メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第11回 ゲンさんの新聞業界裏話     

発行日 2008.8.22


■新聞とインターネットの関わり方について


インターネットの発明は、良きにつけ悪しきにつけ、ある意味、人類の歴史上、最も大きな出来事の一つやないかと思う。

人類が火を発見し、それを使いこなせたということも、文字や言葉を手にしたことも大きいのは間違いない。

道具を作り、集団を形成し国が生まれたのもそうや。

しかし、それらを人類が獲得するまでには数千、数万年という気の遠くなるような長い年月を必要とした。

それをインターネットは、1969年9月、アメリカのカリフォルニア大学ロスアンゼルス校、スタンフォード大学、カリフォルニア大学サンタバーバラ校にルーターの元祖であるIMPが設置され、世界初のコンピュータ・ネットワークが開始されてから僅か40年足らずで、世界中に拡がっていった。

もっと言えば、1992年、スイスのティム・バーナーズ・リーにより現在のWWW(World Wide Web)と名づけたプログラムを開発され、その仕様書とメッセージをインターネットへ流し全世界へその情報を公開してから、僅か16年で現在のようになったわけや。

そして、1995年、マイクロ社によりWindows95が発表され、爆発的な勢いで世界中にインターネットの輪が拡がっていったのは周知のとおりや。

余談やが、ハカセもこの頃に、そのWindows95搭載のパソコンを買って、そのインターネットを始めたという。

そして、その翌年、興味半分でポームページを作ろうとしてドメイン(URL)を取得したのやが、その当時は現在のような簡単なホームページ制作ソフトというのも少なく、そのあまりのややこしさに投げ出したという。

それから8年後の2004年、現在の『新聞拡張員ゲンさんの嘆き』を開設したということになる。

その開設3日めにして、いきなり約800ものアクセスがあった。無名の個人のホームページにしたら考えられんほどのアクセス数や。

その原因は、大手検索サイトのGoogle において「拡張員」のキーワードで、第一位にランクされていたためやと分かった。

その後、それは一週間ほどで落ち着き、一日100アクセス前後になったという。

ハカセはそれでも多いと喜んでいた。

ところが、その1ヶ月半後の8月16日。その日、8000を越えるアクセスがあった。

このときは、Yahoo!Japan のおすすめトピックスで紹介されているからやと分かった。

Google にしろYahoo!Japanにしろ、ハカセはそのために特に何もしてないという。

使用したポームページ制作ソフトの指示に従って一度だけ、登録作業というのをしただけや。

ハカセは長い間、何でそんなことになったのか、まったく分からず不思議がっていた。

それが最近になってSEO(検索エンジン最適化Search Engine Optimizationの略)に詳しい人から教えて貰ったことで、その理由が分かったような気がしたと話す。

その人曰く、「古いドメインほど検索エンジンから強い信頼を得やすい」のやという。

何のことはない、取得してほっといたドメインをそのまま使うたことで、検索エンジンが勝手に優先的に拾い上げてくれたというのや。

もっとも、その後のアクセスは、そのHPの内容が良うないと伸びんのやが、その最初の段階で有利になっていたわけや。

これは大きな事やと思う。

いくら、ええものを書こうが、それが検索サイトの上位になかったら、誰にもそれと気づかれんのやさかいな。

当たり前やが、誰かにその存在を知られな口コミで広まることも少ない。

素晴らしい内容のサイトでありながら、アクセス数の少なさに嫌気がさし閉じたHPも実際、数多くあるさかいな。

「世の中、何が幸いするか分かりませんね」と、ハカセも笑うてた。

その後、Yahoo!Japan での特別な扱いを受けているということもあるが、その検索エンジンに拾われやすいというドメインのためか、HP内で掲載されたもののほとんどが検索サイトの上位でヒットするようになった。

