メールマガジン 新聞拡張員ゲンさんの裏話

第94回 新聞拡張員ゲンさんの裏話     

発行日 2006.5.26


■ある新聞販売店での出来事 後編


「このガキ、良うもあることないこと言いくさってからに!!殺(い)てもうたらぁ!!」

岩田はそう喚きながら、文化包丁を振り上げ、ヒロシに襲いかかった。

「うわっ、誰か!!誰か、来てくれ!!」

ヒロシは、大声でそう叫びながら、机の上にあった分厚い住宅地図帳やノート、筆記用具など手当たり次第に投げつけた。

襲いかかってくる岩田を寄せつけんとこうと必死やった。

刃物を突きつけられ襲われる恐怖というのは、味わった者しか分からんやろと思う。

「死にたくない」その一心でヒロシは無我夢中になり、必死やった。何かを考える余裕がまったくなかった。

「何、しとんねん」

そこに、タンミングよく、店長の沖原が帰って来た。

その声に、一瞬、岩田の気が削がれた。すかさず、沖原が、岩田に飛びかかった。

岩田は、さしたる抵抗もなく簡単に取り押さえられ、手にしていた文化包丁も取り上げられた。

それを見たヒロシは、反射的に110番通報した。

騒ぎを聞きつけて他の専業たちが集まってきた。

「このガキが悪いんや。ありもせんことを言うて、人を落とし入れやがったんや」

岩田は、店長に押さえつけられたまま、大声で何度もそう喚き散らしていた。

10分ほどして、パトカーが数台到着し、十数人の警官が店内になだれ込んできた。

店長の沖原が、警官に事情を説明すると、すぐ、岩田は身柄を拘束され警察署に連行された。

その後、店内で実況見分が行われた。店長とヒロシが事情聴取のため、パトカーに乗り込み警察署に向かった。

店外では、何事が起きたのかと、近所の住民が大勢集まっていた。

ヒロシが事情聴取を終えると、その室外の廊下に所長と店長が待っていた。

「ヒロシ、うちとしても、あんまり問題を大きくしとうはないんや。せやから、被害届けは出さんといてほしいんや。分かるやろ」

店長の沖原がそう切り出した。

「僕は殺されそうになったんですよ。これは、殺人未遂事件やないですか。僕が被害届を出そうが出さんとこうが、警察はそんなことには関係なく、岩田さんを逮捕しますよ」

殺人未遂は親告罪やないから、警察が関与した以上、事件にするはずや。被害届けを出す出さんというのは論外ということになる。

「それは、もう手を打ってある。後はお前次第や」

所長が代わってそう言うた。いかにも、こういうことには慣れとるという雰囲気がある。

この店では昔から従業員には気の荒い連中が多かったという。その所為で、喧嘩沙汰というのも、これまでも、それほど珍しいことやなかった。必然的にその処理を何度もしとったということや。

その話を裏付けるように、過去に何度か喧嘩で警察沙汰を起こしたことがあるというのは専業間の噂で聞いたことがあった。

所長は、警察には従業員同士の喧嘩として穏便な処理を依頼したようや。

現場で岩田を取り押さえた店長も、あの場は、喧嘩の仲裁に入っただけと警察に説明していた。

ヒロシが被害届けを提出すれば、警察としてもそれを受理せんわけにはいかんようになる。

受理すれば、どういう結果であれ、ただの喧嘩沙汰で済ますことはできんと思われる。

喧嘩沙汰くらいなら、例え、相手が少しくらいの怪我をしていようとも、厳重注意か始末書で無罪放免になるということは警察の裁量によりいくらでもある。

ワシも若い頃、そういうのは多かったから良う分かる。

もっとも、包丁という凶器を持ち出してのことやから、まったくのお咎めなしとはいかんかも知れんがな。

「店のことも考えてくれ。あまり、問題が大きくなったら困る。それに、あの岩田はすぐに他の店に移動させるさかい。お前のことも悪いようにはせんから、このワシを信用してくれんか。ええな」

所長が沖原に代わって、ヒロシにそう説得した。口調は説得やが、文句は言わせへんでという半ば脅し的な迫力がある。

ヒロシも、所長にそこまで言われると、それ以上、その場で強硬な姿勢を続けることはできんかった。従業員という立場も、やはり考えなあかんとも思うたからや。

確かに、このことが、新聞本社に知れると拙いというのは分かる。下手をすれば、改廃となり店を潰されるということもあるかも知れん。

事実、新聞社と販売店が交わしとる業務取引契約書の契約解除の条文に、販売店管理者もしくは販売店管理下のスタッフが刑事事件を起こしたときというのがはっきりと明示されとる。

