メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第129回 ゲンさんの新聞業界裏話


発行日 2010.11.26


■ゲンさんの知っておきたい故事古典格言集 メルマガ編 Part 2


サイト編も含めて今回で第4弾ということになる。

こうして続けられているのは、ワシらが好きということもあるが、それ以上に、読者の方々から後押しして頂いていることが大きいと思う。

「小難しい格言やことわざの類が分かりやすく解説されていてとても面白い」、「これからもいろいろ教えてほしい」、「勉強になります」などという感想が数多く届けられとるさかいな。

それに意を強くして、少しでも役に立つものを紹介したいという思いで、時折、そういったものを話の中に挿入しとるわけや。

と言うても、それらを、ただ羅列するだけでは、ワシらとしても面白くない。また、話の内容にそぐわんものや取って付けたようなものも意味がない。

さらに、巷にありがちな故事古典の格言集、ことわざ集とは違った視点で紹介できんとつまらんという思いも強い。

それにしても、こうして集めてみると結構多いもんやなと思う。

前3回までで計50編。(注1.巻末参考ページ参照)

これだけあると、引用するのも限られてくるのやないかと思うが、あにはからんや、次々と出てくるもんやと我ながら驚いている。

ただ、それらの中には、良く使われる慣用句もあり、今更紹介するまでもないと思えるものもあるが、それでもその出典や由来に関してはあまり知られてないようやから、そういったものでも面白く見て貰えるのやないかと思う。

このメルマガは新聞業界の話が多いということがあり、重複する内容もあるので、どうしても同じような引用が多くなりがちや。

事実、便利なものは何度も引用しとるさかいな。

当然やが、今回も前3回で引用した故事古典の格言やことわざは除外させて貰った。

それでは始めさせて貰う。


ゲンさんの知っておきたい故事古典格言集 メルマガ編 Part 2


【同病相憐れむ】

(第126回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■年賀状は営業のチャンス
発行日 2007. 1. 5 より) 

同じ病気に苦しむ者は、お互いの苦痛を察し、同情し合うという意味で、慣用句としてもよく使われる。 

出典は、呉越春秋・闔閭(こうりょ)内伝。

ちなみに、春秋には歴史という意味がある。したがって、呉越春秋とは「呉」の国と「越」の国との歴史書ということになる。

これを引用した際の内容に含蓄があって面白いと思ったので、敢えて一般に広く多用されている、この慣用句をここで紹介することにしたわけや。

その部分だけを抜粋する。

『ハカセが、初めて心筋梗塞を起こして、担ぎ込まれた大阪のある循環器専門の病院に入院してた頃のことや。

ここは、昔、結核療養施設としても有名な所やった。

地元では、ここに担ぎ込まれたら最後、生きて出られるのは難しいという評判の高かった病院でもある。

実際、ハカセの身内の中には、そこに入院したというだけで、葬式の手配をしようとした者もいとったというからな。

ハカセが入院してから1ヶ月が過ぎて、一般病棟に移された頃、そこの入院患者たちが集まって話をしていたことがあった。

話題は、もっぱら、自分の病状に関してのものが多い。

入院したことのある人には分かって貰えると思うが、ここでは、病状がより重い方が、偉ぶるという傾向にある。

「私は、余命、6ヶ月と宣告されたんですわ」と、ある肺ガン患者が、酸素吸引器の管を鼻に突っ込みながら少し得意げに話す。

「私なんか、後、3ヶ月以内に、心臓移植せんと助からんて言われましたわ」と、点滴スタンドに点滴をぶら下げたままの男が負けずに応戦する。

「オレは、後、1ヶ月やと言われた……」と、これもやせ細った肺ガンの末期患者が割り込む。

「負けた」

普通は、ここで、しんみりとなるところやが、この後、彼らは、その場で大笑いしたという。

ハカセは、それを聞いたとき、医者から「あなたは心肺停止状態だったのですよ」と告げられたことより、はるかにショックを受けたとワシに洩らした。

と、同時に、この競争意識というか張り合う気持ちというのは、死をも凌駕するのやということを知ったという。

もっとも、「同病相憐れむ」という心境で、その死への恐ろしさが軽減されとったからかも知れんがな』と。



【万物皆我に備わる】

(第133回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■万物皆我に備わる 発行日時2007.2.23 より)