それは嬉しいことには違いないのやが、同時に迂闊なことは書けんなというプレッシャーもかかる。

書く事には、それなりの責任が伴う。

多くの人に読まれる分、それと気づかず書いた文章で傷つく人がおられるかも知れんのやさかいな。

一見、好き勝手なことばかり書いていると思われがちなワシらのサイトにもその程度の気遣いはあるつもりや。

インターネットが便利なものやというのは、今更言うまでもない。

一番の利点は、数多くのサイトやブログの閲覧が可能であり、誰でも自身の主張や情報を世の中に発信できることやと思う。

今やパソコンの前に居ながらにして、その調べ方次第では、あらゆる情報が入手できるというのも、そうや。

ハカセも、以前は調べ物をするためにあしげく通っていた図書館へ行く回数も、ここのところめっきり減ったという。

必要な本も、それまではあちこちの書店や古本屋を廻って探していたのが、ネットショップで簡単に手に入るようになった。

さらには、サイトを開設していることにより、業界情報などが多くの関係者の方々から寄せられるようになり、実に多くのことを知ることができるようにもなった。

個人レベルでもそうやさかい、これが国家、企業レベルともなると格段の便利さがあるのは間違いない。

大袈裟に言えば、今や、インターネットがなければ、その国家や企業の存続すら難しくなったのやないかと思うほどや。

すべてがインターネット、コンピュータ中心の世の中やと言うても過言やない。

新聞販売店や拡張団ですら、そのインターネットとコンピュータなしではやっていかれへんようになっとるのやさかいな。

その反面、危うさも同居する。

それは、その歴史が短すぎることからくる危うさやと思う。

インターネットやコンピュータはあまりにも急激に伸びすぎた。

そのため、インターネットを扱う人間のモラル(道徳、倫理)や意識が、その伸びに追いついてないのが実状やと思う。

便利なものには危険が潜む。

例えば、自動車という便利なものが生まれたがために、毎年、膨大な数の人が交通事故で命を落としているという現実がある。

ちなみに、日本では毎年、1万人前後の人たちが亡くなっているという。

飛行機もそうや。これに乗りさえすれば、世界中のあらゆる場所に短時間のうちに行ける。

便利と言えばこれほど便利なものはない。飛行機の存在は、確実に世界を狭めとる。

しかし、その飛行機にも墜落事故というのがある。

飛行機事故は、自動車事故なんかと比べると少なく、死亡事故に遭遇する確率は0.0009%やという。

毎日、飛行機に乗り続けて事故に遭遇するのは、438年に1回という計算になる。

ほとんどないに等しいと力説する専門家も多い。

しかし、落ちたら絶対に助からんというのも事実や。

その438年に1回の確率が最初に乗ったときやないという保証はどこにもないさかいな。

しかも、飛行機事故は、毎年どこかで起きて確実に人命が失われているという歴然とした現実もある。

多い年では1000人前後の死亡者がいとるという。

これを書いている最中の8月20日に、スペインの首都マドリードのバラハス国際空港で旅客機の墜落事故が発生し、計153人が死亡、19人が負傷するという痛ましいニュースが飛び込んできた。

