メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話
第71回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
発行日 2005.12.16
■拡張員の師走
12月は、教師も走る師走とは、昔の人は上手いこと言うたもんやと思う。誰もが気忙しく動き廻っとるからな。普段、暇な者でも忙しいと思い込む。
あらゆる店が、クリスマスソングを流して、その雰囲気をさらに煽る。特に、あのジングルベルの音楽を聴くとじっとしておられんようになるから不思議や。
ワシら拡張員もこの時期が、1年で一番忙しい。というか、そういう風に仕向けられる。拡張を煽るため、この時期にいろんなイベントを組んどるからな。
団内コンテストというやつが多い。上位に入賞すれば、通常の月より実入りはええ。ボーナス月やというのもある。
鼻先ににんじんや。拡張員は特にこれに弱い。まあ、金に弱いのは何も拡張員に限ったことやないやろけどな。
ただ、その成績を上げんがために、いろいろなことを考える者がいとる。
その中で一番多い手口が、隠しカードというものや。これは、ベテランの拡張員あたりに多い。
隠しカードというのは、客とは契約済みなんやが、その当該販売店には、その報告をまだしとらん契約のことや。
多くは前月の11月にその契約を交わし、その契約書を12月になって提出する。せこいと言えばせこい。しかし、それも、ある面では作戦の一つやと思う。
せやけど、これは、どんなカードでも、そうしたらええというわけにはいかん。客を見てということになる。たいていは交代読者か、懇意な心やすい客を対象にする。
新規客なんかの場合、下手にそれをしたら、何かのはずみでクーリング・オフやということになったら大変やからな。バレバレになる。
販売店にしたら、契約もしてないのに、何でクーリング・オフなんやてなもんや。その時点で信用がアウトになる。
その点、顔なじみの交代読者なら、その心配はない。そういう所は、契約だけは早めに行っても、どうせ次はということが分かっとるから、クーリング・オフの心配なんかも少ない。
ベテランの拡張員同士やと、どの交代読者が誰の客かというのも、たいていは知っとるから叩くのも避けるという暗黙の了解がある。
また、新たにそういう客の存在が分かっても、同じ団内では拡張は遠慮する。仁義やな。
しかし、その仁義なき戦いが起きるのもこの時期や。
良く拡張員は、強引でしつこいという話はどこでも聞く。それは、事実や。営業の仕事自体が、粘りと根気を要するものやが、加えて、拡張員には特有の事情がある。
通常、拡張団は地場エリアというのを決められていて、数店舗から数十店舗の新聞販売店での拡張が義務付けられとる。
この指示は、主に新聞社の販売部からということになる。表向きは、各販売店の依頼で各拡張団に打診ということになっとるがな。
もちろん、打診とは言うても、それをはねつける拡張団は少ないから、ほとんどが強制、指示ということになる。
拡張団は、その入店件数により、日程を決めて団員を振り分ける。その内容は、それぞれの団で違うから、一概にこうやとは言い切れんが、普通、一人の拡張員が入店するのは1日だけや。
それを、入店件数分だけの周期で廻る。例えば、その団が20店舗の受け持ちがあれば、20日に1度しか、その販売店での拡張はせんことになる。
つまり、1度その販売店で仕事をすれば、次は20日後ということになる。必然的に、拡張員の多くは、その日、1日だけの勝負やと考える。
次も明日もないという考えやから、これやという客にはどうしてもしつこく食い下がるということになる。その場で逃がしたらノーチャンスやと思うわけや。
中には、強引にでもと考える者も出る。その度がすぎて揉め事になり、その挙げ句、断られた末に悪態をつく不心得者が出る。これも、次がないと思うからこそ、できることや。
ここが、通常の営業と大きく違うところや。根気よく特定の客を攻めたらええという発想がどうしてもしにくくなる。
20日後になれば、他の拡張員に契約を取られると考える者が多い。実際、次に行けば大丈夫と思うてた客がすでに他と契約してたという話はざらにあるしな。
何ぼ、客に「次に来たら契約すると言うてましたやんか」と言うても、どうにもならん。