出典は、孟子・尽心篇。

天地を動かしている道理は、自分自身の心の中にすべて備わっているという意味になる。

この後、【身に反(かえ)りて誠なれば、楽しみこれより大なるはなし。恕(じょ)を強(つと)めて行えば、仁を求むることこれより近きはなし】と続く。

こちらの方は、

自分を反省してみて心に一点の曇りもなければ、これほど楽しいことはない。しかも、誠実な心で人を思いやることができれば、仁徳(じんとく)を得るのに、これほどの近道はない。

という意味になる。

これについては、ハカセが面白い持論を展開しとるので、この話ではそれを紹介した。

「この『万物皆我に備わる』という言葉の意味を考えていたとき、ふと、気がついたことがあるんです」

「どういうことや?」

「この言葉には、もっと別の深い意味があるのではないかと」

「……」

「おそらく、その孟子自身にも、気づいてなかったことかも知れません。あくまでも、この言葉は、精神や考え方について語ったものだと思いますので」

「何が言いたいのか、ワシには良う見えんが……」

「つまり、その言葉の意味を、素直に、そのまま考えてみたわけです」

ハカセの話を要約する。

人体は、約60兆個とも言われる細胞からなり、酸素、炭素、水素、窒素、カルシウム、リンなどの元素から構成されている。そして、体の実に70%が水や。

ここまでは、小中学校でも教える一般常識や。

これ以外にも、人体の構成、および、その活動になくてはならない有機質、無機質の多くが存在する。

体に必要とされる金属物質には、 ナトリウム(Na)、カリウム(K)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、クロム( Cr)、モリブデン(Mo)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、リン( P)、セレニウム(Se)などがある。

さらに、体に必要であろうと思われるミネラルも、リチウム(Li)、バナジウム(V)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、ホウ素(B)、ゲルマニウム( Ge)、臭素(Br)、ヨウ素(I)など数多く存在する。

「自然界の多くの物質が、人間の体内に存在しているか、必要だということです。つまり、老子の言葉通り、正に『万物皆我に備わる』ということになるわけですよ」

ハカセの話は、さらに熱を帯びる。

「これを突き詰めて考えると、人間を含めた生物とされる動植物、あるいは無生物の水、岩石、金属も、すべて、単に、この地球の一部にすぎない存在だと思い当たったわけです。だから、有機質として生きた私たちも死ねば無機質に還るのだと……」

「結局、ハカセの言いたいことは何や?」

「つまり、自分の体の中に、この地球の物質がすべて備わっていると考えれば、個人の能力の優劣など取るに足らないものだと思うのです」

「なるほど、そんなことで気に病まず、もっと自分の存在そのものに自信を持て、ということか」

一つの故事から、考えを発展させるというのも面白いと感じた話やった。



【道に聴きて塗(みち)に説くは、徳をこれ棄(す)つるなり】

(第139回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■フカシとネームドロッパーと道聴塗説の話 発行日2007.4. 6 より)

