メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第156回 ゲンさんの新聞業界裏話


発行日 2011.6. 3


■臆病者の闘い方とは


「い、嫌です……」

自他共に臆病者を自認しているツヨシにしては珍しく、そう抵抗してみせた。

この相手にそう言うのは無条件に怖い。

怖いが、ここで引き下がったら、また同じことが繰り返される。

二度と新聞は取らない。契約しないと誓った。ここはどうでも引き下がるわけにはいかない。

ツヨシは、そう腹を括(くく)っていた……はずやった。

「あん? 何やて? 良う聞こえんかったさかい、もういっぺん言うてんか」

いつも止め押し(継続依頼契約)にやってくる、トヨシマという見るからに柄の悪そうな新聞販売店の従業員が、チンピラさながらの仕草で肩を揺らしながら、ツヨシの顔を下から覗き込み、そう威圧した。

「で、ですから、も、もう、し、新聞はいらないと言ったんです」

例え震えながらではあっても、他人に対して、これほどはっきり「ノー」と言うたのは、生まれて初めてのことやった。

ツヨシは、その少し前、非公開を条件にサイトのQ&Aに相談してきたことがあった。

相談内容は、いつもやってくる新聞販売店の従業員の脅し気味な止め押し(継続依頼契約)行為が嫌なのと、学生で新聞代の支払いが厳しいので断りたいという、ありふれたものや。

もっとも、ワシらにとっては、ありふれた事でも、その本人にすれば、滅多にない事で、そのやり取りの内容を公開されると個人が特定されてしまうと考えるのやろうけどな。

気弱な相談者ほど、そういう傾向にある。

まあ、そう言われれば非公開にするしかないけどな。

その相談の回答は、いつもお決まりのように、


気弱な人のための悪質な新聞勧誘の対処法


1.嫌なものは嫌とはっきり断る。

実際、これが最良の方法で、なまじ相手を気遣うとか、穏便に断ろうとすると、その手の輩は、必ずと言うてええほど、しつこく食い下がってくる。

相手を気遣っている優しい人という好意的な見方やなく、気が弱く優柔不断で押せば必ず落とせる人間に見えてくる。

それもあんたのような学生さんなら、強気で脅せば簡単に契約するものと考えるわけや。

何をされるか分からんという不安な気持ちになるのは分からんでもないが、どんなに脅してきたとしても口で言うてる過激なことや暴力を振るうようなことは、絶対と言うてええほどできるわけがないから真に受けん方がええ。

少なくともワシが、そう言うてアドバイスしたケースで、何かされたというのは皆無やさかいな。

万が一、そんな真似をして、事が大きくなれば、困るのはその販売店と新聞社の方や。

特に新聞社は、その対面を重要視するさかい、大きな問題、他紙の餌食になるような事件を引き起こすような販売店は、いとも簡単に切り捨てる。

改廃(強制廃業)に追い込んで終いや。

当然、その原因を作った販売店の従業員も無事では済まんわな。どうなるかまでは言えんが。

たった1本の契約のために、そこまで体を張る人間は少ない。もし、いてたら、それはアホとしか言いようがない。

そのアホは、気の弱い客と「チキンレース」に持ち込めば勝てると踏んどるからこそ、そうするわけや。

裏を返せば、断固断る姿勢を見せ続ければ撃退できる可能性が高いということや。


2.契約した後にクーリング・オフをする。

その場をで断り切れんかった、もしくは危険を感じた場合などの緊急避難的手段として活用できる。

この方法は内容証明郵便や配達証明付きハガキ、簡易書留ハガキなどの「文書で出す事」という法律の決まりがあるから、多少金はかかるが確実に契約解除ができる。

加えて、後から文句を言われることもない。というより、それをすれば罪に問われるから、そんなアホな真似をする者は少ない。

クーリング・オフ後の再勧誘というのは法律で禁じられとるさかいな。

特定商取引に関する法律の第6条第3項に、

販売業者又は役務提供事業者は、訪問販売に係る売買契約若しくは役務提供契約を締結させ、又は訪問販売に係る売買契約若しくは役務提供契約の申込みの撤回若しくは解除を妨げるため、人を威迫して困惑させてはならない。