あまりの偶然に言葉もない。

ここで、亡くなられた方々のご冥福をお祈りしたいと思う。

誰もが安心と考えている電車にも同じような危険が潜む。

まだ記憶に新しいと思うが、3年前の2005年4月25日にJR福知山線で107名もの方が犠牲になったという未曾有の列車事故があった。

自転車にしても、あまり目立たんようやが、死亡事故が後を絶たんという現実がある。

また、料理するのになくてはならん便利な包丁も、時として凶器となる。それを使っての凶悪事件も最近、特に目立つ。

他にも挙げればキリがないくらい、その手の危険がある。

人間の発明した文明の利器で絶対安全と呼べるものの方が少ないのが現実やろうと思う。

それを扱う人間次第で、便利な道具にもなり危険な道具にも化すということや。

インターネットも例外やない。

むしろ、それらのどれより、大きな危険を孕(はら)んどるのやないかとさえ思える。

インターネットが登場して間もなく、ハッカーという連中が現れた。

彼らは、他のコンピューターから情報を奪う以外にも、コンピーターウィルスというプログラムを他人のコンピーターに送り込み破壊を楽しむのやという。

そのため、インターネットをしている多くの人が、それに対抗するウィルスソフトで防御している。

ただ、それだけでは完全に彼らからの攻撃を防げる保障はないようやがな。

攻撃する側がウィルスを送り込めば、それに対応するウィルスソフトを作る。

さらにそれを破るウィルスをハッカーが開発すれば、それようのウィルスソフトを……という具合に際限のないイタチごっこが延々と続いとるのが実状や。

それに終わりはない。

しかも、運悪くその手のウィルスにやられてコンピューターを破壊されたとしてもそれと気づく人すら少ない。

「何や、このパソコン、最近調子悪いな」という程度にしか一般の人は考えんさかいな。

個人情報を盗み取られるということになると、さらにそれと気がつく人は少ないやろうと思う。

ネットの世界に個人情報が流失するというケースは、それこそいくらでもある。

個人のパソコンが狙われるということもあるし、企業からということもある。

そして、その情報が出回り、大量の詐欺まがいのいかがわしい迷惑メールが送りつけられたり、ある日、突然、大手掲示板サイトなどにその情報が晒されることもある。

危険と言えば、その掲示板サイトへの書き込みというのも、そうや。

これは、後日、誤解やということに気づいたが、当初、ワシは掲示板サイトというのは、人を誹謗中傷するためのものやと思うてた。

人を悪し様にこき下ろすことを楽しんでいる異常な人間の集まりやと。

そこまで言うかというものがあまりにも多く目立つ。

言葉使いだけやなく、考えそのものに品位のカケラもないと思えるものが多すぎる。

そこでは、ワシら拡張員のことは散々こき下ろされ、ほぼ全員が同じ考え方に立っての魔女裁判が展開されとるとしかワシには思えなんだ。

はっきり言うて、そういうのを見るだけで反論する前に胸が悪くなる。

確かに、そういう誹謗中傷されても仕方ない拡張員がいとるというのは認める。

たちの悪い者がおるのも確かや。

しかし、ワシから言わせて貰えれば、その誹謗中傷しかできん人間と、たちの悪い拡張員との悪質さは五十歩百歩やと思うで。

目くそが鼻くそを笑うてるようなもんや。

それに気づかず、延々と誹謗中傷を繰り返している。

昔から「人を呪わば穴二つ」という有名なことわざがある。

ここで言う「穴」とは墓穴のことを指す。

他人を呪って殺そうと墓穴を掘る者は、その報いで自分の墓穴も掘る羽目になるという意味や。

人に害を与えれば、結局自分も同じように害を受けることになるという愚を諭した教えでもある。

つまり、人を悪し様に言う者は、めぐりめぐってその報いを受ける羽目になるということやな。

加えて、ワシは、そういうことを繰り返す人間は、自身の心すら壊しかねん、いや、すでに壊れとるのかも知れんと思うのやけどな。

心の壊れた人間は暴走しやすい。

その暴走が、殺人予告などというとんでもない書き込みにつながり、挙げ句に逮捕されるという愚を犯しとるのやないかと思う。

ワシもハカセも、人を誹謗中傷するのは嫌いや。

また、それができるほど自分自身に自惚(うぬぼ)れてもおらん。

その思いが一致して、サイトやメルマガでは、個人名や企業名などを挙げて誹謗中傷するような愚は止めようと誓った。

どうしても必要な場合は、イニシャル表示までに止めようとな。

ただ、読者の方からはイニシャルでその新聞社名がほぼ推測できるのに、なぜそういうことをするのかと聞かれることがある。

その都度、サイトの姿勢を徹底するためとだけ答えとる。

本当は、その企業名を出しても、こちらにそれを誹謗中傷する意図はないのやから良さそうなもんやが、見る人によれば批判的な内容は誹謗中傷しとると受け取られる可能性があると思うさかいな。

考えすぎかも知れんがな。

但し、例外として批判的な内容にならん場合に限り、公人、芸能人などは実名を挙げる場合もある。

特に有名人の場合は、その方が分かりやすいさかいな。

あるいは、その人の希望や許可を得て、そうする場合もある。

それ以外では、企業名、個人名の公表は一切せん方針や。してもイニシャル表示までに止める。

以前、サイトに「掲示板を設置されてはどうですか」という読者の方がおられたが、ハカセは「掲示板愛好者の方々には申しわけありませんが、このサイトでは、掲示板設置は考えていませんので、ご理解頂きたいと思います」と、丁重に断ったとのことや。

