メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第74回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
     

発行日 2006.1. 6


2006年、あけまして、おめでとうございます。

本年もご愛顧のほど、よろしくお願い致します。(ゲン、ハカセ)


■拡張員の初出


ワシらの正月休みは一般に比べて少ない。

暮れは30日まで仕事して、正月は4日からが初出となる。休みは4日間や。それでも、ワシらにとっては唯一の長期休暇ということになる。

そもそも拡張員には休日というものが少ない。それぞれの拡張団によって多少違うやろけど、たいていは、月3日から4日程度のもんや。それも、決まった定休日というのやない。

その休日が決定されるのは、前月の後半になる。遅いときは、月初めということもある。渡される翌月の日程表でそれが分かる。

但し、休みがそこで決定されたとしても、必ずしもその通りになるとは限らん。

ワシらのような個別訪問を主とする営業は、天候に左右される場合がある。大雨や大雪、台風なんかやと営業しても成果を望むのは厳しい。

そのために振り替え休日になることも珍しいことやない。そこで、こういう天候に左右される業界に共通する特有の格言が生まれる。

『拡張員殺すにゃ刃物はいらぬ。雨の3日も降れば事足りる』と。

実際、日銭だけをあてにしとるから、それを絶たれるというのは死活問題問題になりかねん。

3日は大袈裟にしても、1週間程度の長雨でも降れば下手したら本当に洒落では済まんことになる。

もっとも、拡張員になる者は、たいていは世間の荒波に揉まれて来とるから、そう簡単にくたばらんがな。そうなったら、そうなったでしぶとく生き抜く方法を考える。

普通、月末というのは30日、31日のことを指すが、ワシらの月末は、その翌月の3日ないし5日というのが多い。もっとも、それは月末とは言わずに「締め日」と言うがな。

団としてのノルマが達成されとればその締め日も月末で問題はないが、ここ数年、そういう月は、年に1,2度あればええ方や。特に、昨今の新聞勧誘事情は厳しいものがあるからよけいにそうなる。

インターネットの普及というのがやはり影響あるようや。若い世代の新聞離れというのを肌で感じることが多いからな。

30代くらいまでの人間は、たいていインターネットくらいはしとる。もちろん、年寄りでもしとる者もおるが、まだ、少数の部類や。それでも、確実に増えとるがな。

それには、パソコンの普及率というより、携帯電話の進化の凄まじさによるところが大きいと思う。手軽にインターネットを見ることのできる環境になってきとるわけや。

田舎で勧誘しとると、畑での野良仕事の合間に、その携帯電話でインターネットをしとる年寄りもおったからな。2,3年前まででは考えられんかったことや。

新聞社の公表販売部数は微減ということになっとるが、現実はかなり落ち込んどるのは間違いないと思う。

ただ、新聞社はそれを認めたがらんということと、実数が分かりにくくなっとるため、その微減という公表が通用するというのがあるがな。

しかし、微減にしても極端な落ち込みであったとしても、いずれにせよ、ノルマがなくなることはない。

もっとも、営業を生業としとる所にノルマがなくなるということはあり得んことやけどな。

営業会社にとって、いかなる理由があっても、そのノルマを下回ることは許されることやない。しかし、現実にはそのノルマに届かんということが起きる。

それをカバーするのは、その期間の延長しか考えられんとなる。つまり、ノルマを達成するために、翌月の3日ないし5日程度が「締め日」として日延べすることになるというわけや。

かくして、拡張員の月初めというのが、5日以降になるということになる。

もっとも、そんなことをしても、翌月、その期間が縮まるから一緒やないかと思うかも知れんが、それが営業の世界では違う。

ワシら拡張員も含めて営業員というのは、切羽詰まらんと動かんということがある。

特に、月の始めになるとさぼる者が続出する。まあ、これはワシも一緒やから、あまり大きな声では言えんがな。

ハッパをかける方も、月初めのうちは控える。むやみやたらと四六時中、ハッパをかけても効果がないということもあるが、やはり、追い込まれんとその気にならんという者が多いからな。

締め日の延長は、その追い込まれた状態を引き延ばす効果を生む。少なくとも、追い込む側は、それを理由にハッパをかけられるからな。かけられる拡張員の方も仕方ないとなる。

