メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第13回 ゲンさんの新聞業界裏話
     

発行日  2008.9. 5


■ゲリラ豪雨による予期せぬ被害……ある新聞販売店のケース


「一体、どないなってんねん!!」

ワシは停めてあった車に飛び乗って、誰に言うとなくそう洩らした。

そのA公団住宅で叩いて(訪問営業)いたら、いきなりの豪雨に見舞われた。

滝のようなとかバケツをひっくり返したようなといった昔ながらの大袈裟な形容がかわいく思えるほどの凄まじい勢いの雨や。

こういうのをゲリラ豪雨という。

これは最近になって言われ始めた表現のように思われておられる方が多いかも知れんが、この言い方自体はかなり昔から存在していたものや。

初めてこの「ゲリラ豪雨」という表現が使われたのは、今から55年も前の昭和28年、8月14日〜15日にかけて、京都の木津川上流域で発生した雷を伴った記録的な大雨が降った際、8月15日付けA新聞の夕刊誌上やったという記録がある。

このゲリラ豪雨については、気象学的な定義はまだないようやが、目安として直径10kmから数10kmの比較的狭い範囲で1時間の雨量が50ミリを超える場合にそう表現されるのやという。

その発生のメカニズムのすべてについては解明されてなく、都市部のヒートアイランド現象や高層ビルなどの構造物などが大気に影響を与えているためではないかという見方が一般的や。

もちろん、地球温暖化の影響も強いとも見られている。

また、このゲリラ豪雨は大型台風並の被害があるにも関わらず、その予測は極めて困難やとも指摘されている。

気象予報には、人工的な要因は考慮されておらず、そのため現在のスーパーコンピューターでは、その予測が難しいのが実状なのやという。

つまり、このゲリラ豪雨は自然現象やなく、人間自らが作り出した災害、人災やということになる。

予測不能なゲリラ豪雨。この夏、1時間に80mmを越えた豪雨は、全国で19回も記録されとる。

これは、この30年間で最も多く、これからも年々確実に増える傾向にあると考えられている。

「どうでもええけど、これやったら仕事にならんな」

ある程度は予想していたことやとは言え、まさかこれほどとは思わんかった。

仕事にならんどころか、車で移動するのもままならんようなありさまや。

大粒の激しい雨がフロントガラスをやけくそになって叩いている。

しばらく、このまま小降りになるまで待つしかない。

「あのときも、おそらくこんな感じの雨やったんやろうな……」

ワシは、つい最近のある出来事を思い出していた。

その日の朝、午前7時頃やった。

ワシが現在、専拡(専属拡張員)をしとる販売店グループの所長のイケダから電話がかかってきた。

ワシの出社は、たいてい早くても朝10時くらいやから、そんな時間に電話がかかってくるのは異例のことやった。

「ゲンさん、申し訳ないけど今すぐ本店まで来てほしいんですが」

イケダの声は、少し慌てて興奮気味やった。

冷静沈着なイケダにしては、これも珍しいことや。

「分かりました」

ワシは、その電話を切ると急いで身支度をして出た。

外は雨がそれほど強くはないが降っていた。

ワシの住んでいるマンションからその本店までは車で10分ほどの距離にある。

「社長、一体どないされたんですか?」

ワシが本店に着くとすぐ、そうイケダに声をかけた。

いつもはこの時間やと閑散としとる店内が異様な熱気に包まれていたからや。

「ああ、ゲンさん、朝早く呼び出して悪い」

「それは、よろしいけど、何があったんです?」

「実は……」

イケダが語り出した。

その日の深夜、いつものようにイケダ新聞販売店の管轄内にあるA公団団地に約250部の「置き配」をしていた。

「置き配」というのは、特定の場所まで運ぶ配達用の新聞のことや。

新聞配達員にもいろいろおって、毎朝、新聞販売店に出向くことなく新聞を配達する者がいとる。

「請負配達人」と呼ばれとるのがそれや。

取り扱う部数はさほどでなくても広大な地域を有している販売店の場合、遠隔地になるとバイクで片道1時間かかることすらあるという。

通常の配達員のように販売店から配達していたのでは、その往復だけで2時間かかる計算になる。

新聞配達員というのは時間給やなく、配達した部数でその報酬が支払われるのが一般的や。

せやから、そんな遠隔地の分の悪い地域の配達は嫌がるため、配達人の確保がしにくいことが多い。

そこで、なるべく現地に近い人間を「請負配達人」として雇い、その地域の配達を任せるために、その配達員の望む任意の場所まで新聞を持って行き「置き配」というのをするわけや。