出典は、論語・陽貨篇。これから「道聴塗説」の四字熟語が生まれた。

同義語に【口耳の学】というのがある。

道ばたで聞きかじったことをそのまま受け売りしていたのでは、みすみす徳を捨てることになるさかい止めといた法がええという、戒めの意味がある。

ワシは、これについて、

『正直、これには、ワシ自身、胸にグサッと突き刺さるものがある。

ワシなんか、聞きかじったことを、そのまま受け売りとして話すことが多いさかいな。

「こら、ええ話を聞いたな。どこかで使うたろ」と、常に考えとる。

ワシの話し好きの根底には、それがあると思う。

もっとも、このメルマガで話す場合は、ハカセがその裏付けを取ったり、信憑性のある話を挿入したりしとるから、あまりボロが出ずに済んどるけどな。

普段のワシは、他人に喋るのにそこまで深くは考えとらんから、うろ覚えの聞きかじりで話すことが多い。

それは、客に面白がって貰えればええという営業トークとしてしか考えてないからやと思う。

それに対して、抵抗もなければ悪いことやとも考えてなかった。

道聴塗説というのは、ワシは昔から論語が好きやったから、この言葉自体は良う知ってた。

もちろん、それがくだらん行為やということもな。

しかし、何のことはない。良う考えたら、それをワシ自身が普段からしてたわけや。

ワシが、この仕事を好きな理由の一つに、人と話すことで自分の知らんかったことが分かるということがある。

そして、それを知れば、それを誰かに話したいという欲求も働く。

もちろん、聞きかじりやから、それについて深く勉強してから話すということはない。ええ加減なもんや。

そんなワシのような人間が、人を批判する資格などあるはずもない』

と言うて、ちょっと落ち込んだ覚えがある。



【中(あた)らずと雖(いえど)も遠からず】

(第146回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■変人タケシの陰謀 Part2 新たなる計画 発行日2007.5.25 より)

出典は大学。中国古代の「四書五経」の一つ。「大学」とは大人の学、つまり天下の指導者となるべき人々が学ぶ学問とされていた。

断定するほどの確信はないが、ほぼそれに間違いがないというときに使われる。

その話の中でワシは、

『断っとくけど、これは、あくまでもワシの想像やさかいな。まあ、「中(あた)らずと雖(いえど)も遠からず」とは思うがな』

という風に使った。



【元の木阿弥(もくあみ)】

(第159回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■拡張員列伝 その8 逃亡者アキラ 発行日2007.8.24 より)

出典は和州諸将軍伝。江戸時代の軍記物。

大和の国の戦国大名、筒井順昭が病死したとき、嗣子の順慶はまだ2歳と幼少だったということもあり、他国を欺くため遺言によって順昭の死が隠された。

その順昭と声のよく似た木阿弥(もくあみ)という盲人を影武者として薄暗い寝所に置き、順昭が病床にあるかのように見せかけたわけや。

しかし、順慶が成長し、その役目を終えた木阿弥(もくあみ)が元の身分に戻されたというところから「元に戻った木阿弥」、「元の木阿弥」と言われるようになったという。

意味は、手を加えた甲斐があって一度は良くなったものが、再び元のつまらない状態に戻ってしまうこと。せっかくの苦労や努力が無駄になること。

ワシは、成績を偽装して実力者と見せかけていたアキラという拡張員の話をする際、この言葉を引用した。

『人間は、最初に「できる」と思われるとそのイメージが固定されやすい。

実際、その頃には、変なてんぷらを上げんでも、普通に拡張していても最初からそこそこカードを上げられるようになっていた。

今、考えれば、どこか居心地のええ拡張団を見つけて長居するべきやったと後悔せんでもないが、そうなると、やはり成績も平凡になり「元の木阿弥」になるのやないかとも思う。

実際、そうなる確率が高いはずや。アキラの力の根源は、あくまでも「逃げるため」やさかいな』と。



【虎の威を借る狐】

(第168回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■店長はつらいよ Part1 恐怖の忘年会 発行日2007.10.26 より)

出典は戦国策・楚策。

これには、

虎に捉えられた狐が、「私を食べると天罰が下る。私は天帝に百獣の王に任命さている。嘘だと思うのなら、どんな獣も私を見ると逃げ出すから、後からついて来て確かめなさい」と言う。

