メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第77回 新聞拡張員ゲンさんの裏話
     

発行日 2006.1.27


■鬼の霍乱


「ゲンさんが?まるで、鬼の霍乱(かくらん)ですね」

ハカセからの第一声やった。

2,3日前から、何か熱っぽいとは感じてた。軽い風邪くらいやろから、酒でも飲んで寝て起きたらすぐ治る。

そう考えてた。ところが、治る気配はまるでない。熱も39度を超した。足の関節もやけに痛い。歩くのもやっとという状態になって、仕方なく病院に行った。

「インブルエンザですね。薬を出しておきますので、4,5日は安静にしててください」と医者に言われた。ついでに、注射もされた。最悪や。

そのことを、ハカセに電話で告げた後の第一声やった。その声が、妙に楽しげに聞こえた。

「ワシかて、風邪くらいはひくわい」

「いや、失礼。でも、ゲンさんとインフルエンザというのはどうも……」

「どうも、何や。それに、言うにことかいて、鬼の霍乱て、他に言いようがないんかい。ワシは鬼なんか」

鬼の霍乱というのは、普段、丈夫な人間が病気になることの例えに良く使う。

霍乱とは、主に熱射病のことを指す。病気とは無縁そうな鬼が、暑気にやられて倒れたという昔話からきとるものや。意外なことに弱いという意味合いもある。

額面通りなら、それほど悪い例えやない。健康な者への褒め言葉とも受けとれんことはないからな。

せやけど、それを言う裏には「アホは風邪をひかん」と匹敵するものが含まれとる。考え過ぎやろか。

「別に、悪気で言うたのとは違いますから……」という声が、笑いを押し殺しとるようにしか聞こえん。

「とにかく、ゆっくり休んで、養生して下さいね」

暗に、インフルエンザが治るまで、ハカセの家まで来てくれるなと言われとる気がする。

どうも、インフルエンザに罹ると、心まで病んでひねくれるのかなと思う。

これが、逆の立場やったらどうかと考えた。

普段、風邪もひかんような奴が風邪をひいたと聞けば、ワシも同じようなことを言うて笑い飛ばすやろと思う。まず、間違いない。

なら、ハカセも……。

ハカセにインフルエンザをうつしたろかと考えた。風邪を人にうつせば治りも早いというからな。

しかし、それはかろうじて思い止まった。ハカセは心臓病を患っとる。その心臓病にインフルエンザは下手したら命取りやと聞いたことがあるからな。

どうも、熱に冒された頭ではろくなことは考えんようや。被害妄想が著しい。

ワシらのように、訪問販売の営業をしとるとこの時期、風邪には気をつけなあかんというのは、十分、承知してたことや。

不特定多数に会うということは、確率的に風邪やインフルエンザに罹っとる人間と接触する可能性が高いということを意味する。

当然ながら、罹患率は高くなる。

ワシは、日頃の体調維持や健康には、人一倍、気を使うとる。それと気付かれんだけのことや。

風邪は、基本的に体力を維持しとれば、たいていは防げる。例え、その病原菌が侵入してきても駆逐できる。

基本的には、栄養のあるものを食うて良く眠ることが一番や。それとストレスも大敵になる。もっとも、ワシにその心配はないがな。

ストレスというのは、気に病む人間が罹るようやが、ワシには無縁や。トラブルなんかがあったら喜ぶ口やからな。

それに、何かで切羽詰まっても、すぐ開き直るから、そのストレスがどんなものか良う分からんということもある。

それは、これからも変わることはないと思う。何があっても、生きとるだけでラッキーやと思えば、どんなことも気に病む必要はないと常に考えとるからな。

ただ、これを読んで、心当たりのある人は気をつけた方がええ。とかく、ストレスは万病のもとや。常にプラス思考。これが、一番やないかな。