それが、発覚すれば、新聞社の判断次第で無条件に、契約解除ができる。それが、店の改廃、潰れるということを意味する。

実際、そういう例は、この業界には多い。所長は、暗にそのことを考えくれと言うとるわけや。

ヒロシが、その被害届けをあきらめたということもあってか、岩田は逮捕・勾留されることもなく、事件当夜、店長に連れられて帰宅した。

後にヒロシは、このときの判断が甘かったと後悔することになる。同じ、それを認めるにしも、ちゃんと条件を出しとくんやったと。

当然やが、ヒロシは釈然とせん気持ちになった。

今日は寮に帰る気がせんかったから、そのまま、大学時代の友人宅に転がり込んだ。

現在、岩田は寮にいとる。ヒロシには、岩田に文化包丁を突きつけられた恐怖が生々しく染みついとった。

とてもやないが、同じ屋根の下にその男がおると分かって帰る気にはなれん。

翌日は、ヒロシの定休日やったから、そのまま、友人宅におった。

翌朝、ヒロシは、その友人が購読しとる他紙の朝刊を見たが、どこにも昨夜の事件の報道はなかった。

昨日の事件では、岩田は最初から文化包丁を持ち出しとるから、ヒロシを殺すつもりやったのは明白や。明らかに殺人未遂事件ということになる。

普通なら、記事にならんというのはあり得んことやと思うた。

事件が起きたのが夕方の7時頃で、警察の事情聴取が終わったのが8時前やから、ぎりぎり朝刊の締め切りには間に合うはずや。

「握り潰されたのか……」

ヒロシは漠然とそう考えた。

夕方、販売店に電話連絡を入れると、山元(仮名)というヒロシと日頃から比較的心やすい専業が当番をしとって、その電話口に出た。

「岩田のおっさん、まだおるんか?」

「明日、B店に転属になると店長が言うてたけどな。今は寮で、相変わらず酒ばっかり飲んどるわ。今日は、1日、お前の悪口ばっかり言うてたで。休みで良かったな」

岩田のような男は、皆から嫌われ敬遠されとる。いくら岩田が何を言おうが、店内の同情はヒロシに集まるはずや。

「ここだけの話やけど、岩田のおっさんがな、店長に『ヒロシをクビにしてくれ。せやないとワシが辞める』と喚いとったで」

普通なら、岩田のようなおっさんの言うことなんか誰も耳を傾けることはないはずなんやが、それを聞いてヒロシは僅かながら不安を覚えた。

それは、岩田が店から多額の借金をしとるということを知ってたからや。

借金で縛られとるという専業は珍しいことやない。借金をしとるという立場は、店に対しては弱い。

しかし、こと解雇問題ということになると強気になる人間もおる。

岩田がそうやった。

「ワシくらいになったら、何をしてもクビになることなんかないわい。ワシをクビにしたら損をするのは店やさかいな」

そう豪語しとったのを聞いたことがある。それが、借金をしとる者の強みということらしい。

因みに、ヒロシに借金はない。それからすると、ヒロシの立場の方が弱いことになる。

しかし、ヒロシも、まさか、その危惧が的中することになるとは、そのときは考えもせんかった。

「店長は?」

「もう、帰って来るはずやが……、あっ、今、店長の車が見えたから帰って来たんやないか」

「悪いけど、店長と代わってくれんか」

「分かった」

しばらく待つと、店長の沖原が出た。

「ヒロシか。何や?」

「岩田さんは、どうなりました?」

「ああ、やっこさんは、明日、B店に配置換えや。お前と一緒にするわけには行かんからな」

もちろん、これは所長の指示のはずや。

「明日というと?」

「朝刊の配達後や」

「ということは、朝は、岩田さんと顔を合わさんとあかんのですか」

「1日くらいのことは、仕方ないがな。我慢せいや」

「また、襲われたらどうするんです?」

「大丈夫や。そんな心配はいらん」

ヒロシは信じられん思いがした。その大丈夫やという根拠はどこにあるというんや。岩田は、相変わらず酒浸りやというのに……。

今晩、寮に帰ってさえ、いつ襲われるか分かったもんやない。無神経さにもほどがある。ヒロシは、店長の言葉に怒りさえ感じた。

被害者の感情からすると、加害者である岩田がいとる建物になんか近づきたくないというのは、当たり前のことやないか。そんな単純なことも分からんのかと思う。

