白塚博士の有料メルマガ長編小説選集

第4話 狙われた男たち


配信開始日 2013.11.23  全35回


作品紹介

 一人の新聞記者が殺害され、犯人と目される武術の達人の死から物語はスタートします。ミステリー色の強い本格的な格闘アクション小説です。

 一見、荒唐無稽な展開の連続で物語は進みますが、これは私とゲンの周りで実際に起きた幾つかの事件をもとにしています。

 まさに「事実は小説より奇なり」です。

 どの部分が事実で、どの部分が創作かは申し上げられませんので、それぞれで、ご判断してお楽しみください。


第1回配信分


狙われた男たち
   
 第1章 真犯人は他にいる


1997年5月29日。

現日新聞の朝刊に新聞記者が殺害されるという衝撃的な記事が掲載された。


 本紙記者刺殺される 


 28日、午後7時頃。京都府京都市北区上賀茂本山339、賀茂別雷神社(通称、上賀茂神社)一の鳥居付近で本紙記者、楢崎武史(35歳)が胸部を刺され血を流して倒れているところを神社関係者によって発見され、搬送された上賀茂救急病院で死亡が確認された。

 本紙記者、楢崎武史は賀茂別雷神社でいたずら書きが頻発しているとの情報を得て取材中だった。


 その日の夕刊に続報が掲載された。


 本紙記者、刺殺犯自殺


 28日、午後7時頃。京都府京都市北区上賀茂本山339、賀茂別雷神社(通称、上賀茂神社)一の鳥居付近で刺殺体で発見された本紙記者、楢崎武史(35歳)は、現場から約200メートル離れた賀茂川河川敷において死亡していた、市内在住の古紙回収業者、室屋喜一郎(37歳)によって刺殺されたことが、京都府警賀茂北署の調べでわかった。

 調べによると室屋喜一郎は、賀茂別雷神社からの依頼を受けて古紙を回収に行ったところ、神社関係者が誤って他業者を呼び止め古紙を渡してしまったことに腹を立て、一の鳥居にいたずら書きをしていた。

 現場を取材中の本紙記者から、そのことを注意されたことで口論となり、かっとなった室屋喜一郎が本紙記者、楢崎武史を、いたずら書きに使っていたと見られる刃渡り15センチの業務用切り出しナイフで胸部を刺して殺害。

