メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第154回 ゲンさんの新聞業界裏話


発行日 2011.5.20


■新聞を作る人、売る人、買う人、それぞれの裏事情とは


新聞は作る人がいて初めて発行される。売る人と買う人が、その新聞を支えている。

ここまでは、メーカーが作って商店が売り、消費者がそれを買い求めるという点で他の商品と同じや。

問題は売る人と買う人の間で、他の一般的な商品に比べてトラブルが起きやすいという点にある。

一般の商店なら、たいていの販売員は「大切なお客様」として丁寧に接する。

例え、そのとき買ってくれなかったとしても嫌な思いをさせるようなことは少ない。

客を怒らせたり、嫌な思いをさせたりしたら二度と買って貰えず、商売を続けることすら難しくなるというのは常識として、すべての商店が弁(わきま)えとるさかいな。

むろん、新聞販売にも同じことが言えるのやが、そのあたりの考え方が他の営業、商売人とは少し違う。

新聞を売り込む人の総称を「勧誘員」という。その中でも、新聞を売るためだけの新聞営業会社(新聞拡張団)に所属する営業員を「拡張員」と呼ぶ。

もっとも今は「新聞セールス」、業界内では単に「セールス」と言うてるがな。

その呼び名はともかく、その彼らに共通して言えるのは、それを売らんことにはメシが食えんということや。

ところが、すべての営業の中でも、新聞の勧誘は最も難しい部類に属する仕事になる。簡単やない。

売り込むものは、1ヶ月3000円〜4000円程度の訪問販売にすれば安い商品やが、客の大半は、すでにどこかの新聞を購読していて、ニーズに乏しく新規開拓が極めて困難や。

インターネットの急速な普及、浸透で若い世代を中心とした新聞離れ、無読化が進んでいることに加え、少子高齢化で人口が減っているため部数が減少傾向にある。

さらに言えば、現在、新聞の最大の支持者であり購読者でもある高齢者ほど、その死亡率が高いということがあり、よけい部数減に拍車をかけとるわけや。

そうかといって、他の商品のように外国に向けて売りにくい、進出しにくいという事情がある。

加えて、長引く不況により新聞の購読を止めるというケースも、ここ数年目立つ。

なぜか、家計を始末する際、真っ先にその俎上(そじょう)に上がるのが、この新聞代やさかいな。

これにはリストラで職を失う、また職に就けないことによる人たちが年々急増しとることによる影響も大きいから、事はより深刻や。

それには、残念ながら、現在の新聞が昔ほど生活必需品の範疇に入ってないということが大きいと思う。

必要とされる度合いが低い。

それについては日々、勧誘している身としては痛切に感じとることや。

もっとも、どんな状況になろうと、どんな時代が来ようと方法はいくらでもあるんやが、なぜかこの業界は新しいことを始めるのを嫌がる、変化を嫌う傾向にあるように思えてならん。

それは新聞社、新聞販売店、勧誘員すべてに言える。

時代が変われば、それに合わせた売り方、顧客への接し方に変えなあかんわけやが、なかなかこの業界は、そういう方向にはならんということや。

それには、新聞業界の構造、システムが旧態依然としたままやからやと思う。

もっとも、それを変えようと努力しとる一部の新聞販売店、新聞拡張団、およびそれに携わる業界関係者の方もおられるが、全体として、この数十年間、大して変わり映えはしていないのが実情やと思う。

特に、その営業方法は他の業界に比べ、お粗末の一語に尽きる。

たいていの業界には、営業のマニュアル本が巷に数多く出版され出回っとるのが普通やが、新聞の勧誘営業には、それすらないさかいな。

新聞という誰でも知っているメジャーな存在であり、それに関わる業界関係者も数十万人規模に上る職種ということを考えれば、不自然なことやと言うしかない。

まあ、60数年前、最初に勧誘を始めたのが、ヤクザ組織を主体とした新聞拡張団、新聞拡販団が多かったというさかい、その彼らに、ちゃんとした営業を求めるのは無理な話かも知れんがな。

何で新聞社が、そんな連中に営業を任せることになったかという経緯を話し出すと長くなるので、興味のある方は、旧メルマガ『第50回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■拡張員事情の昔と今』(注1.巻末参考ページ参照)を見て頂きたいと思う。

