白塚博士の有料メルマガ長編小説選集

第3話 大津坂本人情街道秘話


配信開始日 2013. 9.28 全8回

作品紹介


 これは前2作の新聞業界を扱った推理サスペンス、アクション活劇とは趣きがかなり違います。

 ファンタジーと奇妙な物語の両方の要素を持ち、古紙回収業者の悲哀と心温まるエピソードにより人の優しさ、素晴らしさを描いています。また痛烈な社会批判も加えています。

 尚、この話に登場する「時空を超えた状況」は、過去のSF映画やテレビドラマの設定にはなかったものだと自負しています。

 話は全8回と前2作に比べ短いですが、面白さにおいて引けは取らないと思いますので、引き続き、ご購読ほどよろしくお願い致します。


第1回 配信分


大津坂本人情街道秘話
   
序章 400年の伝承


 400年間、密かに語り継がれてきた話がある。

 世は徳川の時代になったばかりだった。近江の国では100年の長きに渡って続いた戦乱の傷跡が、そこかしこに残っていた。田畑は耕されることなく荒れ、焼け落ち骨組みだけ残って風化しかかった宿場跡が所在なげに点在している。

 近隣の村々は、どこも困窮を極めていた。もっとも、その貧しさ故に生き延びてこられたという皮肉な結果になっていたのだが。

 吉野という小さな村も例外ではなかった。

 ある日、薄汚れた着物を身に纏った男が、村に向かう山道脇で倒れているのを、通りかかった村人の五助が見つけた。

 腰に刀を帯びいてるところからすると野武士のようであった。野武士や落ち武者は珍しくはなかった。関ヶ原の戦いで負けた豊臣方の武士たちが行き場を失っていたからだ。

 ある者は執拗な徳川の落ち武者狩りを逃れ、ある者は食い詰めて盗賊と化し、ある者は仕官を期し浪人に身をやつし機会を窺っていた。倒れている野武士はそのいずれかだと思われる。

「お侍さん、大丈夫ですか」と、五助は用心しながら、近寄ってそう声をかけた。まず、生きているのか死んでいるのかを確認しようと思った。

 すると、その声に反応した男が、ゆっくりと目を開けてかすかに頷いた。どうやら、怪我をしたのでも病気をしているのでもなさそうだった。空腹のため動けず行き倒れになっていると、五助は解した。

 当時、その辺りの村々には落ち武者崩れの盗賊が出没していたが、五助は、その男の眼を見て直感的にそんな輩とは違うと思った。盗賊にありがちな荒んだ雰囲気がまったくない。少なくとも五助には悪い人間には見えなかった。

 五助は、そのままにはしておけないと考え、引いていた大八車にその浪人を乗せて家に連れて帰り、介抱して食事を与えた。食事と言っても、ろくな物はない。あるのは、ヒエやアワといった雑穀で作った雑炊だけだった。

 米は作ってもすぐに盗賊たちに襲われ盗られるから意味はないが、ヒエ、アワといった雑穀なら不味いうえに、身分の卑しい者の食べ物というイメージが古来から根強くあるため狙われる心配は殆どなかった。

 史実を紐解いても、盗賊の類がヒエやアワを強奪する目的で村を襲った事例はどこにも見当たらない。過去、その吉野村でも盗賊に襲われたことが何度かあったが、その都度、米や金目の物がないということがわかるとすぐに立ち去っている。

 また、ヒエやアワは米に比べ収穫期が短いから飢えを凌ぐには格好の作物と言えた。ちなみに、種を撒いてから3ヶ月ほどで収穫できる。その時代を生き残るための村人たちの知恵だった。

 最近の研究で、ヒエ、アワは栄養価が高く食物繊維も豊富だということがわかってきている。そのため健康食品としても見直されているほどである。飢饉の時、このヒエやアワを作って食用にしていたことで相当数の農民の命が救われたという歴史的事実もある。ある意味、合理的かつ価値のある作物だと言えた。

「ありがたい、ありがたい」

 浪人は、そう言いながらヒエとアワだけで作った雑炊を貪り食った。そして、何度も何度も五助に礼を言った。

 五助は、「こんな物しかないですが、遠慮せず腹一杯食べてくだされ」と言って美味しそうに食べるその浪人の姿に目を細めた。人に感謝の気持ちを示す人間に悪人はいない。判断に間違いはなかった。助けて本当に良かったと五助は思った。