仕事中は、体をなるべく冷やさんこと。これは、単車での移動が多いワシがもっとも気をつけとることや。

体を冷やすと風邪やインフルエンザに罹りやすくなる。冬に流行る理由がこれや。

せやからというて、重装備の服装をしとればええというもんでもない。汗をかけば逆効果になりかねんからな。

ポイントは首筋を冷やさんことや。これは、医学的な裏付けもある。

試してみたら良う分かるが、首にマフラーを巻いて風を遮断するだけで体感温度がかなり違う。タートルネックのセーターでもええ。

冷たい飲み物や果物はなるべく控える。体温が奪われやすい。但し、水分補給は必要やから、暖ったかい所で飲むようにしとる。もしくは、温かい飲み物を飲む。

ワシは、通常、2時間を1サイクルとして営業をしとる。2時間毎に休憩するわけや。休憩場所は、喫茶店か図書館を選ぶ。水分補給は、たいていそこでする。

長時間の外での移動は避ける。但し、体が冷えてきたか、冷えそうなときは、その間にも、小休止を適度にくり返す。

特に、今年の寒さは異常やから、それを頻繁にくり返しとった。

例えば、数件訪問したら、その近所の、コンビニやスーパーで冷えた体を温める。他にも、100均、ホームセンター、量販店、レンタルビデオ店など探せば、1,2分休憩できるような所はどこにでもあるはずや。

車で移動しながらやと楽やがな。これは、それぞれの団や個人の事情にもよるやろうから、それができるか、どうかというのはケース次第やが、ワシの所では難しい。

唯一、連勧というてグループで拡張する場合は、一台の車に乗り込んでということはあるが、ワシはよほどでないと、それには参加せん。体のためには、この時期、その方法もええかも知れんがな。

ペットボトルに入ったお茶を持ち歩く。これは単に飲むためだけやなく、時折、うがいをするためや。

風邪やインフルエンザは、他人の咳やくしゃみ、つばなどの飛沫によるウイルスが鼻腔や気管など気道に吸入するために罹る。飛沫感染と呼ばれとるものや。

それを、定期的にうがいすることで、かなり防げる。一般では帰宅時に慣行することがええとされとるが、ワシらは、営業で他人と接触する時間が長い。

帰宅するまで放っておいたら菌に冒されるかも知れん。用心のためや。

また、うがいすることで、のどの乾きを解消できる。のどは常に適度に湿らせておいた方がええというしな。

さらに、お茶には、カテキンという成分が含まれとって、これがインフルエンザのウィルスを押さえる効果があるという。飲むだけが、お茶やないということや。

当然、客と接しとる勧誘時にも注意は必要や。

出てきた客が、明らかに風邪かインルエンザに冒されとるというのがいとる。

それに、罹らんようにするということで言えば、そういう人間が出て来たらすぐ逃げるのが最良ということになる。

せやけど、この仕事をしとるとそういうわけにはいかん。訪問しても、客が出て来ること自体が少ない。数少ないチャンスを逃がす手はないからな。

インフルエンザは咳による飛沫感染がほとんどやが、その咳の飛沫範囲は、最大2メートルくらいと言われとる。せやから、そのことを頭に入れ、必要以上に近づかんことや。

さらに、その相手と正対せずに、体をいくらか斜めに構える。咳の飛沫を直接被るのを避けるためや。極端な話、咳をするたびに横を向く感じやな。

但し、これも、それと気付かれんようにさりげなくせなあかん。その仕草で相手の気分を害するようなことになったら、元も子もないからな。

気分を害するくらいなら「あっ、風邪ですか。いけませんねぇ。また、今度、お伺いしますので、ゆっくり休んで寝ていてください」と言うて、その場を逃げとく方がまだましや。