というのがある。

分かりやすく言うと、契約した客がクーリング・オフを申し出ているのに、それを防ぐため脅したり威圧して困らせるような行為の禁止ということや。

クーリング・オフ後の勧誘は、それに抵触する可能性が高い。

これが適用されると罰則規定として、2年以下の懲役、300万以下の罰金ということになる。軽い罪やない。

実際、この法律の規定で新聞販売店の従業員が逮捕されたという事件があった。

このQ&Aの『NO.108 近所で販売店員が逮捕されました』(注1.巻末参考ページ参照) というのに、それがある。

これは、テレビでも流れ、その犯人は実名報道された。

もちろん、新聞各紙でも報道されていた。たいていの新聞関係者なら知っとる有名な事件でもある。

新聞記事には『2時間以上しつこく迫ったとして』とあり、テレビ報道でもえぐい勧誘行為が原因やとあったが、実際に逮捕容疑として摘要されたのがこの法律やった。

つまり、クーリング・オフさえすればその後のトラブルは、ほぼ心配なくなるということやな。

尚、このクーリング・オフについての情報なら、サイトの『ゲンさんのお役立ち情報 その8 クーリング・オフについての情報』(注2.巻末参考ページ参照)に詳しく説明しとるので参考にされたらええ。

ちなみに、このクーリング・オフをしておけば、後々、同じ新聞販売店から勧誘を受けても、「私は以前、そちらの新聞をクーリングオフしたことがあります」と言える。

そう言えば、たいていの勧誘員は大人しく引き下がるはずや。

また、新聞販売店次第では、一度、クーリング・オフした人物は拡禁(拡張禁止)リストに加えられることもあるというから、その勧誘自体がなくなるケースも考えられる。


3.勧誘員、販売店の従業員との会話をすべて録音しておく。

トラブルが発生した場合、よく問題になるのが、「言うた、言わん」ということや。

お互い、それを言い続けても水掛け論になるだけや。タチの悪い人間は、それを狙う。

気の弱い相手と見れば、恫喝気味に言うてないことでも「確かに言うた」と押し切ろうとする。

会話を録音しておけば、それを防げるし、会話の内容次第では有利に事が運ぶ可能性もある。

録音方法は、勧誘時の場合、勧誘員に気づかれるのを避けたければ小型で見つかりにくいボイスレコーダーでもええし、電話の会話なら、スピーカーホンにして、普通のカセットレコーダーで録るのでもええ。

いずれも、それほど高価なものやないし、身を守る道具として用意しといても損はないと思う。

ワシが、この方法をさかんにサイトやメルマガで言うので、たまにやが、それに対して苦情のメールを寄越してくる人間がいとる。

サイトのQ&A『NO.779 録音すれば言質を取れる!の考えは卑怯やと思います』(注3.巻末参考ページ参照)の人のように堂々と疑問を呈してくるのなら問題ないが、中には文章にするのも、はばかれるような過激なことを言うてくる者もおる。

本人は脅しのつもりなんやろうが、脅す相手を間違うとる。たいていの輩は、ハカセの返信一つで何も言うて来んようにはなるがな。

大人には大人の喧嘩のやり方がある。それさえ弁(わきま)えとれば、どんな相手でも怖がることはない。

脅しは脅しの通用する相手に使うもんや。ヤクザですら、その程度のことは分かっとる。脅しの通用せん者を脅すのはアホやと。

まあ、そういうのがある分だけ、その録音するのが効果的やという裏付けでもあるわけやけどな。


4.新聞社の苦情係に通報する。

これは、「契約のもつれ」とか、「勧誘を断りたい」といった理由での苦情なら言うても、あまり効果は期待できんと言うとく。

新聞販売店は基本的には、購読者との契約事には一切タッチせんというのが公の姿勢、スタンスやさかいな。

配達の不配とか誤配の苦情もあまり意味がない。口には出さんやろうが、そんなことを言われても迷惑やと思われるだけや。

これに関しても、新聞社は新聞販売店の業務には関わることはできんという立場やから、苦情を言うても、その連絡をするかどうかすら怪しい。

通報するなら、勧誘時に「法律違反がある」、「不法行為があった」という場合に限定しとくことや。

これなら、新聞社には法的な意味ではなくとも専属の販売店に対しての管理責任があると自らも認めとるさかい、ほっておくことはできんはずやからな。

他には、契約者が契約書を貰ってない、あるいはなくしたというケースで、「その販売店に契約書の原文を見せて貰いたい、コピーがほしいと要求しても、それに応じてくれない」といった場合に通報するのも効果がある。