一言で言えば、そのために、まともな営業法が確立されとらんということや。

その当時、訪問販売というのは、その法律さえ、まだ整備されてなかったということもあり、強引な押し売り営業というのが普通に横行していた。

訪問販売イコール押し売り営業というのが、当たり前の時代やった。

今でもそうやないかと言う意見も聞こえてきそうやが、法律が整備されとる今のそれとは比べものにならんほど、ひどい状態やったという。

新聞社が、そのヤクザを使うという発想も、今やったらとんでもないことやと非難されるやろうが、その当時、てっ取り早い組織として、それが一番、都合良かったわけや。

ヤクザ組織に新聞拡張団を興させ任せたのは、押し売りは素人営業ではできんと考えたからや。

スタートがそれやから、どうしても、その流れを汲む拡張団の営業は脅しや強引な営業が主体になりやすい。

ただ、いくらヤクザでも、脅しや強引な手法だけでは、そうそう契約を取れるもんやない。

そこで登場するのが拡材(景品)ということになる。

これは、ヤクザの常套手段である、アメとムチを巧みに使い分けるというやり方を新聞の勧誘に応用したわけや。

ムチで脅しながら、一方では拡材という甘いアメを使い、徐々に購読客にそれを浸透させて行った。

せやから、一口に営業とは言うても世間一般のそれとは全く異質のものやったと言える。

高度成長期で社会全体が好景気で、新聞が日々の情報を独占しとるような時代ということもあり、他に選択肢がなかったから、それでも売れた。

また、例えどんな売り方をしたにせよ、勧誘員が新聞を売り込むことで、結果として当時の人たちの識字能力を格段に向上させることに貢献したさかい、社会的にも有意義な営業やったと言える。

今の人たちには信じられんかも知れんが、ワシらが子供の頃は字の読めん大人が、そこら中に普通にいてた。

今でも、テレビのバラエティー番組に出てくる字がまともに読めんおバカさんもいとるにはいとるが、そんなおバカさんたちでも、子供の頃から、一応それなりの教育を受けとるさかい、字が読めんというても程度が悪い程度のことや。

それとは、まったくレベルの違う話なわけや。

その当時の貧しかった日本では学校すら、まともに行けんかった者も数多くいてたさかい、読み書きが苦手やという人もかなりの数おった。

もっとも、その当時でも字が読めんというのは、その人にとっては大きなコンプレックスになっていて、それを隠す意味でも、新聞を購読していたということがある。

ただ、その字が読めんことを隠す意味で購読していたにせよ、あれば読みたいと思うのが人情や。

新聞を読むために勉強を始めた人も多かったと聞く。

また、新聞も、そのあたりのことをよく心得ていて、記事はとにかく読みやすさを中心に書かれている。

難しい漢字、表現は安易なものに変えるのは当然として、10文字以内の簡潔な見出しをつけるのもそうやし、リードといって最初の数行を読めばどんな記事がそこに書かれているのかといったことも分かるようにしとるのも、そうや。

新聞漢字といって独特のものもある。

文章を書くことにおいては実に基本に忠実で、分かりやすさ、読みやすさを追及しとる媒体やと言える。

余談やが、今でも新聞を読むことで、そういった分かりやすい文章の書き方、言葉の使い方などの勉強をすることができると言うとく。

こう言うと語弊があるかも知れんが、新聞嫌い、新聞を読まないという人というのは、例えどんなに有名な大学を出て、高学歴を誇っていても稚拙な文章しか書けん者が多いように思う。