よほどその客と人間関係ができ上がっとるか、義理堅い人間でない限り、新聞の購読契約程度のことはと軽く考えられがちになる。
したがって「この前、あんたの所の新聞屋さんが来たから、約束通り契約しましたよ」となることがある。
客にとっては、誰と契約しても、他の新聞を取るわけやないからええやろと思うわけや。
中には「他の人と約束してますから……」という客もおるが「同じ新聞販売店ですから、私の方から言っておきますし」と、その拡張員にそう言われたら、そうなのかなとたいていは思うてしまう。
しかし、拡張員は、それでは何にもならん。拡張員がアシストをしても、得にも成績にもならんし、誰からも評価はされん。間抜けな奴やと思われるだけや。
拡張員にとっては、自分が勧誘しとる新聞社や販売店、あるいは団の契約がどれほど増えようと関係ない。それが、自分の成績にならな、まったく無意味なわけや。
拡張員には、新聞社や販売店のためにと思う人間は少ない。せやから、新聞社や販売店への苦情や不手際を客から指摘されても、謝るという者もあまりおらん。
客と同調する者すらおる。「いや、だから私らも苦労してるんですよ。新聞社もしっかり考えて貰わんと困りますわ」とか「そら、ご主人の言わはる通りですわ。販売店には、きつく言うときますんで、私の顔に免じて」という具合に話を持っていく。
これだけを聞くと、何やという感じかも知れんが、それには、ワシらも、新聞社や販売店から簡単に切られる存在なんやということがある。
揉めた場合、ほとんどが「それは、拡張員の言うことですので」あるいは「したことですから」と言い逃れ「当社には関わり合いがないので」また「当店には、預かり知らないことですから」と日頃から言われてきとる。
ほとんどが、営業員である拡張員を庇う言動というものがない。もっとも、苦情やトラブルはその拡張員のミスや言動というのが多いから、ある意味、しゃあないがな。
それでも、同じ組織、機構の仲間という意識があれば「どうも、ご迷惑をかけて申し訳ありません」という態度を示すもんやがそれがない。
客の多くは、新聞社、販売店、拡張員は、そのグループの一体と考えるが実質は違う。例え、それを突っ込まれることがあっても、それぞれが、まったく別の企業体であることを理由に責任を逃れやすい構図になっとる。
せやから、客が良く新聞社や販売店に「おたくの営業員が……」という苦情を並べたてても柳に風、のれんに筆押しということになる場合があるというわけや。
下手すると「こちらも困っているんですよ」という始末や。良くて「注意しときます」という程度の対応で終わる。
その対応により、顧客から不信感を持たれる場合があるということに考えが及んどらんのや。
実際に、そういう対応をされたというQ&Aの相談者からは、二度とその新聞は読みたくないという意見を寄せられて来られる人もおられるからな。
ワシら拡張員も人間やから、その程度の扱いにしかされん新聞社や販売店のためにという気持ちにはどうしてもなれんということや。
新聞社や販売店とワシら拡張員をつなぐものは、契約カードのみと言うてもええ。それが上げられるかどうかが、ワシらの存在理由ということになる。
せやから、どうしても契約を上げるということに固執する。評判を上げるよりも1本の契約カードなわけや。例え10軒の客に嫌われようと、1軒の契約が取れたら御の字ということになる。
本当は、それらが、大きな思い違いやということに気付いとる者は、残念やが少ない。評判を落とせば、それは、即、我が身に跳ね返って、難しい営業をさらに難しくしとるということが分からん。
結局、自分で自分の首を絞めとるという構図になっとるということがな。
普通の営業会社には「我が社」という概念は結構、根強いから、その会社の評判を落とすような横やりは仲間内ではまずせん。
拡張員には、それが少ない。これだけを聞くと、モラルがないような印象受けるやろうが、拡張員の場合は、所属会社である団の名前を上げても何の意味も持たんということがある。
団の評判というのは、新聞社や販売店には影響するが、一般の客にはまず関係ないと思われとるもんや。
団の名前で、その新聞を取るという人間は、ほとんどおらんからな。それよりも、拡張員個人につくという客の方が圧倒的に多い。