「そんなのは、嫌ですし、怖いです。僕は、この2日で精神的にかなり参りました。できれば1週間程度、少なくとも2,3日は休ませて貰えませんか?」

ヒロシとしては、正当な要求やと思うた。店としても、それくらいの配慮はしてほしいし、当然や。

しかし、返ってきた言葉は耳を疑うものやった。

「何を子供みたいなこと言うとんねん。あれは、あの場で終わったことやないか。ぐだぐだ言うてんと、早よ帰って来い」

「嫌です。少なくとも、明日の朝は休ませて貰います。また、明日の今頃、電話しますので、よろしく」

ヒロシは、頭に来たということもあり、それだけを一方的に言うと電話を切った。

確かに、この場合、ヒロシの気持ちを考慮せんというのはどうかと思うが、販売店の経営者や責任者からしたら、こういう対応は当たり前やという考えになる者もいとる。

新聞の配達というのは、何があろうがやらなあかん。

大地震や台風でさえ、その配達を止めるという思考が販売店にはない。例え、それがどんなに危険やと分かっていてもや。

実際、そういう災害時に配達を強行して死んだ配達員もいとる。

店長の沖原にしたら、ヒロシのそれは、単なるワガママに聞こえるわけや。

また、店長という立場で、所長に「ヒロシのことも考えたってください」と言えば、どやされるのは目に見えとる。そんなことを言えるわけがない。

それに、明日、ヒロシが配達せんとなると、他からの応援が急遽、必要になる。

そんなことくらいは、配達員ならヒロシも百も承知のはずやし、分かってなあかんことや。実際、それで、迷惑を被る者も出てくるわけやからな。

しかし、ヒロシにしてみれば、命の危険を冒してまで、朝の配達をするつもりはない。確かに、専業として配達は大事な業務やが、それとこれとは話が別や。

経営者、責任者としても、僅かでもそういう危険があるのなら、それを回避するように努めるのが責務と違うのか。万が一、最悪の結果にでもなったら、どうすんのやと思う。

ヒロシにとって、専業の仕事は、司法試験の勉強のためという目的があってのことで、単なるその手段の一つとしてやってるにすぎん。危険な思いまでしてするほどのことやない。

見解の相違ということになるが、これは、おそらく、お互いどこまでいっても理解することはできんのやないかと思う。特にこの店ではな。

ヒロシは、翌日の午後3時頃、店に電話を入れた。

この頃やったら、岩田は移動しておらんはずやから、店の寮に帰れると思うて、そうした。

出たのは事務員やった。

「あっ、ヒロシさん。店長から伝言があります。明日から、配達しなくていいとのことです」

「えっ?どういうことですか?」

「やめてくれということです。クビです」

その事務員が、正に事務的にそう言い放った。

ヒロシは、一瞬、我が耳を疑った。まさか、そんな言葉を聞こうとは夢にも考えてへんかったからや。

「何でや!!理由を言うてください!!」

「私に言われても困ります。店長から、そう伝言するように指示されただけですから」

ヒロシは、その電話を切って、すぐ、店長の携帯にかけた。

「ヒロシです。店長、今、事務員の人から聞きましたが、一体、どういうことですか?」

「ああ、解雇のことか。あれを決めたのは俺やない。所長や。気の毒やが、俺は、ただ雇われとるだけやからどうしようもないんや」

「理由は何です。ちゃんとした理由がなければ、不当解雇になるんですよ……」

ヒロシが話とる途中で、その電話は切れた。再度、すぐにかけ直したが、それっきり、店長の携帯とはつながらんかった。

ヒロシは寮の自室に帰った。寮は、店から目と鼻の先にある。岩田はすでに退去しとるというのは確認してた。

ヒロシは、落ち着こうとした。頭に血が上った状態で考えてもろくなことはない。それは、分かっとるが、やはり、どうしても納得できんし、怒りが込み上げてくる。

理由もなくいきなりの解雇通告はできん。労働法に則り、正式な書面による解雇予告等が必要や。現時点では、それがない。

ヒロシは事務員に「書面による解雇理由、解雇予告通知がない以上は、従業員としての地位が確保されていると解釈しますので、通告は休職命令と受け取り、就業命令が下されたら、直ちに業務につくことができる状態で待機していますので」と伝えた。