勉強するのなら、新聞はええ教科書になると昔は良う言うてたことやが、それだけは今でも通用することやと確信する。

もっとも、それがあるからこそ、あらゆる企業で未だに新聞を読んでいるか、どうかで採否を決めるということもあるんやけどな。

新聞にも、それなりの利点が多いということや。

ただ、そうは言うても、新聞の勧誘だけは、その当時から問題が多かったということや。

まあ、ヤクザか、それに近い者が押し売り営業するわけやさかい、それも無理からぬ話ではあるがな。

アメの部分の拡材サービスはともかく、脅しや強引な営業は当然のように嫌われていた。

それが広く世間にそれと知られるようになると、客も当然のように、その勧誘員を避けるようになる。

ついには新聞勧誘員と知れただけでドアを開けることもなく、インターフォン・キックで断られることが多くなり、話すことさえ難しくなっていった。

ウソかホントかは定かやないが、一説には、その訪問営業、押し売り対策として、そのインターフォンが開発されたというほどやしな。

確かなデータがあるわけやないが、今やと10件叩いて(訪問)話を聞いてくれるのは、ええとこ1、2件程度のものやないかと思う。

勢い、その少ないチャンスに賭けるしかないとなって、僅かな対応客にも無理で強引な営業を迫るというケースが増え、さらに嫌われるという負の連鎖、悪循環に陥っていったわけや。

その拡張員が、勧誘の評判を上げるだけでメシが食える、収入が得られるシステムがあれば、また違った結果になったやろうが、現実には、上げた契約でしか金にならん仕組みになっとるから、いつまで経ってもそこから脱却できんのやと思う。

難しい営業で契約を上げるには何でもするしかない。いくら嫌われても契約を上げたら勝ちやという発想が、そこに生まれる。

拡張員には「新聞社のため」、「拡張団のため」、「新聞販売店のため」などといった組織優先という考え方にはなりにくいということがある。

それは、そうしたところで、どんなに新聞社や拡張団、販売店が利益を上げようが、儲かろうが肝心のその拡張員には何の実入りもないからや。

拡張員にとって、他紙勧誘員は当然のことながら、例え同じ会社で働いる同僚拡張員であっても、限られたパイの取り合いをする、単なるライバル(競争相手)にしかならんわけや。

この業界のシステムは、契約を上げた者だけが、その利益、報酬を得られるようになっとる。

契約はあくまでも自分で上げてナンボという世界やさかいな。

今のように獲得できる契約数が極端に少なくなると、その奪い合いも当然のように激しさを増す。

それがサービスや営業の質の向上につながればええんやが、事態を逆向きに捉え行動する者がおるから始末に悪い。

100件叩いて1件の契約が上がれば良しという状態であれば、後の99人にはどう思われようが関係のない話やと考える者が現れる。

その断られた、また契約してくれない99人に悪態をついたり、脅かしたりといったことを平気でするわけや。

極端なことを言えば、1人の契約を得るために、99人の敵をせっせと作っとるようなもんやとも言えるさかいな。

それでは先はない。その先のないやり方をしていた頃のツケが、今の時代に来とるということや。

しかし、それを責めるだけでは何の解決にもならん。

現在の勧誘システムでは、どうしても自分本位になるのは、ある意味、避けられんことやないかと思う。

これが、新聞やその販売店の評判を上げることで、評価され、収入も得られるという仕組みが構築できるのなら別やが、今のままやとそれは限りなく難しいと言うしかないさかいな。

そのため、必然的に客とのトラブルも生じやすくなるということや。

新聞業界において、売り手と買い手のトラブルは、それだけやない。

新聞販売店と購読客の間でも起きる。

拡張員と同じように新聞販売店でも勧誘をするさかい、同じような揉め事というのも当然のようにあるが、新聞販売店のトラブルはそれだけやない。

配達からでも、集金からでもトラブルは起きる。

理由はいろいろや。

配達の場合なら、不配、誤配、新聞の水濡れ、汚れ、破けといった苦情が多く、その苦情に対しての対応が悪いといったことからトラブルになる。

集金の場合は、集金時期と時間が適切でない、集金人の態度が悪い、集金人に言っても販売店に伝わらないといったものが目立つ。

また最近では、「正常化の流れ」とかで、極端に拡材サービスを抑える販売店が急増したために、それによるトラブルも多いという。

新聞にかなり多くの拡材サービスがあるというのが、一般の人にとっては当たり前なことやと言える。

また、そういう拡材の多寡、善し悪しで客の奪い合い、俗に「拡張戦争」というのが数十年の長きに渡って続けられてきたという歴史もある。

それを不況で経費節減のため、あるいはサービスの渡しすぎを防ぐため、ある日、いきなり「明日からは同じようなサービスはできません」てなことを言われると怒り出す客も出てくるわな。