この場合、新聞社から、その連絡が入ると、ほぼ100%の確率で、その要望に応じとるとのことや。


5.新聞公正取引協議会に通報する。

そのネーミングから、公正取引委員会と同列の組織のような印象を受けられる一般の方が多いが、これは、まったく別の組織で民間団体やと言うとく。

正しくは『一般社団法人新聞公正取引協議会』という。

これは、111の新聞社(発行本社)と150の系統会(新聞社別・地域別の新聞販売業者団体)の参加事業者が会員となり、組織されとるものや。

分かりやすく言えば、新聞社、販売業者の代表組織ということになる。

新聞の勧誘においての違反行為を監視することが、その主な仕事やから、新聞社の苦情係と同じように、「法律違反がある」、「不法行為があった」といった場合に訴えればええ。

新聞社の苦情係はWEBサイトで比較的簡単に誰でも探せるが、こちらの方は一般では馴染みがあまりないので分からない、知らないという人が多いと思う。

ネットで「新聞公正取引協議会○○」で検索すれば分かる。この○○には居住地の都道府県を入力すればええ。


6.消費者センターに通報する。

消費者センターは、消費者の味方で相談さえすれば、すべて消費者にとって有利に解決して貰えると考えとる人が多いようやが、それは違う。

消費者センターというのは、あくまでも地方公共団体が設置しとる行政機関やから、基本的には法律に基づいた解決方法しか示すことはできん。

せやから、こちらも「法律違反がある」、「不法行為があった」といった場合に訴えた方がええと思う。

消費者センターは各地にあるさかい、直接出向くこともできる。

そうすれば相談者の前で、その販売店とやり取りして貰えることもあり、早く解決できる場合がある。

特に気の弱い人なら、間に消費者センターが入っているということで、ある程度は安心できるはずや。

但し、新聞社の苦情係や新聞公正取引協議会と違うて、販売店にとっては直接の管理組織やないから、指摘されても無視するというケースもあるようやがな。

実際に聞いた話では、消費者センターの担当者すら、さじを投げることもあるということや。どうにもならんと。

それなら、消費者センターへの通報は意味がないのかというと、そうでもない。

やはり、その意見を真摯に聞き、受け止める新聞販売店も多いさかいな。

つまり、それぞれの販売店の対応次第で、結果は大きく違うものになるということや。それと、消費者の相談内容によっても同様に違うてくる。

消費者センターというところは、先にも言うたように無条件に消費者の味方をするわけやない。

法律に照らして、明らかに無茶や理屈に合わんことを言うてたら、販売店側、相談者を問わず、その非を諭(さと)すということもある。


7.警察署の市民安全課(市民相談課)に相談する。

よく勧誘員と揉めたからといって、闇雲に警察に通報する人がいとるが、よほどの犯罪行為、例えば暴力を振るわれてケガをしたといったようなことが、その場で立証されん限り、そうしても無駄に終わることの方が多い。

勧誘員と口論して揉めたという程度では、「契約事のもつれ」と受け取られ、民事扱いにされやすい。

そうなると、警察の基本姿勢である「民事不介入の原則」を持ち出し、さっさと引き上げる可能性が高くなる。

まあ、わざわざ出張(でば)って来たということで、体裁として、その勧誘員をその場から引き上げさせる程度のことはあるがな。

しかし、その場合、一旦引き上げて、すぐに舞い戻ってくる確率が高い。

そして、「警察に言うても無駄やで」と凄まれれば、気の弱い人なら、ほとんどが言いなりになってしまうという。

こういう場合は、その場は黙って聞いておいて、後日、警察に相談した方がええ。

近所の派出所というのも、何かあった際にすぐかけつけてくれると考え、相談する人も多いが、その警察官次第で対応がかなり違うさかい、ワシとしてはあまり勧める気にはなれん。