掲示板を設置すれば訪問者が今以上に増えるのは承知している。知名度もさらに上がるのも確実やろ。

しかし、それと比例して、悪意のある誹謗中傷的な書き込みも増えるのやないかと危惧する。

正直言うて、世間での拡張員の評判は最悪と言うてもええくらい悪いさかいな。

そこに好意的な書き込みなど少ないやろうと思うてたのも、その一因としてあった。

しかし、それは、もしかしたらワシらの思い込みすぎやないのかと最近になって気がついた。

世間の人が、拡張員は悪辣で程度の悪い人間ばかりやと誤解しとるのと同じように、ワシらもそれと同じ愚を冒していたのやないかとな。

掲示板は、ろくでもない書き込みをする人間が多いと。

頭から、そういう意識があるから、そういう掲示板サイトすら見る機会も少なかった。

それが、最近になって例のM新聞社の英文サイト「Mデイリーニューズ」問題で、その認識がかなり変わった。

この事件は、そのインターネットの掲示板から問題が発覚したということもあり、あちこちのネット上で活発な意見が書き込まれ展開されている。

相変わらず、もうちょっと、ましな書き方はないのんかというのもあるが、それ以上に、正論で、もっともやと思えるものも多い。

そこには、普通の感覚の持ち主やと思える書き込みが大半を占めていた。

当たり前やが、正論を支持する人が一番多いのが世の中やと思う。

何か事があれば、その人たちが声を上げるのは、むしろ自然なことでもある。

人を誹謗中傷することだけしかできん者が、掲示板サイトに訪れ書き込みをするわけやなかったと気づいた。

ワシらもいつの間にか、一般の人が拡張員を見るのと同じように、その掲示板サイトを色眼鏡で見ていたということになる。

これは、おそらく新聞社サイドもそうなのやろうと思う。

それがために、多くの新聞社はネットを無視しとると聞く。

ワシらは子供の頃から、人の悪口を言う人間にろくな者はおらんという常識や教えの中で育ってきた。

もちろん、それ自体は間違った考え方やない。

現在の新聞社のトップもそういう世代の人間やないかと思う。

そうやとしたら、そのインターネット=誹謗中傷専門の掲示板サイトという考え方になり、無視しろというのも、ある程度は理解できる。

しかし、ワシがこの一件でそうやないと知ったように、優秀な頭脳が集結しとるはずの新聞社には、そのことが分かるはずやし、理解してほしいと思う。

ネット上の意見に耳を傾けるということは、そのまま一般ユーザーの言葉に耳を傾けることになるのやと。

それが理解できれば、新聞も違った発展があるのやないかと思う。

当たり前やが、お互い敵視したままの対立構造からは、ええ結果は望めんさかいな。

手を握れるかどうかまではワシにも分からんが、少なくとも人間であるなら、お互いを理解することはできるはずや。

新聞を敵視するネットの人たちも、今まで新聞が果たしてきた役割まで否定する人は少ないと思う。

大袈裟に言えば、新聞はその登場から人間の歴史をほぼ正確に記録してきたわけやさかいな。

お互い相手のええところは認め合う。

悪いところはそれなりの指摘をして、直せるものは直す努力をする。

何もお互いを敵視する必要はないわけや。

口で言えば簡単なことなんやが、それが難しい。

掲示板サイトの悪い部分を変えるというのは、特にそうやと思う。

掲示板サイトで他人を誹謗中傷する者は、自身の匿名性が確保できていると考えるからそうするのやと思うが、それは大きな間違いやと言うとく。

本当の意味での匿名性というのは、ネットの世界ではすでにないと知るべきや。

先にも言うたように、掲示板で凶悪犯罪を臭わせるような書き込みがあれば、比較的簡単に分かり逮捕されとるという実態がある。

パソコンには、特有のIPアドレスというのがあり、個人にたどり着くのはそれほど難しいことやない。

例え、ネットカフェのような所から発信されたものでも、その日時、機種まで分かるから、そのときその端末を使用してた者の特定も比較的簡単にできるという。

また、インターネットでは、多くの人が検索サイトというのを利用しとると思うが、それからでも簡単に足がつく。

例えば、Googleではユーザーの IP と検索した時間、検索した言葉や語句、そこからリストされた結果、およびそのクリックスルーの全てを自動的に記録して保管しとるのやという。

