メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第52回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日  2005.8. 5


死者との契約 Part 1


別に怪談話を始めようというのやない。「怪力乱神を語らず」が、ワシの信条やからな。ワシは、こう見えても合理的なんや。

神や幽霊、宇宙人がおってもええなとは思うけど、信じるにしては、あまりにも、非合理すぎる。特に、神や幽霊という類はな。ワシから言わせれば、ほとんどは、人の心が作り出す幻影にすぎんと思う。

もっとも、営業で、そういうことの好きな客とは、トークの一環として適当に話に付き合うことはあるが、その程度や。

せやけど、世の中には、わけの分からんことが起きることも、確かにある。人は、それを合理的に説明できんから、そういう、神とか幽霊の存在を作ることで納得しようとするのやと思う。

これから、話すことも、この件に関係したほとんどの人間が「それは、幽霊のしわざ」やと言う。確かに、不思議なことには違いないが、すぐ、それと結びつけるのもどうかと思うがな。

これは、8年前の大阪でのことや。

地名くらいは言おうと思うたが止めた。それを言えば、そこは、地元では「おばけ屋敷」としてかなり有名やったから、その近所の人間にはすぐ分かる。

それに、そこは、今では、立派なマンションが建っとるから、今更、それを言うことで、変に刺激することもないやろと思うしな。

その当時、ワシは大阪のS紙の拡張団におった。そこそこの規模の拡張団やった。そこで、班長をしてた。班員は15名ほどや。

ほどやと言うのは、出入りが結構あるから、常に同じメンバーが固定しとるわけやない。平均で15名程度やと思うて貰うたらええ。

その班員の中に、宮本(仮名)というのがおった。元、銀行員やったという奴で見るからに真面目そうな男やった。実際、不良カードの少ない人間やった。

もっとも、ワシは、客とトラブル人間は嫌いやから、不良カードの多い奴は、ワシの班では居心地が悪いのか、すぐおらんようになったがな。

喝勧や騙しをする奴は、もっての外や。最初におった京都の団で、嫌っちゅうほど、そういうのと関わっとったから、同じようなことをする人間には、どうしても嫌悪感が湧く。せやから、場合によれば、団を追い出すこともあった。

そこの団は、京都とくらべれば数段ましやったが、それでも、多少のことは当時の業界では容認されとるようなところがあったから、ワシの考えはある意味、異端やったかも知れん。

それでも、団長あたりは何も文句は言わんかった。ワシの言うてることが、正論やったということもあるやろうけど、やはり、成績がものを言う世界やから、それが大きい。

班員にも恵まれたということもあるが、ワシの班は常に成績はトップやったからな。ワシ自身も今とは違うて、バリバリ仕事もしとった。コンテストなんかにも何度か優勝したこともあるしな。

その当時のワシは、控えめということのできる男やなかった。まともな仕事のできんものはカスやくらいにしか思うてなかったからな。かなり、天狗に近い状態やった。

しかし、どの世界でもそうやが、そういう人間を快く思うてない者は必ずおる。結果的に、そういう奴に嵌められて、えらい目に遭うんやが、その話は、今回とは関係ないから、いつか、機会があれば別に話す。

ただ、ワシも綺麗事だけの世界で生きてきたわけやない。世間で言う裏の世界のことも大抵は知っとる。やってきたことも、人に自慢できるようなことは、ほとんど何もしとらんしな。

「清濁併せ呑む」という程度の気持ちは持ち合わせとる。それに、不良カードは許せんというても「てんぷらカード」は、条件付きで大目に見てた。

その当時は今と違うて「てんぷらカード」くらいは必要悪で仕方ないという業界の風潮もあったし、実際、そうせな飯も食えん奴もおったからな。

当然やけど、15人も班員がおれば、中にはどうしようもないのがおる。特に、新人なんかはある意味、仕方がない。人により、仕事に慣れ成績を上げられるようになるまで時間のかかる人間は、拡張員に限らず、どの世界にでもおるからな。

班長としてのワシは、それを気長に待っても、別に構わん。しかし、当人にとっては金が入らんから死活問題や。多少の生活費くらいは貸せるが、それも限度がある。

それに、成績が悪くても、金を貸して貰えると思われても困るし、その人間のためにも良うない。この仕事を支える気持ちの一番大きな要素は、ハングリー精神や。稼がな飯が食えんという気持ちにならなこの仕事は続けられん。

条件付きの「てんぷらカード」というのは、金がなく飯が食えんようなときの非常手段として、ワシが、その当時、そういう連中に教えとったことや。

その条件とは、
1.てんぷらカードは1店舗1枚が限度。2,3枚と上げれば、そこでの信用がなくなるだけやなしに、その人間にそういう癖がついてしまう。非常手段が常套手段になるおそれがあるからな。

