メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第65回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日 2005.11. 4


■ 拡張員列伝 その4 強面(こわもて)のリュウジ


人は、誰でも大なり小なりコンプレックスというものを持っとるのが普通や。

ワシにも、それは当然ある。頭が薄いというのがそうや。それをいくら自覚しとっても、ハゲと言われるのには抵抗がある。

自分で、笑い話にできても、人からそう言われるのはええ気のするもんやない。しかも、それに悪意が込められとる場合やったら殺したろかと思うときすらある。

人の欠点やコンプレックスを笑い者にするもんやない。するのなら、殺されてもええくらいの覚悟が必要や。少なくても、ドツかれる程度は我慢せなあかん。

例え、それほど怒ってないように見えて表面は笑うてても、心の中は、憎悪と恨みと呪いが充満しとる場合がある。

世の中、人に恨みを買うほど怖いもんはないということを知るべきや。それに、人を笑い者にしたり馬鹿にして、言うた人間の立場や株が上がり、評価が良うなるというような得することも、まずない。

せやけど、考え方次第で、そのコンプレックスはプラスにすることもできる。ワシの場合なら、その頭部の薄いのはブルース・ウィルス似やからと自分で勝手にええように思い込むことがそれになる。

ここで、肝心なのは、人がどう思うかやなく、自分がどう考えられるかが問題になるということや。

完全なプラス思考になれれば、例え、人からハゲと言われても「羨ましいか」と言えるし、思える。本人はブルース・ウィルスになりきっとるからな。

ただ、世の中には、例外的に自分でどう思うても、外見的には救われん人間というのも確かに存在する。

リュウジという拡張員仲間がそうやった。

こいつを一言で表現すれば、怖い顔の男という以外にない。おそらく、誰でも一目見たらそう思う。

恐ろしい形相の鬼の面から、角と牙をとった顔と言えば想像できるかな。それとも、俳優の竹内力が怖い顔の演技をしとるときの10倍くらいの迫力ある恐ろしい顔と言う方が分かりやすいやろか。

このメルマガで、それを見せらんのは残念?やけど、とにかく、それぞれが抱いとる怖い顔のさらにその上を行くと思うて貰うたら間違いない。

しかも、こいつは大柄で口数も少ない。良く言えば、木訥(ぼくとつ)、悪く言えば無愛想や。間違いなく、第一印象は最悪やろと思う。

しかし、慣れるとこの男が、気のええ優しい人間やというのが分かる。ただ、哀しいかな、なかなかそう思うて貰われんことが多い。

この怖い顔ということは、本人も自覚しとった。

以前、拡張の最中に、この顔が怖いというだけで、警察を呼ばれたことがあった。もっとも、タイミングが悪かったということもあったんやがな。

この時は、たまたま、ワシもその事件に関わったから良う覚えとる。

リュウジは、口数が少ないから、勧誘するときも、ただ「新聞屋ですけど」言うだけの場合が多い。それだけでカードになることがある。ほとんどは、怖がってのことやろうというのは想像はできるがな。

もちろん、本人には、そうして人を脅かしたり怖がらせとるという意識はない。ただ、気の弱い人間が、いきなりリュウジの顔を見たら、そら、どうしようもないやろというのは分かる。

心臓が急停止せんかっただけでも、ましやったと納得せなしゃあないやろからな。契約書にサインするだけで大人しく帰ってくれるのなら、そうするという人間がおっても不思議やない。

その日も、同じように出てきた人間に「新聞屋ですけど」と言うた。

なぜか、その家の主人は、リュウジの顔を見たとたん、ヤクザでも来たかのように怖がり、意味不明なことを喚いて「警察を呼べ」ということになった。

数分後、警察が来て、リュウジ自身もわけの分からんまま連れて行かれた。

ワシは、たまたま、同じバンク(拡張エリアや販売店のことを意味する)におって、その連絡を受けた。そのバンクには、責任者として入っとったからな。

ワシは、早速、その販売店の店長と二人で、菓子折を持って、すぐその家に行った。

「○○新聞の者ですけど、この度は、当社の営業員が、大変、失礼なことを……」

ワシは、こういうトラブルの処理には昔から慣れとるし、プロやとも自負しとるから、相手がどんなに怒っていようと5分もあれば、大抵は、なだめる自信がある。トラブルを収めるコツというのも、それなりに熟知しとるつもりやしな。