事実上の寮での居座り宣言や。

さらに「こちらは、いつでも話し合いには応じますので、そう店長に伝えてください」と付け加えておいた。

しかし、その後、店長からの連絡はない。意図的に連絡を取らんようにしとるというのが見え見えやった。

店長の思惑としては、ヒロシがあきらめて自主的に店を辞めて、寮も退去することを願うとるようや。

ヒロシは、どうしてこういうことになったのか冷静に考えることにした。

原因は、はっきりしとる。あの事件や。しかし、被害者のヒロシが何で解雇されなあかんのか、その辺がもう一つ良う分からん。

当たり前やが、刑事事件の被害者として、騒ぎに関係したということを理由で解雇はできん。

ヒロシは、専業仲間の山元に電話をした。

「ヒロシ、悪いな。お前とも、事件のことも話すわけにはいかへんのや」

箝口令が布かれとるようやった。

それでも、ヒロシは食い下がって何か情報を聞き出そうとしたが、山元は何も言わんかった。

職場の仲間というのは、働いとるときの連帯感はあるが、一旦、辞めるか、そうなると決まった人間には冷淡になることがある。

特に、その指示が職場の上層部から出とった場合は尚更や。これは、その仲間を恨んでも仕方がない。誰でも我が身は可愛いからな。

沈んでいく船を一人の人間の手で引き上げることは無理や。その無理をすれば、自分もその海の底まで一緒に引き込まれる。

非情かも知れんが、沈む船は黙って見とくしかない。それが、処世術というものや。そして、この場合、その船がヒロシということになる。

狙いは、あの事件の完全な握り潰しにある。事件の当事者を遠ざけることが一番、確実やと所長は考えた。

岩田は仕方がない。多額の借金があるからな。それに、こいつは所長にとっては扱いやすい男や。

しかし、ヒロシは違う。理屈っぽく反抗的やし扱いにくい。下手にこのまま抱え込んでいたら、この事件のことも漏洩しかねん。店の命取りになるおそれがある。

ヒロシはそう考えた。それが、真相やないのかと思う。

所長は、ヒロシをタカが世間知らずの小僧っ子と考え、追い出したら終いやと思うたのかも知れんが、このまま、泣き寝入りするつもりはない。

必ず後悔させる。だてに法律家を目指しとるわけやない。ヒロシは、密かにそう誓った。

こういう販売店と争う方法は幾つかある。

1.不当解雇を突っ込む。

解雇は、客観的に合理的な理由がなかったらあかん。その理由が社会通念上相当として是認できる場合やなかったら、その解雇は解雇権の濫用として無効になるというのがある。

今回のケースは、突然、理由を示さず、直接協議することを避けた上、一方的に伝言のみで解雇を伝え、その手続きを怠っとる。これは、使用者として誠意を欠いた不誠実な対応ということになる。

こういう状況であれば、請求できることがいくつかある。また、しておいた方がええと思われるものを列挙しとく。

@解雇通告書(即日解雇)の交付を要求する。

A労働基準法第20条に基づく解雇予告手当の支払いを要求する。因みに平均賃金の30日分程度となる。

B離職票の交付手続き、社会保険の喪失手続きの要求をする。

C有給休暇の買い取りを要求する。

D不当解雇の受け入れとして、平均賃金の6ヵ月分以上の支払い要求をする。これに関しては、決まり事やないから交渉ということになる。

決裂すれば、法廷闘争ということになる。但し、要求とすれば、法外なものやないと考えられる。

E公的な退職手続きを怠ることによる生活保障および給与保障として平均賃金の3ヵ月分以上の支払いを要求する。これも、Dと同じで交渉事になる。

F転居するための諸費用を全額要求する。

不当解雇を経営者がしてきた場合は、上記の要求を堂々とできる。但し、それで、どの程度、支払うて貰えるかは、相手とその状況、交渉次第やと思うがな。

要求をするのなら、弁護士に頼むというのもええが、それやと、弁護費用が嵩(かさ)むし、何より、こういう比較的低額の労働争議は嫌がられる場合が多い。金にならんということでな。

