メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第62回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日 2005.10.14


■ それぞれの事情 Part3 犯罪者と呼ばれし者


犯罪者にもいろいろおる。こう言うと語弊があるかも知れんが、犯罪歴がある者イコールあくどい人間とは限らんということや。もっとも、どうしようもない人間も確かにおるがな。

この業界に長くいとると特にそれを強く感じる。昔から、この業界にはそうした人間が流れてくることが多かったからよけいや。

一般的に犯罪者というのは、その罪により刑務所なんかに収監されたことのある者のことを指す。前科者とも呼ぶ。

駐車違反や一旦停止も犯罪を犯すことには変わりはないが、そういうのを犯罪者とは言わん。それやったら、世の中、犯罪者やない人間を捜す方が圧倒的に難しいやろからな。

せやから、ここで言う犯罪者とは、俗に言う「刑務所帰り」の前科者ということに限定する。

東(仮名)という男が拡張員仲間におった。歳はワシとそれほど変わらん。

「ゲンさん、オレほど運のない男はおらんと思う……」

その東が、ある日、ポツリとそう洩らしたことがある。もちろん、そう言うからには、それなりの理由があってのことや。団の中では比較的真面目と目されとる男やった。

今から10年ほど前、東は、ある飲み屋でカラオケの順番をめぐり、そこに来ていた中年の男と喧嘩になったことがあった。

東は、普段は真面目なサラリーマンやったが、昔から酒癖が悪かった。本人もそれを自覚しとったから、日頃は酒を飲むのも酩酊状態にならんようにと自重しとった。

ところが、その日は、仕事のミスを職場の上司に怒られて気分がむしゃくしゃしていた。飲まずにおられんかったわけや。

東は無類のカラオケ好きやったから、歌さえ歌うとれば、それで満足やった。それに、嫌な気分を発散させられるから、飲んでてても酩酊状態にはならんと思うとったということもあった。

ところが、東のようなタイプの人間はアルコールが入ると人間が変わる。普段なら笑うて許せるようなことでも我慢できんようになる。

その時、たまたま東が好きな歌とその中年の客がリクエストしていた歌が重なった。順番では、東の番やったんやが、店の人間が誤って、その中年の男にマイクを渡した。

怒った東は、その中年の客に文句を言うた。

「こら、それはオレの歌や。下手くそ!!やめとけ!!」

「何やと!!何ぬかしとんねん、ぼけぇ!!」

売り言葉に買い言葉や。どこにでもありがちな喧嘩になった。酒の入っとる東には、その自制が利かなんだ。

掴みかかってきた中年の男に対して、東は手に持ったウイスキーの瓶で殴りかかった。倒れた男に更に追い打ちをかけて殴りつけた。こうなると、東自身も何をしとるのか分からんかった。

正気に戻ったのは、警察の取り調べ室あたりからやった。

「えらいことをしたな。相手、死んだで」

取り調べの刑事が冷たくそう伝えた。

東は、一瞬、刑事が何を言うてるのかと思うた。

東は、喧嘩のことは覚えとるが、何をしたかの記憶は定かやなかった。後に、ウイスキーの瓶で十数度も中年の男の頭を殴りつけたということが分かった。

カラオケ殺人。当時、東の事件をそうマスコミは書き立てた。

この事件を堺に、東の人生は一変した。一変したのは東だけやなかった。

東には、その当時、妻と小5と小三の二人の男の子がおった。報道が実名ということもあり、その家族も周りに知られることになった。連日の新聞、テレビの報道は過酷を極めた。

そのマスコミの取材は、その渦中で経験した者にしか理解できんほどの過激さやという。それは、妻は疎か、子供たちにまで容赦なく襲いかかったと話す。

結局、妻はそれに堪えきれず、子供を連れて実家に逃げ帰った。後に離婚が成立したということや。

東は、両親とも同居していた。父親は、某大手企業に勤務していた。定年まで1年もなかった。

この事件で、その父親は勤務先から、殺人者の父親ということで、話題となり、結局、それで追い込まれて離職を余儀なくされた。リストラ絡みもあったということや。

その父親は、心労から心臓病になり、事件から3年後、死んだという。母親もその後を追いかけるように翌年、亡くなったということや。

悲惨というしかない。東は、そのすべてを塀の中で知った。悔やんでも悔やみきれんと嘆く。

自分だけのことなら自業自得やから仕方ない。しかし、世の中はそれでは済まんという現実があるということを嫌というほど思い知らされた。それは、何の罪もない妻子や両親にまで及んだ。