2.てんぷらカードの契約日は、最低6ヶ月程度先の先付け契約のものにすること。これは、その間に、そのバンクで上げた正規のカードと差し替えをするためや。

販売店に迷惑をかけるなという意味があったのやが、これは、結果的に裏目に出ることもあった。その6ヶ月の間までに、それをして辞める人間もおったからな。

3.てんぷらカードの申告。事前にワシにそれを伝えとけば、それが、てんぷらやと発覚する前に、対処できるからな。しかし、実際には、これを申告する人間は少なかったけどな。

4.てんぷらカードの混入はあかん。中には、成績を上げるためや、拡材を横領するためにそうする人間がおるが、ワシはそれを認めんかった。

という感じで大体、こんなところや。他にも、技術的な方法にも触れとったけど、今はその話をしても何の役にも立たんから省いとく。

「ゲンさん、宮本さんのカードですけど、これ、ひょっとしたら、てんぷらと違いますか」

販売店の店長がそう言うてきた。

「監査は?」

監査というのは、拡張員の取ってきた契約カードが間違いないかどうかを確認することや。これは、カードに記入された電話番号にかけて、そこの住人に確認するのが主や。

「問題は、なかったようですね」

その日の勧誘台帳を見ながら、店長がそう答えた。そのカードは一週間前のことや。カードの購読開始日は来月の1日からになっとる。今日は、20日やから、新聞を入れ始めるのは、まだ、10日ほど先や。

「それが、てんぷらやという根拠は何や」

「実は、昨日、後届けの商品券をうちの人間に持って行せたんですが……」

後届けというのは、拡張員が拡材をそのときに持ってなかった場合、店から後日、届けるという約束を交わしとることや。特に、今回のように、拡材が商品券なんかの場合にそれが多い。

資金に余裕のある販売店なら商品券の買い置きというのも多いが、そうでないと契約が上がってから揃えるケースがある。

それには、日数がかかるから、後届けの約束は1週間ほど先に設定しとるわけや。それで、その1週間後の昨日、持って行ったということらしい。

「その家、誰も住んでないんですよ……」

店長の声に怯えたような響きがあった。

「空き家か?」

「ええ、空き家と言えば、そうですが……実は、2年前から、人が住んでない
んです……」

店長は、明らかに喋りにくそうにしてた。しかも、怖がっとるようにも見える。

「何があったんや?」

ワシも、やっと、異常な感じやというのに気付いた。それまでは、店側のクレームやと思うてたから、そのつもりで話を聞いとったからな。

店長の説明やと、5年前、その家で首吊り自殺があったと言うことや。死んだのは、その家の旦那やった。これだけやと、それほど珍しい話でもないが、問題はこの後やと言う。

その後、この家は貸し家になったんやがなかなか借り手が見つからず、3年前に、やっと、ある家族が住むことになった。夫婦と小学生の子供が2人おる普通の家族や。

たまたま、その住人が、この販売店の顧客やった。この販売店の従業員が、引っ越しのときに契約を取ったらしい。

翌日から、その家に新聞を配達するようになって、妙なことが続くようになった。

まず、その家の住人が連れてきた犬が門の横で死んでいるのを、朝早く、配達人が見つけた。当然、その配達人は、すぐ、その家の住人に知らせた。病死やったとのことや。

その3日後、配達人がいつものように、その家に配達しようとすると、そこのご主人らしい住人が、新聞を受け取りに出てきた。まだ、午前、4時過ぎや。そのご主人の様子は、ひどく疲れた感じで、配達人に聞いてきたらしい。

「この家で、以前、何かあったんですか」

聞かれた配達人も、この販売店に来てまだ3ヶ月ほどやったから、5年前の首吊り自殺の件は知らんかった。

「さあ、僕は何も知りませんけど、どうしてです?」

「そうですか……。実は、夜になると誰かが『出て行け、出て行け』とうるさく言うんです。初めは、近所の人のいたずらかとも思ったんですけど、外に出ても誰もいないんです。昼間、近所の人に、そのことを聞いても、変な顔をされるだけで、誰も何も教えてくれないんで、新聞屋さんだったら何か知っているんじゃないかと思って……」

配達人は、次の配達もあるから、そのまま、その家の住人とは別れたんやが、どうにも気になり、店長にそのことを聞いたと言う。

店長は、当然、5年前の首吊り事件のことは知っとったが、その配達人には「何も知らん」とだけ答えた。それを知らせて、怖がらせる必要もないし、変に広めることもないやろと考えたらしい。

大したことやとの認識もなかった。当然、その後に起きる幽霊騒ぎなんか想像もしてへんかったと言う。

しかし、話は思わん方向に進んだ。

その配達人が、配達中にその家の庭の松の木で、白い服を着た中年の男が首を吊ってるのを見たと騒ぎ出し、急いで交番に走った。警官と一緒にその家に行ったときには、そういう形跡は何もなかったということがあった。