何も、派出所に相談したらあかんと言うてるのやない。中には親切な警察官もいとるから、親身になってくれる場合もあるしな。

警察署の刑事課にいきなり駆け込む人もいとるが、これもあまり関心せん。

もちろん、刑事の中にも刑事ドラマに出てくるような人情味あふれた人もいとるかも知れんが、そういうのを期待しても皆無とまでは言わんが難しいやろうとは思う。

確率的には、取り合って貰えん可能性の方が高い。

彼らは総じて、事件性が少ないと判断した相談事はなかったものにしたがる傾向にあるさかいな。

不必要な仕事を抱え込みたくないというのが本音やと思う。

その点、警察署の市民安全課(市民相談課)は違う。

すべてとは断言できんが、これまで、そう勧めてきた人たちのほとんどが、懇切丁寧な対応やったと言うてたしな。

まあ、この部署は、警察のイメージアップが目的で設置されとるから、必然的にそうなるのやろうけどな。

その際、その警察署の市民相談課で何かをして貰うというのではなく、これまでの経緯を正直に話して聞いて貰うだけで十分と考えとくことや。

その折りに役に立つのが、勧誘員や販売店と揉めた際に録音したものや。

そうしておけば、その後、販売店の従業員や勧誘員が怒鳴り込んできた場合の備えになるさかいな。

すでに警察に相談した言えば迂闊なことはしにくくなる。

その安心感があるだけで、交渉する際には勇気が出ると思う。


といったようなことを中心にアドバイスした。

加えて、気の弱い人に勇気の出る話として旧メルマガの『第116回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■殺人をしない、ひとごろしの話』(注4.巻末参考ページ参照)を紹介した。

これは今から35年前の1976年に公開された映画のストーリーについて話したものや。題名を「ひとごろし」という。

メルマガの題名に「殺人をしない、ひとごろしの話」とあるように、時代劇で仇討ちをテーマにしながら、血を見るシーンがほとんどない異色の映画や。

若い頃、ワシはこの映画を観て、「そうか、相手がどんなに強くても怖そうでも、こうして戦えば勝てるのか」ということを知り、ちょっとしたカルチャーショックを受けたもんや。

物語のストーリーを話すと長くなるので、興味のある人は、そのメルマガの記事を見て頂きたいと思う。

端折(はしょ)って言えば、武道のまったくできない気の弱い男が、天下無双の剣豪に「参った、俺の負けだ。どんな、剣の名人達人でも、おまえのようなやり方にかなう法、それを打ち砕く術はないだろう」とまで言わしめたという内容のものや。