唯一、月初めが4日になっても、締め日とは関係がないのが正月だけや。

「あけまして、おめでとうございます。本年もよろしくお願いします」

事務所に入ると、あちこちで、そのやりとりが響く。拡張員に限らず、営業会社では、普段から挨拶という面ではうるさく徹底しとる所が多い。それが、新年ともなれば格別や。

一般からは、礼儀も何もわきまえとらんと思われがちな拡張員やが、この事務所内では、直立不動の姿勢のまま挨拶を交わしとるというのは、それほど珍しい光景やない。

特に、下の立場の者が上の立場の者にそれを怠ったら大変や。極端な話、それでシバかれ(殴られ)たとしても文句の言えん世界やからな。

その辺は、ヤクザ組織ほどやないが、それに似通ったところがある。余談やが、日本の社会の中で、最も上下関係の規律と礼儀が徹底しとるのは、間違いなくヤクザ組織やと思う。

ワシは、ヤクザそのものは嫌いやが、この規律や礼儀に関してはそれなりに評価しとる。

ワシもそろそろ古い人間になろうとしとるからかも知れんが、人にとって特にこの礼儀というものは、わきまえとかなあかんものの一つやと思うとるからな。

拡張団もその歴史的なつながりから、このヤクザ組織との関わり合いのある所が多かったということがある。そこから、この規律、礼儀の精神も受け継がれとるということのようや。

一通り、事務所内でそれが終わり朝礼が始まる。因みに拡張員の朝礼は一般の会社よりも遅い。午前11時頃が普通や。

普通は、それを30分くらいで終わって、正午から午後1時くらいの間に、目的の販売店に入店する。

この時間の遅い理由は二つある。

一つは、販売店の受け入れ準備の都合というものがあるためや。販売店の店長、従業員というのは、たいていは朝の配達をしとる。

一般的な配達終了時刻は午前6時頃や。それから仮眠をとる。起きて店に行くのが午前10時から11時くらいの間になる。

販売店は、その日、拡張員の受け入れのために準備しとかなあかんことが幾つかある。

拡材の準備。バイクや自転車などの乗り物の手配と整備。拡域地図と拡張禁止のリストや手配の確認。データ使用がある場合は、その資料作成と準備などがそうや。

それらを、販売店の人間は、拡張員が入店するまでの間にすべて終わっとかなあかん。そのため、販売店と暗黙の入店時間が設定されとるわけや。

もう一つは、拡張の営業は、在宅率の高い、夕方から夜にかけて集中するということがある。

地域によっても違うが、一般的に昼の在宅率は悪い。せやから、あまり早くから営業を初めても効果は薄いと考える。

共稼ぎ世帯は言うに及ばず、専業主婦も昼からは外出が多いからや。

買い物はむろんのこと井戸端会議に夢中になる場合もあるし、料理教室や生け花教室の習い事、スポーツジムやエアロビクス、テニスなんかに精を出しとることもある。

映画や演劇、パチンコに興じとることもあれば、浮気で忙しい主婦もおるかも知れん。

そして、家におる主婦も昼寝をしとるか、テレビなんかに夢中になって、インターフォンが鳴っても出んということがある。

いずれにしても、訪問しても応対に出ることがなければ、ワシらにとっては不在ということになる。

何ぼ凄腕の拡張員やったとしても、相手がおらなどうしようもないからな。

それが、夕方、子供の帰宅時間頃になると、在宅率が急激に上がり始める。それから以降の時間帯が、ワシら拡張員にとっては勝負となる。

夜の営業の終了時刻は8時頃が普通や。それから、販売店で監査に1時間程度かかる。

それから帰りの時間が必要やから、解放されるのが10時前後になる。仕事の始まりの遅い分、終わりも遅いということや。

事務所では恒例の団長による新年の挨拶がある。それが、終わると、班長、団員は今年の抱負というのを順番に話さなあかんことになる。

もっとも、これは儀式的要素の高いものやから、ここで発表するのは、ええ加減な法螺話が多い。景気のええ話がポンポンと出る。

アホ臭いからその具体的な内容や数字は列挙せんが、おそらく、その日、全国の拡張団に所属する拡張員の掲げた年間目標を合計すると、日本の世帯数をはるかにオーバーするはずや。言うてることはそんなもんやと思うてたらええ。

