メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第90回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日 2006.4.28


■ライバルは金融屋?後編


「助かりました。でも……、また、すぐ来るんでしょうね」

「ああ、まだ、その辺におるはずや。ワシが帰ったら、すぐ来るやろな」

「消費者金融の取り立てが、こんなにすごいものとは知りませんでした」

内山が、その消費者金融の人間に取り立てされたのは、今回が初めてやないという。

数ヶ月前にも一度、未払いがあって、電話で催促された。そのときは、金がなかったので、そのままにした。

内山は、この時点では、まだ軽く考えとったわけや。金ができたときでええやろうくらいに思うてた。

2ヶ月目に入ると、勤めてた会社に頻繁に電話がかかるようになった。その都度、電話で「待ってくれ」と言うんやが、埒があかんかった。

あまりのしつこさに会社からも不審に思われ、居づらくなって、その会社を辞めたという。もっとも、その会社はいずれ辞めるつもりやったらしいがな。

「まあ、金貸しに甘い所なんかないけどな。せやけど、大手の金融屋やから、あれでもまだ、ましな方やで。最終的には、法律が生きるさかいにな。命までだせとは言わんやろ」

闇金はあかん。あいつらは、もともと法律外の所で生きとるから、法律に従うことはまずない。

「金がないんやったら死んで、その保険金で払え」とか「内臓でも売れ」と言うて追い込むのは普通や。

もちろん、そんなことを言うのは違法やが、闇金自体が違法やから、関係ないわけや。捕まらん限りはな。

さすがに、そこまでのことは大手の金融屋では言わんやろと思う。

「どうしたらええんでしょうか?」

内山が、ワシにその内情を話すのは、取り立ての人間とのやり取りで力になって貰えると考えてのことやというのは分かる。

見ず知らずのしかも拡張員にまで、藁(ワラ)をもすがりたいという思いがある。それだけ、追い込まれとるわけや。

「それは、あんた次第や。あんたは、どうしたいんや」

ワシは、本来なら、こんな問題に関わり合いたくはない。ワシから、言わせれば、どっちもどっちというやつやからな。

「今は、勤めてた会社を辞めて無職ですし、払うお金がないんです」

「支払いの残金はどのくらいや」

「100万円、ちょっとです」

「それやと、1ヶ月の利息だけで2万4,5千円というところやな。借金はそれだけか」

「まだ、他にもあります」

他の消費者金融、クレジット会社、銀行のキャッシングを併せると200万円を超すという。

ワシにしても、とことん面倒見るわけにはいかんが、乗りかかった船というのもある。

それに、ワシは消費者金融にはええイメージを持ってないから、どうしても、敵対しがちになる。特に、あの礼儀も何も弁えん金融屋のような人間には対抗したぁなる。

「もう、これ以上、支払いは無理です。できたら、自己破産したいんですけど、弁護士なんかに頼むお金もありませんし……」

「自己破産なんか別に、自分でやれば金なんかそれほどかからんはずや。2,3万もあれはええのと違うか」

「本当ですか?どうすれば……」

内山の目が力強くなった。

自分で自己破産の手続きを行う場合は、管轄の地方裁判所が受け付け窓口になる。

地方裁判所は各都道府県に一カ所やが、最寄りの簡易裁判所に支部を設けとる場合もある。

どこで受け付けてくれるかは、一番近い裁判所で確かめるしかない。たいていは、電話1本で教えてくれる。

手続きの方法は、その窓口で聞く方がええ。裁判所毎で違うこともあるからな。

そこで、手続きについての説明や、必要な申請書類、陳述書、添付書類一覧、手続き費用などの説明をして貰えるはずや。

申請書類も無料で貰える。申請書類は破産申立書、陳述書、財産目録、債権者一覧表などがある。

自己破産申立は、申請書類をすべて記入し、必要な添付書類を添え、手続き費用とともに、それらを管轄の裁判所に提出すればええ。

自己破産の申立をすると、裁判所から、債権者(金融業者など)に「意見聴取書」というのを送付する。

これで債権者の方でも債務者が自己破産の申立てをしたことが分かる。

その通知を受け取った債権者が、債務者に対して正当な理由なく支払請求をすることは禁じられる。

せやから、自己破産の申立をするとたいていの債権者はおとなしくなる。

「自己破産すると、取り立てはなくなるのですか」

「法律で縛られとる金融屋からはな」

せやけど、申立をしてから債権者のもとへ「意見聴取書」が届くまでには、その裁判所にもよるが数日から数週間かかることがある。

それを考えたら、申立と同時に債権者に対して「自己破産申立の通知書」を送付しといた方がええ。

これをしとけば、たいていは厳しい取立てを受けることはない。それがあれば、金融庁に言えば、その金融屋は厳重注意されることになるからな。

費用は、ケースにより若干違う。収入印紙代1000円。予納金1〜2万円。切手代2,400〜7,000円。免責時の収入印紙代500円。というのが、一般的な範囲や。