この一言を言うとけば、少なくともその客は、悪い印象は持たんと思う。

次に訪問したときは「以前、おじゃました○○です。お風邪は、もう良くなりましたか」と言うて、話の取っ掛かりにすることができるしな。

ワシは、普通の客やと思うたら、世間話や雑談を交えて話す。それが、癖になっとる。

せやけど、こういう人間と遭遇したら、なるべく時間をかけずに即決を心がける。

こちらの身が危ないということもそうやけど、相手の客にしても体調が悪いわけやから、長い応対は負担のはずや。嫌がるやろしな。

しかし、意外とこういう客は、勧誘のチャンスとなる場合がある。

特に、無読やというて普段、新聞不要論をかざしとるような人間は、こういう状態のとき、もろい面を見せることが多い。

「風邪ですか。いけませんねぇ。インフルエンザが流行ってますから気を付けて下さいよ。流行状況なんかは、新聞の地域欄をみれば良く分かりますから、それで、あやしいと思ったら、早めに病院へ行く方がいいですよ」

「新聞は取ってない」

「それは、危ないなぁ。情報はインターネットで?でも、地域の情報は新聞が一番、早いですよ」

これは、事実や。ネットニュースでも、それは分かるやろと反論はあるかも知れんが、地域によれば、そのスピードは格段に違う。

それには、その情報の発信者の絶対数に違いがある場合が少なくない。都市部の発信者は多くても、比較的人口の少ない地方は、それに比例して、発信者も少ない。

また、新たに、何かの情報が必要なとき、多くは、検索サイトに頼るということが影響する。

ここに落とし穴がある。例え、それで調べることができたとしても、その情報が最新のものとは必ずしも言えん場合がある。たいていは、少し前の情報や。

それには、HPやブログにアップするまでのタイムログという問題があるからや。

加えて、その情報を探す方も、それがアップされてから、早くても2,3日くらいせんと、検索サイトに載らんということがある。

これは、多くがロボット型検索エンジンでの情報収集ということになっとるから仕方ない。

早い話が「○○県、○○市で○月○日、インフルエンザ患者が○○人発生」などの情報は、早くても3日後にならんと、インターネットでは紹介されんということになる。

一部のネット新聞サイトでも、その情報は公開しとるが、それにしても、全国すべてを網羅しとるわけやない。

せやから、そういうインフルエンザなんかの情報は、新聞の地域版に比べれば遅いということになる。

せっかくインターネットでその情報を探し出しても、その時点では役に立たん場合もある。

インフルエンザの蔓延するスピードは異常に早い。普通の風邪の約10倍の感染力やという。3日前の情報やとその対処に間に合わんかも知れん。

それが、新聞の地域版に出ていると説明すれば、それなら購読してみるかとなる場合がある。

それが、無読で風邪をひいてそうな人間へのアプローチのポイントや。そして、なるべく、短時間で結論を促すように持っていく。

長引けば、風邪やインフルエンザをうつされるリスクを負うだけやなしに、契約につながる確率が下がる。即決がええという理由や。

他に、仕事以外で、ワシが風邪対策でやってることが幾つかあるから参考までに教える。

風呂に入って上がるときに、冷水シャワーを浴びるというのがある。

皮膚に近い血管が風呂に入ることで拡がる。そこに、冷水がかかるとその血管が急激に収縮する。

これを習慣づけると皮膚の寒さに対する抵抗力がつくと何かの本で読んだことがある。以来、それを真冬のこの時期でも実行しとる。

但し、これを始めるのは、最初は足や手先の末端から徐々に慣らした方がええと思う。いきなりやと、心臓発作を起こしかねんからな。

これは、間違うても、ハカセには勧められん。

寝るときは、なるべく薄着というのも予防にはええと聞いた。ワシは冬でも薄いパジャマ一枚で寝とる。

これは、厚着の重装備をするのと同じ理屈で、寝てるときに汗をかきやすくなって、体温が奪われてしまうからや。

子供の頃からやってたことに、乾布摩擦というのがある。これは、まだ、親父が生きてた頃から強制的にやらされてたことや。