しかも、それは突飛な方法ではあっても、誰もが「なるほど」と納得できるものやと思う。

このことから、ワシは例え、相手がどんなに怖く強い人間であろうと、倒す方法はいくらでもあるということを知った。

しかも、こちらがどんなに弱い存在でも、考えることで、それが補えるのやということも。

どんな人にも勇気の湧く話やと思う。

ツヨシも、それらのアドバイスで、「これからは、きっぱりと断ります」と力強く言っていた。

「気弱な性格は治します」と。

事実、そのつもりで、震えながらでも、「新聞はいらない」と、チンピラ従業員トヨシマに、はっきりそう言い放ったわけや。

「何を気張っとんねん。そんなアホなこと言わんと、さっさとここに、いつものように名前を書けや」と、トヨシマ。

「い、嫌です……」

多少、声のトーンは落ちたが、それでも必死にツヨシは踏ん張った。

「ええ加減にしとけよ。俺はこの近くに住んどるから、いつでもここに来れるんやで。どないなってもええんか」と、トヨシマが物凄い形相で睨みつけてくる。

本気で怒ったようやった。

結局、ツヨシは、それ以上、踏ん張ることができず、契約書にサインしてしまった。

二番目の方法、クーリング・オフをすればええと考えて。

しかし、そうしようと考えれば、考えるほど、そのときのトヨシマの形相が脳裏に焼き付いて離れない。怖くて仕方なかった。

トヨシマは、過去に傷害事件を起こして刑務所に収監されたことがあったと話していた。

本当か嘘かは分からんが、あり得る話やとツヨシは信じた。何をするか分からん人間やと。

その恐怖に勝てず、そのクーリング・オフも結局、あきらめてしまった。

気持ちでは、それではあかんと分かっているのやが、どうしようもないと。

どうしても、それらのことができんと言うのならあきらめて購読するしかない。

アドバイスにも、それは選択肢の一つに上げとることでもあるしな。

しかし、当然やが、ワシらの真意はそこにはない。勇気を持って立ち向かってほしいという気持ちがやはり強い。

それが、結果的に、悪辣(あくらつ)やと言われる勧誘を減少、駆逐(くちく)することにつながると考えとるからな。

大多数の勧誘に携わる人間にとっても有り難いことになる。

ただ、強制はできん。ワシらにそんな権利も資格もないさかいな。

決めるのは、あくまでも相談者自身や。考えた末に、どんな結論を下そうが、それはその人の選択やから尊重する。

また、無責任なようやが、ワシらのアドバイスを実践することによって引き起こされる結果に責任も持てんしな。

あくまでも相談者自身が納得し、判断して決めるしかないことや。第三者、外野がどうこう言えるものやない。

ただ、ワシらは、相談されれば、その方法を示すことしかできんから、そうするだけの話でな。

ワシらとしては徒労感もあるし、残念な気持ちにもなるが、そういう選択をする人も珍しいことでもないから、仕方のないことやと割り切っとる。

しかし、その3ヶ月後、そのツヨシから、意外なメールが送られてきた。

「ゲンの教わった方法で、ヤクザのような拡張員を撃退できました。ありがとうございます」と。

ツヨシは、現在、ある大学の3年生。同級生に、アンナという彼女がいてた。

お互い、大学を出たら結婚するつもりやった。すでに、双方の親の許しも得ているという。

ある日、そのアンナのマンションの部屋に二人でいたとき、玄関のチャイムが鳴った。

アンナが応対に行ったが、何やら、揉めているようやった。

ツヨシは不審に思い玄関口に行った。

そこには、見るからにヤクザっぽい服装した人間が立っていた。

ツヨシには一目で、新聞の拡張員やなということが分かった。

「どうかしたんか?」と、ツヨシは聞くまでもないことを聞いた。

ツヨシの身体が小刻みに震え出したのが自分でもはっきりと分かった。

「新聞を取れって……」と、アンナが小さな声で言う。

「旦那さんか。ちょうど、ええわ。助けると思うて、3ヶ月だけでええさかい、新聞取ったってくれへんか」とドスの利いた声で、その拡張員が言った。

口調は頼み事やが、それとは違うというのは、何度となく、その手の人間に脅かされているツヨシにはよく分かっていた。

その奥には、是が非でも契約させてやるという強烈かつ邪悪な意志が潜んでいると。

その迫力、凶暴さは、あのトヨシマの比やない。レベルが違う。

いつものツヨシなら、ほぼ間違いなく、その迫力に押され、「分かりました」と言うてたやろうと思う。

しかし、ここはアンナの部屋や。そんな不格好な姿を見せるわけにはいかん。

ツヨシの真の姿、臆病な部分を今までアンナに見せたことがないさかい、よけいその思いが強い。

そう考えると、ツヨシの身体の中から、何やら不思議な力が湧いてきた。と同時に、身体の震えが止まった。

以前、トヨシマに屈したときの悔しさや怒り。アンナを絶対に守らなあかんという使命感。男として格好ええ姿を見せたいという思い。ここで、いつもの自分を見せたら、アンナに愛想をつかされるという恐怖。

それらの感情が、ぐちゃぐちゃに交ざりあっていた。

「無理です。うちは新聞を取るつもりがありませんので、お帰りください」

気がつけば、ツヨシ自身、信じられんくらいの堂々とした態度で、そう言い放っていた。

まるで自分とは違う誰かが乗り移ったかのように。

「実際、そのときにはゲンさんが、僕の中に入り込んできたような気がしました。漠然とですが、咄嗟にゲンさんなら、こんな対応をするではないかと考えたわけです」と。

「何やと、この糞ガキ。ワレ、ええ根性しとるやないけ、どうあってもワシの頼みが聞けんちゅうのんか」

「ですから何度も言っているように、うちはそのつもりがありませんので、もう帰ってください」

「このガキ、舐めさらしてからに、痛い目をみな分からんのか」と、そう言いながら、その極道拡張員が拳を握り絞めて見せた。

「暴力を振るうつもりですか。いいですよ、それで気が済むのでしたらどうぞ。僕に何かあったら事件になりますよ。そうなったら、困るのはそちらと違いますか。そちらの団と販売店さんを新聞社がほっとくとは思えませんが」と、ツヨシは一気に捲(まく)し立てた。