正確な金額は、その管轄の裁判所で聞くしかない。

自分で申し立てる場合は、不動産なんかの財産がない方がええ。あれば、管財人なんかを入れる必要から、結局、司法書士や弁護士に頼ることになる。

因みに一般的な法律家に依頼した場合やと、着手金で20〜50万円+消費税が必要で、免責の決定があれば、その成功報酬が着手金とほぼ同額必要になる。

つまり、総額で40万円から100万円程度必要になるということや。

自己申し立てのメリットは費用が安いということやが、デメリットも当然ある。

裁判所によっては書類の関係で、法律の専門家以外が申し立てることが難しい所もある。最初の相談の段階で確認しといた方がええやろなと思う。

今は、この手の本も多いし、インターネットで調べてもそこそこは分かるはずや。

「僕も自分で申し立てというのをやってみようかな」

「言うとくけど、これは、聞いたことやから、誰でも上手くいくとは限らんで」

ワシら拡張員仲間にも、金融屋に取り立てされとるのもおるし、過去に自己破産した経験のある人間もいとる。

この話は、そういう連中から聞いたことをかいつまんで言うたにすぎん。

ワシ自身は、昔、やってた住宅リフォームの会社が倒産したときは、弁護士を入れて任意整理というのをした。

要するに債権者には、あるだけの財産を、その割合で分けるというものや。

そのとき、個人で20万円ほど消費者金融から借りてた。結果的に、それを踏み倒したということがある。

最初はその気はなかった。しかし、会社が倒産したとたん、どこから聞きつけて来たのか、その消費者金融は一括弁済を要求してきた。

そのときの担当者がやけに高圧的やったから、腹立ち紛れに「お前とこに払う金は残ってない」と突っぱねた。

その後、拡張員になってからも、何度か督促のハガキが来て、それも無視してたら、一度だけ、そこから、取り立てに来たことがあった。

「金はないで」と一言言うたらそれっきりになった。もう、7年近くになる。

借りた金は返さなあかん。これは当たり前のことや。ワシも、倒産したとは言え、仕事上や個人的な借金は、積極的に返した。

それが、金融屋となると、どうもその気になれんかった。一つには、それまでにかなり儲けさせとるやないかという思いがあったからや。

初めて、消費者金融というのを借りたのは、20年ほど昔やったと思う。その間、支払った利息だけでも相当な金額になる。

金融屋は、そんなことは考慮せん。払えんようになったと思うたら、是が非でも取ろうとする。

金融屋のほとんどは、銀行から金を借りてそれを貸しつけとる。今やったら、銀行から2%の年利で借りて、客からは29%という莫大な金利を取る。

そんな所の金を返せんからというて、罪悪感はなかった。金を貸して商売するからには、そのくらいのリスクは覚悟しとかなあかん。

事実、金融屋はそのリスクもちゃんと計算しとる。回収不能になったら、損金扱いで税金もその分安くなるしな。

誰が、困るでも泣くわけでもない。まあ、勝手な言い分と言えば言い分やけどな。

「ワシやったら、払う金がないで済ますがな」

「そんなので納得しますか」

「せんやろな。しゃあけど、ないもんから取れんのも確かや。開き直るこっちゃな」

実際、金融屋が一番難儀するのは、ないもんは払えんと開き直るタイプや。本当にない者から取るのは厳しいからな。それでも、無理をすれば法に触れることになる。

「開き直りですか。でも取り立てはしつこいですよ」

「大手の消費者金融なら、法律で取り立て行為の規制を受けとるから、それを知っとれば、それほど怖がることはないやろ」

貸金業の規制等に関する法律の21条に取り立て行為の規制というのがある。

@暴力、及びその類似的な態度をとること。手を振り上げて殴る仕草だけでもあかん。 

A脅迫、威圧的な大声をあげたり、乱暴な言葉や罵声を浴びせたりすること。

B午後9時から午前8時までの間、その他不適当な時間帯に、電話・電報・ファクシミリで連絡したり、訪問したりすること。

C弁護士への委任、調停や訴訟手続きをした旨の通知を受けた後に、借主に直接請求すること。「意見聴取書」や「自己破産申立の通知書」の送付後も同じや。

D複数の人数で押しかけること。

E勤務先を訪問し、債務者や保証人の立場が悪くなるような言動をすること。

F債務者の借り入れに関する事実やその他のプライバシーなどに関する事項を第三者に公表すること。玄関口に「金返せ」などの張り紙をするのがこれに当たる。

G他の金融業者から借り入れまたはクレジットカードの使用などによって弁済することを強要すること。「〜して払え」というのは、あかんということや。

H法律上支払い義務のない者に対して支払請求したり、必要以上に取立てへの協力を要求したりすること。親兄弟、親戚に支払いの代理弁済を要求することなんかがそれや。

以上が、取り立て行為の禁止事項やが、これをその通り守っとる所は少ないようや。

ある大手の金融屋で働いとった男から聞いた話やが、滞納者から取り立てられなんだら、そこの金融屋ではやっていけんという。