あるいは、遠隔地でなくても、狭い路地や急な坂などの多い地域で、バイクや自転車の通行が困難な場所へも、その地域の住民を対象に「請負配達人」として使うこともある。

そういうのは、たいてい徒歩で配ることになる。

また、セキュリティが厳しく、その内部に立ち入れない比較的大きなマンションなどにも、そのマンションの住人に「請負配達人」として各戸のドアポストまでの配達を依頼するケースもある。

そこへも、販売店から毎日決まった時刻、管理人室前にその部数分が「置き配」される。

そして、問題となった今回のような、二戸一の5階建て公団住宅というのにもそういうケースがままある。

数十軒程度の知れてる部数なら、その地域を管轄する配達員が配達するということもあるが、それが100軒、200軒となると、階段の上り下りがきついということで、配達員が長続きせんことの方が多い。

やったことのない人には想像して貰うしかないが、二戸一の階段の上り下りというのは、ほんまにきつい。

特に、ここでは35棟でその昇降口が140もあり、その7割以上が3階以上ともなると、一人でそれを配るのは過酷を極める。

過去には、一人に配達を任せていたということもあったようやが、それで新聞配達員が辞めるという事態が頻発したために、現在のようにその公団に居住する5人の女性請負配達人にそれを任せるようになっということや。

ちなみに彼女たちは、それを午前3時頃に配るのやという。

その日、雨が降りそうやというのは天気予報や当日の空模様である程度、予測はできていた。

せやから、その新聞全体をビニールで包んで置き配場所に置くということまではするが、してもそこまでやった。

普通の二戸一の公団は、すべて屋根の下やから、そのポスト口に新聞を差し込んでも少々の雨くらいで濡れることはまずないさかいな。

濡れる可能性のある家に配達する場合、その配達員は事前にその可能性のある新聞すべてを店に備え付けのビニール梱包機で梱包する。

そうしておけば、例え配達後、雨が降ったとしても中の新聞まで濡れることはない。

たいていの新聞販売店ならその程度のことはする。

しかし、朝の6時頃から、濡れるはずのない新聞が濡れて読めんという苦情が、その公団から殺到した。

その数の多さに悲鳴を上げた当番からSOSが入り、急遽、販売店の従業員を集めたのが、現在の状況やった。

これは、後にそこの住人から聞いた話やが、明け方の午前5時前頃から、いきなり雷雨と共に激しいゲリラ豪雨となり、玄関のドアを開けることすら困難なほど凄まじいものやったということや。