基本的には、まず謝り、相手に言いたいことを言わせ、その間はただ、ひたすら神妙に聞くことに徹することや。この時、例え、どんなに理不尽な言い方をされようと、途中でそれを遮って下手に逆らわん方がええ。

どんな問題にしても、相手なりの言い分というのが必ずあるからな。最後まで、話を聞くという姿勢が必要や。

それに、人間は言いたいことを言うた後は、結構、落ち着き、冷静になれるもんや。怒りも収まりやすい。本格的な話し合いは、それからでも遅うはないしな。

また、そうすることが、今回のように、良う事情の飲み込めんような事態の場合は、一早く分かりやすい最善の方法ということにもなる。

警察からは、脅迫の疑いということやったけど、ワシには、あのリュウジが、客を脅迫するとはとても考えらんかった。

リュウジの顔を見て、勝手にそう錯覚することはあったかも知れんけどな。

「○○新聞?△△新聞やないの?」

「ええ、○○新聞ですが」

「どないしょ……」

「どう、されました?」

やはり、ワシの思うた通り、この家の主人、榊原(仮名)の誤解のようや。

「実は……」

榊原の話によると、△△新聞と購読契約のことで電話で揉めたらしい。

その最中に、激しい口論となり、相手が「今から、そっちへ行って話をつける」と言い、榊原は「いつでも来んかい」と、喧嘩になったと言う。

そのタイミングの最中に、リュウジが「新聞屋ですけど」と言うて行ったということや。

榊原にすれば、リュウジの顔を見るなり、その販売店が本格的なヤクザでも寄越したのやないかとパニックになって、警察に通報したというのが、事の真相やった。

「契約の揉め事とはどんなことです?」

榊原が言うには、△△新聞の勧誘員が勧誘に来たとき、取るつもりはないので「結構です」と断ったとのことやった。

その時は、その勧誘員も「分かりました。どうも……」と言うて素直に帰った。

ところが、事件のちょっと前の午後7時頃になって、その△△新聞の販売店から電話が入った。

「榊原さん、この度は、平成○○年○月から一年間のご契約ありがとうございました」

「契約?契約なんかはした覚えはないけど」

「そんなはずは……、ここに榊原さんのご契約を頂いていますので」

「そら、何かの間違いやろ。私は何も書いた覚えはないからな。そんな契約は
知らん」

「ちょっと、待ってください。ここに、その担当者がいてますので、代わりますから……」

「先ほどはどうも」

「あんたは、さっき来た勧誘員の人か。どういうことや?」

「どういうことて、ワシが行ったとき、快う『結構です』と契約を承知してくれたやんけ」

その勧誘員の物言いが、かなり横柄になっていた。

「アホか、あんた。『結構です』と言うたのは、いらんという意味や」

「そら、聞こえんな。男が一旦、承知したもんは、素直に取ったれや」

「とにかく、私は何も契約書にサインした覚えはないからな。アホなこと言わんといてくれ」

「さっきから聞いてとったら、アホ、アホとぬかしくさってからに。ええか、契約書に書いたったのはワシのサービスや。有り難いと思え」

「何を無茶言うてんねん。知らん言うたら知らんのや。あんまりしつこいと警察に言うで」

「おお、どこなと言わんかい。電話や埒あかんから、今からそっちへ行くさかい待っとれや」

「来るなら来んかい」

榊原は、勢いでそう言うた後、少し後悔したが、最悪、変な真似をしたら警察に通報したらええと思い、万が一の時には、奥さんに電話口で待機するように頼んだ。

そこへ、リュウジが現れた。

榊原にすれば、先に来た勧誘員やったら、まだ、何とかなると踏んどったが、リュウジを見たとたんパニックになってしもうたと言う。

てっきり、あの勧誘員が、本物のヤクザに行くように頼んだと思い込んだわけや。奥さんも、すかさず警察に通報して、こういうことになった。

これが、ワシやったら来た警察官に、何かの勘違いやと説明も説得もできるが、リュウジは元来の口べたやから、それができなんだ。

リュウジは、何が何やらわけが分からず、呆然としとったと後から聞いた。自分の顔が人から怖がられとるというのは、日頃から承知はしとったから、それで、びっくりしたのやと思うた。