ツヨシには、このときには、もう怖いという思いは完全に消えていた。

若干やが、その極道拡張員が怯んだ風に見えたという。

おそらく、このとき、ツヨシの目は据(す)わっていたのやないかと思う。

ワシも経験があるが、極道(ヤクザ)がいくら脅しをかけてこようが、それほど怖いと感じたことはない。

喧嘩に自信がある、場慣れしとるというより、奴らが素人を脅すのは、それによって金銭を得ることが目的のすべてで、実際に手を出して警察沙汰になるのを喜ぶバカは少ないというのを知っとるからや。

その一点に絞れば極道(ヤクザ)の行動や考えくらい簡単に読めるさかい、いくらでも対処することができる。

総じて極道(ヤクザ)には賢い人間は少ないが、それでも損得勘定の計算だけは早い者が多いさかいな。

しかし、目の据わった素人はあかん。

「窮鼠(きゅうそ)猫を噛む」という格言があるように、追い詰められて開き直ったら何をするか分からん。

常日頃、そんな状況に置かれたことがないから、自分で自分が制御できんようになるわけや。

そんな人間を相手にしても何も得られんというのは、極道(ヤクザ)やなくても分かる。

ヘタしたら、えらい目に遭うか、警察沙汰になるのが関の山や。いずれにしても得することは何もない。

それでも、その身体を張るくらい値打ちがあるのなら、そうすることもあるやろうが、タカが新聞の契約1本で、そこまでするバカはおらん。

「団やて? 団のことを知っとんのか?」

一般人が、拡張団のことを「団」と呼ぶことはまずない。その道に精通しとると考えるのが普通や。

もっとも、今はワシらのサイトやメルマガを見る人も多いから、結構、知られるようにはなっとるがな。

「ええ、オジさんが関係者ですので」と、ツヨシ。

これは、ワシのことや。

「オジさん? そうか身内に同業者がいとるのか……」と、そう言い残して、その極道拡張員は簡単に引き上げたという。

ツヨシは「知り合いの」という意味で言うたのやが、その道拡張員はそう勘違いしたようや。

勝った……。

ツヨシは思わず、その場にへたり込んだ。

ただ、その喜びよりも、我に返ったことで、とてつもない恐怖に襲われたという。

アンナの手前、かろうじて、その怯えを押さえ強がって見せるのが精一杯やったと。

その後、ツヨシが、アンナから頼りにされるようになったのは言うまでもない。

そして、次にトヨシマが来ても追い返せる。その自信ができたという。

「ゲンさんが言われていた、『断固断る姿勢を見せ続ければ、そんな輩は造作なく撃退できる』というのは、こういうことなんですね」と、ツヨシからのメールにそうあった。

ツヨシは、さかんに「ゲンさんのおかげ」を強調しとったが、それは少し違う。

ツヨシ自身のもともとの性質がそうやったからやと思う。

人の真の姿というのは、極限状態、もうどうにもならんという状況に追い込まれて初めて表れる。

どんなに、日頃、格好のええことを言うてようと、強がっていようと、恐怖に負けて簡単に逃げ出す者がいとる。

反対に、日頃、どんなに頼りにならないと自分自身で思っていても、いざとなったら、身を賭して踏ん張ることのできる者がいとる。

これは、先天的にその人に備わっている特性のようなものやと思う。誰もが、そうなれるというものではない。

どんなネズミでも窮鼠(きゅうそ)になれるわけやないさかいな。

ツヨシには、その後者の特性が備わっていたということになる。

何もワシのアドバイスのせいだけやない。

もっとも、ワシの存在が、そういった人の心の拠り所になるのなら、いくらでもそう考えて利用してくれたらええがな。



参考ページ

注1.NO.108 近所で販売店員が逮捕されました

注2.ゲンさんのお役立ち情報 その8 クーリング・オフについての情報

注3.NO.779 録音すれば言質を取れる!の考えは卑怯やと思います

注4.第116回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■殺人をしない、ひとごろしの話


ゲンさんの新聞勧誘問題なんでもQ&A選集 電子書籍版パート 
2011.4.28
販売開始 販売価格350円
 

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