階段の踊り場から激しい雨が吹き込み、階段はそれこそ滝のように勢いで水が流れていたのやとも言う。

まるで台風時に岸壁に立っているような感じやった話す住民もいてた。

通常ではありえん事態が起きていたわけや。

「それで、ワシは何をすれば」

「ゲンさん、ご覧のとおりごった返した状態やさかい、ここで指揮を執って貰えませんか。どうにも皆、バニックになって右往左往してますんで」

「分かりました。それで現在、苦情の入っている件数は?」

「今のところ32軒です」

本店の店長のマミヤがそう答える後から、次の苦情電話が入っていた。

まだまだ増える可能性は高いと思われる。

ヘタしたら、そこに配った250部すべてが全滅しとる可能性すらある。

比較的冷静なイケダ自身が多少バニック気味なのは、それがあるからやと思う。

新聞の予備自体は、たいていの販売店にはかなりあるから心配はないが、チラシ入りの予備となると、せいぜいあっても20部〜30部程度しかないのが普通や。

店内が慌ただしいのは、そのチラシのセットをせっせと作っているということがあるからやった。

通常、それはチラシ用の輪転機で作るのやが、今は人海戦術でそれをやっていた。

当たり前やが、交換する新聞にチラシが入ってないでは話にならんさかいな。

その指示をイケダがしていた。

「差し替えには?」

「現在、アオヤマとニシダの二人に、取りあえず、その32軒分を持たせて行かせてます」

「よし、A公団の住宅地図と押しピンを持ってきてくれ」

販売店の住宅地図には、たいてい現読、約入りというのが色分けされている。

テーブルの上にその地図を広げ、現読で苦情のあった客にその押しピンを刺していく。

「後二人ほど、出来上がった分の差し替えの新聞を持たして出してくれ」

「はい」

「但し、そいつらは差し替えは後回しでええから、先に、3、4、7、9、13、15棟の現読の所に行って新聞の水濡れがなかったかどうか確かめさせてくれ」

「でも、そこからはまだ苦情が1軒も入っていませんが」と、マミヤ。

「せやから、先に行かせるんや」

ここのA公団というのは、すべてが同じ向きに建ってはいない。地図上だけでも縦横、斜めといろいろやというのが分かる。

しかも、同じ向きであってもその入り口が正反対という棟もかなりある。

どれだけきつい雨やったか知らんが、そのすべて濡れているというのも考えにくい。

建物の向き、入り口の位置次第では助かっている棟もあると睨んだ。

その証拠に、今まで苦情の入っている棟は、すべて同じ入り口の同じ向きに建っているということからも、それが窺われる。

もっとも、今後、その他からも苦情の出る可能性もあるから、その予断を早計にするわけにはいかんがな。

それを確認するためにも、先に苦情の出てない棟へ行かせたわけや。

20分後、そこに行かせたタニヤマという主任から携帯にその第一報が入った。

連絡は、お互いの携帯同士でするように指示していた。

店の固定電話は客からの苦情のために開けておかなあかんさかいな。

「3棟の301、302、203、204、105号室のお客からは水濡れの被害はないとのことです。次は4棟に向かいます」

「ご苦労さん。よろしく」

間髪おかず、もう一人のホソダという従業員からも連絡が入った。

「15棟のお客の水濡れはありません」

「了解」

「店長、差し替えの先発をさせた二人の状況はどうなっている?」

「まだ連絡が入っていませんが、聞いてみます」

「そうしてくれ」

「社長、店内のチラシ入れはどの程度進んでます?」

「150部ほどできたところやけど」

「そうですか。そのくらでいいでしょう。一旦、止めさせてください」

「どういうことや?」

「これを見てください」

ワシは、そう言うて押しピンだらけのA公団の住宅地図を見せた。

それを見れば、この時間までの苦情客が一目瞭然に分かる。

「これを見ると、南北の方向に細長い棟からの苦情が集中しています。今のところ、3棟、15棟といった東西方向の棟からは水濡れ被害は確認されていません」

「そうか、とうことは……」

「ええ、南北方向の棟の顧客は全部で105軒ですから、このままの状態でしたら、現在までの量で十分なはずです」

「分かった、チラシ入れは止めさせる」

「部長、先発させたアオヤマが後一件で差し替えが終わるとのことです」

この部長というのはワシのことや。

ワシはこの店の専拡やが、肩書きは営業部長ということになっとる。

この店の経営者のイケダとは付き合いが古く、是非にと請われてそうなった。

イケダの狙いは、専拡としてのワシの腕以上に営業アドバイザーでということの方が強かったようや。

それと、他の拡張員への睨みということもあった。

ワシがその申し出を受けた一番の理由もそれやったんやけどな。

その辺の詳しいことを話すと長くなるから興味のある人は、旧メルマガの『第153回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■ゲンさんの決断 前編・後編』(注1.巻末参考ページ参照)を見て貰うたら分かると思う。

