メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第6回 新聞拡張員ゲンさんの裏話

発行日 2004.9.24


目次  ■拡張員以外の道 PART2

      ■拡張員の災難


■拡張員以外の道 PART2


前回の補足や。緊急避難の就職先は他にもまだあった。普通はあまり役立つ こともないやろけど付け加えとく。

型枠大工、鉄筋、とび、土工等の建築関係。俗に言う飯場や。若くて体力に 自信のある者に限る。募集は55歳くらいまでと結構幅はあるがな。寮食付 きというのが多い。

パチンコ屋も忘れとった。ここから、拡張員になる者も結構いとる。しかし、 最近では、年齢制限や保証人が必要という所が増えたようで狭き門のようや。

人材派遣会社の住み込み派遣がある。自動車工場等の仕事が多いな。これは、 期間工と呼ばれとる。ここは、体力は使うけど、一番外れの少ない仕事かも 知れんな。ここの経験者も拡張員にはおるけど、そいつは拡張員の方がええ と言うとったけどな。充てになる話やないけどな。

住み込みのトラック運転手というのもある。この他にも住み込み可というと ころは、当たってみてもええんと違うかな。

変わったところでは、マグロやカニ漁の遠洋漁船の乗組員というのがある。 昔は結構あったようやけど、今は珍しい。

一昔前のヤクザな金融屋の売り飛 ばし先と言われていたが、今は乗組員になるにも資格がいるし難しい。 それに、こういうのは、今は日本の漁船であっても外国人の乗り組み員が多 い。上手く乗れれば金にはなるが、危険や辛さは半端やないらしい。あまり 現実的とは言えんな。

これ以外にもまだ他に何かあるか知れんが、ワシには分からん。断るまでも ないが、上記のものも前回同様すべて、飛び込む以外、そこがええとこか悪 いとこかというのは分からん。

何にしても、そういう所へ行くと決めたら覚悟はしとくことや。甘い所は一 つもない。もっとも、普通の職場でも世の中に甘い所は少ないがな。


■拡張員の災難


この仕事を続けとると、いろんな目に遭う。死にそうになったことも一度や 二度やない。と言うても、拡張員が特に危険な仕事というわけやない。 拡張員やと言う理由だけで、命を狙われるというのはあまり聞かんからな。

しかし、結果として危ない目には遭うとる。ひょっとしたら、ワシだけかも 知れんがな。 全部を話してたら大変やから、今回はその内の一つだけにする。

季節は冬。その日は、大阪には珍しく雪が降っていた。大阪では10センチ 積もれば大雪や。
ワシはその日、歩いて拡張してた。 単車や自転車は寒いし危のうてしゃあない。

午後7時頃やったと思う。一戸建ての閑静な住宅地にいた。何度も滑って転 びそうになりがらの拡張やった。

一軒の家の前で呼び鈴を押した。その家は古くて玄関が開き戸やった。

「新聞屋ですが……」 ワシはいつものように玄関口でそう言うた。

すると、ガラリとその開き戸が開いたかと思うと、いきなり頭から熱湯を浴 びせかけられた。 正しくは、その家の風呂の残り湯やったんやが、体の冷え切ったワシには熱湯に感じた。

洗面器一杯分や。ワシは何が起こったのか良う分からんかった。

「うわっ、熱っ。何をすんねん」 そう言うのがやっとやった。

「あっ、人違いや」 その家の主人とおぼしき男が、そう言うたまま固まった。

熱い湯やとはいえ、この寒さや。あっと言う間に冷える。水と変わらん。 そのうち、ワシの方が本当に凍って固まってしまいそうやった。

「どうも、すみません」
奥さんらしき人がバスタオルを持って来てくれたが、その時にはすでに下着 までずぶ濡れや。テレビのコントやあるまいし、洒落にならん。

結局、その家の主人の服に着替えることになったが、何でワシがこんな目に 遭わなあかんのか訳が分からん。

せやから、当然、その理由を聞く。

その家の主人が言うには、近所の新聞屋と揉めとるということやった。

その家はA新聞を6ヶ月の約束で取っていたんやが、来月、契約が切れるか ら新聞を止めるようにそのA新聞の販売所に電話した。

すると、そのA新聞の販売所は「1年契約やから、後6ヶ月契約が残ってる」 と言う。 主人は契約書の控えを手元に置きながら「そんなはずはない。この契約書の 控えには6ヶ月とちゃんと書いてる」と主張するが、販売所は取り合わず態 度も横柄になり「どうしても、解約したければ違約金2万円を払え」と無 茶なことを言うたと話す。