  ただ、他の村人たちは、その浪人を快く思わなかった。その浪人も所詮は盗賊たちと似たような輩だから早急に追い出せと五助に迫った。いつ何時、襲う側になるか知れたものではないと。

  五助は仕方なく、「お侍さんには悪いけど、それを食って元気になったら村を離れてくれんやろうか」と頼んだ。

「わかった。造作をかけた」と、その浪人は素直にそれに応じた。

 その時、突然、馬に乗った5人の盗賊たちが村を襲った。

「米と食い物、金目の物を全部出せ。さもないと皆殺しにするぞ」と喚きながら刀を振り回し村の中を暴れ回った。

  村はパニックになった。女子供が散り散りに逃げ惑った。村の男たちに戦う気力はない。例え戦う気になって、この場の5人を倒したとしても仲間の盗賊が他にもいる可能性が高い。その連中の仕返しを考えたら何もできない。

 何より、農民たちは戦い方を知らない。戦っても無駄死にするだけだ。それよりも逆らわず大人しくしている方が良い。いつものように村に何もないと知ればすぐに立ち去るはずだ。

 弱者の論理である。それも一つの生き方と言えば言える。結果として生き残ることができれば、それが最良の選択になるからだ。

  ただ、食い物や金目の物がなくても若い女がいれば別だ。自分たちの慰みものにした後は売り飛ばすことができる。何もない村の唯一の戦利品と言えた。

  今回も、盗賊の一人が、そのつもりで物色した若い娘を無理矢理引きずり出していた。娘は嫌がって必死に助けを求めている。その娘の親が盗賊に追いすがろうとするのを他の村人が「こらえてくれ」と言って引き止めていた。それ
だけで済めば村は救われると。その選択しかないのだと。

 その場に、村を出るはずの浪人が現れ、その盗賊の手から若い娘を引き離した。

「何だ、貴様は?」

  その盗賊が気色ばんだ。

「ただの通りすがりの者だ。この村にはお前たちの欲しがるような物は何もない。早々に立ち去れ」

「何をこのやろう! えらそうに!」
 
 そう言うと、気の短そうなその盗賊が、その浪人に斬りかかった。すれ違い様、浪人の剣が一閃すると、その盗賊は首から血を吹き出してあっけなく倒れた。

 それを合図に、壮絶な斬り合いが始まった。

  最初の盗賊は、相手の技量を確かめずに闇雲に突っ込んだから、そういう結果になったが、残りの者たちは違った。

 特に、その首魁は慎重で狡猾そうな男だった。

「囲め!」 

  残りの手下に、すぐさまそう命じた。

  そうはさせまいとして浪人は走った。

「お侍さん、そのまま逃げろ!」
 
 五助は、心底そう願って叫んだ。

 たかが一杯の雑炊のために命を落とすことはない。しかも村人の誰も浪人を快く思っていないのだ。それどころか、「あの浪人者は村とは何の関係もない、よそ者だ」と、村人たちが口々に言い立てている。まるで、殺しても構わないと言いたげに。

 その浪人は何の縁もゆかりもないのに、一命を賭して村の娘を守るために盗賊たちと戦っているにもかかわらずである。そんな状況で死ねば、ただの犬死にしかならない。

  浪人は走りながら五助の方を見やり、かすかに笑った。

 浪人は村の裏手に向かって走った。その裏手にある切り立った崖に追い詰められた。いや、もしかしたら村の地形を知っていて誘ったのかも知れない。谷底の河原まで2、30メートルほどはありそうだった。落ちたら助からない。

 どんな剣の達人でも囲まれて前後左右から攻撃されたら、勝機はない。前方の相手だけなら技量の違いで何とかなる。

 崖を背にすれば背後を取られる心配がない。左右から攻撃されるというのも、すぐ横が崖ということもあり考えにくい。攻撃するのなら前からだ。それにしても迂闊に突っ込むことができない。必然的に打ち込む剣先も鈍る。