警官が、その家の住人に、事情を話すと「実は、私たちも何度かその姿を見たんですが、そのことを話しても誰も信じてくれなくて……」という、驚くべき返事が返ってきた。

しかし、その警官もそんな話を真に受けることもできんから、上には報告もしてない。「何かの見間違いだろう」でその場は、終わった。

ただ、店長は、真っ青になったと言う。実際に、首吊りをした旦那というのは、白いシャツを着ていて、場所もその庭の松の木やったからや。その事実を、その配達人も、現在の住人も知らんはずやった。

その後、その配達人は、翌日、辞めさせてくれと言い、その住人も逃げるように引っ越しして行った。

それから以後、その話は、近所でも評判になり、誰言うとはなしに、その家は「おばけ屋敷」と呼ばれるようになった。現在まで、誰も借り手がなく、長いこと空き家やった。

ついでに言えば、近所の住人の話やと、その首を吊った旦那は、大の犬嫌いやったと言う。現在の住人が引っ越した翌日、犬が死んだのも、その旦那の幽霊のせいやないかと、まことしやかに話し合うていたらしい。

しかし、それを、当の住人に言うのも、気が引けていたから黙っていたということやった。近所の人間が、よそよそしいと感じとったのは、そのためかも知れん。

「宮本さんのカードが、そこの家やったと分かったのは、うちの者が、後届けの商品券を持って行ったときでしたんや」

「それで、てんぷらカードやと言うんか?また、誰か、新しい借り手が見つかって入居したんやないんか」

「私も、最初はそうやと思うて、念のために確かめに、行ったんですが、やはり、そこは、荒れたただのあばら家だったんです。とても、人が住めるような所やないんです」

「そうか……、分かった。後で、一応、宮本に確かめとく。それまで、そのカードは保留にしといてんか」

ワシは、あの宮本が、てんぷらをしたというのは信じられんかった。宮本は、ワシの班でも、特に真面目な男やった。元銀行員ということもあり、こつこつと地道に営業に廻とった。

成績も、どちらかというとええ方や。てんぷらを上げなあかんほど苦しいこともないはずや。事実、付き合って6ヶ月ほどやったが、てんぷらも含め、一度も不良カードなんか出したことはなかった。

「宮さん、聞きたいことがあるんやけどな……」

「ああ、そのカードのことなら。覚えていますよ。確かに、その家は、すごいあばら家でしたね。とても人が住めるようなところとは思えませんでした……」

宮本が言うには、その家の前を通っとるときに、何げなく中を覗くと、中年の男が庭で草むしりのようなことをしてたのが見えた。

宮本は、営業の癖で、いつものように気軽に声をかけた。

「大変ですね」

実際、庭も荒れてたからそう言うた。

「ええ、実は、長いことよそに居てたんですけど、今度、ここに帰って落ち着こうと思いまして。それで、掃除をはじめてるんですけどね……」

「住まれるのは、いつ頃から?」

「来月からにしようかと……」

宮本はラッキーやと思い、勧誘をすると、その男はあっさり承知した。引っ越し予定客の場合は、大抵、早い者勝ちで決まることが多い。

商品券の後届けをどうするかという話になったが、一週間後ということなら、大抵は、後片づけに来とるという話やったから、問題はないと思うた。

それに、その人間は「引っ越ししてから持って来てもらってもいいですよ」とまで言うてた。

「私は、伊沢さんにも、そのことをはっきり、伝えましたけどね」

伊沢というのは、その販売店の古株の男で、その日の監査をしとった人間の一人や。

「そうか、宮さんは、どうも、その中年の男に担がれたんやないかな」

「どういうことです?」

「そのカードの名前な、その家で5年前に首吊り自殺した男の名前なんや」

結局、宮本も、てんぷらの疑いをかけられとるというのも嫌やということと、担がれたというのも、間違いなさそうやということになって、そのカードは無効にしてくれと、販売店に申し入れることにした。

もちろん、宮本のてんぷらやという汚名は晴らした上でな。それには、商品券の後届けというのが効いた。

普通、拡材の後届けを店からせなあかんカードで、てんぷらはどんな拡張員でもせんからな。そんなことをしたら、すぐバレる。

それに、宮本はその日、全部で5枚のカードを上げてたから、てんぷらを混ぜる必要もない。ワシが、そういうことにはうるさいというのも、その店長も知っていたし、宮本が真面目なのも良う分かってた。

結局、いたずらで担がれたということなり、その件は終わった。いや、終わるはずやった。

それから、10日後のことやった。

「ゲンさん、助けて貰えませんか……」

その販売店の店長からの電話や。かなり、声が怯えとった。

Part 2 に続く


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