そのとおりにすると、確かに獣たちは皆逃げ出した。虎は、獣たちが狐の後ろにいる自分を恐れて逃げたことに気付かなかった。

という逸話がある。

この逸話を顕(あらわ)したものに、【虎、獣の己を畏(おそ)れて走るを知らず、以為(おもえ)らく狐を畏(おそ)ると】というのがある。

ワシは、これを引用する際、

『新聞社の担当員は、総じて販売店よりも立場は強い。

たいていの販売店店主も「担当さん」と言うてへりくだった対応をする。それを当然なことと勘違いしとるフシがある。

その中には、親子ほども歳の離れた店主もおる。そんな人へも当たり前のように横柄な態度をとる。

しかし、相手次第では、卑屈なくらい低姿勢になる男というのが店主の間では、もっぱらの評判やった。

「虎の威を借る狐」そのものやと』

と言うた。

このように他の強大な力を、さも自分の力のように見せかけることで他を威圧しようとする手法を、俗に「後光効果」と呼ぶ。

つまらない人間をそれに喩えるわけや。ええ意味で使われることはまずない。



【禍(わざわ)いを造(な)して福を求むるは、計浅くして怨み深し】

(第173回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■拡張員泣かせの人々 Part8 あこぎな契約者 発行日2007.11.30 より)

出典は、戦国策・韓策。

ワシが文中で言うたことが、そのまま、その意味になるさかい、それを紹介しとく。

『不幸の原因を自ら作っておいて幸せ(利益)を求めるのは、いかにも思慮が浅く後悔することになるということや。

それにより、人の怨みも買いやすいということを意味しとる。

早い話が、人の恨みを買うような真似をするとろくなことがないという教えということになる』と。



【麒麟(きりん)も老いては駑馬(どば)に劣る】

(第183回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■あぶない、あぶない、その誘い
発行日2008.2. 8 より)

出典は、戦国策・斉策。 

意味は、名馬でも老衰すれば、その辺のつまらない馬にも負けるようになるということ。

ワシは、この格言を引用する際、

『40歳と言えば中年の域に差しかかっとるわけやから、20歳の頃のようにはいかんわな。

麒麟(きりん)も老いては駑馬(どば)に劣る。という格言もある。

どんなに優れた人物も、年老いてしまったら、その働きや能力が普通の人にも及ばんようになるという意味や。

もっとも、老いと経験は、したたかさを身につけるから、営業の世界では、一概に衰えたとは言えんがな。

見てくれ以上の力を発揮する場合も多い。……と、信じたい』

と言うた。



【閑古鳥(かんこどり)が鳴く】

(第1回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞拡張員と売れない物書きの話 発行日2008.6.13 より)

出典は、松尾芭蕉の俳句。【憂(う)き我をさびしがらせよ閑古鳥】から。

店舗や劇場、映画館、スタジアムといった場所に人が集まらず、寂しい様子を意味する言葉。

ちなみに、閑古鳥(かんこどり)とはカッコウのことを指す。

カッコウは古語では「喚子鳥」と言い、それが転じて閑古鳥(かんこどり)になったという説やカッコウの鳴き声が物寂しいと感じさせるところから、そう言われるようになっという説もある。

ワシは、

『ホームページを公開したことで日本中、あるいは世界中で閲覧可能になったとしても、それで見て貰えることが保証されたわけやない。

単純に考えて、拡張員の悪行の数々をあげつらったサイトやブログ、掲示板などが多いのは、その方が、多くの人間の共感を呼べて、面白いからやないのかと思う。

それに比べて、「中には、こんなええ拡張員もいてまっせ」てなことを言う拡張員のホームページなんか誰が見て共感するというのやろうか。

そんなものは一笑に付されるだけやろ。閑古鳥が鳴くのが関の山やと、そのときはそう考えた。

誰も見るはずがないと』

という風に使うた。



【人を呪わば穴二つ】

(第11回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞とインターネットの関わり方について 発行日2008.8.22より)