刑事罰は、傷害致死罪ということになり懲役5年が地裁から言い渡され、それに服すことにした。それが重いのか軽いのかは分からんが、すべてを甘んじて受けるつもりやった。

しかし、刑事罰で償いがすべて済むわけやない。被害者への補償もせなあかんかった。その辺の考え方は、交通事故の賠償と一緒や。

ただ、東の心情的には、被害者には済まないとは感じるが、一方的にそうしたわけやないという思いが強い。

お互いが喧嘩と承知で事に及んだはずや。結果は、東が加害者になったが、その逆もあり得たわけや。東が悪いのは当然やが、被害者にも責任がある。それが正直な気持ちやった。

結局、東の財産をすべて処分した額での調停が成立した。東は、この一事で、両親、妻子、財産のすべてを失ったことになる。

せやけど、それだけではまだ済まなんだ。

出所した東は、取りあえず、仕事をしようと職探しを始めた。東は、一応、国家資格も持っとったから、仕事は、簡単に見つかるとタカをくくってた。

しかし、何度面接に行っても、その場は反応がええんやが、後日の通知はすべて不採用やった。この求職難の時代やから仕方ないのかと思うてたが、それだけやなかった。

面接には、履歴書が必要になる。国家資格をアピールしようと思えば、最後の職場を記載しとかなあかんかった。そこでの実績は、業界内でも認められとったからな。

しかし、まともな会社なら、大抵、元の職場に問い合わせる。そこで、東のことを知る。どういう事情があれ、東は殺人者や。これは、厳然たる事実として残る。

そういう人間を雇うような会社は、東の業界にはなかった。おそらく今の日本では、それと知った上で雇うというのは、世間一般でまともやと評価されとる会社では、皆無やないやろかと思う。

「さすがに、このときばかりは、世間を呪いましたよ。犯罪者は、まともな仕事をするなということなのかとね」

結果として、東はこの拡張員の仕事に流れて来たわけやが、幸か不幸か、この東と団で最初に親しくなったのがワシやった。

せやから、このときに一言、忠告した。

「拡張員ということで、安心して、そういうことを言うとるのかも知れんが、そういう話はなるべく誰にも知られんようにしといた方が無難やで」と。

拡張員の世界では、どんな過去があろうとも関係なく雇うというイメージがあるやろうけど、実際はそうでもない所の方が多い。

世間から無法者の集まりと思われとる拡張員でも、さすがに過去に殺人を犯したことがあるという人間は少ない。仲間内でそういう話をすると、間違いなく引かれて敬遠される。場合によればそれだけでは済まんようになる。

人は、それに至るまでの経緯よりも、その結果を重視する。それが「人殺し」となれば尚更や。特に、最近では、評判というのを気にする団が増えとるから、あの団には「人殺し」がいとるでと噂されるのはまずいとなる。

例え、その人間が真面目であろうとも、その噂があれば、排除されることも考えとかなあかん。その意味も含め忠告したというわけや。

確かに、昔は、過去に拘るということは拡張員の世界にはなかった。今まで、何をしてこようと、仕事さえできれば、それなりに評価されとったからな。

言えば、再起を誓う人間にとっては、最後の砦のような仕事やったわけや。事実、この仕事で頑張っとる者も多い。その意味では、社会的には認められにくい職業やとしても、意義深い仕事の一つやと思う。ある意味、なくてはならん仕事や。

この東のように、はずみでそうなっただけの犯罪者と呼ばれる者は、世間には結構おる。そういう連中は、根が真面目やから、何とか人生をやり直そうとする。

しかし、世間では、その場があまりにも少ない。必然的に、彼らは、この拡張員のように人の嫌がるような職業を選択するしかないとなる。

その仕事ですら、彼らを除外する動きがある。それを、切実な思いでサイトに訴えかけて来る人がいとる。

東に代表されるように、そうなった原因の大半は確かに本人にある。そして、その被害者も存在しとるのは事実や。それを忘れたらあかん。

ワシも、そのことは本人に伝え、それを含めてすべてが償いと思うたらどうやと言うた。悲観的に物事を考えるなともな。

東にも同じようなことを言うた。

「あんたは、運が悪いと嘆いとるが、まだ、生きとるやないか。生きとる間は、運が悪いということはない。少なくとも希望を持つことはできるはずや。あんたが、それをあきらめさえせんかったらな」

これも、ワシの信条の一つやが、人間、あきらめさえせえへんかったら、いつか必ず状況は好転するはずやということや。

それが、例え、不運の連続のように思える人生でも、頑張って良かったと思える日が絶対に来る。その日のために、今がそうなんやというだけのことやと考えればええ。

人間は考え方次第で生きていける。問題はそう思えるかどうかに尽きるということや。

その東も、今はどこで何をしとるのか分からん。ただ、自分に負けてくれるなと願うだけや。


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