正直、子供の頃は、こんなことをしとったら、却って風邪をひくのやないかと思うてたもんや。

もちろん、そんな文句を言うとったら、シバか(殴)られるだけやから黙ってやってたがな。

しかし、これも、後年、医学的にも意味のあることやと知った。

乾布摩擦の目的は、皮膚の鍛錬にある。皮膚が弱いと寒さに対して敏感になる。寒さで気道粘膜の血管が収縮して気道が貧血状態になり、風邪にかかりやすい状態になるらしい。

乾布摩擦は、それを防ぐには有効な手段ということになる。昔からやってたことには、それなりに意味があったということや。

ワシは、それが癖になっとるから、今でも起きたら裸になって乾いたタオルで毎日しとる。結構、気持ちのええもんやで。

そういうことの結果やと思うが、この数年、風邪らしきものは、ほとんどひいたことがなかった。

人から、風邪もひかんような強靱な体と思われとっても、それなりに注意と用心を怠ってなかったわけや。他人が知らんだけでな。

それを、言うに事欠いて、鬼の霍乱やなんて、何ちゅうことを言うねんと思う。

せやけど、今回、インフルエンザに罹ってしもうた。

数日前から、嫌な予感はしとった。

団に大森(仮名)という男がおる。このメルマガの『第24回 ■ゲンさんを探せPart 1』で紹介したことのある調子者や。

こいつも、滅多に風邪のひいたことがない奴やった。もっとも、こいつの場合は、間違いなく『アホは風邪ひかん』というタイプそのものやと思うけどな。

少なくとも、こんなのとは一緒には、されとうはないという奴や。

その大森が風邪をひいたという。

ワシも、一応、アホのひく風邪やからということで、必要以上に警戒はしてた。

せやけど、ワシらの団は、基本的には、1台のワンボックスカーで、7,8人が狭い車内に閉じこめられて現場まで移動することが多い。逃げ場がないわけや。

「大森さん、何か辛そうやな。今日は休んどったら良かったのに」

武田という仲間が言う。もちろん、心配ということも多少はあるが、それ以上に、うつさんといてくれよという思いの方が強い。

「いや、こんな風邪なんかで休めん。それに、風邪は、誰かにうつしたら治りが早いと言うしな」

普通の奴が、こういうことを言うても、ただの冗談で済む。もちろん、大森も冗談で言うたことかも知れんが、そのときは誰もそうとは受け取らんかった。

大森なら、本気でそういうことを考えかねん。皆の共通の認識や。一斉に横を向いて、知らん顔をしてたことでも、それが分かる。

当の大森はと言えば、これ見よがしに咳を連発しとった。そんなこと、ばっかりしとったら、ええ死に方はせんで。ほんま。

その日は、いつもより多めに、お茶でのうがいをした。

しかし、そんなもので、何とかなると考えてたワシが甘かったということになる。

やはり、アホのひく風邪は尋常やないということや。ワシ以外にも、その車中に同乗しとった拡張員が全員、インフルエンザに罹ってやられてしもうたからな。

今更ながらに、おそるべき奴やと思う。

幸い、ワシの熱も3日ほどで下がり快方に向かったから良かったようなもんやが、これが、現在、世界中に懸念されとる鳥インフルエンザの変形タイプに大森が冒されたら大変なことになるのやないかと思う。

ワシが、こんなめに遭うくらいやから、その被害は想像を絶するものになるのは間違いない。

万が一、そういう事態にでもなれば、大森を消却処分にするしか、人類の助かる道はないのやないやろか。そんな気がする。

とにかく、今年の厳冬は、思いも寄らんことが起きとるから、注意のしすぎということはないやろと思う。

ほんまに冗談やなく、メルマガの読者も気をつけてほしい。

そして、不幸にしてインフルエンザに罹ったら、何も考えず、医者に行って薬を貰うて、ただゆっくり休むことや。無理したらあかん。



■インフルエンザ参考サイト

<雑科屋さん> 陳列棚・暮らし・健康・インフルエンザ

健康情報サイト 健康の基礎知識大辞典 呼吸器の病気・健康・インフルエンザ 

All About イフルエンザ・風邪対策


ご感想・ご意見・質問・相談・知りたい事等はこちら から


メールマガジン・バックナンバー 目次                       ホーム