 その後、自身も首の頸動脈を切り自殺したことがわかった。


 事件は新聞、テレビなどで繰り返し大きく報道された。当然のように、被害者である楢崎武史記者には世間から多くの同情が寄せられた。

 東京八王子市にある楢崎武史の自宅で通夜が執り行われた。身内と一部の新聞社の関係者だけの、ひっそりとした通夜だった。

 同僚である現日新聞の記者、開田政夫が、痛々しいほどまでに気丈に振る舞って弔問客の対応をしている楢崎武史の妻、洋子のもとに近づいて声をかけた。

「洋子ちゃん、俺がついていながらすまん」

 開田はそう詫びた。

 開田と楢崎、および洋子は、東京逓信大学時代の同窓生だった。開田と楢崎武史は希望どおり現日新聞社に入社して、報道部に所属していた。

 その関係もあり、家族ぐるみの付き合いをしていた。といっても開田は独身だったので、もっぱら楢崎の家に押しかけていたわけだが。

「開田さんのせいじゃないわ……」

 事件のあった日、楢崎は上賀茂神社の取材をしていて、開田は下鴨神社を受け持っていた。

 もし、それが反対だったら死んでいたのは開田だったかも知れない。開田を責めることなど洋子にはできなかった。

 犯人が死んでしまった今となっては運が悪かったと諦めるしかない。怒りを
ぶつける対象がいなくなったのだから。

 楢崎の死を素直に受け入れることなど到底できないが、小学2年生の一人息子、翔平のためにも気を強く持とうと洋子は決めていた。

 翔平は洋子の手を握りしめて必死に悲しみに堪えている。その健気な姿が、洋子をそうさせた。 

「翔平君、お父さんは立派な人だった。誇りに思っていいよ」

  開田には、それしか、かける言葉が見つからなかった。

 開田にしても無二の親友を亡くしてしまったというショックは大きかったが、楢崎母子の思いには遠くおよばない。

 月並みな慰めの言葉などかけられないという思いが強かった。

「はい、わかっています。僕、大人になったらお父さんのような立派な新聞記者になります」

「そうか、それは楽しみだな。おじさんも応援するから頑張れよ」

「はい」

 翔平は力強くそう言った。

 開田は、親の楢崎武史に似て正義感の強い意志の強そうな子だと思った。

 そして、本気でこの翔平を見守ってやろう、力になってやろうと決めた。

 そうすることが、自身の身代わり同然となって死んだ親友、楢崎武史に報いる唯一の供養になると信じた。



「そんな馬鹿な話があるか! 絶対、何かの間違いや!」

 事件の報道を知った仁王鉄人はそう言って吠えた。

 仁王は室屋喜一郎の経営する古紙回収会社「室屋紙業」の従業員である。

 室屋は仁王にとっては恩人であり師であり兄と慕う、この世で唯一、無二の存在だった。

 男として人間として心酔していた。何があったにせよ、神社にいたずら書きをするような人間ではない。そんなことは絶対にあり得ない。

 室屋と出会ったのはまだ18歳の頃で、仁王は当時、総勢300名を有する暴走族グループ「京都鬼面会」の総長をしていた。

 仁王は身長190センチ、体重110キロの巨漢で喧嘩では無敵を誇っていた。ヤクザですら仁王を見ると避けて道を譲るほどだった。

 ある日、仁王は西京極球場に十数人の仲間たちとプロ野球観戦に行った。

 その日、贔屓にしていたプロ野球チームが負けたことに腹を立て、駐車場に停めていた相手チームのロゴのシールを貼った乗用車を、その怪力にものを言わせて、ひっくり返したことがあった。

 たまたま野球観戦に来ていて、その場を通りかかった室屋に「調子に乗るな、坊主!」と、一喝された。

 それを聞いた配下の者たち数人が色めき立って室屋に襲いかかったが、あっという間に全員が倒された。

「なかなか、やるやないか、おっさん」

 仁王は、自分より小さい室屋を甘く見ていた。というか、この世に自分より強い男など存在しないと自惚れていた。

 今まで、柔道や空手の有段者、元プロボクサーといった連中と喧嘩を繰り返してきたが、負けたことなど一度もなかったからだ。

 しかし、その仁王が室屋に殴りかかった瞬間、あっけなく投げ飛ばされた。

 何度向かって行っても同じように転がされた。しかも明らかに手加減されていたにもかかわらずである。

 さすがの仁王も力量の差を認めないわけにはいかなかった。仁王は負けた悔しさよりも、その強さに憧れすら覚えた。

 後に、室屋が古武術の流派の一つ、「室屋流柔術」の宗家の流れを汲む達人だと知って弟子入りを懇願する。

「暴走族に教える技などない。教わりたいのなら、真っ当な仕事をしろ」と、言われたことで暴走族を辞め、室屋の経営する古紙回収会社「室屋紙業」に入社した。

 それから10年、仁王は室屋から「室屋流柔術」を習うと同時に男としての生き方も学んだ。

 室屋は曲がったことが大嫌いな男だった。そのため、室屋は無法なことをする暴走族やチンピラ、ヤクザたちを見過ごすことができず、そういった連中と揉めて喧嘩をすることが多かった。

 世間では喧嘩の善し悪しに関係なく、その当事者すべてを同類の人間と見なすのが普通である。

 それが、今回の事件でもマイナスに作用していたと思われる。評判は、どうしても喧嘩早い男という印象でしかなかったからだ。実際に喧嘩していたのは事実だから、そう世間に思われても仕方なかった。

 しかし、新聞記事に書かれていた内容は、まったくのでたらめである。

『賀茂別雷神社からの依頼を受けて古紙を回収に行ったところ、神社関係者が誤って他業者を呼び止め古紙を渡してしまったことに腹を立て』という記述があるが、そんな程度のことは古紙回収業界では珍しくはない。