せやけど、何ぼ顔が怖いからと言うて、それだけで警察に通報されて連れて行かれるというのは、冗談というにも洒落や笑い話としてもきつすぎるがな。

警察も警察や。話も何も聞かんと引っ張るというのは、完全に行きすぎや。

せやけど、後でこれも分かったことやが、パトカーで来た二人の警察官も、リュウジの顔を見て、榊原の「ヤクザに脅かされた」という言葉を完全に信用したということやった。正直、その警察官も怖かったらしい。

「本当に、申し訳ないことです」

榊原は、勘違いやと言うことが分かり恐縮しきっとった。

ワシは、榊原と一緒に、リュウジが引っ張られた警察署に行き、誤解やったと告げ釈放して貰った。

その際、榊原は警察に、その肝心の勧誘員のことを言うてたが、警察も、その男が実際に何かをしたというのでない限り、電話で言い合いしたくらいではどうにもできんということやった。

それに、その現場にも現れとらんかったからな。本当は、遅れて来たんやが、その時には、パトカーが来てたから、すぐ引き上げたらしい。これも、後で知ったことや。

「許せん」

リュウジがポツリとそう言うた。いくら、元来は気のええ優しい男やと言うても、ここまでされたら誰でも怒る。ただでさえ、恐ろしい顔が、よけいに怖く見える。

瞬間、榊原の顔が凍り付いたようになった。

「あっ、ご主人のことと違いますから。その勧誘員にですよ。ワシらは、今から△△新聞の販売店に行って、話をつけて来ますんで。よろしいですか?」

こういう、場合、当事者の了解を得ていた方が、話は持って行きやすい。せやないと、ただの文句を言うだけに終わる畏れもあるしな。

「でも、これ以上のご迷惑は……」

「ワシらも、このままやと、立場がありませんのでね。それに、その△△新聞の販売店には、榊原さんとのことは釘を刺しときますから」

「そうですか、それでは、よろしくお願いします」

ワシとリュウジがその販売店に着いたのは、午後8時30分頃やった。

「所長さんか、店長さんはおられるかな」

店の外には、数人の男たちがたむろしとった。一目で拡張員と分かる連中や。

おそらく、中で引継でもしとるのやろと思う。引継というのは、その日、拡張員が取ってきた契約の監査(確認調査)をして、販売店がその契約を買い上げることや。

その場で、現金が支払われる所もあれば、翌日、銀行振り込みの場合もある。あるいは、月決め決算というケースもある。

いずれにしても、その引継をせんと団の収入にはならん。そして、その確認作業は、原則として、そのチームの責任者と店の責任者との間でする。

それ以外の団員が、その場に同席することを嫌う販売店や団が多い。特に現金の受け渡しの所はそうや。

それには、団の受け取る拡張料と拡張員の受け取る金額に差があるからや。販売店は、団の受け取る金額分を渡す。

新聞の拡張は典型的なピンハネ業界やから、その額を平の拡張員には知られたないということがある。ピンハネ率の高い団ほどその傾向が強い。

拡張員の中には、それをとやかく言う者もおるからな。それに、団と販売店の持たれ合いの実情も隠したいという意味からも、それに関わらん他の団員は外で待たしとるということや。