成果主義というのがある。滞納者からどれだけ回収できるかで評価される。信賞必罰。これが徹底されとる。

良く回収できる者には、ボーナスや出世も約束される。できん者には、過酷な叱責がある。それが、口で言うほど生やさしいものやないというのは想像できる。

その辺りは、ワシら拡張員や一般の営業会社に似とる。契約を上げれば、会社の待遇も実入りもええが、悪いと金にならんだけやなく、責められ吊るし上げられる。

担当者が追い込まれる気持ちには共通するものがあると思う。せやから、取り立てはどうしてもきつくなる。

客の言い分ばかりを聞いとったら、我が身が危ないわけや。そこで、生きていこうと思うのなら、心を鬼にせなやっていけん。

必然的に、取り立て行為の禁止事項なんかに構うとられんとなる。また、そういう金融会社では、滞納者は人間のくずやと徹底して叩き込まれるという。

くず相手には少々何をしても構わんという理屈や。人間が変わるという。たいていの人間はそれに堪えられずに辞める。

入社して1年もしたら、7,8割は辞めるという。その辺はワシら拡張員と似とる。

ただ、違うのは、拡張員の中にも客を脅かして、あるいは騙して契約を取る者もおるが、それは、強要されることやない。

むしろ、そういう行為は、業界で禁止されとる。その意味で言えば、ワシらの方が、まだまともやと思える。世間の評価はどうかは分からんがな。

「ワシは、これで行くけど、後はあんた次第や」

「あの、新聞の契約は?」

「取る余裕はないやろ?」

「でも、いろいろ教えて貰ったことですし、それに、これからも力になって貰いたいですし……」

「力になるというても、ワシは一介の拡張員やから、法律家のように直接、関わり合うことはできんで」

「もちろん、助言だけでも結構ですので」

まあ、そういうことならええか。内山の心細さというのも分からんでもない。

それに、新聞を取るということなら、ワシにとっても客や。むげにもできんし、付き合い方次第では将来的にええ客になることもある。

「分かった。せやけど、あんたも人生を出直すくらいの気持ちがないと、あかんで」

今回、自己破産するにせよ、任意整理するにせよ、金融機関の信用は当分の間、ゼロになる。7年程度は、どこからも借金はできんやろと思う。

「僕は、もう二度とどこからも借金したくありませんから」

「そこまで、分かっとるのなら、一つ、大事な心得を教えておこう」

ワシも、12年前から、一切の借金はせんと心に誓った。

その思いから辿り着いた答えが、借金するのなら、自分に借金しようという発想や。何のことか分かりにくいと思うから具体的に話す。

消費者金融で借金するにしても、そこの枠というのがある。50万円までとか100万万円までとかというやつや。

取り敢えず、その自分で決めた枠の金額まで貯めることから始める。

どっちみち、これから、7年ほどは借金できんとなれば、万が一のときのためにも、そうするしかない。

その枠の分まで貯まれば、それを借りたことにして、必要なことに使えばええ。使うた分は毎月返済という形にする。

これなら、消費者金融で借りる必要もなくなる。金利もなしや。そして、これなら、おそらく、消費者金融で借りるよりも、無駄なことには使わんはずや。

但し、これは意志をしっかり持ってなあかん。ワシは、それを実行しとるが、それは、金輪際、どこからも借金はせんという強い気持ちがあるからできることやと思うとる。

ワシは、念のために、内山とは1年後からの購読契約ということにした。そのころには、落ち着いとるやろと思うたからな。

助言もサービスの一環やと思えばええことや。但し、電話でのアドバイスしかできんとは言うたがな。

その後、内山の話やと、金がないから払えんと開き直ったら、その消費者金融の人間は訴訟を起こすと言うて帰ったらしい。

その辺りは、ワシらと同じで、カード(契約)にならんと思うたら、いつまでも同じ人間に関わるよりも、次の客を攻めろということなのかも知れんな。

最近になって、大手消費者金融の取り立ての実態が報道され、営業停止処分にまでなったことで周知のことになった。

これは、あくまでも、ワシ個人の思いなんやが、今の時代、借金できることがそのまま信用があるということにつながるという風潮があるのは、どう考えてもいびつな社会やないかと感じる。

借金できる者が偉くて、できん者はカスというレッテルを貼られる。ワシには、これは、金融業界全体の陰謀に思えてならん。

もっとも、借金に依存せなやっていけんと思う人間がおるからやろうけどな。

せやけど、そう思う人間がおる限りは、借金で追い詰められる者は後を絶たんやろと思う。

そういうのは、自業自得という側面もあるから放っといたらええようなもんやが、それで、新聞も取れんような人間が増えたらワシらも困る。

それを考えたら、金融屋は、ワシらにとったら最大のライバルかも知れんという気がする。

実際に、金がないから取れんと断る者の中には、そういう人間もおるやろしな。

そうは憂いてみても、どうにもならん問題やとは思うがな。


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