 業者に電話で古紙の回収を依頼したのは古紙の置き場が満杯になって困っていたからだ。

 神社側の担当者が一人であれば、電話連絡をした業者が来るのを待つだろうが、複数いて業者に連絡したことを知らなければ、たまたま通りかかった「ちり紙交換車」を呼び止めて、溜まった古紙を出すのは、京都ではありがちなことである。

 もちろん、室屋も呼ばれて行って「他の業者に出してしまいました」では面白くないから文句の一つくらいは言った可能性はある。

 しかし、そんなありがちなことで剥きになることはない。次から連絡があっても行かなければ良いだけの話だからだ。

 その当時は古紙の価格が下落傾向にあり、業者も減少しているということもあって、古紙を回収する業者の方が立場的には優位だったということがある。

 だからこそ、神社側の担当者も溜まった古紙の処置に困ってわざわざ電話で古紙の回収を依頼したわけである。

 後に仁王が確かめたところによると神社に溜まっていた新聞古紙は100キログラムほどだったことがわかった。

 当時、それで古紙回収業者が得られるのは末端価格にして500円になるかならない程度である。

 それがなかったからと言って嫌がらせ目的で、根っからの京都人である室屋が重要文化財に指定されている由緒正しい上賀茂神社の鳥居に、いたずら書きをしていたなどということは絶対にあり得ない。

 室屋の人間性もそうだが、何より京都で古紙回収業をしていて、そんなことが発覚したら仕事自体ができなくなってしまう。

 室屋が、そんなわかりきった愚を冒すはずがない。

 しかも新聞記事には『いたずら書きに使っていたと見られる刃渡り15センチの業務用切り出しナイフ』とあるが、京都の古紙回収業者の多くは業務用切り出しナイフなど使わない。

 一般的なカッターナイフすら使わないのが普通である。

 京都の古紙回収業者の大半は、通称「ちりこカッター」と呼ばれている紐切り専用のオープンカッターを使う。

 古紙回収業者が現場でカッターナイフを使うというのは古紙を結束するためのナイロン紐を切るためくらいなものである。

 ちりこカッターというのは、カッター刃がブラスチックで囲まれていて、ナイロン紐以外は切れない構造になっている。自身の指すら切れない。

 これがあれば上着やズボンなど、すぐに取り出しやすい場所にしまっておくことができる。

 切り出しナイフや一般的なカッターナイフだと、刃が何かの拍子に飛び出して自身を傷つける恐れがあるために考案された専用グッズである。

 ナイロン紐を切るには、これ以上便利な道具はない。しかも安い。その当時、1本30円程度で買えた。

  当然、室屋も常にそれを持ち歩いていて、切り出しナイフや一般的なカッターナイフなど持っているのを仁王は見たことがない。古紙回収の現場で、ちりこカッター以外の刃物は必要ないからだ。