それで、電話口で口論となり、販売所の人間が「今から行くから覚悟しとけ」 と言うたらしい。主人も頭に来て待っていた所にワシが現れたということや。

「何ぼ、頭に来たから言うてあんなことをしたらあかん。例えあんたに利のあ ることでも負けになってしまう。結局、何も言えんようになるで」

何でもそうやが、大人の喧嘩は冷静にせな損やし、勝てん。いくら、こちらに 正義があっても、先に手を出し相手に怪我をさせれば傷害罪となる。勝てる喧 嘩も負ける。

子供の喧嘩なら、相手を殴り倒して負けを認めさせられれば勝ちになるが、大 人の喧嘩はそうはいかん。 そのことを、ここの主人に言い聞かすと「申し訳ない」と反省しきりやった。

丁度、そんな時、その相手であるA新聞の販売所の人間が来た。

ワシは暫く様子を見ることにした。トラブルに介入する場合、注意せなあかん のは一方からの話だけを鵜呑みにせんことや。例え、その一方が親しい人間で あってもな。せやないとえらい目に遭う。経験者は語るや。

しかし、この場合は販売所の人間が悪い。理屈にならんことを言うて何とか言 いくるめて、力づくで押さえ込もうとしとるのが見え見えや。

確かに、販売所が持って来た契約書には1年となっとる。そして、この主人の 持っとる契約書は6ヶ月とある。販売所の人間が持っとるのは複写の方や。 せやから、契約書の細工は出来んと言う。

契約書にある氏名や住所欄の記入は確かにこの家の主人の筆跡に間違いない。出る所へ出たらあんたの負けやと迫る。

しかし、この場にワシがおったということが、その販売所の人間の誤算や。こ んなトリックはワシにしたら子供騙しと一緒やからな。

「これは明らかな偽造やな。出るとこ出たら困るのは、あんたらやで」

「何やワレ、知ったふうな口を聞いてからに、何者や」

「誰でもええがな。あんたらも分かって来とんのやろ。罪重いで」

通常、契約カードは3枚綴りの複写になっとる。一番上が客の控え、次が販売 所の控えで、残りが団の控えになる。

カードに記入する時は、3枚目に厚紙を 差し込む。余分な所に複写せんようにな。 せやけど、契約期間なんかを細工しようという奴は、3枚目と6枚目に厚紙を 2枚差し込む。

その際、3枚目の厚紙を契約期間記入欄までずらす。すると、 氏名と住所は6枚目まで写るが、契約期間は3枚目までしか写らんことになる。 契約期間やサービスの書き込みも拡張員がするから、契約者には分からん。

複 写ということは契約者も知っとるから、一番上の控えさえあればと安心する。 せやけど、この拡張員は本来販売所と団に渡すはずの2枚目と3枚目を破いて 捨てる。

そして、空白になった4枚目が一番上となり、それに新たに契約期間 を書き込んで、違う契約カードの誕生となる。

ハンコの問題もあるが、こういうことを最初から考えとる奴は、ハンコはこち らで押すからと客から取り上げ素早く押してしまう。

何で、こんなことをするのかと言えば、単純なことや。カード料と拡材を販売 所から騙し取るためや。残念やけど、こういう拡張員もいとる。

そのことを、その販売所の人間に指摘してやると、そそくさと帰って行った。 販売所の人間もそういうことは良う知っとる。 しかし、だからと言うて客の言い分を認めとったら大損すると思う訳や。

それに、強気で言えば客も諦めると考えるんや。 実際、そういう客の方が多いからな。

その家には感謝された。さぞかしその家の契約は取れたやろうと思うとるかも 知れんが、世の中、そうそう上手くことが運ぶことはない。 頭からお湯をぶっかけられる災難に遇うほど、ついとらん時は特にな。

その家 の主人はA新聞の後はS新聞に決めてたと言う。他の拡張員と契約済みや。 せやから、喧嘩してでもA新聞を止めたかったということや。

運の悪いこと にワシは、その時、S新聞の拡張員やった。せやから、ワシはカードにならんでも礼を言うしかない。その客も、この後、 S新聞を購読するんやから、ワシにしたことは許されると思うとる。

まあ、しかし、こんな程度のことはまだ、かわいい方や。これからも、たまに、こんな話で良ければ話して聞かせる。何かの笑い話にでもしてくれたらええ。


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