 ただし、盗賊たちが弓や槍を持っていた場合、逆に逃げ場がなくなり、それで万事休すということになる。しかし、村を襲った盗賊たちは刀だけしか持っていなかった。

 それには百姓相手で殺し合いになるとは考えてもいなかったからだ。どこの村の百姓たちも逆らうことを知らない者ばかりだった。それに慣れすぎていた。加えて、盗みに来たわけだから、余分な武器を持って来れば、その分だけ戦利品を持ち帰る量が減ると考えたとも思える。

 盗賊たちの武器が刀だけなら何とかなる。浪人は瞬時に、そう計算したのではないか。ただ者ではない。かなりの修羅場を経験してきている。何の武芸も知らない五助でも、それくらいはわかった。

 そして、それは命がけで盗賊たち全員を倒すためにそうしたのではないかと悟った。五助の恩に報いるために。逃げるつもりなら、もうとっくに逃げている。わざわざ盗賊たちの目の前に現れて戦う必要などない。

  盗賊の首魁は「行け」と手下たちをけしかけ、自分は手下の一人の背後から、その肩を押すように進んだ。

 いざとなったら前にいる手下ごと浪人を崖下に突き落とすのではないか。首魁を見ていて五助は、そう思った。浪人が危ないと。

「おおい、こっちだ!」

  五助は、身体が人より大きく腕力には自信があったから、その盗賊たちの後方で丸太ん棒を振り上げて戦う姿勢を見せた。

 五助は、たった一杯の雑炊に恩義を感じて縁もゆかりもない村の娘のために命をかけている浪人を、このまま見すごすことはできないと思った。そんなことをすれば人ではなくなる。そんな思いに囚われたと後に語っていたという。

 盗賊の首魁とその手下たちは、その声のする方向を振り返って一瞬、怯んだ。村人に反撃されるなどとは思ってもみなかったからだ。どの村の百姓もおとなしく従順だと思い込んでいた。実際にそうだった。だからこそ、5人という少人数でも村を襲えたわけだ。

 しかし、たった一人とはいえ、反撃しようとする村人がいる。そのことに少なからず驚き、怯みを見せた。

 その隙を衝いて浪人が逆襲に出た。

 勢いよく飛び込み、前方にいた手下の腹部を刺し貫いた。その手下は断末魔のうめき声を発し、その刀を必死に両手で握りしめた。そのため浪人は刀を抜こうとしたが、なかなか抜けなかった。

 それを見ていた、すぐ横の手下が恐ろしさのあまり、悲鳴に近い叫び声を上げながら、持っていた刀を浪人に向け小刻みに振り回した。その剣先が、浪人の頬と肩をかすめて血が流れ出た。

 浪人は、やっとの思いで抜いた刀で、その正気を失った手下を袈裟懸けに斬って捨てた。もっとも、斬ったというよりは殴りつけたという形容の方が当たっていたが。手下はその場に倒れた。

 その直後、首魁が猛然と襲いかかってきた。浪人はかろうじて首魁の剣先を躱した。首魁は、そのままの勢いで体当たりをしてきた。

  二人はもつれあって転がった。何度か回転した後、動きが止まった。首魁が上になっている。首魁がゆっくりと五助たちに背を向けて起き上がった。持っている刀の先から血がしたたり落ちている。

 浪人が殺られた。

 誰もがそう思っていたところ、突然、その首魁が口から血を吐きその場に崩れ落ちた。腹部には浪人の刀が深々と突き刺さっていた。

 浪人は這って首魁に近寄り、腹部に刺さった刀を引き抜いて杖代わりにして立ち上がった。返り血を浴びて凄まじい形相になっている。鬼ですら逃げ出すのではないか。とても人とは思えない。五助にはそう見えた。

 一人生き残った盗賊は恐ろしさのあまり戦意を失い、その場を逃げ出そうと後ずさりをしていた。このまま逃げられたら他の仲間と共にやって来て、また村が襲われる。そう考えた五助は、持っていた丸太ん棒で、その手下に殴りかかろうとした。今なら簡単に殺せる。