因みに、クリックスルーとは、リンクをクリックすることによってリンク先のページにジャンプすることをいう。またはその回数のことを指す。

しかも、その保管期間は無期限ということらしい。

つまり、ユーザーがGoogleで検索した文字や内容は半永久的に残るということになる。Yahooにも似たようなことが言える。

分かりやすく言えば、検索サイトによってユーザーの行動がすべて監視されとるということや。

結果、どういうことになるか。

昨年、アメリカ在住のある読者の方から、実に興味深い事件の情報が送られてきた。

その概要を話す。

ある女性が銃で胸を打たれて死んだ。

容疑者として夫の可能性が考えられたが、証拠が何もない。

迷宮入りかと思われた犯罪やったが、思わぬ所からその夫が逮捕される事にな
った。

その殺人事件が起こる前の2ヶ月間、この夫は Google を使い「他殺の場合に保険金はおりるのか」というキーワードで検索をしていたことが、その記録から分かった。

これが証拠として採用され、この夫は殺人罪で終身刑の判決を受けた。

実際にアメリカで起こった事件や。

日本でも、現在はネット犯罪に相当力を入れとるという話やから、いずれ、これと同じことが起きる可能性は高い。

ネット犯罪に手を染めるような連中の多くは、その事実をまだ知らんようやがな。

もうすでに、インターネットには完全な匿名性は存在せんということや。

その匿名性やプライバシーが保護されるのは、犯罪に手を染めることのない善良な一般ユーザーだけやと言うてもええと思う。

ネットに関連した犯罪は、その証拠が確実に残るから言い逃れすることすらできんようになる。

知らんうちに行動がすべて監視され記録を取られとるというのは、ある意味、怖いことやし気持ちの悪いことやと思わんでもない。

しかし、別の見方をすれば、そうすることでインターネットの健全化につながるのやないかとも考えられる。

要するに、犯罪に関わるような書き込みに手を染めさえしてへんかったら何の心配もないわけや。

いくらその掲示板で、どんな過激な発言をしようが、誹謗中傷をしようが、それから引き起こされる結果やトラブルが自分に及ぶはずはないと考えとる者には未来のない話やけどな。

子供は大人を見て育つ。子供の世界は大人の世界をそのまま鏡に写していると言うてもええ。

大人の世界で、そんな誹謗中傷がまかり通っている掲示板サイトがあるからこそ、子供にも「学校裏サイト」というものが流行り、そこで陰湿ないじめの書き込みが行われるわけや。

そういうものはなくしていかなあかんと思う。

ただ、自由な発言というのはワシも尊重する。

しかし、そうするには人に対する最低限の思いやりや礼節をなくしたらあかんわな。

それをなくしたら人間として終いや。

そういう行為は否定していくつもりや。

したがって、ワシらのサイトには、今後も掲示板を設置する予定はないが、ご意見のある方はどんどん寄せて頂きたいと思う。

すでに、サイトにメールを送ってこられた経験のある方なら分かって頂けると思うが、よほどの罵詈雑言やおかど違いな内容のもの以外は無視することは、ほとんどないさかいな。

ハカセはそのすべてに何らかの返信をしとるし、内容次第ではサイトやメルマガで取り上げさせて頂くことも多い。

その内容は、新聞に関したものでもええし、それ以外のものでもええ。

最近、サイトに『ゲンさんのちょっと聞いてんか』(注1.巻末参考ページ参照)というコーナーを作ったのやが、ここには、他のコーナーで取り上げることのないようなものも掲載していくつもりにしとる。