労働争議でも、過労死なんかで数千万円から億単位の請求ができ、勝てる可能性が高いという案件なら別やろけどな。

今回の請求内容やと、行政書士に内容証明書を出して貰うだけでも効果がある場合が多い。弁護士と比べれば格安やし、相談する価値はあると思う。

但し、法廷闘争となれば、弁護士に頼むしかないやろけどな。

2.使用者責任を問う。

これは、あっさり販売店がその使用者責任を認めれば問題ないが、このケースは難しいかも知れん。

販売店が認めるということは、使用者責任としての損害賠償に応じるということやからな。これは、実際に訴訟を起こしてみんことには何とも言えんと思う。

岩田本人への請求なら、十分可能性がある。但し、借金漬けの岩田にその返済能力はないはずやから、それを期待しても無駄や。ない袖は振れん。それで済まされる。

肩代わりというのも、販売店が拒否したらどうにもならん。その可能性の方が大きい。

但し、ヒロシが相当の怪我でもしとる場合やったら、あるいは違うかも知れんというのはある。

この事件で最大のネックはこれやと思う。ヒロシは被害者やというても、現実には、何の怪我もしとらんというのがある。瀕死の重傷か、死んでたら話は違うやろがな。

この現実は大きい。ヒロシが請求できるのは、恐怖による精神的慰謝料だけということになるが、残念ながら、日本の裁判では、それが認められてもその額というのは知れてる。

良う取れたとしてもええとこ、数十万円〜百万円程度までや。それやと、下手に裁判すると足が出ることすらある。

しかも、それは、裁判所が販売店の使用者責任による過失を認めた場合で、通常は、その慰謝料は加害者が支払うべきものとなる公算が大きい。

そうなると、それも支払い能力の問題で期待できんということになる。

ただ、裁判を提起することにより、販売店がどう対処するかで状勢が違うてくるということはあるかも知れん。

その裁判で、そのことが公になったら困ると販売店が思えば、調停でヒロシに有利な交渉になるということも十分考えられる。

実際に、従業員に箝口令を布いて、ヒロシを追い出すことで、この事件を握り潰そうということやから、裏を返せば、それだけ販売店は危機感を抱いとるということになる。

しかし、それは希望的観測という側面もあるから、実際に裁判をしてみんことには、はっきりとは分からんやろけどな。

3.改めて警察署に被害届けを出す。

意図としたら、事件性のアピールと、加害者への罪の加重ということになる。また、民事で裁判を起こすにしても、形式だけでもそれをしとく方がええ。

但し、経緯はどうあれ形の上では一度、被害届けを自ら不提出にしとるから、よほど上手く持っていかな、警察署によれば体よく門前払いされるということもある。

因みに、被害届そのものは、公訴時効が成立するまではいつでも出せる。

告訴期限は、昔は事件発生後6ヶ月ということやったが、刑事訴訟法改正により2000年6月8日より撤廃されとるから、これも公訴時効が成立するまではいつでもできる。

ただ、警察署には、被害届けを何で今頃になってするのかという言い訳を考えておいた方がええと思う。必ず、突っ込まれる。

@事件から時間が経ったけど、加害者からの謝罪が一切ない。

Aケアするといった新聞販売店も、結局何もしないで解雇するという、事件当時には考えられなかった暴挙に出たという事情がある。

ただ、この場合、あまり解雇ということを強調するのは得策やないと思う。こういうケースでは「そんな個人的な恨み事を警察に持ち込むなよ」と言われることがあるからな。

せやから、話が違ってきて誠意がないから信用できんという風に持っていく方が無難や。

B事件当時は恐怖のあまり自分を見失っていて、冷静に判断できんかったと言う。

と、大体、こんな感じやな。

但し、このケースは新聞販売店と警察のつながりが深く、動かんということも可能性としたら、十分考えられる。何とも言えんがな。

ただ、その場合は、地検に被害者支援室というのがあるから、そこに相談するのも方法や。状況と担当者次第では力になってくれることがあるという。評判はええみたいやけどな。

