま、そのときにトラブッてた販売所の人間に間違われた。

このときは、相手が普通の人間やったせいかも知れんが、何の危険も感知せんかったがな。

今更やけど、世の中、危険なことは、それこそ腐るほどある。自然災害、事故、病気、事件、あるいは、今、大ニュースになっとるテロもあれば、アスベストの労働災害の問題もある。他にも探せばキリがない。

誰もが明日、絶対に生きていられるという保証はない。人間に限らず、すべての生き物がそうや。生きるということは、いつか死ぬということやからな。

もちろん、ほとんどの人間が、そんないつ死ぬかということなんか考えて、生活しとるわけやない。

普通は、現状が長く続くもんやと思うてる。少なくとも、明日、死ぬとは誰も考えん。また、考えても仕方のないことかも知れんけどな。

それでも、身近な危険については、何も考えんより、考えてそれに備えといた方がええ。やはり、危険を避けられる確率は高いと思うからな。

危険を避けるための、最も有効な考えは「危うきに近寄らず」やろと思う。あたりまえやが、危ないと思うことはせんに越したことはない。

極端なことを言えば、飛行機事故に遭いたなかったら飛行機に乗らんことやし、自動車事故に遭いたなかったら、自動車に乗らんことや。

人と争い事を起こさんためには、何事も一歩引き下がった考え方をした方がええ。健康的な生活を心がけるなら、暴飲暴食を慎み、規則正しい食事と睡眠、適度な運動をするべきや。できたら、たばこも止めた方がええ。

しかし、そんな誰にも分かる基本的なことを実行するのが、実は一番難しい。言うてるワシにも、とてもやないができんことやしな。

せやから、ワシは「危険は常にあるもの」と認知して日々生きとる。世の中、何があっても不思議やない。生きとるということは、常に危険が伴うもんやと考えとかなあかんということや。

KYTというのがある。危険(K)予知(Y)訓練(T)のことをそう呼ぶ。これは、かなり前から多くの企業が取り入れとる事故防止の考え方や。

ワシも、昔、建築屋におったから、このことも良う勉強させられた。ある程度の危険を察知できるのも、これのおかげがあるのかも知れん。

大抵の事故原因は、人為的なものが多い。その主な要因として、危険を危険と気付かない(感受性の欠如)、つい、うっかり、ぼんやり(注意力の欠如)というのが大半を占める。加えて、危険を避けることへの意欲に欠けるということもな。

逆に言えば、それらに注意すれば、危険を避けられる確率が高くなる。そのためには、そういう訓練(トレーニング)をせなあかんということになる。

拡張員という仕事をするのなら、その考え方をマスターしといて損はない。もっとも、個人的には別にして、組織立ってそうしとる所はないようやがな。

そのすべてを話すのは多すぎてとても無理やけど、覚えといて損のない、ちょっとした心得を言うとく。

冒頭でも言うた通り、拡張員にも危険はつきまとうということの認識が必要や。そういう経験をしとる者はある程度、それが理解できるが、経験のない者は、実際にそうなるまで分からんやろけどな。

例えば、拡張員の天敵とも言える、現役のヤクザとの遭遇というのがある。これに捕まると、その経験のない者や付き合い方の分からん者は、対応に困るやろからな。

まず、そういうのと遭わん方が一番ええ。ヤクザの事務所なんかが、そのバンク内にあるような地域は、販売店や古株の拡張員も注意するし、噂でも分かるやろから、それほど、問題なく避けられると思う。

やっかいなのは、アパートやマンションの一室を事務所代わりに使うとる場合や。しかし、これは、注意深く、見ればある程度、分かることもある。

部屋の前に代紋を貼り付けてたり、その社名に特徴があることが多い。具体的にはここでは言えんけど、一般とは変わったセンスのものが多いと思うてたらええ。

但し、一般人でも、勧誘員除けにそうしとる者もおるが、これも、危険予知の考えから言うと、相手にせんと避けといた方が無難や。

こういうことをワシが言うと、それだけを真に受けて、勧誘員除けにとそうする者が現れんとも限らんから、一言、忠告しとく。

確かに、勧誘員撃退には、ある程度、効果はあるかも知れん。せやけど、本物を招き寄せる畏れもある。

ヤクザの世界も、新聞販売店のバンクのようなところがある。分かりやすく言えば、縄張りや。

大抵は、その縄張り内での活動しかできん。そこに、他の組織らしきものがあると知れたら、そういう連中は放っとかんやろということや。

もっとも、それは、別に法律違反やということやないから、そうするのは、その人間の自由や。勝手にすればええ。但し、それについてのトラブルは、ワシの預かり知らんことやけどな。

中には、いくら注意しても、行った先が、そういうヤクザの集まりやったということもあるかも知れん。その場合は、不運やったと思うしかない。せやけど、その不運の積み重ねが、危険予知の訓練となって、後日、役立つと思えばええ。

別に、脅かすわけやないけど、長いこと飛び込み営業しとると、そういう場面も良うあることやからな。経験も訓練やと割り切るしかない。

もう一つ、営業の仕事において、危険予知で重要なことは、トラブルを起こさんということや。

事件に発展するのは、大半がトラブルからや。客にも、いろいろな人間がおる。こんなことでという些細なと思えることくらいで、怒り出す者も珍しいない。

売り言葉に買い言葉で、揉め事に発展する場合がある。はっきり言うが、客と喧嘩になれば、大半が拡張員の負けや。

子供の喧嘩やないんやから、ドツキ倒したら勝ちということにはならん。手を出せば傷害罪になり、逮捕される。

そうなれば、今やったら、確実に新聞沙汰になり、その名前を天下に晒すことにもなる。下手をすれば、その後の人生すら棒に振りかねん。

反対に、その客に殴り倒されて怪我をしたとしよう。同じ、傷害罪でも、扱いは確実に違う。その原因は、拡張員にあると見られる。

同じ、新聞沙汰になっても、その客は同情されるが、拡張員は非難される。例え、事実は、その客側に問題があったとしても、世間はそうは見ん。警察も、おそらく裁判所もや。

理不尽やが、そういう可能性のある仕事やということや。

せやから、拡張員にとっての、最大の危険回避手段は、自らトラブルを引き起こすような行為はせんように心がけることやと思う。

それでも、客が怒るようなら、速やかにその場を離れる。場合によれば、逃げ出すくらいの気持ちでええ。逃げるが勝ちやからな。


ご感想・ご意見・質問・相談・知りたい事等はこちら から


メールマガジン・バックナンバー 目次                       ホーム