というても、まだその数は少ないがな。

ワシらのサイトは、先に言うたように大手検索サイトから拾われやすいということもあり、掲載されたものは、かなりの高確率で検索キーワードで上表示されるということがある。

つまり、発言したいことがあれば、それを多くの人に知って貰える可能性が高いということや。

もちろん、何でもというわけにはいかん。それが多くの読者のためになると判断した場合ということが条件にはなるがな。

最後に、この掲示板サイトについて、Y新聞が非常に興味深い取り組みをしとるので、それを紹介したいと思う。

Y新聞のWEBサイト上に『発言小町』(注2.巻末参考ページ参照)という掲示板がある。

投稿は恋愛相談や嫁姑の悩み、子育ての悩み、日ごろの愚痴やなどいろいろある。

ここには、一般の掲示板にありがちな陰湿で人を誹謗中傷するような書き込みがほとんど見当たらんかった。

それよりも思わず微笑ましく笑えてくるものさえあった。

その中のレスの一つに『デブの妻は嫌です』というのがある。

本来なら、こんなテーマやと女性からひんしゅくを買いそうやが、何とここへ書き込んでいるのは、その女性が大半を占め、しかも『デブの妻は嫌です』という男性に理解を示し勇気づけるような発言さえしておられる。

ここで、そのすべてを転載するのは著作権侵害になるので差し控えるが、実にほのぼのとした気持ちにさせて貰えるものやった。

そして、何よりおもしろい。

暇な方はぜひ見られるようお勧めする。

こういうことを書くと、またお前はY新聞寄りの人間かと言われるかも知れんが、ええものはええと素直に褒めたいと思う。

そして、これは現在、1億PV(ページビュー)を越えるという人気のお化けサイトになっているという。

ワシが注目したいのは、その人気度よりも、すべての投稿を編集部でチェックしとるという点や。

誹謗中傷や読者を傷つけるような投稿は掲載を拒否し、編集してから掲載するという。

これだけ聞くと、自由な言論を抑制し、新聞社の都合のええような内容だけが掲載さることになるのやないかと危惧され敬遠されがちに思える。

しかし、結果的にはこの仕組みが受けた。 

それには女性をターゲットにした掲示板自体というのがほとんどなく、女性ユーザーが集まったことが大きな要素のようや。

書き込みに対して事前にチェックが入るから、ネット上で「叩かれる」のを恐れる人も安心して投稿できるという点が、人気の背景にあるとY新聞の編集部では見ている。

もっとも、こういうのは新聞社のような組織やからこそ、できたことやとは思うがな。

書くことを生業にしていない個人の運営するサイトでは、そういうチェックは難しいさかいな。

勢い投稿者のモラルに期待するしかなくなるわけや。

その結果は……。

ワシが今回のテーマで言いたかったのは、インターネットがあまりにも急激に伸びすぎたがために、そのモラルが、その伸びほどには追いついてないという点や。

人は法律や規則、決まりがあれば、ほとんどはそれに従い守る。

ならば、そのネット上での規則、決まりを作ればええということになる。

ネチケットと言われとるものはあるが、それは強制力がないということなのか、一部でしか守られていないのが現実やと思う。

そのイニシチアブを新聞社が執るというのも悪くはないのやないかという気がする。

もっとも、当のY新聞も最初からそこまでのことを考えていたわけやないやろうが、それが多くの人に受け入れられるのなら、それも方法やと思う。

それでネットユーザーの心を掴めば、ネットと新聞が共存共栄できる社会がくるのやないかと考えるさかいな。

書くことに成熟していないネットユーザーを、長年、記事を書くことにより培った多くのノウハウで新聞社が正しく指導していくことが理想の姿やないかと思う。

少なくとも、現在のようにお互い対立した構造のままというよりかは数段ましなはずや。

もっとも、これに対しては、読者の方々の中にも様々なご意見があると予想されるので、その忌憚のない意見を寄せて頂ければと思う。


参考ページ

注1.ゲンさんのちょっと聞いてんか
http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage18.html

注2.発言小町
http://komachi.yomiuri.co.jp/


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