「止めろ!」

  浪人がそれを制した。

「行かせてやれ」と。

 動きの止まった五助の横を、その生き残りの盗賊が転がるようにすり抜け、一目散に逃げ出して行った。

「何で……」

  せっかく盗賊たちを全滅させられるのに。村に危険がなくなるのに。五助には、どうしてもその思いが払拭できなかった。

「それでいい……、もう奴らはこの村には二度と来ないだろう」

  浪人は、そう言うと、その場にゆっくりと崩れ落ちた。

「お侍さん!」

  五助が駆け寄った。

 浪人の腹部から夥しい血が流れ出ていた。それで首魁と相打ちになっていたと知った。

「誰か、手を貸してくれ!」と叫ぶ五助に、「もういい。何をしても無駄だ。私は助からない……、ありがとう……」と、浪人は力なくそう言った。

 そして、満足そうな笑みを浮かべながら、そのまま息を引き取った。
 
 その浪人の言葉どおり、その後、二度とその村は盗賊たちに襲われることはなかったという。

  逃げた盗賊は、その浪人の死を知らない。盗賊の首魁は、あの戦い方からすると、その道ではかなり名の通った猛者だった可能性が高い。

 その浪人の正体を知ることはできなかったが、相当な剣の使い手だというのはわかる。その盗賊の首魁を含め、4人も倒すというのは尋常な強さではない。

「あの村には悪鬼の化身が棲んでいる」

  生き残りの盗賊が、そう大袈裟に吹聴した可能性が高い。そして、その手の噂話には必ず尾鰭がつく。噂そのものが巨大な化け物と化すわけだ。

 村には、これといって何もなかった。村人は皆、ヒエとアワだけしか食ってなかった。米と違ってヒエとアワでは金になりにくいから、財物を蓄えているとはとても思えない。

 そんな村に、化け物がいるのを承知で命をかけて襲うのは馬鹿げている。盗賊たちがそう考えても不思議ではない。

 浪人が最後に残した、「もう奴らはこの村には来ないだろう」という言葉は、そういうことだったのではなかったのかと、五助は悟った。あのまま、五助が生き残りの盗賊を倒していたら、何も知らない他の盗賊たちに村が再び襲われていた可能性が高かったと。

 それにしても、一杯の雑炊を食わせてもらった恩義があったからと言うには、あまりにも大きすぎる代償に思えた。今となってはその犠牲に報いることはできない。五助のできる事と言えば、その名もなき浪人を懇(ねんご)ろに弔うことだけだった。

 その出来事が言い伝えとして、村の裏山にあるその浪人の墓石と共に長く残っていた。それには、五助のたっての願いが、その子孫に受け継がれていたからでもあった。

「いつの日にか、お侍様の身内の方が村を訪れるかも知れない。そのときには、この恩義に報いるように、子々孫々まで伝えてくれ。そして、あのご浪人のように人に感謝する人には親切にしなさい」という五助の遺言をその子孫たちは
忠実に守った。もっとも字で書き残せない彼らには口伝で、そうするしかなかったのだが。

 そして、その話が言い伝えとして長く受け継がれた。今や五助の子孫たちの家宝ともなった浪人の遺した一振りの刀剣がそうさせていた。その刀剣を次の世代に伝承させるとき、必ずその話をするのだという。

 いつしかそれは五助の子孫だけに伝わる一子相伝の秘話となった。他の村人にすら隠すようになった。そうしなければ、刀の所持を禁止されている百姓が、その刀剣を保持していくのは難しかったからだ。

 その一振りの刀剣だけが、その浪人につながる唯一の縁であった。その刀剣を密かに守ることが、五助の子孫たちの使命と化していた。 

 しかし、その縁は400年という時の流れに呑み込まれていた。



第1章 ちり紙交換員となって   へ続く


読者感想


件名 なんとなく浪漫を感じる作品ですね

投稿者 ちゃんさん  投稿日時 2013.12. 8 PM 8:39



今までのハカセさんの小説にはめずらしい、なんとなく浪漫を感じる作品ですね。

いや、浪漫というより、オカルトかな。

えらい違いですが・・・・(汗

今回もあまりあてにならない感想になる予感が。

それと不思議だったのは、今までの小説の格闘場面はなんとなく読み飛ばしていたのに、この小説の格闘場面はしっかりと読んでいました。

格闘=ケンカ というのが、私の中の方程式なので、ケンカ嫌いな私はその場面にくると自然と先に目が飛んでいってしまうのです。

でもここでは、秋山の動きをしっかりと追っていました。

なぜでしょうね。

やっぱりオカルトが影響しているのでしょうか。(そんなアホな・・・・)


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