さすがに、そこまでは、その販売店も手を回しとらんと思うしな。

4.新聞社にリークする。

新聞社にリークするのなら、販売局がええやろと思う。直接の販売店の管理部門やさかいな。

但し、このケースは、どこまでその新聞社が動くかなというのはある。

当メルマガやサイトに懇意にして頂いている元新聞記者の方に、この種の件で、記事としての掲載を含め一般的な新聞社の対応を伺った。

その際に寄せられた意見があり参考になると思うので、それを伝える。因みに、この方は、警察関係に詳しい方や。


事件をきっかけに解雇になった販売店従業員さんの話ですが、結論的には、新聞記事になる可能性は極めて低いと思います。

とりあえず刑事と民事で区別して考える方がいいと思うのですが、刑事については仮に加害者が逮捕されてもよくてベタ記事でしょう。

そもそも怪我がないと言うことですから、喧嘩の途中で、包丁を「持ち出した」だけという扱いになれば殺人未遂罪ではなく、暴行罪になる可能性が高いと思います。

殺人未遂や暴行は親告罪ではありませんから、被害者が告訴せずとも警察が覚知した以上、事件にすべきものは事件にします。

そのまま帰ったということは、警察段階で暴行にとどまると判断し、事件(検察送致→起訴)にしない処理をしたという可能性が高いのだと思います。

喧嘩で軽微な傷害を負っても、警察が厳重注意して事件にしないことは世の中でままあることですから、これと同じ扱いということです。

被害届は単なる被害事実の申告ですから、(時効前であれば)当該従業員さんがこれから被害届を出すこともできると思いますが、いったん暴行事件で処理したと思われるので「暴行ではなく殺人未遂だった」ことを、ある程度明らかにするような状況なり証拠なりを示すことができなければ再び警察を動かすことは難しいのではないかと思います。

告訴する場合は必ず事件化して検察送致まで行われますが、暴行にとどまる限り不起訴(起訴猶予)になるのではないでしょうか。

民事についても記事になるかと言えば難しいと思います。「不当な解雇」だけではほとんどニュースになりませんから、「事件をもみ消すための不当な解雇」と言えなければなりませんが、警察がすでに介入しているし、被害届も出せるのだから、「解雇することでもみ消すことにはならないのでは?」という疑問が沸きます。

実態は「同じようなトラブルを事前に避けるための解雇」であって、これはこれで立派な「不当解雇」なわけですが、これでは新聞記事になるほどのニュース性を備えているとはいい難いと思います。

「新聞販売店だから記事になりにくい」要素も否定はしません。ただ今回のケースは、それ以前の問題ではないかと思います。

仮に私が現在も新聞記者で、このような相談を本人から持ちかけられ、真に同情したとしても、 これだけの情報で記事になることはあり得ないと思います。

記事になるとすれば、裁判所に訴え出た時点か、あるいは、裁判所や労働委員会など公的な機関で「不当解雇」が認定される場合でしょうか…。

これでも扱いは小さいですし、ここまでくれば記事になるならないは関係ないような気もします。

こうなると、マスコミによる社会的制裁を考えるのは極めて難しく、結局は法的な権利を当該販売店にきちんと主張するしか道はないと思います。

その過程で新聞社に「販売店の指導監督はどうなってるのか」と何度もクレームを付けまくるのも(その場では軽くあしらわれますが、内部的には問題となるので)当該販売店に反省を促す意味では有効な手段の一つと思うわけですが、何にせよ、時間と労力とお金を費やす覚悟が必要になるような気がします。


ということのようや。

他にも争いの余地があるものがあるかも知れんが、今のところヒロシの取り得ることのできる手段としては、こんなところやろと思う。

その後、ヒロシは新しい職場を見つけた。あのまま、寮に居座ってもどうにもならんしな。もう、新聞販売店はこりごりやから、違う職場や。

そこでの生活が落ち着いてから、どうするか決めるつもりにしとるという。

正直なところ、日が経つにつれて、どうでもええというか、忘れてしまいたいという思いが先に立つことがある。

しかし、前編の冒頭でも触れた通り、その販売店では、その後、何事もなかったように日々の業務を続け、岩田は、のうのうとしとると聞く。

事件から日が経った今となっては、私怨というものはそれほどない。

ただ、法律を志す者として、やはりこの理不尽さを看過することはどうしてもできんという思いがあるだけや。

鉄槌となるか、どうかは分からんが、やるべきことをするつもりや。いずれにしても、ヒロシに泣き寝入りの意志はない。いくら状況的には厳しいとしてもな。

確かに、世の中には理不尽なことというのは多いが、誰もがそれに甘んじてあきらめるわけやない。反撃する者は反撃する。


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