出典は不明。日本古来のことわざ。

平安時代、陰陽師が、敵を呪い殺そうとするとき、呪い返しの術に遭って自分も死ぬことを覚悟し、自分と敵の2つの墓穴を掘っておいたことから言われたとされることわざ。

意味は、人を陥れようとすれば、自分にもその報いが返ってくるということ。
ワシは、これを引用する際、

『危険と言えば、その掲示板サイトへの書き込みというのも、そうや。

これは、後日、誤解やということに気づいたが、当初、ワシは掲示板サイトというのは、人を誹謗中傷するためのものやと思うてた。

人を悪し様にこき下ろすことを楽しんでいる異常な人間の集まりやと。

そこまで言うかというものがあまりにも多く目立つ。

確かに、そういう誹謗中傷されても仕方ない拡張員がいとるというのは認める。

タチの悪い者がおるのも確かや。

しかし、ワシから言わせて貰えれば、その誹謗中傷しかできん人間と、タチの悪い拡張員との悪質さは五十歩百歩やと思うで。

目くそが鼻くそを笑うてるようなもんや。

それに気づかず、延々と誹謗中傷を繰り返している。

昔から「人を呪わば穴二つ」という有名なことわざがある。

ここで言う「穴」とは墓穴のことを指す。

他人を呪って殺そうと墓穴を掘る者は、その報いで自分の墓穴も掘る羽目になるという意味や。

人に害を与えれば、結局自分も同じように害を受けることになるという愚を諭した教えでもある。

つまり、人を悪し様に言う者は、めぐりめぐってその報いを受ける羽目になるということやな』

と言うた。



【それでも地球は回っている】

(第17回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■それでも正しいと言える勇気とは 発行日2008.10. 3 より)

出典は、ガリレオ・ガリレイ(西暦1564年−1642年)の言葉。

意味は、例え誰からも認められないとしても、正しいことは絶対に正しいということ。

これについては、

『ニコラウス・コペルニクス(西暦1473年−1543年)が唱えた地球が動いているという地動説は、今では当たり前の常識ということになっているが、それまでは地球が宇宙の中心であるという天動説が普遍の真理として信じられていた。

その時代には地動説を正しいとはほとんどの人は考えてなかった。というより宗教的な判断から、そう考えること自体が罪悪とされていた。

そんなときイタリアの物理、天文、および哲学者でもあるガリレオ・ガリレイ(西暦1564年−1642年)は、科学的な根拠に基づき検証を重ねた結果、コペルニクスの地動説を支持し、それを世に広めようとして宗教裁判にかけられ無期刑の判決が言い渡された。

その後、減刑はされたが一生軟禁状態の監視下に置かれることになった。

つまり、その地動説と共に社会的に抹殺されたことになる。

その裁判でガリレオは地動説の考え方を捨てることを宣誓するよう強制させられ否応なくそれに従った。

かの有名な「それでも地球は回っている」という名文句は、そのときに言うたものやとされる逸話が残っているが、その真偽のほどは定かやない。

状況からして、当時の裁判の場でそんな主張をすることは不可能やったはずやから、後年、この地動説の正しさを強調するために作られた話とする説が現在のところ最も有力や』

と説明した。



【情けは人の為ならず】

(第19回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■店長の想い出 その2 朱いハンカチの女神 発行日2008.10.17 より)

出典は、蘇我物語の一節、「情けは人の為ならず、無骨の所へ参りたり、又こそ参らめ」。

領地争いで、父親を殺された曽我十郎祐成、五郎時致の兄弟が、仇である工藤祐経を建久4年(1193年)、源頼朝により富士山の西麓で催された巻狩(まきがり)の際に討ち果すまでの物語。

ちなみに、巻狩(まきがり)とは、狩り場を四方から囲み、その中に獣を追い込んで捕らえる狩猟法のことをいう。

ワシが文中で言うたことが、そのまま、その意味になるので、それを紹介する。

『誤って、「情けをかけるのはその人のためにはならない」と思っている若者が多いと、マスコミなどで報じられた事があった。

正しくは「情けというものは、他人のためではなく、いずれは巡り巡って、自分自身に良い報いとして返ってくるから、人には親切にしなさい」という意味の教訓になる』と。



【吾(われ)、斗升(としょう)の水を得て然(すなわ)ち活きんのみ】

(第27回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■人の恨みを買う怖さを知るべし 発行日2008.12.12 より)