「店長は中におるけど……」

その中の一人が、くわえ煙草のまま、そう言うた。但し、その仕草ほどリラックスしとる風はなかった。明らかに、緊張しとるようやった。

その原因の大半は、リュウジの鬼面や。実際、この時のリュウジは怒っとったから、ただでさえ怖い顔が、よけいそう見えたのやないかと思う。

ワシらが店内に入ると、それに気付いた男が声をかけてきた。

「誰や」

「店長さんは?」

「オレやが……、何か……」

「実は、あんたとこの拡張員のおかげで、うちの者が、えらい迷惑な目に遭わされたんで、その話をさせて貰いに来たんや」

ワシは、かいつまんで、この店の拡張員と榊原とのいきさつを話し、その揉め事のとばっちりでリュウジが警察に連れて行かれたことを告げた。

「ちょっと待って……、おい、誰か、外の松川(仮名)さんを呼んで貰えんか」

すぐに、その、松川と呼ばれた男が入って来た。あの、くわえ煙草の男やった。

「松川さん、あんたの話、この人らの言うことと違うやんか。榊原さんとこの契約があかんようになったのは聞いたけど、穏便に話がついたんやないのか?」

「実は、ワシが行ったときは、もうパトカーが来とったんで、そのまま、帰って来たんや。せやけど、この人らの揉め事と、オレは関係ないで」

「何やと!!」

それまで、黙って聞いとったリュウジが掴みかかろうとした。ワシは必死でそれを制した。

その体格から想像はしとったけど、えらい力の持ち主や。ワシも腕力には自信のある方や。大抵の男ならそれほど苦もなく押さえ込める。そのワシが、振り回されそうやった。

このリュウジに匹敵するような奴は、ワシの記憶では、京都で古紙回収をしとるテツという男くらいしか知らん。こいつも、化け物じみた腕力をしとった。

「おちつけ、ドツくなら、話をしてからや」

せやから、言葉でリュウジを押さえるしかなかった。

「松川さんとか言うたな。榊原さんが言うてた、勝手に契約書に書き込んで、それは親切でやったと言うたのは本当か」

「あんたも、拡張員やろ。そのくらい誰でもすることやんけ」

この松川というのは、どうしようもないアホのようや。簡単に白状して、悪びれたところが何もない。完全に開き直っとる。

こういうのと、話をしとると、リュウジを止める前に、ワシが先に手を出しそうや。話にならん。

「あんたとこの、店ではそうなんか?」

ワシは、店長にそう聞いた。

「いや、そんなこと、うちでは認めとらん。分かりました。どうやら、こちらの方が悪いようや。後日、ちゃんと、うちの所長にも報告して謝罪しますんで、お名前は?」

「ワシは、ゲンや。こっちはリュウジ。○○企画のもんや。ワシらだけやのうて、榊原さんのところへも、ちゃんと謝りを入れたってくれ」

「分かりました」

この店長は、思いの外、物分かりがええようや。店長は、その場で、榊原に電話を入れて謝ってたからな。

「後はあんたや。松川さん、どうする?」

ワシは、やんわりと言うた。ワシも、こういうタイプには、こんな責め方やあかんというのは分かっとる。ふてくされた態度をするのが関の山やからな。

いつもなら、こういう場面では恫喝するんやが、今日はその必要がなかった。

「ゲンさん、このガキ、シバいて(殴って)ええか」

「ひっ、わ、分かった。オレが悪かった。堪忍したってくれ……」

ほんまに、最低の奴や。男なら、例え、ドツかれても、最後まで突っ張れと思う。もっとも、このときのリュウジの形相やと、そうなるのも無理ないとは思うがな。仁王さんでも裸足で逃げ出しそうやったからな。

松川は、悪気があってそうしたんやないと言う。最初から榊原の契約が確実に認められとは思うてなかった。揉めるやろうというのも承知の上や。

揉めた上で、結局、あかんかったと言うても、松川の体裁は取り繕える。この日、松川は坊主やった。このまま帰るのはまずい。これは、こういうときに良うやる手口のようや。

榊原と電話で揉めたのは、松川流の演技や。それは、相手の榊原にというより、その場におった店の人間に聞かせるのが主な目的ということになる。

実際に榊原の家に向かったのは、喧嘩するつもりやなかった。最悪の場合は謝るつもりやったらしい。揉めるつもりは毛頭なかったと言う。

もっとも、ねじ込むポーズをして、それでカードになることもあるから、まったく下心がなかったとは言えんがな。

結局、揉めたけどあかんかったで帰る。そうすることで、少なくとも、松川はこの日、仕事をしてたと販売店や団にアピールすることはできる。遊んでなかったとな。

単に、こういう客に引っかかって運が悪かったと強調する。当然、そのストーリーも考えとる。そのためもあって、この手を使うたというわけや。

それが、松川の言う「あんたも、拡張員やろ。そのくらい誰でもすることやんけ」のフレーズの裏にあるということになる。

あまりのくだらなさに、ワシもリュウジも怒る気が失せた。言うとくけど、こういうのは拡張員でも最低や。骨のある者は、坊主になったことへの一切の言い訳はせんもんやからな。

結局、後日、団へも正式に謝りが入り、この件はそれで終わった。

「ゲンさん、オレどうしたらええかな」

今回の件で、リュウジは、それまで以上に、自分の顔について悩んでしもうたようや。

「そうやな。あんたは、取りあえず暗い。もっと、笑顔があった方がええな」

ワシがそう言うと、リュウジはニヤッと笑って見せた。

「……」

その顔は、不気味で、もっと怖い印象を与えるのは間違いない。救いがないというのは、こういうのを言うのやないかと思うた。


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