それなら、団である会社と拡張員の関係は希薄なのかというと必ずしもそうやない。むしろ、一般の会社よりも、社長である団長と団員の絆は強いと思う。
この団長のためならと考える団員もおるし、団員の面倒を親身にみる団長も少なくない。同じ団員同士の結束力があるところも多い。それのベースが仁義と情ということになる。金銭以外でのつながりも強い。
普段は、その仁義を守って仲間内の顧客には遠慮する者でも、この時期には、それもお構いなしという人間が現れる。それと知って客を取るわけや。
ひどいのになると、その隠しカードを持っていると知って、その客から契約を取る者すらおる。
ワシの例やが、こういうのがあった。
ワシも、この隠しカードというのは持っとる場合がある。もちろん、そんなことは誰にも言わんけどな。
同じ団の酒井(仮名)という男が、たまたま、そのワシの客を勧誘した。その客は、当然ながら、すでに契約済みやと伝える。
酒井は、その契約書を確認させてくれと頼んだ。その日、酒井はデータを貰い拡張してたから、その家が現読ではなく、約入りのマークもないのを確かめ勧誘していた。
販売店は現読や約入りの客の所に拡張員が行くことを嫌う。せやから、事前に渡す拡域住宅地図には、その家の部分を塗り潰すなりしている。そこを勧誘したらあかんという印や。
それが、なかった。酒井は、客から契約書を確認して、ワシの客やということは分かったはずや。
せやけど、販売店からは、まだ約入りのマークが入れられてない。ということは、隠しカードやと容易に推測できる。
酒井は「実は、ゲンさんから、もうちょっと、商品券を余分に渡すように頼まれてまして……」と言うて、それを渡し、増えた分の景品を書く必要があるからと、契約書の書き換えをしてしもうた。
本当にそういうケースなら、契約書を確認する必要もないし、その契約書を書き換えるようなこともせんもんや。
それにプラス何枚と書き足したら終いなんやけど、客は素人やから、そんなものかと思うてしまう。それに、サービスが増えるわけやから、何の異論もないわけやしな。
当然、その契約書には担当者として酒井の名前を堂々と書いとる。それを、その日、販売店に自分のカードとして出した。
その数日後、何も知らんワシが、その店に入ると、渡された拡域住宅地図に、その客の家が約入りとしてマークが付けられ塗り潰されとる。
当然、どういうことなのかとその客の家に行った。
「ゲンさん、この間は悪いね。余分に商品券を貰うて。確かにお仲間から受け取りましたから」と、嬉そうにその客が言う。
やられた!と思うたが、もうどうにもならん。
「いえ、気にせんといて下さい。長いお付き合いですから……」
それだけを言うのがやっとやった。
こういう場合、客を取られたと言うて大騒ぎして揉める者がおるが、それをしてもどうにもならん。やられた者が悪い。
契約カードというのは、客から貰うだけやあかん。それを、販売店に提出して監査が通って初めてカードと認められる。
つまり、カードにして出したもん勝ちで、先につば付けしてたからというて何の権利もない。
実は、先月に契約を貰うてたと主張しても、それなら、何でその日に提出せんかっんやと責められる。ヤブヘビや。
せやから、それを、何ちゅう仁義のないことをさらすねんと事を荒立てても、荒立てた人間の株が下がるだけ損や。黙ってあきらめるしかない。
隠しカードというのは、そういうデメリットもあるということや。
黙ってあきらめはしたが、ワシも聖人君子やないから、ええ気がするわけはない。どうしても、その酒井に対しては、胸に一物を持つということになる。
ワシは、こう見えても根に持つ性格や。それを表に現さんだけでな。
こういう、酒井のような仁義も何も考えんような男は、何かでいずれ下手を打つ。
実際、そういう不始末を酒井は起こした。そのとき、ワシがどうしたかやて?それは、また別の機会でもあれば話す。
ただ、僅かな利益のために人を出し抜いて、怒りを買うようなことだけはせん方がええとだけは言うとく。
■メール紹介
前回のメルマガでの呼びかけに賛同して頂いたお二人の方から、メールが寄せら
れた。本当に有り難いことや。それをこれから紹介しようと思う。
投稿者 苦労人さん 関東拡張員 投稿日時
2005.12. 9 PM11:31
ゲンさん、ハカセさん、お久しぶりです。