出典は、荘子・外物篇。

この意味と引用については文中で、

『「今の私に必要なのは僅か数升の水だけなのです」と荘子(本名、荘周。中国戦国時代の思想家)に対して、狭い轍(わだち)の水たまりの中から鮒(ふな)が必死にそう懇願して助けを乞う。

それに対して荘子は「今から呉越の王に会いに行くので、向こうに着いたら長江の水を引いてやろう」と答えたという。

アテにならんことを待つ愚かしさを語った逸話や。

当たり前やが、明日の命も知れん者に、いつ実現するか分からんおいしい話をいくらされても救われんわな』

と言うた。



【年五十にして四十九年の非を知る】

(第28回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■クリスマスソングが歌いたい 発行日2008.12.19 より)

出典は、淮南子(えなんじ)・原道訓。

意味は、50歳になって、今までの49年間の生活が間違いだらけであったことに気付いたということ。

その話の中で、ハカセは、40数年前に出会ったエリコという少女と、あるテレビ放送で見た女優の面影が重なったと語った。

聾唖(ろうあ)の人というのも同じなら、きらきらと輝いていた大きな瞳まで同じ。エリコと絵里香。名前まで似ていると。

その放送の中で、語られていた境遇も、あの日、エリコから聞かされた話とそっくりやった。

こんな偶然があるのかと思ったと。

くしくも、その日、ハカセが発行したばかりのメルマガ『第18回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■長かろうと短かろうと、それが人生』(注1.巻末参考ページ参照)は、その数日前に亡くなったお父さんを偲んでのものやった。

その中で、ハカセはサイトやメルマガを始めて4年以上になるが、初めて自身の生い立ちについて触れた。

それは、子供のハカセにとって地獄の日々以外の何ものでもなかったという。

ただ、そのときでさえ、今回のようにその中身にまでは触れようとはせんかった。

しかし、その彼女は、多くの人が見るであろうテレビ放送にも関わらず、その過酷な体験を堂々と語っていた。

その放送の中で彼女は、両親の離婚により、両方の親から疎まれ行き場を失い、小学5年生でホームレス生活を経験したという。

そのとき、あまりの喉の渇きから雨で溜まった泥水をすすったという話までしていた。

それを見ていてハカセは「私は自分自身がとても卑小な存在に思え恥ずかしくなりました」と言う。

そして、その彼女の存在を知り、どんな体験も恥ずべきものはないと知った。

恥ずべきは、それを恥とする心やと。

自身に疚(やま)しい行いがなければ、堂々としとればええ。

生まれや育ちは、その人にとっては、生きてきた証でもあるわけやから、それを卑屈に考える必要はどこにもない。

そのことを、ハカセは30歳ほども若い、その彼女に教えられた。

年五十にして四十九年の非を知る。という故事があるが、まさにその心境そのままやったという。


今回はここまでにしとく。

次回はいつになるか分からんが、折りを見て続けていきたいと思う。

ここで紹介した故事古典の格言やことわざを、それぞれの教訓にして貰うてもええし、雑学的に知って頂くだけでもええ。

また、それを雑談などで披露するのもアリやと思う。

好きなように使うて貰えれば、それでええ。

ただ、故事古典の格言やことわざの多くは、生きていく上での教訓と知恵がぎっしり詰まっとるから、知っていて得することはあっても損には絶対ならんと考える。

今まで、こういうのが苦手やったという人も、これを見て、なかなかええもんやなと思うて貰えたら嬉しいんやけどな。



参考ページ

注1.第111回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■ゲンさんの知っておきたい故事古典格言集 サイト編 Part 1

第122回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■ゲンさんの知っておきたい故事古典格言集 サイト編 Part 2

第124回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■ゲンさんの知っておきたい故事古典格言集 メルマガ編 Part 1

注2.第18回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■長かろうと短かろうと、それが人生


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