もちろん、団長も上層部もそんなことは百も承知や。せやけど、それに突っ込みを入れるようなことはまず言わん。却ってその言葉を煽る。

もちろん、これには、それなりに意味があるからそうするわけや。それが、例え、どんな与太話であっても、景気のええ話は盛り上がる。

特に、日の浅い新人にとってみれば、そんなものかと思う。その数字から弾き出される給料の計算をするとすごいとなる。

そう錯覚させるだけでも、この場は成功なわけや。新年の初出に必要なのは景気付けやからな。シビアな話をしても誰も喜ばんし、効果もない。

ただ、実際に、どの拡張団にも、その模範となる稼ぎ頭の拡張員はおるから、その人間の成績を目標に掲げれば刺激にはなる。

『パレートの法則』というのがある。イタリアの、ヴィルフレード・パレートという経済学者が約110年ほど前に発見したとされるものや。

これは、不均衡の法則とも呼ばれ、ある一部の収益がその大半を占めるというものや。現在では、これを80対20の法則と言うてる。

2割の成績が全体の8割に相当するという考え方や。あらゆる業界、企業に適用される法則ということで世界的に認知されとるもんや。

現在、ワシとこの拡張団での団員は約50名ほどいとる。この内、2割と言えば10名ということになる。

上位10名と目されとる人間には、団長、部長、班長などの主立った人間がすべて含まれる。

その10名の成績は、残り40名の成績を遙かに凌駕する。その10名の成績の合計が全体の8割とまでは行かんが、それに近い線は確かにある。

このメルマガやHPに、その開設当初からメールを頂いたり、アンケートの協力をして貰うてる拡張員の方で、現在、それぞれの団で班長をされておられる人が2名おられる。

このお二人は、その当初、まだこの仕事を始めて日が浅かったということもあり、かなり悩んでおられた。

その方たちが、嬉しいことに、当方のメルマガやHPで勉強されたことが役立ったと言うて頂いている。

その中でも特に『ゲンさんの勧誘・拡張営業講座』が役に立ったということや。これは、正直言うて、ワシが長年暖めてたものや。それを認めて貰うたといのは嬉しい限りや。

もっとも、ワシもハカセと出会ってなかったら、それは日の目を見ることもなかったやろと思う。ワシに、人を惹きつけるあれだけの文章は絶対に書けんからな。

しかし、例え、この方たちが藁をもすがる思いからだったにせよ、チャレンジ精神があっからこそ、それを見て気づき生かすことができたわけや。

何事についても言えることやが、人間はこの気づきということが伸びる上で、一番大きな要素になる。

いくらええことがそこに書いてあったとしても、それを読む人間に気づきが生まれんかったら、それはただの「へぇー」で終わる。

『パレートの法則』で言うところの2割に入り、成功するかどうかというのは、あくまでもその人間次第ということや。

つまるところ、それで成功されたお二人は、なるべくしてそうなっということになる。

この勉強をしようという姿勢は、誰がどう言おうと諭そうと身につくもんやないからな。本人がその気にならなどうしようもない。

ワシの言うてることは、ただのきっかけというだけにすぎん。重要なのは、それを吸収できるかどうかや。そこから、その人なりの創意工夫というものも生まれるのやからな。

形通りの初出の朝礼が終わると、新年の挨拶がてら手分けして販売店を廻る。こういう場合、気の利いた班長や幹部は、初契約カードを用意しといて、その場は茶を濁すということになる。

仕事をさせるチームもあるけど、やはり正月からは拡張は難しい。客も正月、早々からという思いもあるやろが、それ以上に拡張員の方で気が入らん。

特に古株ほどそういう傾向にある。気の入らん拡張で結果が出ることはまずない。まあ、年始めは、エンジンのかからん者が多いのが普通や。

新しい年が始まる都度、いつも考えることやが、今年こそは、あまり暗い話題がないように祈りたいもんやと切に願う。


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