私を覚えておられるでしょうか。NO.1 で相談させて貰った“苦労人”です。その節はきびしいお言葉ほんとうにありがとうございました。
ゲンさんのあのときのお言葉で自分の甘さに気がついて1年半、なんとか拡張の仕事を続けられました。
今ではまがりなりにも団の班長を任されるまでになりました。これもゲンさんやハカセさんのおかげだといつも思っています。
このHPやメルマガがなかったら今の私はないと思っています。どれだけ助けられたことか感謝のしようもないくらいです。
まったく微力ではありますが前回のメルマガでゲンさんが言っておられた子供を見守るということに協力させて下さい。
私も団内で同志を募ってみます。また連絡しますので具体的なこともそのときお尋ねしたいと思います。
この人のことは、当然やが、良う覚えとる。ワシのサイトでの初めてのアドバイスやったということもそうやが、『あんたはこの仕事に向かん。辞められるんなら辞めた方がええ』と、およそアドバイスとは言えんようなことを平気で言うて悔やんどったからな。
もうちょっと、別の言い方があったはずやと。いくら、当時、まだこういうアドバイスに慣れてなかったという事情はあってもな。
これが、言葉で直接伝えるのやったら、同じことを言うてても、そのニュアンスで分かって貰えることもあるやろうけど、文章化されるとどうしても冷たく響く。
それでも、この人は、ええように解釈してくれ、後日、丁寧な返礼メールを頂いて安心したもんや。
いつも、そうなんやが、このメルマガは、ある周期毎にサイトでもバックナンバーとして公開しとるということもあって、かなり時間が経ってから反響を寄せられるということが少なくない。
せやから、この人のような方もこれから、まだまだ増えるのやないかと期待しとる。
また、そういう新聞関係者以外の方からも、メルマガやHPでの内容について様々な意見や感想を寄せられるとる。
むしろ、読者やHPのファンの方には、圧倒的に一般の人の方が多い。次に紹介するのは、そういう読者の方から頂いたもんや。
投稿者 ひろたかさん 投稿日時 2005.12.10
AM
10:51
ゲンさん。
メルマガを見てなかなかメールをすることはないのですが、今日はついついメールをしてしまいました。
今回のメール是非皆様で実践してもらえること期待したいと思います。
大人の世界も世知辛くなってきてそれが子供へ変な形でアピールされる時代。
若い男でも同年代の女性とのコミュニケーションが苦手でついバーチャルや子供に走っていっている世の中です。
世の中の流れとしてこれも変えないといけないのでしょうが、まずは抑止の力を充実させてもらいたいと思いました。
今日のメールマガジンを見て私自身も実践あるのみと感じました。
本当に、勇気づけられるメールや。
抑止力というのも期待してのことやが、それが、どこまで効果があるかはワシには自信が持てん。
ただ、何かをせんとあかんという気持ちになり、突き動かされたというのが正直なところや。
それには、こういう悲惨な子供を狙った事件が後を絶たんということも理由やが、それと、同じくらいそう思わせるきっかけとなったメールを12月の初旬に貰うたということが大きい。
そのメールの差出人は、小学生、それも低学年と思われる女の子からや。何でそんな子から、ワシのような一介の拡張員にメールが来るんやと訝る人は多いと思う。
それは、ワシもハカセも同じ思いやった。別に知り合いの子からというのでもなかったしな。しかし、分かれば、それは単純なことやったんやがな。
次回のメルマガでは、そのことを中心に話そうと思う。気を持たせるようで悪いけど、このメルマガには文面の制限もあるから、それまで辛抱してほしい。
ただ、ヒントというか、キーワードとして「クリスマス」と「サンタクロース」に関したことやとだけ言うとく。
次回のメルマガの発行予定日はそのクリスマスの前日やから、タイミングとしては、ええのやないかと思う。
もちろん、それが、ええ話かどうかの判断は読者次第やけど、去年のクリマス当日に発行した、このメルマガ『第20回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■サンタクロースは実在する?』の延長線のような感じやと思うて貰えればええ。