「よし、そのアオヤマに終わったら、タニヤマが4棟におるはずやから、そこに行って持っている差し替えの新聞を受け取り、残りの苦情客に配るように手配してくれ」

「分かりました。ニシダの方は?」

「13棟にホソダがいとるはずやから、ニシダにはそのホソダから差し替えの新聞を受け取りに行くように伝えてくれ」

「分かりました」

「手の空いた者は、ここに集まってくれ」

ワシは、店内でチラシ入れを行っていた4人を集めた。

各自に30部程度持たせて応援に行かせることにした。

そして、後発の者には、念のため苦情のあった客ばかりやなく、その苦情のあった棟の顧客すべてを廻るようにと指示した。

客の中には、この雨やから水濡れしても仕方ないと理解を示す人もいとる。

実際、苦情の件数はトータルで50件を越えたが、同じような状況の客は少なくとも105軒あるわけやから、そこが無事やったとは考えにくい。

事情が事情やから、文句を言わず仕方ないとあきらめたと思われる。または、どうしようかと思案しとるかや。

例えそうであっても販売店は、その客の好意にあぐらをかくようなことをしたらあかん。

文句を言うて来んのやから、それでええと考えとったらそれまでや。そういう姿勢では今後その店には救いがない。

文句を言わず、理解を示したからというて納得しとるとは限らんわけやさかいな。

誰でも、びしょ濡れになった新聞なんか読みたいとは思わんもんや。

我慢を理解と、はき違えたらあかん。

逆に、この雨やからと文句を言うのを押さえた客のところへ、差し替えの新聞を持って販売店から謝りに来たら客はどう思うか。

その好感度が上がるのは必至やということになる。

しかも、通常の苦情よりも僅かでもサービス品を良くするだけで、その好感度がさらに増す。

そういうところは、イケダは抜け目がなく、今回も特別なサービス品を持たせとる。

もっとも、このメルマガでそれを言うと、店やワシが特定されるということになる恐れがあるさかい、その公表は控えさせて貰うがな。

当たり前やが、こういう処理は早めに終わらせなあかん。

イケダがワシを呼び出したのはそのためやと思うさかいな。

結局、それらがすべて終わったのは午前9時前やったが、それでも他店に比べれば格段の早さやったのは間違いなかった。

後日、他店では今回のことで、そのA公団の客と揉めたという話が数多く漏れ聞こえてきとるさかいな。

文句を言う客は、例え何があろうと濡れた新聞を読まされることに我慢ならんわけや。

しかし、謝りに行く人間にとっては、今回のようなことは不可抗力やと考えやすい。

販売店には何の責任もないと。

そういう気持ちがあるところに頭ごなしに文句を言われれば、反論したくなる人間もおるやろ。

しかし、それをしたんでは、客から反感を買うだけでプラスになることは何もない。

文句を言うてもないのに、その対処を積極的にしたイケダの販売店とは大違いということになる。

そして、自然とその評判は広まる。

その効果を当て込み、今日、このA公団を叩き(訪問営業)に来たわけやけど、くしくも同じゲリラ豪雨に足止めを喰らうことになったわけや。

今年のゲリラ豪雨に泣かされとる販売店は多い。

先日、愛知県で新聞配達中、折りからのゲリラ豪雨のために自転車ごと用水路に落ち意識不明の重体になっていた新聞配達員の方が、9月3日の夜、亡くなられたとの悲報がニュースで流れた。

胸が痛む。

ここで、そのご冥福をお祈りしたいと思う。

合掌。

これもワシが普段から良う言うてることやが、新聞配達というのはどんな悪天候、悪条件が重なろうと、それを止めるという発想がない。

いかにして、それを配り切るか、それしか考えん。そうして、この方に限らず命を落とされた新聞配達員の方が他にもおられる。

今更ながらやが、過酷な仕事やと言うしかない。

しかし、どんな雨もいつかは上がり、晴れの日が必ずくる。

せやから、悲観ばかりするのやなく、その尊い犠牲を忘れず前進するしか、ワシらに残された道はないと思う。

「少し、小降りになったようやな……」

ワシは傘を手に車から降りた。



参考ページ

注1.第153回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■ゲンさんの決断 前編
http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage13-153.html

第154回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■ゲンさんの決断 後編
http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage13-154.html


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