「それなら購読は止める」と。

これらに共通して言えるのが、それらに対して顧客にちゃんとした説明、および謝罪の言葉がないために、よけいその怒りを買ってトラブルに発展する場合が多いということや。

新聞販売店も新聞拡張団が作られたときと、ほぼ同時期に数多く誕生していった。

その中には、新聞拡張団と同じで、ヤクザ組織の参入も数多くあったということや。

最近、と言うてもその舞台は10年以上にはなるが、それを彷彿させる面白い話が、旧メルマガ『第168回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■店長はつらいよ Part1 恐怖の忘年会』(注2.巻末参考ページ参照)にあるので、まだの方は見て頂けたらと思う。

新聞拡張団でも新聞販売店でも、そのときからの流れを未だに受け継ぐ所もあるということや。

もっとも、最近では昔に比べれば激減はしとるがな。それでも皆無になったわけやない。

そういう営業が延々と受け継がれている販売店やと、一般の商店のように「お客様は神様、絶対的な存在」という気持ちには、なかなかなりにくく、横柄な態度になりやすいということがある。

それには新聞の宅配制度(新聞戸別宅配制度)というのも関係しとると思う。

新聞の宅配制度とは、特定の新聞、例えばA新聞の場合だと、その販売店はその地域に1店舗しかないというものや。

同一地域に同じ系列の販売店は存在しない。つまり、その地域毎に決まった販売店からしか新聞を購読できんし、配達もされんということや。

これには功罪両面ある。

功の面では、ここ数年、世界中で起きている新聞の急激な衰退現象が日本では起きてない、起きにくい状況にあるということが挙げられる。

世界中、どこを探しても 日本ほど宅配制度の徹底した国など他にはないさかいな。

これにより、新聞販売店は限られた地域のみでしか営業できんこともあり、どんなに辺鄙で人口の少ない地域であっても、必ず勧誘するさかいな。

もっとも、合配店といった複数の新聞を扱うとる販売店は除外してやがな。

まあ、それでも特定の新聞社専属の販売店が大半を占めるから、ほとんどの地域で新聞の勧誘が行われとると言うてええやろうと思う。

しかも、その専属販売店は、新聞社から部数の確保をうるさく言われ、成績が悪いと、その業務委託契約が打ち切られ、実質的な廃業に追い込まれるさかい、必死にならざるを得んということがある。

新聞販売店では、何とか食っていけたらええという考えではあかんわけや。常にケツ(尻)に火が付いた状態やと言える。

嫌でも部数確保に動かんと仕方ないとなる。

罪の面は、そのために少々客と喧嘩してでも契約を確保しようとする販売店があるという点にある。

それが、客とのトラブルを呼ぶ。

サイトのQ&Aにありがちな相談に、「解約を伝えても応じてくれない」というのがある。

「契約書があるから、解約はできない」と、その話し合いにすら応じようとしない。

もちろん、その事案毎に、いろいろなケースがあり、一概に販売店側だけに非があると言えるわけやないが、どんな理由にせよ、そのままその購読を強要しても、次から、その客は、ほぼ確実に逃げるわな。

例え、いくらそれが法律に適っていることで、正しいことやとしても、後のことを考えれば、それではその客を失うことになる。

いつの日にか次回を期するのなら、ある程度、客の要望を聞く方が賢いと思う。

その程度のことは誰にでも分かりそうなもんやが、それのできん販売店が結構いとる。

その裏には、先に言うたように、先のことを考えるよりも、今現在、少しでも解約数を減らすことで、新聞社から契約解除、改廃(廃業)を宣告されたくないという意識が働くからやという。

そういう販売店にとっては、今がすべてで、先のことなど考える余裕がないということになる。

もっとも、それは、それぞれの販売店店主の考え方次第で大きく違うから、そうと決めつけるわけにはいかんが、背景とすれば、そういうことが考えられるということや。

ただ、何事についても前向きに考え、いろいろなことを取り入れて行こうと努力されとる販売店も多いというのは言うとく。

むしろ、今はその方が大勢を占めとるのやないかと思えるくらいや。

メルマガに『第88回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■2010年からの新聞営業講座……その3 相手(客)に喜ばれる営業とは』(注3.巻末参考ページ参照)の中で、『相手(客)に喜ばれる営業をするための考え方』というのを挙げたが、それを実践されて、効果を上げたと言われる方も多い。