 よしんば、ちりこカッターを持っていないとしても一般の人には難しいが、ベテランのちり紙交換員は、そのナイロン紐を簡単に引きちぎる技を身につけている。

 切断する部分のナイロン紐をこすり合わせて弱くしておいて、その部分を折り曲げてから一気に引くと簡単に切れる。

 技のない者は100円ガスライターでナイロン紐を焼き切るという手もある。

 いずれにしても切り出しナイフや一般的なカッターナイフはちり紙交換員にとって必要な道具ではない。持ち歩いている方が不自然である。

  それに、例え口論になって喧嘩になったとしても室屋なら素手で相手をするはずだ。

 過去、室屋はヤクザに日本刀で斬りかかられた事があったが、そんな時でも素手で相手をして倒している。

 その事件の経緯は警察にも記録として残っているはずだ。

  これも仁王が後に調べてわかったことだが、被害者とされる楢崎武史は格闘技の心得など何もなかった。

 そんな男が室屋と争っても勝負にはならない。室屋が、そんな男を相手に本気になるとは思えない。

 例え、やむを得ず相手をすることになったとしても軽くあしらっているはずだ。仁王の時がそうだったように。

 その新聞記事にあるようなことは万に一つも考えられない。

  しかし、現実には楢崎武史は刃渡り15センチの業務用切り出しナイフとやらで胸部を刺され殺害されている。

 それからすると、犯人は他にいることになる。

 仁王はそう言って警察に訴えたが取り合おうとはなかった。

 警察では凶器の業務用切り出しナイフには室屋の指紋と、楢崎と室屋の血痕しか付着しておらず、その凶器を室屋が手に持っていたのだから疑いの余地などないと言う。

  仁王は現日新聞社にも『現場を取材中の本紙記者から、そのことを注意されたことで口論となり、かっとなった室屋喜一郎が……』と新聞記事にあるが、なぜそうだと断定して書いたのかと問い詰めて抗議したが黙殺された。

 そんな事実は現場で目撃しなければ絶対にわからない。目撃者がいないのだから、それは憶測に基づいた記事ということになる。

 仁王は、抗議を無視されたことで、新聞社が自社の記者を罪なき被害者にするためにでっち上げるために書いた記事だと解釈した。

 そして、警察もそのストーリーに乗って事件の早期解決を図った。新聞社も警察も自分たちの都合の良いようにストーリーを組み立てた。

 そのストーリーに異論を唱える者など誰もいないと考えて。仁王は、それに間違いはないと確信した。

 テレビ局の取材でマイクを向けられた際、それらの事実を並べて室屋の無実を訴えたが、なぜかそのシーンは放映されなかった。

 他の新聞社にも訴えたが相手にされなかった。

 仁王の言っていることは希望的憶測で何の証拠もないからと。他に犯人がいるなど荒唐無稽な話だと笑われた。

 現日新聞の記事にあったとおり、逆切れした室屋が楢崎を刃渡り15センチの業務用切り出しナイフで刺した。

 その後、罪に耐えきれず自殺を図ったという方が、整合性が高いと判断されたということもある。誰もが納得できる話だと。

 状況的に室屋以外には犯人は考えられないというのが警察やマスコミの見解であり、世論の大勢だった。

 一人、仁王を除いては。

  仁王は必ずいるはずの真犯人を捜し出すつもりだった。

 その犯人は楢崎を殺害して、罪を室屋に被せたことになる。その上で室屋を殺したことになる。だとすればその犯人は相当な格闘技術の持ち主だ。

 そんな手練れが何のために現場にいて、楢崎と室屋の二人を同時に殺す必要があったのか。いくら考えても仁王にはわからなかった。

 新聞記者の楢崎は神社のいたずら書きを調べていたというし、室屋は単に古紙回収を頼まれたから行ったにすぎない。両者に共通するものは何もない。

 いずれも殺されるほどのことをしていたとは、とても考えられない。

 しかし、真犯人は必ずいる。それだけは間違いない。ただ、その話をしても誰にも信じてもらえないもどかしさがあった。

 事件の被害者遺族には同情が寄せられたが、加害者の家族には非難が集中した。室屋には妻の明子と小学2年生の一人息子、京太郎がいた。

 室屋の家の周辺では連日のように新聞社やテレビ局の記者たちが集まり、室屋母子は容赦のない取材攻勢に晒された。

 室屋母子の実名報道はされていなくても近所の人間にはそれとすぐわかる。そのため京太郎が事件以降、学校で毎日のようにいじめられるのだという。

 事件後、「室屋紙業」として古紙回収業を続けていくことが困難になり、廃業せざるを得なくなった。10名いた従業員たちも離れて行った。
 
 仁王は実家のある滋賀県大津市に室屋母子を連れて行った。

 仁王は室屋に受けた恩に報いるためにも室屋母子を守ると決めた。仁王は実家の土地の一角で古紙回収業を始めた。
 
 仁王には真犯人を捜すという意気込みだけは強かったが、何の進展もないまま時だけが無意味に過ぎていった。



第2章 男たちの出会い その1 新聞拡張員と古紙回収員   へ続く


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