また、『第65回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■ある新聞販売店の取り組み その1 哀しき孤独死をなくせ』(注4.巻末参考ページ参照)では、一人暮らしの高齢者を見守る取り組みをしとる販売店の紹介をしたが、そういった地域のためを考えとる販売店も実際に存在する。

それなりに努力されておられる販売店では、やはりというか、先に挙げたようなトラブルは少ないという。

そして、この厳しい状況であっても着実に業績を伸ばしていると。

ワシが、どんな状況であっても方法があるというのは、そういうことや。

最後になるが、新聞を作る新聞社と購読者との間はどうかという点に触れようと思う。

これに関して、直接のトラブルは、ほぼ皆無に近い。

新聞記事が気に入らないから新聞を止めるというのは、ワシら勧誘員や販売店の人間も聞くことはあるが、新聞社に直接言う人は少ないようや。

もっとも、そういうことを、ワシらや販売店に言われても困るがな。

新聞社にも同様の話がある。

どこの新聞社の支局でも必ず「まだ新聞が入ってない」という苦情が頻繁に届くそうや。

しかも、そういうのに限って名前しか名乗らんから、どこの販売店に言えばええのかも分からんという。

そう言うて笑っておられた新聞記者さんもいてた。

これなんかは、新聞社と新聞販売店が同一企業体、組織やと勘違いしとるからやと思う。

新聞社と新聞販売店は違う企業、会社なんやが、その説明を常日頃からしとるのは、ワシらのサイト、メルマガくらいしかないのと違うかな。

とは言え、そういう苦情を言われた場合、「それは私どもには関係のない話でして」てなことを言うと、さらに揉めるさかい、どうにもならんと知っていても大人しく聞くしかない。

ワシらや販売店に言われた苦情を、その新聞社に伝えてもええが、まず聞き入れて貰えんから無駄に終わることの方が多い。

何しろ、新聞社には日本有数の頭脳の持ち主が集まっていて、プライドも高いさかい、ワシらや販売店の言うことは、まず聞かんやろうしな。

本当は、購読者と直に接しとるワシらや販売店の意見を聞いて、客に喜ばれる記事にするべきなんやが、そのプライドの高さが災いしてか、新聞記事は相も変わらず旧態依然としたままや。

週刊誌や雑誌なども新聞とは比べものにならんくらい凋落の一途を辿っとるが、それでも売れている雑誌もある。

そういうのは例外なく皆、様々な工夫を凝らしとる。

新聞にも、その工夫がほしい。

せめて、売り込むときのセールス・ポイントになるような強烈なものがな。

ワシが良う言うてることに「新聞は売り込まな売れん」というのがあるが、本当はそれではあかんと思う。

売り物である以上は、買って貰うための工夫と努力は不可欠や。

残念ながら、その姿勢が新聞を作る者には欠けとるように感じられる。

ちょっと偉そうに言わせて貰えば、今まではワシら拡張員や新聞販売店の人間が、例えそんな商品でも支えてきたつもりやが、これからは、そのワシらを助けるためにも「新聞にはこれがあるから、買わな損や」と読者に思わせられるものを何か一つでもええから考え出してほしいもんやと思う。

いくら努力と工夫で何とかなるとは言うても、商品自体に魅力がなかったら、いずれは廃(すた)れる運命にしかならん。

商品はシステムで売るのやなく、あくまでもその商品自体の魅力、値打ちで売れるのが理想やさかいな。



参考ページ

注1.第50回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■拡張員事情の昔と今

注2.第168回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■店長はつらいよ Part1 恐怖の忘年会

注3.第88回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■2010年からの新聞営業講座……その3 相手(客)に喜ばれる営業とは

注4.第65回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■ある新聞販売店の取り組み その1 哀しき孤独死をなくせ


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2011.4.28
販売開始 販売価格350円
 

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